留学記「大学院をミシガンで」
12月 < 2000年1月 > 2月
- 2000−1−1(土)
迎春 あけましておめでとうございます。
結局、Y2K問題は混乱もテロもなく、平穏に2000年元旦の朝が来た。と思ったら、昨夜、うちの大学の建物の一つが火事になったそうだ。政治学研究科が入ってる建物のすぐ近くの、農学関係の建物で、1909年から建ってる非常に歴史のあるところだそうだ。全焼したわけではないそうだが。明日見に行ってみよう。
アメリカの年末年始は、大学フットボールのクライマックスの時期である。今年のチャンピオンを決める「シュガーボウル」は3日後だが、今日は我がミシガン州立大学が出場する「シトラスボウル」の日である。相手はフロリダ大学。そういえばフロリダにも合格したんだよな、と思い出した。もしこっちに合格してなかったらフロリダ大学に行ってたかもしれず、フロリダからこの試合を見てたかもしれないと思うと、何か変な感じ。試合は逆転につぐ逆転の、手に汗握る好ゲーム。試合終了直前に決勝フィールドゴールが決まって、37−34で勝利した。とても気持ちよく1年のスタートを切れて、気分爽快。
・・・もしフロリダ大学に行ってたら、嫌な元旦になったんだろう。ミシガンに来ててよかった。
- 2000−1−3(月)
毎日部屋に一人でいるのはよくないと思って、今日はバスを乗り継いで隣り街のショッピングモールに行ってみた。初めて行ったのだが、大学の近くにあるショッピングモールとだいたい同じくらいの規模で、入ってる店もほとんど似たようなもの。ちょっと欲しい服もあったのだが、結局何も買わずに帰った。安月給の身分の悲しいところだ。
バスに乗っていつも思うのは、乗客に黒人が多いことである。人口比でいえば、この地域の黒人比率は1割以下だと思うのだが、バスの乗客は半分が黒人だったりする。この地域は典型的なクルマ社会なので、バスに乗っている人はほとんどの場合、「クルマが買えない」人ということであり、このあたりに人種間の所得格差がくっきりと現れている。日本社会に住んでいるとほとんど意識することはないが、アメリカには「社会階層」という現実が厳然と存在している。
あと、今日は散髪に行ってきた。もうすぐアメリカに来て5ヶ月になるのだが、なんとまだ2回目の散髪。前回と同じ、わずか10ドルの荒っぽい床屋。安月給の身分の悲しいところだ。
- 2000−1−4(火)
冬休み、友達がみんな帰省してしまってからのここ2週間、誰とも話すことのない生活を送ってきた。スーパーのレジの人にサンキューと言うことはあっても、まともな会話を交わす相手は誰一人いず、かなり異常な生活だった。しかし、それも今日で終わり。韓国人の同級生W君が帰ってきた。7人の一年生のうち、最も仲のいい奴である。さっそく昼飯を一緒に食べに行った。韓国料理の店で、うどんみたいなのを食べたのだが、これがめちゃめちゃ旨い。毎日缶詰を食べていたからかもしれないが。
彼は韓国に妻子を残してきている。「休み中は毎日子供達と遊んでいたので、全く勉強していない。ちょっと心配だ。」とのこと。しかし、僕はずっとここに残っていたのに、たいして勉強してない。まったく、この2週間いったい何をしていたのか、自分に呆れてしまう。
- 2000−1−5(水)
朝飯を食いながら適当にテレビのチャンネルを変えてたら、なんだか見覚えのある映像を見つけた。昔っぽい街に馬車なんかが走り、ズボンをサスペンダーで吊ったお父さんはモジャモジャ頭だ。これは、子供のころNHKで観た、「大草原の小さな家」じゃないか?と思って、番組表を見たら、確かに「Little House on the Prairie」だ!懐かしくて嬉しくて、かじりつくように観た。話は、街の有力者で金持ちの嫌な奴が最後には失敗するという、典型的な勧善懲悪のドラマ。これを観ながら思ったのだが、アメリカの保守派の人々が思い描く「古き良きアメリカ」のイメージはもろにこれなのではないだろうか。家族の絆とか、父親の威厳とか、地域共同体のあり方とか。現在のアメリカで麻薬汚染・家庭内暴力・児童虐待・学校での銃乱射などが大きな問題になってるのに比べると、確かにかなりの落差である。
今学期TA(ティーチング・アシスタント)をするクラスの教授のところに行ってきた。正規の授業の他に、自由参加のディスカッション・セッションが週1時間あり、それを僕が担当することになってしまった。「戦争と革命」という全く畑違いの分野であることに加え、この拙い英語力で、果たしてそんな仕事が勤まるのだろうか。そのためには教科書もちゃんと読んで授業も理解しなければならず、先学期のTAの仕事のような楽な具合にはいかない。相当に厳しくなりそうだ。あと、TAの特権で教材類は支給されるのだが、その授業でニューヨークタイムズ(新聞)の購読が指定教材になっているため、タダで配達してもらえることになった。それはラッキー。
- 2000−1−6(木)
また図書館で本を6冊も借りてきて、これで借りてる本は26冊になった。本棚の一段が埋まるほど。こうなると、どの本の返却期限がいつで、とかがわからなくなってくるけど、インターネットで自分の利用状況をチェックでき、返却期限の一覧表も見れるしくみなので、なんとも便利。日本の大学にいたころはこんな便利なサービスは無かった。
やっと寮の食堂が開いた。月曜から新学期なので、帰省から帰ってくる学生も多く、静まりかえっていた寮がまた賑やかになってきた。
- 2000−1−8(土)
あさってから新学期開始だ。今学期は、「計量分析」と「アメリカ政治入門セミナー」の2科目を履修する。先学期に3科目とって、なんとか及第点はとれたものの、しっかりと理解できたかといえばそうではない。時間がなくて読めなかった文献も多かったし、かなり「やっつけ仕事」になってしまった。その経験と反省から、今学期は2科目に絞ってじっくり攻めることにした。2科目ともにハードなクラスになりそうだし、どちらもしっかり理解しないと後で困る種類の科目だから。3から2に減らすのは、逃げるのではなく、戦略的後退のつもりである。
アメリカ政治のクラスでは、教科書が12冊も指定されている。恐ろしい話だ。アメリカ政治は今までほとんど勉強したことがないのに、いきなり大学院から始めるのだから、厳しい。教科書のタイトルも、「投票行動」とか「政治心理学」とか、苦手の分野のものが多い。もう1科目の「計量分析」は先学期の「統計学」の続きで、同じ先生が担当する。こっちは教科書は4冊だけだが、そのうちの1冊は古本で67ドルもした(新品で買うと100ドル近くするらしい)。そんなわけで、今学期の教科書代は300ドルを超えた。
その2科目だけでも大変なのに、TAの仕事もある。おととい書いた「戦争と革命」のクラスともう一つ(まだ決まってない)。先学期より楽になるとも言えなそうだ。また徹夜の連続の16週間になるのだろう。まあ、やるしかないんで。
- 2000−1−10(月)
いよいよ春学期開始。今日は自分の授業はなくて、TA(ティーチング・アシスタント)の「戦争と革命」のクラスだけ。400人の大講義なので、シラバス(講義概要)を配るのにも時間がかかる。さらに、遅れてくる学生もやたら多くて、後から入ってくる連中にいちいちシラバスを渡すためにずっと教室の後ろで立ってて、疲れてしまった。まったく、学期の初日から遅刻してくるなんて、気合いが足らん!
午後、スポーツ施設に行って筋力トレーニングをしてきた。一回の利用に1ドルかかるのだが、一学期間有効の権利が23ドルで買えるので、今学期はそれを買った。学期が進むにつれて、忙しくなってなかなか行けなくなるのは目に見えているので、今のうちに体力の貯金を作っておこう。
- 2000−1−11(火)
「計量分析」と「アメリカ政治入門セミナー」の2科目とも開始。計量のほうはまだいいとして、アメリカのクラスには参ってしまった。うちの研究科でも厳しいことで有名なクラスであるが、予想の範囲をはるかに超えるキツさ。週に一回ながら、2時間50分の長時間で、毎週2ページのペーパー提出と、学期末にテストとペーパー。指定文献の量は猛烈で、例えば来週の今日までに読まねばならないものが合計370ページ。必読文献だけでそれで、推奨文献はたぶん毎週2000〜3000ページくらいあるだろう(誰が読むか)。
担当の先生は、「自分は毎晩2時に寝て、朝7時には研究室に出勤している」と言っていた。さすがに一流の学者である。でも、同じことが期待されているとしたらたまらない。
学生は僕以外はみんなアメリカ人であり、僕はアメリカ政治を今までちゃんと勉強したことがない。それで心配になったので、質問してみた。「自分はアメリカ政治を勉強したことがないのだが、指定文献以前の基礎知識は想定されているのか」と訊いたら、答えは「NO」。さらに先生は、「アメリカ政治を勉強したことがないという君だからこその斬新な視点がこのクラスに貢献しうる」と言ってくれて、この言葉になんとか元気づけられた。
- 2000−1−13(木)
寒いけども晴れてたので、今日は自転車で行こうかと思ったのだが、自転車の鍵が凍ってて開けられなくて、歩いて授業へ行った。実際、路面が凍ってたりしてたので、歩いて正解だった。この状態で自転車は危険。今日は最高気温がセ氏マイナス5度という寒さだった。鼻毛が凍るかと思うくらいの寒さ。遅くまで図書館にいて、夜11時半ころに帰ってきたのだが、あまりに寒かったので、インターネットで気象情報を見たら、なんと華氏零度(セ氏マイナス18度)! これはたまらん。
- 2000−1−14(金)
突然、履修科目を変更した。「アメリカ政治入門セミナー」をやめて、代わりに「政党と選挙」に登録。「アメリカ」の方は毎年開講されるけど、「政党と選挙」は今回を逃すと次は2年後になってしまうということが第一の理由で、それから、アメリカのクラスは、実際に単位がとれるかどうか怪しいくらいに厳しいので、来年、自分の能力(英文を読むスピードとか)が今より上がってからとったほうが合理的、ということも大きな理由。
昼過ぎにその変更を思い立って、登録変更は今日が最終日なので、大急ぎでアドバイザーの先生とか先輩とかと相談して、駆け込みで変更した。これで少しは楽になったけど、浮いた時間をダラダラ過ごすのではなく、生産的に使おう。どうせ今学期は研究論文を一本書かねばならないので、ジャーナルに投稿できるくらいのものを書けるように頑張ろう。
- 2000−1−16(土)
取る科目を変更したため、昨日と今日で、やめたクラスの教科書を返品して新しいクラスの教科書を買い揃えた。どの本屋でも、学期の最初の2週間くらいまでならば、買った教科書を返品すれば全額払い戻してくれる。そのおかげで助かった。
さすがにマンモス大学だけあって、大学の教科書売り場のほかに、教科書を揃えている本屋が学校周辺に数軒ある。それで競争になっていて、どの店でも「期限内ならば返品可」というサービスをやっている。しかし、一軒くらい、「返品不可だけど安い」という店があってもいいと思うのだが。もしそんな店があれば、例えば必修のクラスの教科書なんかは僕はそこで買うと思う。しかし、それはアメリカ人の商慣行に合わないのだろうか?
日本では、例えば安売り大型電器店などは返品不可が普通である。その代わりに値段を下げているし、返品するつもりのない客にはその方が得だ。しかし、僕の知ってる限り、アメリカの電器店などはどこでも返品可である。消費者運動の力の強い国であるし、「気に入らなかったら返す」というのがアメリカ人の常識なんだろうか。僕の感覚からすると、「返品不可だけど安い」店があれば、目的によっては便利だと思うのだが、アメリカ人の感覚からは「そんな不誠実な店はダメ!」となるのかもしれない。
- 2000−1−18(月)
今日はマーチン・ルーサー・キング牧師の日とのことで、授業が休み。教科書をバリバリ読んで、筋トレにも行ってきて、生産的に休日を使えた。
寮の食堂で、今日の夕飯は「マーチン・ルーサー・キング・ディナー」と書いてあったので、旨いものがあるかと期待してたのに、いつもとほとんど同じようなメニューだった。一つだけ普段と違ってたことは、メニューの紙にキング牧師の似顔絵が描いてあったこと。なんのこっちゃ。
- 2000−1−19(火)
「計量分析」の授業で、先生と学生みんなで夕飯を食べに行こうと先週から計画していて、今日のクラスの後で行った。その話がでたときは「食事会」ということだったのに、場所を決める際に、なんとなく飲み屋になった。店に着いて、見たことのない男が一人いるな、と思ってたら、そのクラスで一番カワイイと僕が密かにチェックしてた女の子が、「私の夫」と紹介した。ひゃっひゃっひゃ。
みんな明日も授業や仕事があるので少ししか飲まなかったが、たまにこういうのは楽しい。帰り、たまたま先生のクルマで送ってもらった。トルコ人女性の若い先生なのだが、話を聞いてたら、なんと学部時代は工学部だったそうだ。政治学は大学院から始めたとのこと。それはすごい。なるほど計量分析に強いのもうなずける。
- 2000−1−20(水)
中学か高校の社会科の授業で、「スイスの一部では今でも直接民主制が行われている」と習った覚えがあるが、アメリカ北東部の田舎町でも一部でそれがあるらしい。今日の「政党と選挙」の授業でそんな話になった。「タウン・ミーティング」といって、住民が学校の講堂とかに集まって街の問題を話し合うんだそうだ。先生が「自分の実家の近くでこれをやってた」と話したら、学生の一人が、「あ、うちの実家のあたりも」と。2人は、「ダラダラと長く続いたりするし、出席する人は少ないし・・・」とかなり否定的に紹介していた。本によると、平均の出席率は19%で、出席者のうちで発言するのは37%とのこと。かなり形骸化しているのだろう。ともあれ、先進国の最先端を行ってるようでいて、こういう古いものも残っている、このあたりがアメリカの面白いところだ。
- 2000−1−21(木)
昨日書こうと思って忘れてたこと。「政党と選挙」の授業で、「民主主義には自由なマスメディアが不可欠」という話しになった。その先生は日本政治研究が専門の人で、日本と韓国のメディアの自由度の比較とかの話しをしていて、突然思い出したように、「日本のテレビってのは全く下らない」と言い出した。「ワイドショーとか、あと、自分が今までに見たテレビ番組の中で最もバカらしかったのは、日本で見たオールナイトフジだった」と。
確かに、アメリカのテレビであまり低俗な番組は見たことがない。日本でちょっと前までやってた「スーパージョッキー」の「熱湯コマーシャル」を見たら、アメリカ人は何と言うだろうか。ビデオにとっておいて持ってくればよかった。それにしても、バカらしい番組があるというのは、それを見る視聴者がいるということであり、結局は国民のレベルということになのかもしれない。ちなみに、僕は「熱湯コマーシャル」けっこう好きでした。
- 2000−1−22(金)
スーパーでインスタントラーメンを物色してたら、知らない若い男性に「『戦争と革命』のクラスのTA(ティーチング・アシスタント)の人だよね?」と声をかけられた。そのクラスの学生だそうだ。さすがに学生が400人もいるとこっちから顔を覚えられるはずもなく、でも向こうはこっちの顔を知っている。TAなんかをやっていると、「こっちは知らないけど、相手はこっちを知っている」という関係の人がやたらに増えて、どこで誰に見られているかわからない。日々のちょっとした行動に気を配らねば。
さて、その「戦争と革命」のクラス。400人の大講義のため、週に一回、自由参加の「ディスカッション・セッション」をやることになって、TAの僕がそれを担当。この拙い英語で教壇に立つというのは暴挙ともいえる。今日はその第一回。教授は「どうせ10〜15人くらいしか来ないだろうから、安心して行け」と言ってくれてたのだが、教室に行ってみたら3人しかいない。途中から来たのが3人いて、6人になったけど、2人が途中で帰ったので、最後まで残ってたのは4人。まあ、大勢の前で話すよりは気が楽だけど、ちょっと拍子抜けでもある。
内容は、冷戦期とポスト冷戦期の違いとか、国家主権の概念についてなど。なんとかこっちの言うことを伝えようと、ゆっくりゆっくり話すように心掛けて、たぶん伝わっていたようだったけど、学生の質問が聞き取れない。何度も「ゆっくりもう1度言ってくれ」と頼んでやっとわかったりとか。あと、準備が足りなくて単語に詰まったりもした。次回はちゃんとしなければ。
それにしても、教壇から見ると、私語と中途退出は本当に不愉快なものだ。というか、今日の場合は不愉快というより「自分の授業のどこが悪いんだろう」と心配になった。何気なく隣りとしゃべることが、教える側からはどう見えるのか、逆の立場になってやっとわかった。中学・高校・大学時代の先生達に申し訳ない気持ちでいっぱい。
1時間の予定だったのだが、45分くらいしたところで、一人の学生がカバンに荷物を詰め始めて、他の学生の表情も退屈そうに見えたので、「さて、じゃあ今日はこのくらいにしようか」と言ってやめた。そしたら、その帰り支度を始めた学生は、「あ、うん、腹が減ったから昼飯に行こうと思ったんだ」とのこと。彼に、教える側の気持ちがわかる日はくるだろうか。
さて、今日来てくれた学生たちは、僕の教壇デビューをどう見ただろう。自由参加のセッションだけに、来週何人くるか、そこにシビアに現れるはず。ドキドキする。
- 2000−1−24(月)
大晦日の夜にこの大学の農学部の建物が火事になったのだが、なんと、今になって放火の犯行声明がでたそうだ。Earth Liberation Front(「地球解放戦線」?)という環境保護過激派グループが、報道各社にFAXを送ってきたという。標的にされたのは、遺伝子組み替え作物について研究している準教授の研究室だそうだ。今日の大学新聞によると、その団体は過去3年間に全米各地で7回も放火をしてるという。スキー場とか森林事務所とかに。それはもう環境保護団体ではなくてテロリストというべきだろう。
アメリカでは環境過激派の活動はかなり盛んらしく、うちの大学が狙われたのも初めてではないそうだ。92年には「動物解放戦線」という団体がこの大学の動物実験施設を放火して実験用動物を逃がしたとのこと。動物を逃がすために放火までするなんて、なんとまあ、アメリカには様々な人がいるものだ。
- 2000−1−25(火)
昨日の日記に火事のことを書いたら、さっそく関連することが起きた。
寮に住むことのデメリットの一つは、火災報知機の誤作動・いたずらである。ゆうべ2:30ころ、当然ぐっすり眠ってたのだが、火災報知機の大音響で飛び起きた。眠いし、外は寒いし、無視して寝ていようかとも思ったのだが、やはりもしものことを考えて出ることにした。というのも、先週だったか、アメリカのどこかの大学の寮で火事が起き、多数の死傷者がでていたのである。その寮では、先学期から火災報知機のいたずらが非常に頻繁に起きていたため、多くの学生はまたいたずらだろうと思って寝ていたのだそうだ。
さて、極寒の外に出るための重装備をして、階段を降りて非常口に向かった。そしたら、非常口のとこで、外に出ないでたむろっている学生がたくさんいた。なるほど、ここに居れば寒くないし、万一のときはすぐに逃げられるわけだ。僕もそれに加わって、床に座り込んで警報の止まるのを待つことにした。
結局、いつもより早く、10分くらいで終わったので、みんなゾロゾロと部屋に帰ってった。それにしても、もしものことを考えて、非常時に何を持ち出すのか考えておいたほうがいいかもしれない。遺伝子組み替え食品を出すのがけしからんと、寮の食堂に火をつけられないとも限らないし。
- 2000−1−27(木)
火・木の夕方にある「計量分析」は一年生の必修科目なので、7人の同級生が顔をそろえる。全員、金曜は授業がないので、木曜の授業が終わると、みんなで、「さぁ今週も終わった終わった」とちょっとリラックス気分で家路につく。しかし、僕の場合は、金曜に最も緊張する仕事が待っている。TAのクラスのディスカッション・セッションだ。
自由参加のため、先週は4人しか学生がこなかったが、今週は、月曜にテストを控えているからもっと多く来るだろうと予想。テストのために学生も真剣だろうから、準備もしっかりやらねばならない。教授の講義の要点を自分なりにまとめなおして、1時間におさまるように構成して、確かじゃないところは本で調べなおして、そんなことをしてるうちに夜中になった。眠くて能率が落ちたので、早起きしてやることにして寝た。
- 2000−1−28(金)
朝6時に起きて、ゆうべの続き。しゃべる練習とかも考えると、どこまでやっても準備に終わりはない。午後一時半、さぁいよいよと張りきって教室に向かった。しかし、誰もいない。ちょっと待ったら2人来た。先週来た学生は誰もこない。
月曜にテストがあるし、メールで時間と場所を問い合わせてきた学生もいたし、少なくとも10人は来るだろうと思っていたのだが、なんとまぁ。
2人を相手に授業を始めた。入念な準備のおかげで、けっこううまく説明できたし、2人ともよく理解していたようだった。しかし、昨夜4時間しか寝ないで準備してきたことが、たった2人にしか役立たなかったかと思うと、何とも拍子抜けだ。ハァ。
でもまあ、入念に準備してちゃんと授業した経験が、自分のために役に立ったはずだから、よしとしようか。前向きに前向きに。
- 2000−1−30(日)
一日中雪の降りつづく日。今日はプロフットボールの優勝決定戦であるスーパーボウルの日である。ここ一週間はテレビも新聞も直前情報やら予想やらでいっぱいだった。アメリカのスポーツで1年最大のイベントだろう。
スーパーボウルは夕方からで、それまではちゃんと勉強していようと思ってたのだが、昼飯を食べながらたまたま観たプロバスケットのキングス−ニックス戦で、キングスのジェイソン・ウイリアムスの魔法のようなパスさばきに感動して、つい最後まで観てしまった。今日のプロバスケットはダブルヘッダーで、2試合目もレイカーズ−ロケッツの好カード。ロケッツの新人スティーブ・フランシスが凄いらしいとさんざん聞くので、それも観た。観たら、これまた涙がでるほど感動。結局、それで夕方になった。
さてスーパーボウル。同級生の一人がうちに来て、2人でビールを飲みながら観戦した。彼は少年チームの監督をやっていたこともあるフットボール通で、詳しすぎるくらいに詳しい解説をしてくれた。試合は好プレーが続出し、最後まで気を抜けない大接戦。スーパーボウルがこんなに接戦になることは珍しく、テレビの解説者も「スーパーボウル史上最高の試合」と呼んでいた。2人で応援していたタイタンズが最後には負けてしまったので残念だったが、試合内容の素晴らしさには2人とも大満足だった。優勝したラムズのQBカート・ワーナーは、無名大学の出身で、スーパーマーケットで働きながら室内フットボールに出たり、ヨーロッパに渡ってプレイしたりした苦労人で、今シーズン当初も補欠のはずだったのが、正QBのケガで突然出場の機会がまわってきて、そこで誰もが予想しなかった大活躍をしたのである。昨年まで弱小だったチームを地区優勝に導き、ついにはスーパーボウルにも勝ってしまった。「プロフットボール史上最高のシンデレラ・ストーリー」だそうだ。「人々に夢を与える」ということはプロスポーツの役割の一つであろうが、その素晴らしい例の一つを見た。
- 2000−1−31(月)
TAをやってる「戦争と革命」のクラスの1回目のテスト。学期中になんと7回もテストをやるんだから、真面目な教授である。といっても、去年と一字一句同じ問題もけっこう出てたけど。
テストの日はTAの仕事が多い。答案(マークシート式)を採点センターに持って行ったり、問題と答えを学習資料センター(というのかな?)に持って行って閲覧用にファイルしてもらったり。採点センターに提出する正答カードを作るのにやたら時間がかかったこともあり、12時にその授業が終わったのに、寮に帰って昼飯にありついたのが2時だった。ふぇ。
それにしても、このクラスのTAの仕事は週に10時間のはずなのに、楽勝でそれ以上働かされている。授業は1時間50分が週に2回だけど、準備のために早めに行ってるので、4時間ちょっと。それと、オフィスアワー(学生が自由に質問に来れるように研究室で待機してる時間。でも未だに誰も来たことがない。)が週に2時間。ディスカッション・セッションが1時間。これだけで7時間だ。そして、今日みたいな雑用もけっこうあるし、学生の出席状況をWWWに載せるのにもそれなりに手間がかかる。それより何より、ディスカッション・セッションのための準備には、どれだけ時間がかかってるかわからない。う〜、過剰労働だ。
といっても、あと10時間分の仕事は未だに決定されてなくて、その分の給料はタダで貰ってるのだから、文句は言えまい。学期の4週目でまだ決まってないのだから、TA割り当ての担当の教授が忘れてるのかもしれない。だったらラッキー。
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