大学の友達2人が家に遊びに来て2泊していった。もともとは8月はじめころに来て海でキャンプする予定だったのだが、事情で8月下旬になったため、海にはクラゲがでてしまって海水浴には適さない。さてどこに案内して何をしようか、と悩んでいた。
しかし、意外にも行くところはたくさんあった。
僕が高校3年間通った村上市(車で20分)へ連れて行って、昔の城跡がある小さな山に登ったら、まわりの自然豊かな風景が一望でき、ほぉなるほど、と思った。自分が育った場所だから当然のように思っていたが、客観的に見たら、結構めずらしいほどに自然がそろっている。
まず、海にも山にも近い。新潟平野の北端にあるので、平野が狭くて海から山までの距離が短いのである。中学生のころ、夏の暑い日には友達と自転車で海へ行ったものだし、都会から離れているので海はきれいである。山も、車で20分のところにスキー場が2ヶ所もある。
3人で海へ行った。車で北へ30分も走ると、入り組んだ海岸線と美しい夕陽で有名な「笹川流れ」がある。子供のころから何度も訪れたところであるが、改めて見ると確かに綺麗なところだ。浜辺で遊んで、新鮮な海鮮料理を食べ、次は山へ向かった。車で登ってゆく川沿いの山道は、飽きるほど見慣れたところであるが、清らかな渓流は確かに素晴らしい。平野育ちの2人には特に珍しかったようで、とても喜んでいた。誰が決めたのかは知らないが、この川(荒川)は日本で四万十川の次にきれいな川だそうだ。
人里離れた山道をどんどん登ってゆき、飯豊山麓の「泡の湯温泉」(山形県小国町)という秘湯に入った。ここまでも僕の家から車で一時間かからない。しかも、こんな奥まで来なくても、温泉は家から20分以内に6ヶ所もある。
次に連れて行ったのは、荒川の支流の大石川で、僕が6歳まで育ったところである。水が澄んでいるし、上流で流れが速いので、魚取りにも泳ぐにも遊んで楽しいところだ。僕にしてみれば川で泳ぐというのはごく当たり前のことであるが、考えてみれば、今の日本でこんなところは貴重なのかもしれない。「プールと違って塩素臭くないし、海と違って塩辛くないので、新鮮な感じがする」との感想を聞き、そういえばそうか、と妙に納得した。
2人は、大いに気に入った地酒を2升も買い込んで、喜んで帰っていった。この週末は僕にとっても大きな収穫であった。今まで気づかなかったふるさとのよさを再発見できたからだ。
海あり山あり川ありのこんな場所で18歳まで過ごせたことは、なにものにも代え難い財産だと思う。高校のころは、こんな田舎は嫌だ、早く都会に行きたい、といつも思っていたものであるが、5年間離れてから帰ってきて、24歳になって、やっと分かった。こんな素晴らしい環境に囲まれたところは滅多にない。人間にとって本当に大切なものが、ここにはある。
地方の若者が都会に憧れる気持ちはよく分かる。僕自身も昔はそうだった。しかし、流通の高速化と通信の高度化のおかげで、地方に住むことの不便さはかなり小さくなってきている。コンビニには全国どこでも同じものが置かれているし、本もいまや電話一本で買える。特に、インターネットの普及は、住む場所によるハンデを劇的に解消した。今では、東京にいるから情報が入ってくるというのではなく、情報を得ようとする人に情報は入ってくるのだ。東京一極集中の是正は、このような技術の進歩によってはじめて具体性を帯びてくる。
技術の向上と僕自身の成長によって、僕はふるさとが好きになった。電車は一時間に一本しか来ないし、デパートも映画館もないが、そんなことは人間の生活にとっての本質では決してない。最新流行の洋服や遊びからは遅れるだろうが、幸いにも僕はそんなことに全く関心がない。
空気がきれいで、水も澄み、旨い米と新鮮な魚があり、海と山と川がある。将来、自分の子供はこういうところで育てたいと思っている。
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