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2006年5〜6月


  • 2006−6−30(金)の夜
     夏休み中でも、たまに雑用の仕事は入ってくるし、今日は2時間も会議があった。大学本部に提出する報告書を作る作業を学部内の小委員会でやってて、今日はそのメンバーが集まったのだが、休暇でどこかに行ってる人は来なくてもいい。同僚達の中には、夏休み中ずっとテキサスを離れている人も数人いる。
     5人で2時間も顔を突き合わせて、報告書に書くことを相談したので、ひどく疲れた。でも、僕の出したアイデアの1つをみんなが褒めてくれたので、まあいい気分。こうやって同僚達に認められていくことがこれから自分の立場を良くしてくれるだろう。

  • 2006−6−28(水)の朝
     「学生による授業評価」の春学期分の結果が返ってきた。7が最高・1が最低でつく総合点は、「比較政治学入門」のほうは6.46、「アジアの政治」は6.63だった。先学期よりも向上したし、政治学部全体の平均5.84を大きく上回った。
     今回は、「アジアの政治」の方はかなりいいムードのクラスを作ることができたので、高い評価を得られる自信があったが、「比較政治学入門」の方はなんだか学生達の心を掴めてないな〜、という気がしていた。でも、終わってみれば両方で良い評価を得られたので安心。また、2つのクラスを同時並行で教えるのは初めての経験で、最初はけっこう戸惑ったけど、なんとか無事にこなせた。これからは基本的に毎学期2クラスずつ教えることになる。
     項目別の評価では、自分にとって難関である「話す能力」の点が、5.85と5.89だった。先学期の5.46よりも上昇したので、この調子で伸ばして行きたい。
     いい評価をもらうと気分がいい。秋学期に教える日本政治のクラスの準備にも熱が入る。

  • 2006−6−24(土)の夜
     昔、アメリカで「火星人襲来」のラジオ・ドラマを聞いた人々が本物のニュースと勘違いしてパニックが起きた、という有名な話があるけど、なんとそのラジオ番組の録音をインターネット上で見つけた。http://www.mercurytheatre.info/のページの、上から4分の1くらい、"The War of the Worlds"というところ。CDに焼いて運転中にでも聴いてみようかな?

  • 2006−6−22(木)の夜
     サッカーの日本−ブラジル戦は、午後2時からだったので、午前中から学校に行って、試合開始に合わせて帰宅。
     1点先制してからしばらくはいい夢を見せてもらった。ESPNのアナウンサーは、玉田が決めたゴールを"electrifying"と形容していた。「感電するような」と訳してもいいのかな?確かに鮮やかだった。僕も大声で叫んだ。でも結果的には完敗になったわけだが。
     試合が終わったら、学校に戻るにも中途半端な時間なので、庭の手入れを3時間ほど。芝生の中に生えた頑固な雑草をグリグリ抜いたり、菜園にする予定の場所を耕したり、いろいろ。作業後はシャワーしてビール。

  • 2006−6−19(月)の夜
     日経新聞の記事「チベット国境貿易、中印が7月再開・44年ぶり」

     このニュース、扱いは小さいようだが、僕には非常に興味深い。この、インド・シッキム州ガントクからチベットに入る道は、昔はチベットと下界を結ぶ交易路のうちの重要なルートだったのだが、中印関係の悪化以来ずっと閉鎖されていたのである。河口慧海もここを通ったし、僕の大好きな本『秘境西域八年の潜行』の中でも、著者達が難渋しながらこの峠を越えたときの様子が描かれている。この道が旅行者にも開放されることになったら、バックパッカー憧れの道になるに違いない。
     中国とインドの間の長い国境のうち、通行が許可されている道は現在はたぶん無く、中国からインドに陸路で抜けるには、チベットとネパールの間で一ヶ所だけ開いている国境を使うか、もっとずっと西のクンジェラブ峠を通って中国からパキスタンに抜ける道(僕は11年前に通った。ぜひ再訪したい)を利用するしかない。
     来月新しく開かれるルートは、これもヒマラヤ山脈を越えるものであり、国境の峠は標高4545mだとか。どんな絶景が広がっていることだろう。ワクワクするニュースだ。

  • 2006−6−19(月)の午前中
     昨日は朝8時に起きて、サッカーW杯・日本対クロアチアの試合を観戦。豪州戦のときは飛行機の中だったので、今大会の日本戦を観るのはこれが初めて。せっかく早起きして観たのに、0−0の引き分けとは、なんとも残念。
     で、夜は今度はNBAファイナルの第5戦を観戦。これまで全く観てなかったのだが、地元ダラスが初めてファイナルに出ていて、2勝2敗の五分になってるので、やっと興味が湧いてきた。試合は延長戦までもつれ込んで、結局100-101の1点差でダラスの負け。ウィスコンシン大学でさんざん我がMSUを苦しめたDevin Harrisが、今はダラスで活躍していて、「こんなところで再会するとは!」という気分だった。あと、マイアミで大活躍しているDwyane Wadeは、3年前のNCAAトーナメントでMarquette大学がFinal Fourへ快進撃したときのエースだったわけだが、当時ももちろん凄かったけど、ここまでの選手になるとは思いもしなかった。

  • 2006−6−17(土)の午後
     日本から戻ってきて当初は、時差ボケで朝5時に寝て午後2時半に起きたりするハチャメチャな日もあったが、水泳に行き始めてからはちゃんと夜眠れるようになった。でも、やはりまだ本調子とはいえない。変な時間に眠くなったり。しばらくは治らないだろう。
     テキサス州北部地方は、少雨のために水不足が問題になっていたようだが、昨夜は雷雨になって、これからしばらくは雨模様の天気が続くようだ。取水制限とかになったら面倒だなー、と思ってたので、よかった。庭の芝に水をまくスプリンクラーも、雨が降ったら一時止められるから、水道代の節約にもなる。

  • 2006−6−13(火)の朝
     ご無沙汰しました。更新を再開します。

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     急に新潟の実家に帰る用事ができて、ついでにアメリカのビザを新しく取ってくることにして、12日間だけ日本に駆け足帰国してきた。この夏はずっとテキサスにいるつもりだったのが、急に帰国を決めたので、出発前はドタバタの土壇場だったが、無事に何も忘れ物も無く帰国することが出来た。
     アメリカのビザを取るのはなんとこれが4度目。過去3回は学生ビザ(F1)で、今回は就労ビザ(H1B)。今回は初めて面接を受けねばならず、東京の大使館で面接の予約が取れなかったので、大阪の領事館で予約。そのため、初めて関西空港発着で帰国した。
     帰国翌日に受けたビザの面接は、非常に簡単に済んだ。朝9時半の予約だったのに、8時半くらいに領事館に着いたらすぐに中に入れてくれて、9時ちょっと過ぎには全て終わって建物から出ていた。訊かれた質問も、「どんな科目を教えていますか」「どんな本を教科書に使っていますか」とか、ほとんど雑談のようなもの。で、その2日後には新しいビザが貼付されたパスポートが実家に郵送されてきた。今回の就労ビザは3年有効。

     わずか12日間の日本滞在で、時差ボケが完全に治らないうちにまたアメリカに戻ってくることになった。短い帰国は本当に疲れるものだったが、まあ仕方ない。残り約2ヶ月半の夏休みは、テキサスで頑張って研究に励む。

  • 2006−5−26(金)の昼
     ちょっといろいろバタバタしていて、もうしばらくの間更新できないと思います。ご了承下さい。

  • 2006−5−21(日)の午後
     春休みに入って一週間経過。ここ数週間ほど、かなり手間のかかるデータ収集作業をしているのだが、ようやくゴールが見えてきた感じだ。博士論文のときに集めたデータも巨大だったが、今度のはたぶんもっとデカイ。このデータから何本も論文が書けたらいいなぁ。
     学校に行ってそれらの仕事をする他は、家で庭の手入れをやったり、あとは資料集めのための一泊旅行にも行ってきた(泊めてくれたT君、どうもありがとう!)。
     昨夜は、同僚の家で飲み会。学期が終わったのでみんなで大いに飲んで学期中のストレスを晴らそうというもの。僕は特に大した問題もなく学期を終えたが、数人の同僚は、学生がテストでカンニングしたり、ペーパーで盗作したりして、その処理に煩わされたそうだ。かわいそうに。僕にもいつかそんなことが起きるだろうか…。

  • 2006−5−16(火)の午前中
     昨日は、春学期が終了して最初の月曜日。駐車場はガラガラだろうなー、と思いつつ出勤したら、いつもより多いくらいの車が並んでいた。調べてみたら、なんと今週からさっそく夏季講座の授業が始まったそうだ。一週間の休みもおかずにすぐに春学期から夏学期に移るとは、ビックリ。
     まあ、施設の有効活用という意味では理に適ってる。大学としては、なるべく多くの学生を受講させて、それだけ授業料を徴収したいだろうから。施設の維持管理や事務職員の人件費などにはどうせ常にお金がかかるわけで、それなら授業をしない日を作るのは無駄ということになる。
     で、今週から始まった授業の多くは、3週間で終わる。3単位のクラスを3週間でやるためには、週に4日、各日4時間とかの集中的日程になるらしい。その3週間セッションが終わったら、今度は5週間のセッションが2回あり、8月の第2週で夏学期が終わる。8週間のクラスや10週間のクラスも並行して開講されるようだ。
     学生達は、夏の間は全く休んでもいいし、早く卒業したい人はこの機会に集中的に単位を稼ぐこともできる。柔軟な制度である。
     日本では、「大学は4年間で卒業するもの」という感覚が強いが、アメリカの大学、特に州立大では、もうそういう感じではなくなってきている。働きながら通っている学生は多いが、そういう人は各学期に履修する単位数を少なくするので、4年よりも長くかける場合が多い(昼は毎日働いて、午後5時以降のクラスだけ履修するという学生もいる)。逆に、とにかく早く卒業したい人は夏休みも休まずに、履修できる限りのクラスを取りまくって、4年未満で大学を修了する。また、大学間の転校は普通に行われているが、前の学校での単位がどれだけ認められるか次第でも卒業時期は変わる。入学だって、秋学期から始める必要は全くなく、好きな学期から授業を取り始められる。1度社会に出てから大学に戻る人も多いので、明らかに僕よりも年上の学生もそんなに珍しくない。
     だから、卒業までにかかる期間は全くまちまちなのである。freshman/sophomore/junior/seniorという言葉も、入学から何年目という基準ではなく、取得した単位数によって決まる。高校卒業からちょうど4年度で卒業するという学生は、むしろ少数派なくらいらしい。(ちょっと探したら面白いデータが出てきた。1998年にこの大学に高卒後すぐに入学した学生のうち、4年後に卒業したのは僅か13.4%とのこと。)
     ただ、これは大学の性質やレベルによって大きく異なり、特に名門私立少人数制大学では、今でも4年で卒業するのが普通らしい。みんな一緒に秋学期に入学し、みんな同じくらいの授業数を各学期に履修し、だいたいみんな一緒に学年が上がっていくという感じ。その種の学校では、夏休みの間は一切授業が行われず、大学が閉鎖されるところもある。入学も秋学期だけに限られる。そういう大学に就職面接に行ったとき、卒業生向けのニュースレターを見せてもらって、そこに「何年卒業組の誰々さんが結婚、何年卒業組の誰々さんが死去」というような記事が載ってるのを見て、大規模州立大では考えられないなー、と思ったものである。

     (なんだか長くなった。どうしてこれを書き始めたのかも忘れてしまった。)

  • 2006−5−13(土)の夕方
     期末テストの採点を終わらせ、大学本部に最終成績の報告をして、今年度の業務は終了。今のところ学生から抗議のメールなどは来ていない。来ないで欲しい。
     就職一年目の仕事が無事に終わり、ホッとした。これから、8月28日に秋学期が始まるまで、3ヵ月半の夏休みである。こんなに夏休みの長い職業は滅多にないだろう。本来ならばフラリと旅にでも出たいものだが、しかし夏休みの間こそが自分の研究をバリバリ進めるべき時期なので、ずっと灼熱のテキサスに居残ってほぼ毎日大学に通うつもりである。頑張るぞ〜。

  • 2006−5−9(火)の夕方
     期末試験週間。学生達にとっては最高に苦しい時期なんだろうけど、僕は逆に普段よりも楽だ。講義をしなくていいからその準備も要らない。その分の時間を自分の研究に使っている。


     家の裏庭の樹に、鳥の餌箱をブラ下げた。近くのホームセンターで買ってきたもの。居間から見える場所に設置して、妻と1日に何十回も、鳥が来てないか観察している。今のところスズメくらいしか来てないけど、そのうち綺麗な野鳥を見られるのを期待している。

  • 2006−5−5(金)の夕方
     5日間の採点マシーン生活からやっと解放された。本当は、両方のクラスの分を水曜に返却するつもりだったんだけど、それは明らかに無理ということが分かって、片方のクラスは今日やっと返却した。あー、疲れた。
     この時期はみんな同じようで、水曜日、僕よりもずっと年上の同僚とトイレで一緒になったとき、彼は前夜3時まで採点してたと言うので、「あー負けた。俺は2時」なんて言って2人で笑った。
     もっと余裕を持って課題の〆切と返却予定を設定すれば、こんなドタバタはしなくていいわけだが、でも逆に、こうやって自分をドタバタの状況に追い込むから早く仕事が片付くということもある。ずっとダラダラとペーパーの採点をしてたら、研究のほうが遅れる一方になるので。
     今週で春学期の通常授業は終了。来週が期末試験週間になる。期末試験の問題はこれから作る。就職1年目の業務もあと1週間ちょっとで終わりだ。

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