- 2007−12−23(日)の夕方
冬休みに入って一週間になるけど、いろいろ忙しくしている。長いことR&Rになってた論文をやっと再投稿して、今度は別の論文に取り組んでいるのと、他にもいろいろ、「冬休みになったらまとめて片付けよう」と後回しにしてきた雑事がある。
ところで、アメリカの選挙研究者で、有名な"The Myth of the Vanishing Voter"論文の著者の1人であるMichael P. McDonaldと、先進国比較政治専攻で、特にrepresentationに関する研究で知られるMichael D. McDonaldの2人が別人であることに今日気付いた。幅広いことをやってるんだなー、と今まで思っていた。(似た例で、カルテックのR. Michael Alvarezと、Przeworskiとの共著が多いMichael E. Alvarezがいる。こっちは数年前に気付いた。)
- 2007−12−17(月)の午前中
今朝10時が秋学期の成績報告の締め切りで、昨夜1時過ぎ頃までかけて採点を終わらせた。こんなにギリギリになったのは初めてで、それはやはり大学院生の研究論文を読んでコメントするのにてこずったからだ。彼らの論文の余白に赤ペンでいろいろ書き込み、さらに各人に平均1ページ(シングルスペースで)ほどのコメントをパソコンで書いて添付した。
「論文には何でもかんでも詰め込もうとせずに、自分の論旨のために絶対必要なことだけを入れて、簡潔・明快に書け」と何度も何度も繰り返し言ったのだが、やはりゴテゴテと長く書く傾向が多くの学生に見られた。「たくさん詰め込んで本文が長くなると、焦点がブレて、最も重要な点が効果的に伝わらなくなる。査読者に飽きられたらリジェクトされる。」と口を酸っぱくして言ったし、授業ではその点でイマイチな論文も読ませて指摘し、そのときは学生達も分かっていたようだったが、いざ自分の論文を書くときになると、関係あることを全部書きたくなるものらしい。
思うに、これは学部生時代に身につけた悪い癖が抜けてないということなのかもしれない。例えば「15ページのペーパー」とかいう課題を出されて、でも10ページを過ぎたあたりで書くことが尽きて、なんとか長くするために本文を膨らませようとするとか。また、論述式テストでは、とにかく知ってることを答案に全て書き尽くそうと、長々と書きまくる。そこで問題なのは、多くの教員は、必要なことが全て書いてあればOKとして、無関係なことが書いてあっても減点しない。だから学生は、要点を絞って解答するのではなく、できるだけ多くの情報を書き連ねようとする。
そういう学部生時代の経験から、「より長く・よく多くの情報を」という癖がついてしまい、今でも、「必要なことが抜けていたら問題だが、多く書く分には問題ないだろう」という態度で論文を書いてしまっているのではないかと思う。次回大学院のセミナーを担当するときには、簡潔に書くことの意義を更に強調することにしよう。
- 2007−12−14(金)の深夜
期末試験週間も終了。学部のクラスのほうは最終の成績報告も終わったので一応これで完結。まだ学生から成績について問い合わせや抗議や哀願のメールが来ると思うけど、それを処理すれば本当に完結。
しかし、問題は大学院のクラス。そっちでは研究論文を書かせたので、それの採点が大変なのだ。人数は少ないけど枚数は多い。それに、大学院生に研究論文を書かせる場合は、それを学会報告やジャーナルへの投稿につなげさせることを当然期待するので、成績だけ出せばいいわけじゃなくて、その論文をどうこれから直すべきかをきちんとコメントしなきゃいけない。月曜日が成績報告の締め切りなので、それまでに全部読んでコメントを考えなきゃいけない。これは初体験で、思ったより大変な作業だと気付きつつある。
- 2007−12−5(水)の夜
今週で秋学期の授業は終了で、来週が期末試験週間になる。毎週ヒーヒー言いながら準備していた大学院のクラスも今日で完結した。あとは学生のペーパーを採点すればおしまい。自分でも非常に勉強になったので、この授業を担当して本当によかったと思う。
今日は、午前10時から11時まで学部の授業、それから会議になんと4つも出席して、それが終わってすぐに大学院のクラスを開始という過密スケジュールだった。疲労困憊して帰ってきた。でも夜は家で論文執筆。
- 2007−11−22(木)の夜
今日は感謝祭で、若手の同僚たちで集まって七面鳥などを飲み食いした。腹が張り裂けそうになって帰ってきた。息子はずっとおとなしくしていて、みんなに「こんなに静かな赤ん坊は見たことがない」と驚かれた。大勢のいるところに行ったら怖がって泣くかと思ったけど、全然そんなことはなく、キョロキョロと回りを見ながら静かにしていた。
ここしばらくは、新採用教員の候補が次々に現地面接に来て、慌しい日々だった(まだ終わっていない!)。
先週だったかに来た国際政治専攻の候補者と雑談していたら、彼は僕の論文を読んだことがあると言う。でも、そこまでだったら驚かない。というのは、現地面接に赴く候補者は、面接先の所属教員の論文や本を事前に読んでおいて、「あー、貴方の研究はよく知ってますよ」という御世辞というか話題づくりをすることが普通にあるから。しかし、彼の場合は、大学院で履修した授業での必読文献として読んだというのである!僕はビックリして、飛び上がりそうなくらい嬉しかった。さっそくメールで共著者に伝えて、一緒に喜んだ。大学院の授業で読まれるということは、僕らの論文がそれだけ評価されてるということだし、また、それを読んだ院生たちに僕らの議論が知られるということで、これから更に影響力が増していくかもしれない。学者として、自分の論文が査読を経て出版されることは当然嬉しいが、それが読まれて知られてゆくということも非常に嬉しいものである。研究の意欲が更に湧く!
- 2007−11−2(金)の夜
相変わらず日々がどんどん過ぎてゆく。気がつけばもう11月。今月は新採用教員の候補者が現地面接に続々とやってくる予定なので、慌しい日々がまだ続きそうだ。
就職してわずか3年目の僕でも、ここに来てから毎年教員採用の審査に関わっているので、そのへんの事情にどんどん詳しくなってきている気がする。自分が就職活動してたときにここまで知っていたらなー、と思うこともある。
自分が就職活動していたときは、候補者の評価は、論文をどのジャーナルに何本載せたかでほとんど決まるものだろうと思っていたけど、そうでもないことが分かってきた。審査する側がとにかく一番考えるのは、その候補者がここに就職した場合に「その先」どうなるか、である。就職してからどのくらいの研究業績を上げるだろうか、その予測をする上で、大学院時代にジャーナルに載せているかどうかはもちろん参考になるわけだが、結局それは「就職後」を予測するための一材料としてであり、それ自体がそんなに大事というわけじゃない。
アドバイザーとの共著論文は割り引いて数えられる、というのはよく知られているが、それはこのためである。「就職後」を予測する上での重要なポイントの一つは、アドバイザーから離れて独り立ちできるかどうかであり、だからアドバイザーとの共著よりも、大学院生仲間との共著のほうが印象がいい。
また、同様の理由で、博士論文が終わったあとに取り組む研究の予定がちゃんと定まっているかも重要である。博士論文まではアドバイザーが手取り足取り指導してくれたけど、それが終わったら自分では何もできない、という人がたまにいるが、審査する側はそういう人を採用したくないので各種書類からその兆候を探っている。
それから、大きな助成金が付いて新しいデータを収集している研究プロジェクトの一員であるというのはポイントが高い。そのプロジェクトから得られるデータを使ってどんどん論文を書けるから。そうでなくても、博士論文の研究のために個人で大きなデータセットを構築した場合、そのデータを使って更に何本も論文を書く予定だ、と自己アピールするのは効果的だと思う。
このように、就職活動の時点での出版業績だけからでは分からない種々の要素が就職の成否に関わってくる。僕はまだ論文を一本も載せてない段階で就職活動したが、そのとき、「大丈夫、重要なのはポテンシャルなんだよ」と言ってくれた教授がいて、そのときは僕を元気づけるためにそう言ってくれているんだろうと思ったものだが、その本当の意味が今になって分かってきたように思う。
- 2007−10−18(木)の夜
同僚に教えられたYoutubeビデオ:
http://youtube.com/watch?v=eG6X-xtVask
テキサス州議会の議員たちが、押しボタン式投票のときに欠席議員のボタンを勝手に押して複数回投票してる様子。信じられない。こんなことが普通に行われてるとは。
- 2007−10−10(水)の夜
今学期は日々の過ぎ行くのが速く感じる。あっという間に一週間が終わることが毎週続いてる感じだ。大学院のクラスを教える水曜日が毎週の「山」で、それが終わると一回リセットという気分。毎週、学生に課した文献を自分でも読んで、良い点・悪い点・拡張できそうな点などについて話す内容を考えておくのだが、それにかなり時間がかかるし、もちろん同時並行で自分の研究にも取り組んでいるので、時間がいくらあっても足りない。研究に熱中しすぎていると、火曜日の夜になってもまだ授業の準備ができてない、という状態に陥って、大急ぎで文献のページをめくる。そんなドタバタを繰り返している割には、今のところ授業はうまく進んでいる。僕よりも数年早く就職した友人に、大学院のセミナーを受け持つと自分でも勉強になって知識の範囲が広がるからいいよ、と言われていたけど、それを毎週実感している。
- 2007−9−23(日)の朝
いろいろ忙しい日々が続く。でも息子は順調に育っていて、体重もいいペースで増えている。最近は笑顔を見せることも増えてきて、嬉しい限りだ。
大学院のクラス「比較政治制度」は、まあ順調に進んでいる。学生からもっとバシバシ意見が出ればいいのに、とも思うけど、このくらいでよしとすべきなのかとも思う。毎週、課題文献を自分でも読んで、クラスで話す内容を考えるのだけど、それが非常にいい勉強になる。新しい論文のネタも見つかるかもしれないし。このまま生産的な学期にしたいものだ。
- 2007−9−13(木)の朝
安倍首相って、総理になる以前は強気で芯の強そうなキャラで売っていたのに、就任したら急にソフトで丸くなって、あれよあれよという間にひ弱で自信なさそうなキャラに変わってしまったなぁ。どうしてなんだろう。
で、民主党は「解散に追い込む」「総選挙で過半数」と勢いづいてるけど、僕は次期総選挙で民主党が自民党を破ることは極めて難しいと思ってるので(2〜3回後には十分ありうると思うが)、あまり威勢のいいことを言ってると、ひっこみがつかなくなって自爆してしまうんじゃないかと、他人事ながら心配している。
- 2007−9−7(金)の朝
今日で秋学期の2週目が終了。先週末は学会参加のためシカゴに行ってきたし、いろいろ慌しい日々だった。今学期は、僕の専門分野である比較政治制度論についての大学院のセミナーを担当しているのだが、今のところうまくいっている。人数も10人で、このくらいが一番やりやすいかもしれない。
- 2007−8−27(月)の早朝
今日から新学期スタート。今朝はやたら早く目覚めてしまった。今日は午前10時から学部生対象の講義だが、一回目なのでシラバスの説明程度で終わるつもり。水曜の大学院のクラスについては、この週末の間にシラバスに修正を加えたので、また秘書さんにコピーを頼まなくては。
- 2007−8−23(木)の夜
いよいよ来週から新学期で、今日は会議のために大学に出勤。久しぶりに会う同僚と夏の間のことを喋ったり、新採用の同僚と挨拶したり。
シラバスのコピーを秘書さんに頼んで、新学期の準備はほぼ整った。明日は会議が3つもある。
- 2007−8−13(月)の夜
今日は気温が40度くらいまで上がったらしい。さすがはテキサスの夏である。が、家の中は建物全体に冷房が行き渡っているので、ほぼ全く外に出なかった今日は全然暑さを感じなかった。
昨日の昼頃に15分ほどの停電があった。ちょっと離れた市の発電所での不具合が連鎖反応を起こしてこの市に停電をもたらしたらしいのだが、その15分ほどの間は冷房も止まり、やはり家の中がムンムンと暑くなるのが分かった。わずか15分だったから良かったものの、これが長時間になった場合、大人はいいとして、子供のことが心配である。最悪の場合は車の中に入って冷房にあたることになるが、さらに長期間になって、ガソリンが底をついたら??そう考えると、40度にもなる場所に都市が立地していることが不自然な気がしてくる。人間社会って実は脆弱なものなんだなぁ。
- 2007−8−11(土)の朝
「続く」なんて書いてからずっと日が開いてしまいました。すみません。ゆっくり書く余裕がないのでこれはやめておきます。
もう夏休みも2週間で終わりである。今は、秋学期に教える大学院のセミナーで読ませる文献を絞り込んでいる。これはけっこう楽しいし、自分の勉強にもなる作業だ。
- 2007−7−30(月)の夕方
選挙の開票速報を観ることは僕にとって趣味と実益を兼ねた、非常に楽しみなイベントなのだが、これまでは日本の選挙の結果はネットで見るしかなかった。しかし今回の参院選は、去年から契約している日本語放送のテレビ局がNHKの開票特番を生放送で流してくれたので、早起きしてずっとテレビに噛り付いて堪能することができた。
さて、自民党の歴史的大敗に終わった今回の選挙であるが、就任直後は7〜8割もの支持率を誇った安倍首相が一年足らずの間にこんなことになるとは、恐るべき変化である。郵政造反組の復党・年金問題・数々の失言・カネを巡る問題など、確かにいろいろなマイナス材料はあったが、しかし、それらはここまでの激変を起こすほどの大きさだったのだろうか?分析をする前に軽々しいことは言いたくないが、でもなんだか、それら一つ一つの出来事のレベルとは違う何かもっと大きな変化が起きているような気がする。
さて、この先注目されることは2つ。1つは国会運営。与党が衆議院で3分の2を確保しながら参議院で過半数割れするというのは極めて特殊な状況である。日本に限らず、世界的にも非常に珍しいだろう。日本の憲法の規定では、衆議院で3分の2が賛成すれば参議院が何を言っても法案は成立するわけだが、さて、与党はその手段を用いるかどうか。(新聞がそれについてどう書くか、新聞かどう書くかを政府がどう予測するかによってそれは決まるんだろうが)
もう1つの注目は、もちろん次期衆院選である。(続く)
- 2007−7−26(木)の夕方
新生児は顔つきも性格もコロコロ変わってゆくものらしく、顔は今では生まれたころの面影はほとんどないし、睡眠パターンや泣き方パターンもどんどん変化している。数日前までは四六時中寝ていたのに、今ではけっこう覚醒時間が長くなっている。もうしばらく経つと、くすぐると笑ったりするようになるそうで、それは非常に楽しみである。
夏休み中でほぼ毎日ずっと家にいるので、僕もオムツ交換に熟達してきた。交換中にオシッコをかけられたことも数回。これは男の子を持つとみんな経験することらしい。オムツを交換した数分後にウンコの音が聞こえると脱力してしまうが、こんなことも後になると懐かしい思い出になることだろう。
- 2007−7−21(土)の昼
父親になった。
ここには書いてこなかったけど、妻は去年から妊娠していて、先日、元気な男の子を産んでくれた。予定日より二週間近く早く生まれたけど、全く順調で、とてもよく眠るので助かっている。
息子は日米両方の国籍を持つことができる。アメリカのほうの手続きは病院がやってくれて、出生証明が郡の役所に登録され、近いうちに社会保障番号も決まってカードが送られてくるそうだ。出生証明書があれば、アメリカのパスポートが取れる。日本のほうの手続きは、僕のほうからヒューストンの日本領事館に郵便で書類を送ることになる(出生届の用紙はしばらく前に取り寄せておいた)。日本で戸籍に登録されたら日本のパスポートを取ることができる。
日本とアメリカではいろいろ出産に関するやり方が違うようだ。生まれた翌日だったかにさっそくB型肝炎の予防注射をやったが、これは日本ではしないらしい。これから、こっちではしないけど日本では行う予防接種のことなど、いろいろ調べていく必要がありそうだ。
子を持ってる同僚たちによると、子育てのために時間はたくさん取られるけど、それ以上に子供からエネルギーをもらって仕事へのやる気が起きるそうだ。僕もぜひそうなりたいものである。これからは生活のパターンは一変するけど、各方面に益々頑張ろうと思う。
(ところで、息子の名前・誕生日・顔写真についてはこのサイトに載せる予定はありません。名前については、極めて日本的な名前でありながら、短くて、アメリカ人にも覚えてもらいやすそうな名前です。)
- 2007−7−15(日)の昼
しばらく更新していないけど元気です。近日中にいろいろ書く予定です。(ちなみに、鳥のヒナの件は残念な結果に終わってしまいました)
- 2007−7−7(土)の夜
4日の独立記念日の日は、野球観戦に行ってきた。地元のレンジャーズがエンゼルスを迎えての試合。残念ながら大塚は投げなかったけど、息詰まる接戦で、最後にはレンジャーズが勝ったし、いい試合だった。試合後には、独立記念日を祝っての花火があって、それもよかった。
今日、庭で不要になった樹をノコギリで切り倒すなどの作業をしていたら、ふと、足元に鳥のヒナが落ちているのを発見。たぶんまだ生まれたばかりで、羽根すら生えていない。切り倒した樹をよく見たら、確かに鳥の巣がついていた。なんと可哀相なことをしてしまった、と思ったが、やってしまったものは仕方ないので、巣を取ってきてヒナをそこに入れた。口を大きく開けてエサをせがんでいるようだったので、虫やミミズを捕まえてきて口に入れてやったら、ちゃんと食べてくれた。さて、明日以降どうなることやら。生き永らえてくれればいいけど…。

- 2007−7−3(火)の夜
先日、初めてロデオ観戦に行ってきた。観光客向けのショーじゃなくて、正式な競技のロデオが、ダラス近郊の街・Mesquiteで毎年4月から9月まで毎週金曜と土曜に開催されている。滅多にない機会だからと思って、最も高価な最前列の指定席を事前に買っておいて、勇んででかけた。もちろんカウボーイハットをかぶって。
ロデオのような競技が果たして人気あるんだろうかと実は半信半疑だったのだが、会場の前まで来ると道路は渋滞して、ロデオ観戦に来た車が数珠繋ぎになっていた(もちろん、ピックアップトラックがやたら多い)。会場に入っても人の多さにビックリ。で、カウボーイハットをかぶった客が非常に多かったので、僕は全然目立たず。テキサス文化の本拠地に辿り着いた気がした。
競技開始前に、選手とスタッフがみんな馬に乗って競技場を一周して観客への挨拶をした。僕は最前列なので、手すりの隙間から手を伸ばして、選手たちに握手してもらったりした。馬も選手も、非常にカッコいい!

競技の内容は、暴れ馬や暴れ牛を乗りこなすものや、投げ縄で牛を捕まえるもの、牛の角を掴んで組み伏せるもの、馬に乗ってコースを走り抜ける時間を競うもの(女性限定)など。正式な競技会ではあるが、さすがにアメリカのプロ・スポーツだけあって、観客を楽しませる様々なアトラクションが途中に組み入れられていた。一番面白かったのは、観客の中で8歳以下の子供達が客席から競技場に降りてきて一列に並び、ヨーイドンで一斉に走ってみんなで子牛を捕まえるもの。観戦に来る子供達にはこれが一番のお楽しみなのだろう。全部で100人以上もいただろうか。その周りで親達はシャッターチャンスを狙ってカメラを構える。で、子供達は凄い勢いで子牛に向かって走り始めるのだが、いざ牛に接触すると、捕まえることもできず、牛が行く方向に結局道が開いてしまい、子供達は追いかけるだけになってしまっていた。会場に着いたときから、観客の中にとにかく親子連れが多いなとちょっと不思議に思っていたのだが、子供達がこれに参加するのを楽しみにしてるからに違いない。
出場していたロデオ選手の競技レベルは、ESPNの放送で観るような一流選手からすると落ちるようであったが、やはり会場で生で観るのは面白かった。ルールもよく分からなかったけど、非常に迫力があり(特に最前列だったから、馬が蹴った土の塊が飛んできて僕の耳に命中するなどした)、異文化体験としても非常に満足した。とても楽しかった。