- 2005−10−31(月)の夜
今日、僕のクラスでは第二回のテストだったのだが、今日はたまたまハロウィーンの日。先々週あたり、学生達に「その日は俺に仮装してきて欲しい?」と訊いたら、「イエース!」とみんな答えた。「でも、テストを受けるときに気が散らないか?」と更に訊いたら、そんなことはないと口々に言っていた。
ということで、今日はビール瓶の格好で行った。
右手にテスト問題、左手にはハロウィーンに付き物のお菓子。
僕が教室に入っていったら、最初に気付いた学生が"He did it! He did it!"と叫び、教室は大歓声と拍手に包まれた。僕が教卓に荷物を置いたら、カメラ付き携帯電話を出した学生が「写真撮るからポーズ取って」と言うので、サービスして大袈裟なポーズをしてあげた。10人くらいの学生が写真を撮っていたので、「写真とるのはいいけど、学長とかに送らないでくれよ」と言ったら、学生達はゲラゲラ大笑い。他にもいろいろ言って笑いをとった。いい雰囲気になったところで、テスト開始。
テストを提出するとき、多くの学生が「そのコスチューム最高だよ」とか言ってニコニコして出て行った。
まあ、これがもし普通の講義の日だったら、講義中に気が散るだろうからこんな仮装はしなかっただろう。テストだったからという事情は大きい。これによって「ドクター・マエダは面白い人だ」という印象を学生達がもって、近づきやすい・親しみやすい、というふうに思ったり、講義を休まないようにしようとしてくれたら大成功だ。嫌いな教員から学生は多くを学ばないだろうから、学生に好かれることは重要である。大学教育の本質では決してないけど、こういうパフォーマンスも1つの手段だと思う。
- 2005−10−30(日)の朝
例のカボチャは、腐って潰れてしまってしまったので、残念ながらハロウィーン当日を待たずに廃棄処分になった。来年は直前にやることにしよう。
昨夜は、同僚のM氏の自宅でハロウィーンパーティー。みんな仮装して食べ物を持ち寄って楽しんだ。
僕はビール瓶の格好。M氏の奥さんの友達のバナナと記念撮影。
アメリカのこういうノリが僕は大好きだ。明日の夜は近所の子供達がお菓子をもらいに来るが、どんな仮装が見られるか楽しみ。
- 2005−10−27(木)の朝
例のカボチャは、ハロウィーン当日まであと4日もあるというのに、内側にひどくカビが生えてきた。空洞になってる内部に、ビッシリと綿菓子みたいにカビが繁殖している。また、皮の表面もやわらかくなって、指で押すと沈み込む部分もある。そのうち虫でも湧くんじゃないかと心配。
最近は、3つの論文にほぼ並行して取り組んで(1つはついに終わった!)、さらに大学院生と共同研究しようかという話も出てきて、それに加えてテスト問題を作ったり、研究助成金の書類の〆切があったりと、かなりヤヤコシイことになっている。でも、基本的に好きなことをやって給料を貰えているんだから、幸せな話だ。
- 2005−10−23(日)の昼
もうすぐハロウィーンということで、昨日はパンプキンカービング(ハロウィーンに飾るカボチャ彫刻作り)をやった。僕は初めてだったのだが、同僚のW女史の自宅に招かれて、集まった同僚とその家族たちでビールとか飲みながらワイワイと。
巨大カボチャは今の時期はスーパーで山積みになって売ってるので、それを買って持参。ナイフでまずヘタの部分を円く切って、そこから手を突っ込んで中の種とかを取り出す(その種をバターと塩味で焼くと、これがいいビールのツマミに!)。そして、うまく顔の形にカボチャの表面を切る。けっこうサクサクとカボチャが切れてくれたので、割と簡単だった。
左が妻の作、右が僕の作。
とても楽しい午後だった。ハロウィーンの夜には、このカボチャの中に火をつけたロウソクを入れて家の前に飾る。それを目印に、仮装した近所の子供達がお菓子をもらいにやってくるという仕組みだ。とても楽しみ。
- 2005−10−21(金)の夜
論文の草稿を大学院時代の先生に送って、読んでもらった。メールで送った6時間後くらいにはさっそく返事が返ってきて、かなり詳しく文章表現が直されてあった。「内容的にはとても良い」としながらも、「英作文力をもっと磨け。1つの段落内に同じ動詞を2度使わないようにしろ。」とのこと。キビシー。
文法的に誤りがなく、意味の通る文章を書くということと、きちんとした文章を書くということはかなり別の問題であり、それを思うとけっこう「先は長いなー」という気がしてくる。添削を受ける必要がないほどに文章力が上がる日は果たしてくるのだろうか…。
- 2005−10−18(火)の夜
論文執筆に没頭している。昨夜は9時くらいから午前3時半までひたすらキーボードを叩いて、今朝は9時に起きて10時には大学に出勤し、火曜は授業しなくていい日なので一日中この論文に取り組んでいた。もういい年なんだから無茶しないようにしなきゃいけないのは分かってるけど、これを読んでコメントをくれると言ってくれてる大学院時代の先生に近いうちに送らないといけないので、急がないと仕方ない。また、この論文は、この分野の研究者の間での自分の知名度と存在感を高めるための絶好の機会だと思ってるので、燃えないわけにいかない。なんとか明日には先生に送ってしまいたい。これが終わったらちょっとだけ一息つけるかな。
- 2005−10−14(金)の夜
僕の所属する政治学部では、僕と同じく今年新採用の教員があと2人いて、新人3人組は研究室の場所も学部の一角に固められてるので、話す機会も多い。今夜は、その同期のM氏の自宅に招かれた。もう一人の同期のW女史とその旦那も来て、僕も妻を連れて行って、M氏の奥さんもいたので、同期3人とそれぞれの配偶者の6人が初めて集まったことになる。M氏が自ら腕をふるった料理を食べ、ワインやビールを飲み、いろいろ喋って楽しいときを過ごして帰ってきた。M氏の2歳の息子がとても可愛くて、妻ともどもメロメロになった。同期3人でとてもいい感じで新しい職場に馴染みつつあるので、このまま3人ともこの学部で生き残っていきたいものだ。
- 2005−10−10(月)の夜
研究のほうをガシガシ進めなきゃいけないんだけど、やはり就職すると自分の研究や講義以外にもさまざまな仕事をしなきゃいけない。今抱えてる主なものは、来年度の教員採用に関わる選考作業と、学部教育のカリキュラムを再検討するための報告書作りプロジェクト。こういう仕事(特に後者)は適当にサボッて自分の論文を書いていたいのが本音だけど、でも割り当てられた仕事にはちゃんと取り組むという姿勢を見せないと、学部内での立場が悪くなるかもしれない。せっかく雰囲気のいい学部の一員になったのだから、その和を乱さないように、ちゃんと仕事をするべきだ。でも、かといってこういう仕事をすることは研究が進まないことの言い訳には決してならない。結局は時間を効率的に使うべしということか。
それにしても、去年は自分が就職活動していたのに、今年は応募してくる就職希望者の選考に僕が関わっているというのは、なんとも変な感じだ。
- 2005−10−7(金)の夜
今日、教えてるクラスの第一回テストを返却した。けっこう出来が悪くて、平均点も低かったので、「難しすぎる」とかの文句が出るかなと心配してたけど、全くでなかった。ミシガンでは、テストを返却すると部分点とかについて食い下がってくる学生がけっこういたけど、今日は全くなかった。同僚の話では、ここの学生はけっこう成績に対して淡白だとのこと。成績が「C」なら「C」で、それをホイッと受け入れる人が多いそうだ。「やればもっと出来る学生が低いレベルに甘んじるのを見ると残念だけど、でも文句が出ない分だけ楽ではある」とのこと。確かに文句が出ないと気分的にも時間・労力的にも楽だ。有名私立大で1年間教えていた同僚は、学生の親から抗議のメールを受け取ったこともあったとか。「うちの息子はとても努力しているのに、云々」と。やはり、高額の学費を払ってる私立大の学生やその親は、うちのような州立大とは感覚が違うんだろう。僕は州立大に就職して良かったと思う。
大学院時代の最初の2年間お世話になって、今はここから5時間くらいのとこの大学に勤めている先生が、たまたま用事で今日ここに来たので、待ち合わせて会った。学生のことを話してて、「テキサスの学生は礼儀正しいと思う」と言ったら、先生も全く同意してくれた。南部の人は一般的に礼儀正しいというけど、確かに、学生の教員に対する態度はミシガン時代に見てきたものよりもずっと良いと思う。語尾に「sir」をつけることなど、ミシガンでは聞いたことすらなかったけど、ここでは学生が僕に「sir」をつけて質問してきたりする。ちょっと戸惑うくらいだ(笑)。
その先生とは、一緒に論文を書こうという話を今していて、僕の研究室でそれについて話し合った。昨夜ちょっと仮分析した結果のグラフを見せたらとても面白がってくれて、2人でグラフを見ながら、このへんは何か、この部分はどういうことか、とか顔を突き合わせて話し合った。こういうことに熱中するあたり、2人ともやはり研究者だし、それを楽しく思えるのだから幸せだ。
- 2005−10−5(水)の午後
一昨日は初の給料日だった。毎月1日が給料日なのだが、今月はそれが土曜だったので月曜まで伸びてたもの。授業開始から一ヶ月以上経ってるけど、新採用教員には10月まで初任給が支払われない決まりなのだとか。まあ、すぐに辞められたら大学も困るしね。
普通は銀行振り込みで貰うんだろうけど、今回僕は初めてなので実際に小切手で受け取ってみたくて、わざと銀行自動振込みの申し込みをしないでおいた。学部の秘書さんの部屋に行って、受け取りのサインをして、小切手を受領。研究室に戻ってからもニヤニヤしながら明細などを眺めていた。長く夢見ていた職業に就いてその稼ぎで生活するようになった事実は、やはりとてつもなく嬉しい。
大学院時代にTAやRAの給料をもらっていた頃、薄給ながらもそれでも十分生活できていたわけで、こうやって就職して急に収入が増えると、こんなにもらっていいのかな、みたいな気分にもなる。日本と違ってボーナスがないし、僕の場合は年俸を12等分じゃなくて9等分した額を9回に分けて貰うので(夏の間は給料が出ない)、1回に受け取る額はけっこう多いのである。まあ、ちゃんと夏の間の生活費を貯めておかないと困ることになるので、計画的に行こう。
- 2005−10−1(土)の夜
母校MSUと仇敵ミシガン大とのフットボールの試合。テキサスではテレビ中継されなかったので、仕事しながらインターネットの速報をずっとチェックしていた。延長までもつれ込んだ末に、負けてしまった。非常に残念な敗戦で、これが今季初黒星。
母校のスポーツ関係の話題をもう1つ。MSUで活躍したバスケ選手で、プロ入りしてからもNBAオールスターに選ばれるなどの活躍をみせたスティーブ・スミス選手が、14年間のプロ生活を終えて引退することを表明した。その引退表明会見を、彼は母校のMSUで行った。
アメリカでは、プロスポーツ選手が母校などに多額の寄付をすることがけっこうあるが、MSUにスポーツ選手のための学習施設を作るために彼が寄贈した250万ドルは、プロ選手が大学に寄付した金額としては史上最高額なのだそうだ。その建物は、彼のお母さんの名前から「Clara Bell Smith Student-Athlete Academic Center」と名付けられていて、僕は中に入ったことはなかったが、とても立派な建物だった。フットボールやバスケなどの公式スポーツに出場する選手は、学業成績が基準以下になると出場停止になるので、大学としてもスポーツ選手の成績は重大な関心事である。また、勉強嫌いのスポーツ選手たちが、自分の競技生活が終わると大学を辞めてしまうという現象が社会問題にもなっている。MSUでは、「スミス・センター」の施設を活用して、選手たちに静かな環境で勉強させたり、個人指導する学生アルバイトをつけたりしていた。
プロ選手を夢見て練習に励む学生選手たちにとって、MSUの先輩でプロで大活躍したスミス選手が、巨額の私財を投げ打って自分たちの勉強施設を作ってくれたことは、非常に大きな刺激になっていると思う。それを思うと僕は涙が出そうになる。
昨日の引退表明会見には、スミス選手の功績を称えて、大学の学長や評議員、またバスケチームの当時の監督などがゲストで来ていたそうだ。当時の監督は今はワシントン州に住んでいるはずなので、このためにはるばるミシガンまで来たんだろう。彼はスピーチで、「スティーブ・スミスをコーチ出来たことを誇りに思うし、それ以上に、彼を友人と呼ぶことを誇りに思う」と言ったそうだ。
プロから引退するというときに、母校でそれを発表したスミス選手。母校愛がそうさせたのだと思うし、また、スポーツをする学生達に、学業の大切さを改めて伝えたいという意図もあったのではないだろうか。スポーツ選手の鑑だ。
- 2005−9−28(水)の夜
誰がどのクラスを教えるかというのは、大学教員たちにとって重要な問題である。その決め方は学部ごとにさまざまだと思うが、僕が所属する学部では、5つの分野それぞれで、その分野の教員で集まって授業割り当てを決め、それを学部長に提出して最終的に学部長が決めるという方法が取られている。僕は5分野のうち「比較政治」と「方法論」の2つに属しているのでその両方の会議に出席した。2006年秋学期と2007年春学期の授業割り当てが今の時期に決められる。
みんな気を遣いあってるのか、特に対立が起きるわけでもなく、また僕のような新任教員にはみんな配慮してくれてけっこう希望を聞いてくれるので、なかなかスムーズに決まった。結局、06年秋には「比較政治学入門」と「日本の政治」、07年春には、引き続き「比較政治学入門」と大学院生向けの回帰分析を担当することになった。
一度教えたクラスは、二回目以降ずっと楽になるので、なるべくなら同じクラスを何度も教えたい。しかし、ずっと同じ組み合わせをやり続けるわけにはいかないし、教えたことのあるクラスの数を少しずつ増やしていかないと、将来困るかもしれない。そんなわけで、各学期、新しいクラスを一つと前にやったクラスを一つやるというのがけっこう理想に近いのでは、と考えていた。今回決まった割り当てはまさにその理想形なので、ホッと一安心。
新しいクラスを教えることのメリットの一つは、そのクラスに関連した本を出している出版社に、「教科書として採用することを考えてるので、見本を一部送ってくれ」という依頼が出来ること。多くの出版社はタダで送ってくれる。日本政治関連の本をこれからたくさんリクエストすることにしよう。ムッフッフ。
- 2005−9−26(月)の夜
1万アクセス到達しました!どうも有難うございます!
来週の今日、僕が教えてるクラスの第一回テストがある。今日の授業ではテストの形式などについて説明した。オフィス・アワー以外もだいたい研究室にいるから、通りがかったついでとかでもいいからいつでも質問に来いと言ったけど、さてどれだけ学生が来るだろうか…?今学期、今まで学生は一人も質問に来てない。
いつもならテスト問題は前日とかに慌てて作るのだが、今学期はそうするわけにはいかない。というのは、障害を持った学生がクラスに一人いて、その学生はテスト受験に特別な設備を必要とするので、テスト当日は大学の障害者援護オフィスで一人で受験することになる。だから僕も早めにテスト問題を作ってそのオフィスにメールで送付しておかないといけない。自分の仕事が増えるのは事実であるが、しかし、障害を持った学生への配慮が行き届いた大学教育のシステムに僕は感銘を受ける。自分がそういうシステムの一部を担う教員であることを嬉しく感じる。
- 2005−9−24(土)の夕方
ヒューストン在住の友人夫妻が、ハリケーンを避けて我が家に避難してきた。木曜の午前10時にヒューストンを出て、渋滞に巻き込まれ、なんと19時間もかけて金曜の朝に到着。普通なら5時間半くらいの道のりなのに!
災害時ではあるけど、でも久しぶりの再会なので、昨夜はビールをたくさん飲んでいろいろ喋った。
結局、ハリケーンは心配されていたほどの被害を及ぼさないまま小さくなってきたようだ。友人夫妻はすでに帰途についたが、帰り道も渋滞するのは間違いないので、どのくらい時間かかるか、心配である。
ハリケーンのせいで今日は気温がけっこう低かったけど、雨は降ってなかったので、これ幸いと、庭の芝を刈った。前庭と裏庭両方で2時間かかった。だんだん慣れればもっと短時間で出来るようになるだろう。
- 2005−9−22(木)の夜
プロポーザルは、結局昨夜のうちには終わらず、寝不足のまま今日もずっと作業して、夕方、〆切ギリギリに完成した。学部長は中を見もしないでサインをくれたので、ちょっと拍子抜け、でも安心した。これで助成金も獲得できれば最高なんだけど〜〜。
大学の研究室で使うパソコンが、発注から一ヶ月くらい経って今日やっと届いた。大学の中にパソコン屋があって、そこで自分の希望するモノを組み立ててもらえる仕組みである。2ギガのメモリを搭載してもらったので、かなり動作が速い。19インチの液晶ディスプレイも非常にいい感じ。各種アプリケーションも、大学がライセンスを買ってるものは無料でインストールできるのでとても便利である。これから数日はウヒウヒ言いながら各種設定をやることになりそう。
超強力ハリケーンの「リタ」はあと1日半でテキサス州に上陸するようだ。まあ、ここは海から500kmも離れているので、大して心配いらないらしい。それに、だんだん進路が東に曲がってきたので、ここよりもずっと東を通って北に向かうことになるようだ。でも万一に備えて今日は飲料水をたくさん買いこんで来た。
- 2005−9−21(水)の夜
学者稼業においては、論文を学術雑誌に発表することがもちろん最大の使命であり、業績になるのだが、研究助成金をどこかから取ってくることも非常に重視されている。
僕は自分の研究に特に資金は必要としないため、今までは助成金獲得については意識が低かったのだが、これからは、自分の研究に必要だからということでなくても、とにかく幾らの助成金を獲得したかが自分の業績の一部になるので、そっちにも一生懸命にならないといけない(どうも本末転倒な気がするんだけど…)。
で、明日が〆切の助成金にどうしても応募しなければならなくて、そのプロポーザル書きにここ数日ずっと取り組んでいる。学部長にまず提出してそのサインをもらってから本提出となるので、きっと学部長も読むことになる。だから、変なモノを書いたら、落選するだけじゃなくて学部長の心証も害しかねない。さて、なんとか今夜中に一通り完成させないと…。
- 2005−9−18(日)の夜
家の庭の芝生を手入れするのに四苦八苦している。雑草がどんどん生えて伸びてきて、抜いても抜いてもキリがない。憎たらしいことに、雑草たちは異常に伸びるのが速くて、1日に10センチとか伸びてるんじゃないかと思うようなのもある。今日は芝生の中にタンポポが生えてるのを発見。タンポポは非常に近所迷惑な草として知られているので、早いうちに始末しようと、道具を使って片っ端から抜いた。
芝に比べて雑草は本当に生命力が強くて、感嘆してしまう。こうなったら、庭を全て雑草で覆ってしまえば、とすら思ったりするのだが、そういうことをすると自分の家の価値が下がるだけじゃなくて、近所の家の価値も下げてしまって迷惑になるし、中長期的には自分の家の周りの治安が悪くなってしまうかもしれない。だからちゃんと手入れをして芝生を維持することがどうしても必要になる。芝は殺さないけど雑草は殺すという除草剤が売られてるので、「環境に悪いんだろうなー」と思いつつ、それを噴霧器で庭に撒く。
綺麗に生え揃ってる芝生は美しいけど、そのためには、スプリンクラーで水を遣り、芝に肥料を与え、除草剤で雑草を封じ込めないといけない。何という非・自然な活動だろう。う〜ん。
- 2005−9−17(土)の夜
昨夜は、政治学部の学部長自宅に招かれて、妻と一緒に行ってきた。他に3人の同僚と、そのうちの1人の奥さんも来ていた。ビールやワインを飲んで、旨い飯を食って、いろいろ喋って、楽しかった。
アメリカに戻ってきてから一ヶ月以上、テレビ無しの生活を送ってきたのだが、ついにケーブルテレビの契約をして、今日からテレビが映るようになった。で、さっそく、母校MSUとノートルダム大学のフットボールの試合を観戦。一時は21点差をつけて楽勝ムードだったのに、そこから流れが変わって、終了間際に同点に追いつかれた。しかし延長戦で劇的な勝利を飾った。これで今シーズンは開幕3連勝。名門のノートルダムを破って、非常にいい感じである。これでランキングにも出てくるだろうし。
- 2005−9−16(金)の夕方
秋学期の3週目が終了。やはり、週に3回、月・水・金と授業があると、なかなか時間の使い方が難しくなる。授業の日の朝は、授業準備が終わってからもなんかソワソワして他のことに身が入らないし、授業が終わるとちょっと気が抜けてダラダラしてしまう。
研究室の中はまだ非常に乱雑で、本棚の本も、箱から出してそのまま並べただけだから、全然整理されてない。各種書類も机の上や棚の上に散らかし放題。年度初めはいろいろ事務手続きが多くて書類がたくさんまわってくるし、会議も週に1回くらいあるし(来週は2回だ…)、なかなか落ち着いて自分の研究をやる時間が取れない。こんなことじゃいけないのは分かってるんだけど。
- 2005−9−12(月)の夜
衆院選は、自民党が優勢という報道はさんざん聞いてたけど、ここまでの圧勝をするとは予想もしなかった。小泉首相凄すぎ。解散したときは、「下野も覚悟の破れかぶれ解散」だろうと僕も思ったのだが、終わってみればこれだもんなぁ。圧巻。
年金問題とか、自衛隊イラク派遣とか、小泉政権の政策の中にはあまり国民に支持されてない側面もいろいろあったわけで、政権初期のフィーバーは去って、だんだん色あせてきたような感じが最近はあったと思う。そこで一気に郵政民営化という1つの争点に国民の目を向けさせ、その他の事項を逆に色あせさせてしまった小泉マジック。そして、民主党が郵政問題で煮え切らない態度を取ってたことにつけこむという作戦も大当たり。これは、「破れかぶれ」なんかじゃなくて、実は全てを読んでいての筋書き通りの展開だったのでは、という気もしてくる。何も考えてないような顔をして、実は小泉ってもの凄い戦略家なのかも。
民主党の敗北について、「壊滅的」という表現も見るが、しかし議席数についてだけ言うなら、風が逆に吹いたら一気に復活するかもしれないわけで、そういう意味では「壊滅的」という言葉は当たらないと思う。ただ、中堅・幹部クラスが多数落選したことは痛いだろう。そして、問題はこれから、民主党に見切りをつけて自民党に入りたがる議員や候補者がどれだけ出てくるか、それと、新しい民主党のリーダーはそれをどのようにして食い止められるか、それがカギになると思う。
- 2005−9−7(水)の夜
全米の多くの大学で、ハリケーンの被害に遭った大学からの転校生を受け入れる動きが出ている。そのまま新しい大学で卒業を目指す人もいるだろうし、元の大学が授業を再開したら復学するつもりの人もいるんだろう。
今朝の大学新聞によると、うちの大学にも100人以上の転校生が来ているらしい。大学当局も、ハリケーン被災者の学生には特例的に、学期の途中からの登録を認める方針らしい。大学のウェブサイトのトップに、「ケース・バイ・ケースなので直接電話で問い合わせて下さい」と出ていた。僕のクラスは今は人数制限一杯なのだが、もしそういう学生が履修を希望しているならぜひ入れてあげたいと思う。
- 2005−9−6(火)の午後
今回の衆議院選挙に、社民党は38の小選挙区で候補を立てている。それを見て、「けっこう多いな。まだ頑張ってるんだなぁ」と思ったのだが、前回2003年の総選挙では62選挙区で候補擁立してたのを見つけて、なんだやっぱり激減してるんじゃないかと思った。
共産党はついに今回、全選挙区での候補擁立をやめ、小選挙区候補を275に減らした。さて、どういう選挙区で候補を立てなかったのだろう?まず考えられることは、共産党がもともと弱い地域、ということである。
データを見ると、前回総選挙で共産党候補が10%以上得票した65選挙区では、全てで今回も候補を立てているが、5〜10%だった184選挙区の中では13で候補を立てていないし、5%以下だった51選挙区のうちでは、4分の1近くの12選挙区で候補を立てていない。弱いから候補を立てないというのは、極めて自然な政党の行動だろう。
もう1つの考え方は、野党共闘のために候補擁立を見送った、というシナリオ。これは実は前例が全くないわけではなく、96年総選挙での沖縄2区、98年と04年の参院選沖縄選挙区では、共産党は公認候補を立てず、他の野党の候補または無所属候補を推薦していた。もちろん、沖縄には野党共闘の伝統という特殊事情があるわけだが、もしかして共産党がその路線を全国に広げるとしたら、それは日本政治に大きな変化をもたらすと考えられる。もちろん、民主党の側からしたら共産党の推薦は逆に邪魔だろうから、共産党が単に候補を立てずに静かにしててくれることが、民主党を最も利するし、与党を最も困らせることになるだろう。さて、それは今回起きたのか。
それを測るために、まず前回選挙で各選挙区での与野党の接戦度を計算した。具体的には、連立与党(自公保)の候補の得票率(複数いる場合は多いほう)と、民主党か社民党の得票の多いほうの得票率の差の絶対値を使った。この数値が大きいほうが、与野党の票差が大きかったということなので、接戦度というよりは非・接戦度とか無風度と言ったほうがいいかもしれないが。民主党も社民党も候補を立てなかった選挙区については除外した。
その接戦度と、今回共産党が候補を立てたかどうかの関係を、共産党候補の前回得票率の影響をコントロールしながら探るために、レア・イベント・ロジット・モデルを使った。分析の単位は各選挙区である。その結果、共産党候補の前回得票率は当然として、接戦度も統計的に有意な影響を持っているらしいことが分かった(有意水準5%)。そして、それは野党共闘とは逆の方向で。
仮想の状況に当てはめてみると、こうなる。前回の共産党候補得票率が5%の場合、
| 与野党候補の得票差 | 共産党が候補を立てない確率 |
| 1% | 10.3% |
| 5% | 11.5% |
| 10% | 13.1% |
| 20% | 17.0% |
という具合に、与党の候補と民主または社民の候補の間に大差のついた選挙区でむしろ共産党は候補擁立を今回見送ったのである。共産党が不戦敗することで結果が変わりかねない接戦区では、今回も相変わらず頑なに候補を立てた場合が多かった。というわけで、全選挙区での候補擁立を止めたとはいえ、まだまだ共産党の頑固さは弱まっていないようだ。
さて選挙結果がどうなるか、楽しみで仕方ない。
- 2005−9−5(月)の午後
学会では、久しぶりの友達と会ったり、興味深い研究発表を聞いたりと、有意義な時間を過ごせた。昨日の午後にテキサスの自宅に戻ってきた。やっぱり直行便の飛行機は便利だ。
学会会場には、ハリケーン被災地の大学に所属する会員たちの所在について情報提供を呼びかけるビラがあちこちに貼られていた。ニューオーリンズ市内の大学とかでは、この秋学期はもう授業は行われないのだろうか?そうすると、多くの学生の卒業が遅れたりとか、大変な影響がでるだろう。また、教職員には給料が払われるだろうか?
金曜日、学会に向かう飛行機の中ではずっと空港で買った新聞を読んでいた。その一面トップには、ニューオーリンズの被災者たちを写した大きな写真が載っていたが、その写真に写った30人くらいの被災者が全部黒人だったことが非常に印象的だった。ニューオーリンズはもともと黒人人口の多い街だが、市民の中でも避難する手段や金のある人はハリケーン襲来前に街を出て行ったので、残った人々の中にはますます黒人が多くなるんだろう。あまりにも露骨な現実である。
そして、被災後の街で商店が略奪されたというニュース。食料や水が盗まれるのは、この状況下ではまあ起きそうなことだ。宝石などの高価なモノが盗まれるというのも、まだ分かる。しかし、テレビゲーム機(たぶんプレイステーションか何か)が店から盗まれたというニュースに、僕は頭を抱えた。人種問題・貧富の差など、この社会の深い問題が今回のハリケーン災害で抉り出されてきた気がする。
その反対に、被災者を助けようとする人々の話も新聞にはたくさん出ていて、感心した。ニューオーリンズに住んでいた人々は、これからしばらくは家に戻れないわけで、そういう被災者のために、臨時の仕事を用意して避難所で就職希望者を募った会社経営者とか、被災者向けの安売りを始めたキャンピングカー販売店とか、空いていた部屋に破格の家賃で被災者を入居させたアパート所有者などの話が載っていた。さらには、見ず知らずの被災者を自分の家に住ませ始めた人もたくさんいるという(警察はその危険性も考えるようにと呼びかけている)。
日本とアメリカを比較した場合、災害時の略奪は日本ではあまり起こりそうにないが、逆に、見ず知らずの人を家に住ませるということは日本よりもアメリカでずっと多そうな気がする。
- 2005−9−2(金)の朝
昨夜は妻と珍しく外食に出かけた。明日で結婚してから半年なので、ちょっと早いけどその記念ということで。築100年くらいらしい古い建物に入っている、独特の雰囲気を持ったイタリア料理の店。こういう店は旨そうだと2人で話して入ったのだが、結局味はたいしたことなかった。う〜ん。
今日はこれから、学会参加のためにワシントンDCへ行く。今回は自分では報告はしないけど、興味ある分科会を見に行ったり、いろいろ友達に会って飲んだり情報交換をしたりしようと思う。大学院時代の友達と再会するのが非常に楽しみだ。去年この学会に行ったときは、就職活動の大事な場面だったので緊張したけど、今年はリラックスして楽しんでこれそうだ。日曜日に帰ってきます。
- 2005−9−1(木)の朝
昨日は2回目の授業。また意表をついて、ちゃんとネクタイをした格好で行った。「前回がカウボーイ姿だったから、今度は俺の別の面を見せようと思って」と言ったら、学生達はゲラゲラ笑って喜んでいた。授業もまあうまくいった。大学院時代に一度教えたクラスの繰り返しだから、準備も比較的ラクで嬉しい。
家の庭のスプリンクラーシステムが作動しなくなって、修理屋に来てもらった。タイマーで開閉するバルブが古くなって壊れていたそうで、部品の交換だけで簡単に直った。おそらく家が建ったときからのバルブだから、もう寿命だったんだろう、とのこと。スプリンクラーの故障のために、庭の芝生や木や花に水をやるのに苦労していたが、これで解決。よかったよかった。
- 2005−8−30(火)の夜
今朝は9時03分に駐車場に着いて、ぎりぎりセーフだった。あと2〜3台分くらいしかスペースが残ってなかった。明日もこのくらいの時間に出勤しないとなぁ。
しかし、自宅から職場まで車で10分というのは恵まれた環境に違いない。あと、朝早く出勤する癖がつくのもいいことだろう。
自分が教えてるクラスの学生名簿はウェブ上で確認できるのだが、昨日の授業前に46人だったのが、今日は48人に増えていた。教室は昨日でほぼ満員だったので、これからはもっと混むことになりそうだなぁ。(でも、そのうち来なくなる学生も出るだろうけど・笑)
- 2005−8−29(月)の午後
今日から新学期開始。学期初めは、学生用の駐車場を見つけられずに教員用の場所に駐車する学生が多いから、朝9時半くらいまでに出勤しないと車を停められなくなるぞ、と同僚からアドバイスされていたが、9時20分に着いたときには既にいつもの駐車場は満車。次に近い教員用駐車場に行ったけど、そこもダメ。結局、ちょっと離れた場所から研究室まで歩くはめになってしまった。
僕が教えるクラスも、今日からスタート。いきなり僕のスピリットを学生に伝えようと、カウボーイハット・ウエスタンブーツ・ブーツカットのジーンズ・ウエスタン風のシャツ・大きなベルトバックルの格好で教室へ行った。「テキサスに来て間もないから、こんな服装をしてテキサスに馴染もうとしてるんだよ」とか言っていろいろ冗談を言ったら学生たちは大喜びで、教室中がとてもいいノリになった。初回なので、コースの説明の他に自己紹介もしたのだが、大学院時代は顔ペイントでスポーツ観戦に行ってた話などをして、学生たちを爆笑させた。何か質問はないかと言ったら、「その帽子はどこで買ったんですか」とかも訊かれた。テキサスの大学生はなかなかノリがいいみたいだ。
- 2005−8−27(土)
今日と明日は、うちの学部主催で小さな学会が開かれている。新学期直前でいろいろ忙しいんだけど、まあまあ興味あるテーマだし、ここ数ヶ月ずっとアカデミックな議論を聞く機会がなかったのでちょっとリハビリのつもりもあって、少しだけ出席してみた。それなりに面白かった。
昨夜は、その学会のために招いたゲストの人たちを接待する夕食会があって僕も参加したのだが、そこで面白いことを知った。州立大学が行う行事としての夕食会だから、テキサス州の公的な活動ということになり、食事代に州の税金がかからなくなるのだそうだ。そんな制度があるとは知らなかったので非常に興味深かった。
- 2005−8−26(金)
今日は、学部の教員会議があって、僕はもちろん初の教員会議参加になった。つい3ヶ月前まで学生だったのが、急に立場が大きく変わったので何か変な感じ。会議には23人出席していて、欠席者もちょっといたようだ。内容は、特に議論になるようなこともなかったので、非常に和やかな雰囲気で、ジョークが飛びかってみんなゲラゲラ笑ってるような感じ。
今年は僕を含めて3人の新採用がいるのだが、来年度もまた3人雇う予定で、これからその募集・書類選考・面接をすることになる。今日は、それぞれのポジションについての採用担当のグループが組まれた。僕はそのうちの2つに関わることになって、1つでは書記係をすることになってしまった。採用関係の会議がある度に議事録をつけて、学部で保存しておく決まりらしい。州立大学なので、教員採用の過程についても州政府の監査が入ったりすることがあるそうだ。
- 2005−8−25(木)の昼間
8月11日、日本から帰ってきて、約2ヶ月ぶりにテキサスの新居に戻ってきた。やはりテキサスは暑い!
その後は、さまざまな手続きなど(洗濯機と乾燥機の購入、車のナンバーの取得、テキサスの免許証取得、電話線とインターネットの申し込み、庭の手入れ、大学の駐車証の購入、大学のIDカード作成、研究室のカギ取得、研究室への荷物搬入、仕事用コンピューターの発注、研究室の片付け、などなど)のために、非常に慌しい日々を送っている。昨日と一昨日は、大学の新採用教員オリエンテーションがあって、出席。いろんな制度やルールについて説明を受けたり、健康保険、生命保険、退職プランなどについての書類を書かされたりした。決めなきゃいけないことが多すぎて、わけが分からなくなった。社会人になるってのは大変なことだなー、と31歳での初就職にあたって実感した。
来週の月曜日から授業開始である。まだまだ慌しい日々は続きそうだ。