- 2008−8−22(金)の夜
夏休みが終わってしまった。来週から秋学期開始で、僕の就職4年目が始まる。今日は政治学部の教員会議があったのだが、年度初めからいきなり話し合う用件がたくさんあって、2時間もかかった。
僕が今学期教える科目は、春学期に教えたのと全く同じ2科目なので、けっこう楽になりそうである。その分だけ研究を頑張らねば!
- 2008−8−4(月)の夜
旅の6日目の続き。
テキサス州に入ってしばらくしてから、ちょっとした目的地に行くために脇道に入った。何かというと、これ:

「Loving」という素敵な名前のカウンティー(郡)である。いい名前なので、この看板の前で記念写真を撮ったりした。このLoving郡は、名前が面白いだけでなく、全米に3千以上ある郡の中で最も人口が少ない郡でもある。前回の国勢調査時の人口はなんと僅か67人。
その日は、Pecosという人口約1万人の街に宿泊。その街に何か目的があったわけではなく、ただ通り道だったから。人口の8割がヒスパニックだそうで、ホテルの人に教えてもらったメキシコ料理の店に行って夕飯を食べた。本当にメキシコにいるような雰囲気の店だった。アジア人の客は相当に珍しいようだった。
そして7日目は最終日。高速道路をひたすら真っ直ぐ走って帰った。面白いものをいろいろ見て、有意義な旅だった。
- 2008−7−21(月)の深夜
旅の6日目はエルパソ市を出発して東へ。エルパソはメキシコとの国境沿いに位置する街で、リオグランデ川を挟んだメキシコ側には、エルパソより遥かに大きな都市が存在していて、国境を挟んだ双子都市になっている。川幅はそんなに広くないので、メキシコ側の様子はよく見えるのだが、やはりボロボロの家屋がたくさん並んでいて、両国の経済格差の大きさを残酷なまでにハッキリと表していた。向こうの人々はこっち側をどうみているのかな、などと思いながら車を走らせた。
再びニューメキシコ州に入り、Carlsbad Caverns国立公園に到着。世界有数の大きさを誇る巨大な鍾乳洞で、ここも世界遺産に指定されている。歩くコースが複数あって、訪問者は時間の余裕に応じてどのコースを歩くか選べる。僕らは最も一般的なコースに決めた。N子さんは前にここに来たことがあったが、そのときは別のコースに行ったそうなのでちょうどよかった。
中はとにかく巨大
Carlsbadを出た我々は車を南東に向かわせ、再びテキサス州に入った(この旅行記は次回完結)。
- 2008−7−13(日)の夜
そして旅の4日目はサンタフェの市内観光。

有名な観光地であるこの街は、街並みを独特に保つために建築に厳しい規制がかけられていて、市民の住宅もすべて四角くて土色の壁をした建物になっている。チェーンのスーパーやレストランも(例えばマクドナルドなんかも)看板の色やデザインをこの街の雰囲気に合ったものにしなければいけない。観光客向けのホテルや土産物屋はもちろん、この前日に見たTaos Puebloによく似せた建築をしている。
歴史の古い街だけに、いろいろ面白いものがあった。

これはアメリカで最も古い家だそうだ。でもいつから建ってるかは正確には分からないようだ。

これはアメリカで最も古い教会の建物。今でも教会としての活動がこの建物で行われている。
翌日、5日目はサンタフェを離れて南下。田舎道をひた走って辿り着いたのは、White Sands。白い砂丘である。

白い砂(普通の砂とは材質が違うらしいのだが)が延々と果てしなく続く広大な砂丘であり、風で車道に積もった砂をブルドーザーが取り除いている様子はまるでスキー場の駐車場での除雪作業のようだった。白い砂漠なんて普通は想像もしないので、その光景の意外さを面白く味わった。

とりあえず三点倒立しておいた。
この日は夕方に再びテキサス州に入り、El Paso市に到着。
- 2008−7−4(金)の夕方
旅の3日目は、サンタフェ近郊を観光。まず行ったのは、Bandelier National Monument。ここには美しい渓谷の中にずっと昔の先住民たちの住居跡が残っている。長時間歩けばもっと多くを見られるらしいが、僕らは乳児連れということもあり、最も手軽に見て回れる数箇所だけを見学した。

このように岩壁に穴があいていて、そこにずっと昔インディアンの人々が住んでいたとのこと。

中に入れる穴もいくつかある。
非常に興味深かった。また、この遺跡は渓谷の底の部分にあり、景色も素晴らしく、緑も多いので森林浴のような楽しみもできた。
Bandelier National Monumentに大満足した我々は、次にサンタフェの北方にあるTaosという小さな街を目指した。そこには、世界遺産に指定されているTaos Puebloがある。それは独特の建築法で作られた先住民の住居で、なんとそこに今でもその子孫の人々が住んで生活しているのである。

このような、四角い部屋を次々に上へ横へと繋ぎ合わせていったような構造をしている。家族が増えるたびに増築していった結果なのだそうだ。一番高いところは5階だとのこと。
この村には今でも150人程度のインディアンの人々が住んでいて、電気も水道も通っていない。でも多くの家族は車を持っていて、車のバッテリーを室内に引いてテレビを見たりしているとのこと。さすがに民家の中までは見せてもらえないけど、外から見るだけでも非常に興味深かった。

村の中に小川が流れているのだが、男性が馬に乗ったまま平然と川をザブザブ渡っていく姿を目撃して、痺れた。馬に乗って出かけるというのが彼らにはごく普通の生活の姿なのだった。
そのあとも馬に乗った人をみかけた。村を出るとき、駐車場整理係の人(この人も先住民)とちょっと話すことができたのだが、彼に「馬がたくさんいるね」と言ったら、「今日は少ないんだよ」と言われた。ちょうどその日は、村の多くの男達が馬に乗ってウサギ狩りに出かけていたそうだ。凄い。そういう生活をしている人が同じアメリカ国内にいるとは。その駐車場整理係の人によると、やはり若者の中には村を出て都会に行ってしまう人もいるが、彼は村の生活が大好きで、文明社会の便利さなどは無いけれども、「これが人間の本来の姿だと思うよ」と誇らしげに語っていた。
- 2008−7−1(火)の夜
旅行2日目は、アマリロを出発して更に北西に走り、ニューメキシコ州に入って、州都のサンタフェ市まで行った。

テキサス州の最北西端の地域には初めて行ったのだが、なんともまっ平らで、猛烈にだだっ広い場所だった。州境を越える前の最後の街の名前は"Texline"だった。当然ながら、州境にあることに由来する名前だそうだ。
ニューメキシコ州に入ってしばらく行くと、それまで平坦だった土地にだんだん山が見えるようになっていった。でも降雨が少ないのか、緑は少ない。そして、この日の目的地の1つ、Capulin Volcano National Monumentに到着。

左右対称の、とても綺麗な形をした死火山で、山頂近くまで車で登れるようになっている。上の写真で、山の中腹あたりに斜めに線が走っているのがみえるが、それが道路である。山の周囲をグルッと登っていくことになる。山頂の標高は2500mほどもあるが、もともとが高原に位置しているので、麓と山頂との高低差は300m程度である。
山頂近くの駐車場に着いて車を降りると、噴火口の跡に下りていく道と、噴火口の周りを一周する道とがあった。僕らは一周するコースを歩いた。心地よい風が吹き、景色も良かった。
その後、州都のサンタフェに向かった。途中で雷雨になったが、夕方頃、無事に到着。サンタフェは標高2134mの高地に位置していて、全米50州の州都のうちでもっとも高いところにある(ちなみに、日本の都道府県庁所在地の中で最も高い長野市でも400m程度である。日本のJR線の最高地点が1375mであるから、サンタフェの標高は相当のものといえるだろう)。
この地域には、メキシコを支配したスペイン人が16世紀から入ってきていた。メイフラワー号の到着よりも、ジェームズタウン植民地よりも、更に早くからここには都市が作られていたのである。道路の名前もほとんどがスペイン語だったし、都心部の道路が格子状でなく放射状になっているのもスペイン式なんだとか。
- 2008−6−30(月)の夜
旅行第1日目は昼過ぎに家を出発。日本から遊びに来てくれていた妻の友達(以下「N子さん」と表記)と、僕と妻と息子の4人で、レンタカーのミニバンに乗ってひたすら北西に走った。
同じ道を一昨年の11月にも走ったのだが、とにかく広大な場所で、地平線がずっと広がっていた。西へ行くにつれてだんだん緑が少なくなっていった。

途中、ラクダ牧場が道路脇にあってビックリ。ここで育てたラクダはどうなるんだろう?
その日は夕方遅くにアマリロに到着。
- 2008−6−27(金)の夜
お久しぶりです。一週間ほど旅に出ていました。数回に分けて旅行記を掲載しようと思います。
- 2008−6−10(火)の夜
夏休みに入り、基本的に家に居ながら仕事する日々が続いている。自宅のパソコンの遅さに悩まされながらも、ここ数日は2つの研究の間を行ったり来たりしながら、楽しく仕事に没頭している。関連が全くないと思っていた2つの研究の間に意外な接点を見つけたりするのはとても面白い経験である。
- 2008−6−1(日)の夕方
木曜日に期末テストをやって、それから採点と最終成績の報告の作業をやって、ようやく終了。これで就職3年度目の業務が完了した。これから秋学期が始まる8月下旬までの間は思いっきり研究に没頭する予定である。かなり野心的な計画を立てたのだが、なんとかそのペースを守って論文の執筆と改定の作業を進めていきたい。
- 2008−5−27(火)の朝
昨日はメモリアル・デイの休日で、金〜月と4連休だった。今日と明日と2回授業をやったら、あとは木曜日に期末テストをやって終了になる。今日は課題の締め切りなので、今日の午後からそれの採点に取りかかって、木曜朝までの終わらせないといけない。
- 2008−5−21(水)の夜
もう授業の3分の2くらいが終了。早朝から3〜4時間も授業をやってると、やはり疲れる。たまに座って講義したくなることもあるけど、今のところはずっと立ちっぱなしで喋り続けている。学生達の顔にも疲れが見えるようになったけど、座って聞いてる彼らよりも、立って喋ってる僕のほうが疲労するに違いない。あと約一週間でこの講座も終わるので、それを楽しみになんとか頑張ろう。
- 2008−5−14(水)の夜
短期集中講座は今日で3日目が終了。すでに3割の内容を消化したかと思うと、そのペースに驚くばかりだ。去年もこの3週間講座を教えたけど、普段の学期よりも実はけっこうやりやすい。普段だと1コマは50分や80分で、区切りのよくないところでストップしなければならなかったり、そうすると次回の冒頭にちょっと復習をしてから続けねばならなかったりするけど、この集中型講座では休憩を取るタイミングを自由に決められるから、区切りのいいところでいつも切ることができる。さらに、学生の出席率が良い。学生たちも、1日休んだらどれだけ遅れるか分かってるんだろう。来週の月曜日には早くも中間テストをやる。
- 2008−5−11(日)の夜
期末試験の採点と成績の報告を終えて、今学期の業務は終了。でも、いつものように文句と哀願のメールは届いているので、それらを処理したら本当に終わりと言える。
で、明日からさっそく夏期講座が始まる。僕はいつもと同じ「比較政治学」を明日から3週間集中で教えることになっている。3週間と言っても、金〜日は休みだし、最後の日は期末試験で、途中に祝日も1日入るから、授業をするのは僅か10日である。その10日間で、いつもは一学期かけて教える内容を全てこなすのだから、かなりの詰め込み式の講義になる。
さて、今日は母の日。母親一年目の妻に日頃からの感謝を示すために、今日は僕が夕飯を作ることにした。ネット上でいろいろ検索して旨そうなモノを探してメニューを決定。妻も僕も食べたことのない料理を作った。僕が作るといっても、食材や調味料の場所は妻に訊かないと分からないので、結局何度も妻を台所に呼ぶことになってしまった。
けっこう時間がかかって、やっと完成。妻は「美味しい」を連発してとても喜んでくれた。僕も日本酒で晩酌。たまの気分転換としてなら、料理も割と楽しいものかもしれないと思った。
- 2008−5−7(水)の夜
昨日、両方のクラスで期末試験をやって、あとは採点して成績を出せば今学期の業務は終了。大学院の統計のクラスは、採点を途中までやった感じでは、相当に上から下までの差が大きそう。誰も落第させる必要がなければいいけど。
昨日はインディアナ・ノースカロライナ両州で予備選があり、僕は開票速報の途中からずっとテレビに釘付けだった。インディアナ州で開票率80%を過ぎてからの展開は非常にドラマチックだった。日本のメディアがどのように報道しているかは分からないが、こちらではもうオバマ氏の勝利はほぼ確定との見方が広がっている。テレビのコメンテーターが「誰が民主党候補になるか、これで分かりましたね」と言ったり、ヒラリー陣営の主要幹部がヒラリー本人に「もう終わった」と告げたとか。
ヒラリー氏の撤退はもう時間の問題であるが、その撤退のタイミングはいつになるだろうか。僕はまだけっこう長引くのではないかと思う。少なくとも今月中は。というのは、どうせ負けるのであればあとは失うものはないので。これからもしかしたらオバマに巨大スキャンダルが降りかかるかもしれない。例えば隠し子がいたとか、実はモスクで礼拝をしていたとか、そんな話が出てきたら一発でアウトであろうから、ヒラリー側はその可能性にかけてなるべく撤退時期を引き伸ばそうとするかもしれない。
早期の撤退があるとすれば、選挙資金の枯渇か、または民主党の大物(エドワーズ・ゴア・カーター・ディーン・ペロシ等)が揃って出てきて引導を渡すか、そのあたりだろうか。
次の注目は、マケイン・オバマ両候補の副大統領候補選びである。これもまた非常に面白い。
- 2008−5−2(金)の朝
学期末。今週で通常の講義は終わり、来週が期末試験週間になる。今学期もまずまずうまく終わりそうだ。今学期はこれまでにやった授業を繰り返すだけだったので、授業の準備の面では相当に楽になったけど、それでもやはり、採点とか内容の修正とか、それなりに時間はかかるものだった。でも、大学院の統計のクラスは、今回やってかなり内容が固まったので、次回(来年度からは秋学期開講になる)からはグンと仕事量が減りそう。