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2006年11〜12月


  • 2006−12−31(日)の夜
     大晦日、朝起きたらとりあえずテレビの日本語チャンネルで紅白歌合戦を観た。今まで、アメリカにいて紅白を観たいと思ったことはなかったし、日本にいたときも特に楽しみに観ていたわけじゃないけど、やはり家で観れるようになると観てしまう。懐かしの歌がけっこうあって、特にさだまさしの「案山子」にジーンときた。
     あとは、裏庭の落ち葉を掃き集めたりとかしてゆっくり過ごした。
     ここ数日風邪気味だったのでアルコールは控えていたのだが、さすがに大晦日だしと思って夕食時に、秘蔵の焼酎「百年の孤独」を飲んだ。実に旨かった。

     今年一年、ご愛読ありがとうございました。来年もどうぞ宜しくお願いします。

  • 2006−12−23(土)の夜
     感謝祭前に論文を一本投稿したが、それとは別に今年中に完成させて投稿してしまいたい論文があって、ここしばらくはそれに取り組んでいる。しかし、今年中という目標は守れないかもしれない。2週間ほど前に一通り書き終えたので同僚に読んでもらったのだが、彼にもらったコメントに基づいて論文を修正するのに四苦八苦している。
     自分の研究についてコメントをもらうときは、はっきり言ってしまえば的外れの意見であることもけっこうあるわけだが、しかし、読んだ人が的外れの批判を思いついたということは、自分の論文の中の議論が十分に強くなかったということでもある。ジャーナルに投稿した後で誰に査読されるかはこちらでは選べないわけで、査読者がどんな視点から読んでも自分の論旨をしっかり理解してもらえるような書き方をするようにしなきゃいけないわけだ。大学院時代にお世話になった教授が、「査読者は常に正しい。査読者が誤解して批判を行った場合でも、その誤解を生んだ責任は著者にある」と言ったことがあって、とても印象に残っているのだが、しかし、その基準に沿って論文を書くという作業は非常に苦しい仕事である。

  • 2006−12−19(火)の夜
     テレビとインターネットを、光ファイバー利用のサービスに切り替えた。ネットは、これまでのDSLサービスで何も不満はなかったのだが、テレビの方が、切り替えた方が安くてしかもチャンネル数が多くなるようなので。これからはテレビは150チャンネルくらい見られるらしい。そんなにあってもきっと一度も見ないチャンネルも多いと思うが、これまで見られなかったESPNUとESPN Classicが見られるのが嬉しい。それに加えて、有料放送の日本語チャンネルも契約した。テレビから日本語が聞こえてくると、ちょっと不思議な感じ。

  • 2006−12−15(金)の夕方
     水曜日の期末試験は無事に完了して、その日のうちに採点も終了。最終成績を計算して、報告。これで秋学期の業務は一応終了した。チラホラと学生から成績についての問い合わせが来ているが、それもここ数日で止まるだろう。数人の学生から「よい授業をありがとう」「また別の授業を取りたい」などというメールも届いている。今学期もこれまで通り順調にいったので、きっと学生からの授業評価でもいい結果が出ているのではないだろうか。さて、気持ちを切り替えて冬休み中の仕事の予定を立てねば。

  • 2006−12−12(火)の午後
     日本政治のペーパー採点は大変だったけど、無事に終わった。今週は期末試験週間。僕の教えてる2クラスは、昨日と明日が期末試験の日である(日程は大学本部が決める)。昨日やった分の採点はもう8割ほど終了。今夜中には最終成績を出してしまいたい。成績報告はウェブで行い、学生もウェブで結果を知ることになる。
     明日の試験はなんと朝の8時から。いつもよりずっと早く起きなきゃいけないので嫌だなぁー。あと、遅刻してくる学生が出ないか心配だ。

  • 2006−12−7(木)の夜
     昨日から、日本政治のクラスの最終ペーパーの採点を開始。40人ちょっといるので、1日8人をノルマにして、水〜日の5日間で終わらそうという計画を立てた。月曜日の期末試験のときに返却する。この5日間も、それだけやっていればいいわけじゃなくて、期末試験の問題を作らなきゃいけないし、頼まれた推薦状を書いたりもしなきゃいけないし、明日は今年最後の教員会議もある。昨日は、 夜になってから始めたけど予定通りに8人分を採点できた。1時間に3人のペースでいけたら、と思ったけど、それよりもっと長くかかっている。だんだん慣れていけば速くなるだろうか。

  • 2006−12−5(火)の夜
     今週は秋学期の最終週で、来週が期末試験期間になる。僕が教えてる二つのクラスでは、どちらも明日が最後の講義になる。この時期は採点しなきゃいけないテストや課題が溜まるので、自分の研究のほうがなかなか進められない。今日なんかは一日中採点していた。そのおかげで明日返却するものは全て用意できたが、明日からはまた別の課題の採点に取りかからないといけない。

  • 2006−12−2(土)の午後
     (続き)

     アマリロには、The Big Texanという有名なレストランがあって、レストランというよりも観光名所といった感じの場所である(www.bigtexan.com)。72オンス(約2キロ)の巨大ステーキがあって、1時間で完食したらタダになるんだけど、さすがに無理なのが分かってたから挑戦はしなかった。10年前だったらやったかもしれないけど。

     で、他にも名物メニューがあって、その1つはガラガラ蛇のフライ。僕の原則は、珍しいものは何でも食べてみること。これまでに、熊とかワニとかナマズとか馬の寿司とか羊の脳味噌とか、いろいろ食べてきたわけだが、しかし、僕は蛇が大の苦手である。ここで挑戦しなかったら男がすたる、という気分もあり、でも蛇だけは嫌だという気もして、苦悩していたのだが、店の人に尋ねたらちょうど蛇は品切れだった。ちょっと安心。品切れだったのだから、僕が逃げたわけじゃない。

     その代わりに食べたのが、牛の睾丸のフライ


     蛇よりもこっちが嫌だという人も多いと思うが、僕はけっこう平気だった。玉の中がトロリとクリーミーだったら気持ち悪いな、とは思ってたけど、ちゃんとフライされてたので大丈夫だった。レバーみたいな味で、特に旨いとは思わなかったけど、まあ僕の挑戦者魂を満足させることはできた(妻は見るのも嫌がってたけど)。

     牛の睾丸は、実はアメリカの西部では割と普通の食べ物らしく、「mountain oyster」(山の牡蠣)という美称も与えられている。

     こんな感じに、アマリロ小旅行では大変面白い経験ができた。テキサスは広いので、まだ他にも面白いところがたくさんありそうだ。

  • 2006−11−27(月)の夜
     (続き)

     西部劇でよく、枯れた植物が丸くなって風に吹かれて転がってる場面があるが、アマリロの辺りではそれをよく見た。道路脇にやたらたくさん転がっていた。

     帰ってから調べたところ、「タンブル・ウィード」というのだそうだ。転がることで種子を広範囲に撒き散らすらしい。

     アマリロの市を西に出たところに、"Cadillac Ranch"という有名な場所がある。どういう場所かというと、なぜかキャディラックが10台、頭から地面に突き刺さっている。前衛芸術のようなものなんだろうか?で、その10台は訪問者からさんざんに落書きをされている。というより、落書きが奨励されているのだそうだ。

     で、僕はそういうバカバカしいことが大好きなので、当然スプレー持参でいって、デカデカと落書きしてやった。

     妻と僕がその場所を去るとき、入れ違いに来たアメリカ人数人が、なぜかこの「日本」の字の前で記念写真を撮っていた。

     あともう一回だけ続く。

  • 2006−11−26(日)の夜
     (続き)

     アマリロでは、Parkview Houseという夫婦経営の宿に泊まった(www.parkviewhousebb.com)。築100年近い民家の各部屋に宿泊客を泊めるBed & Breakfastで、とてもいいところだった。経営者夫婦がとてもいい人達で、朝飯も旨かったし、大満足だった。裏庭には錦鯉が泳ぐ池もあった。朝飯時には経営者夫婦と他の宿泊客と一緒にテーブルを囲んで楽しく食事。僕と妻はB&Bに初めて泊まったのだが、これからは旅行時にはなるべくB&Bに泊まろう、と話し合った。

     アマリロの南には、Palo Duro Canyonという峡谷があり、州立公園になっている(www.palodurocanyon.com)。ここは、アメリカ国内ではグランド・キャニオンに次いで二番目に大きな峡谷なのだそうだ。谷の深さについて言えばグランド・キャニオンには遥かに及ばないわけだが、それでもなかなかの場所だった。特に、木もほとんど生えてない平坦極まりない大地が突然谷になって裂け落ちているのはなかなか壮観だった。あと、グランド・キャニオンでは、車で行けるのは谷の上部で、谷の下部に行くには頑張って歩かねばならないわけだが、ここでは峡谷の上部と下部をつなぐジグザグの道路が整備されているので、自分の車で谷の底まで行ける。

     谷の底の部分をぐるっとドライブしてから、ちょっとハイキング道を歩いてみた。雲一つない快晴で、とても気持ちよかった。ガラガラヘビが出てこないかちょっと怖かったが。
    とにかくサボテンが多い。

     たぶんもう一回くらい続く。

  • 2006−11−25(土)の深夜
     (続き)

     アマリロに向かう道中は、好天に恵まれ、交通量も多くなく、楽しいドライブだった。テキサス州西部は、本当に平坦で、道はひたすらまっすぐで、地平線がどこまでも広がっている。たまに小さな町を通過するのだが、それが人口数百人とかの規模で、でも町の中心部には西部劇に出てきそうな味のある建物が建っていたりして、楽しかった。人口数百人で、隣の町まで車で30分とか、そんな町の人々の暮らし、また学校などはどんなふうになってるのかなど、いろいろ興味深い。

     アメリカの南部では綿花栽培が盛んだということは、高校の地理で習って知っていたが、その綿花を今回の旅で初めて見ることになった。まるで地面に雪が積もったようになっている畑が途中から多く見えたのだが、それが綿花畑だった。風に吹かれて飛んできた綿が、道路脇の雑草にまとわりついてたので、拾ってみたりした。切れた布団から出てくるような綿が道路脇に落ちてるのは、なんだか面白いものだった。
    綿の集積所。遠くから見ると雪の塊のよう。

     さらに続く。

  • 2006−11−24(金)の深夜
     今週は感謝祭休みのため、木・金は学校が休み。水曜の授業を休講にしたので、月・火しか学校に行かなかった。感謝祭休みの前に完成させようと思って頑張ってきた論文があったのだが、無事に完成して、火曜日に郵便でジャーナルに投稿した。さあ、いい結果が出てくれればいいが。

     で、水〜金の2泊3日、妻と小旅行に行ってきた。目的地は、ここから車で6〜7時間ほどのところにある、アマリロという街。アマリロ市はテキサス州北西部の「パンハンドル」と呼ばれる地域の中心都市で、有名な「ルート66」が通っていたことでも知られている。アマリロに行く、と言うと、「何をしに?」と訊かれるような、特別な観光名所というわけでもない地方小都市なのであるが、僕にとっては、「大西部・カウボーイ・ステーキ・荒野・地平線」という、コテコテのテキサスを体現する街というイメージをずっと持っていたので、いつか訪れてみたいと思っていた。日本で活躍したプロレスラーのスタン・ハンセンやファンク兄弟(ドリー・ファンク・ジュニアとテリー・ファンク)が生まれたのはアマリロの近くで、彼らはみなアマリロのローカルなプロレスで鍛えられて全国や世界に進出していった。小学生時代、ハンセンの「ウエスタン・ラリアット」やファンク兄弟の「スピニング・トー・ホールド」に胸を躍らせた僕としては、アマリロ訪問は「巡礼」のようなものでもあった。

     (続く)

  • 2006−11−11(土)の夜
     そういえば、先日の開票速報パーティーのときに同僚に教えてもらったんだけど、バラック・オバマ上院議員のミドルネームは「フセイン」なんだそうだ。イスラム圏ではごくありふれた名前なんだろうけど(彼の父親はケニア人でイスラム教徒)、これは面白い。彼が大統領選に出るときとかに、対立陣営がこのことを持ち出すだろうか?

  • 2006−11−9(木)の夜
     火曜日は中間選挙で、僕の職場の同僚はみんなもちろん政治学者なのでこういう選挙にはみんな興味津々である。分析対象としてもそうだし、また大多数が民主党支持で反ブッシュなので、その意味でもみんなが注目していた。
     選挙のたびにやってるらしいんだけど、一人の同僚の家に集まって、みんなでビールを飲みながらテレビの開票速報を見る会があった。僕はアメリカ政治にはそんなに詳しくはないけど、それでも選挙というだけで関心はあるし、個人的な注目選挙区もあったし、集まってワイワイ見るのも楽しそうだったから喜んで行った。会場では10人以上集まって、さらに民主党優勢だったから楽しい雰囲気で開票速報パーティー。当たり前といえば当たり前だけど、同僚たちがいろんな州の選挙区情勢などに詳しいことに驚いた。
     さて、上下両院ともに民主党が久しぶりに過半数を奪回したことで、残り2年間のブッシュ政権は難しい運営を迫られることになった。2年後の大統領選挙を睨んで議会と大統領との駆け引きが面白くなりそう。民主党としては、大統領が拒否権を発動するような法案をわざと可決して、両党の政策の違いを浮かび上がらせて大統領選挙を有利にしようとするだろう。これからの2年間、どっちが有利な環境を形成できるかの駆け引き合戦になるだろうか。楽しみに観察するとしよう。

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