留学記「大学院をミシガンで」
1月 < 2000年2月 > 3月
- 2000−2−1(火)
TA(ティーチング・アシスタント)をやってる「戦争と革命」のクラスでは、400人の大クラスのため、教室の後ろに備え付けられた「学生証読み取り機」に学生が自分で学生証をスキャンして出席をとることになっている。そのデータが学校のコンピューターで整理され、それを僕が後でダウンロードして管理するしくみである。先日、授業のあとで一人の学生が話しかけてきた。「前回、出席をとるのを忘れちゃってたんだけど、ちゃんと来てたんだから出席にしておいてくれないか」とのこと。ハァ?そんなのをいちいち認めてたら、全員が皆勤になるじゃないか。
学生たちの虫のいい物言いにはいつも閉口させられる。先学期TAをやってた「アメリカ憲法」のクラスでのこと。その教授は、「4回までの欠席は減点しないから、病気も寝坊も、バスが遅れたとかも、すべてその4回に含めるように」という方針だった。僕はこれをいいやり方だと思った。バスが遅れたとかの不可抗力の事態も、ウソと本当を見分けることはできないし、どのケースを認めてどのケースを認めないかの線引きが難しい。だから、理由を一切問わずに、4回までならよし、とするのは最も公正でわかりやすい。
だがしかし、アホな学生はやはりアホである。「遅刻したのは腕時計が狂ってたせいだから遅刻をつけないでくれ」と僕に言ってきた奴がいた。お前は小学校に帰れ。
またある女子学生は、教授に、「今日はバスが遅れたせいで遅刻したので、不可抗力です」と言ってきた。教授「前から言ってるように、そういうのは4回まで認めてるから…」、女子学生「でも、これが私の5回目だったんです」
こんなバカな言い訳を大学生がするのだから、呆れたものだ。しかも、ある程度レベルの高い大学のはずなのに。
しかし、彼らも、それが当然認められるべき、と思っているわけでもなさそうである。というのは、そういう言い訳が却下されると、「まあダメだろうとは思ったけど、一応聞いてみただけ」のようなことをよく言うのだ。つまり、ダメでもともと、認められたらラッキー、程度の軽い気持ちで言ってくるようなのだ。それにしても、そんな小学生みたいなこと、言うだけでも恥かしいと思わないのだろうか?また、これは偏見かもしれないが、日本の大学生はここまでバカなことは言わないのではないだろうか?
アメリカは自己主張の文化、日本は抑制の文化、という荒っぽい文化論があてはまるかもしれない。また、アメリカの大学では日本の大学よりも成績が重視される、という制度の違いが、学生を出席に関して真剣にさせているのかもしれない。それはさておき、このことから思ったのは、「ダメモトでとりあえず言ってみよう」という態度のいやらしさである。自分の意見が正当であると思うから主張するのでなく、正当かどうかはさておき自分の得になることを主張するという態度。最悪に汚らしい。
もちろん、この数人の学生がアメリカの大学生を代表しているわけでないことは百も承知だが、それにしても、「アメリカ人は公正・正義を重視する」と聞いてただけに、失望させられる経験だった。
- 2000−2−2(水)
先週のアイオワ州党員集会に続き、昨日のニューハンプシャー州の予備選で、大統領選挙の季節が本格的に始まった。昨日は、共和党でマケインがブッシュを予想外の大差で破って、先行きがわからなくなってきた。民主党は順当にゴアが勝ち、ブラッドレーは追い込まれたとのこと。この先、各州で党員集会・予備選挙が続くが、ミシガン州の共和党予備選は2月22日で、けっこう早い日程だから、大きく注目されるだろう。人口の多い州であるし。最近、テレビで候補者のCMを見ることが多くなった。日本の選挙CMと違って、かなりセンスを感じるモノ。それから、インターネットでのPRも盛んだ。どの候補者もかなり凝ったウェブサイトを作っていて、テレビCMにはもちろんそのURLが入る。面白いのは、ブッシュ候補のサイトはwww.georgewbush.comなのだが、www.bushsucks.comでも同じところに繋がる。また、www.gwbush.comは、反ブッシュ運動のサイトになっている。
- 2000−2−3(木)
カゼをひいた。っていうか昨日から。幸いにも急ぎの課題とかがないので、昨日からかなりゆっくりして、昼寝したりしている。普段からうがい・手洗いを欠かさずしたり、気をつけてはいたのだが、根本的な問題として、慢性的な睡眠不足ではカゼもひきやすいのかもしれない。
金曜のディスカッション・セッションだが、教授が「隔週でいい」と言ってくれて、明日は休みになった。テストが隔週であるので、テストの前の週の金曜にすることに。出席のあまりの少なさを教授に話したらこうなったもので、これでかなり楽になった。
- 2000−2−4(金)
今日は授業はないのだが、オフィスアワー(学生が自由に質問に来れるように研究室で待機してる時間)のために、雪の降る中を研究室に行った。僕の研究室は、20人くらいで共用の大きな相部屋であり、地下にあるのでどうも陰気臭いし、あまり好きではない。ふだん勉強するときは自分の部屋か図書館でやってるので、研究室に行くのはオフィスアワーのときだけである。
帰り道のこと、すれ違ったアメリカ人の学生がかぶっていた帽子に度胆を抜かれた。野球帽の形なのだが、マークの部分(例えば広島カープの帽子なら「C」の文字のある部分)に、やたらデカく、「猫」と、しかも刺繍で書いてあったのである。すれ違ってから、思わず立ち止まって振り向いてしまった。猫?
しかし、なぜ猫なんだ?「悪」とか「義」とかそんな文字ならまだわかるのだが、猫はあまりに不可解だ。しかも、紺色の帽子に白の刺繍という、渋いデザイン。(想像してみて下さい)
香港や台湾で、適当な日本語文字をいれた服が流行してるとかいう話は聞いたことがあったが、アメリカで見るとは思ってなかった。しかも、「猫」とは。もしも帽子メーカーが意味をわかって作ってるのだとしたら、相当に飛んでるセンスだ。
- 2000−2−5(土)
昨日の「猫帽子」の件は、掲示板の方に情報を頂いて解決しました。ケンタッキー大学ワイルドキャッツを漢字で表したもので、同様の各大学の帽子が流行ってるのだそうです。(eueさん、有難うございました♪)
さて今日は土曜日。朝から計量分析の宿題をやってたものの、難しくてなかなか進まず、午前中に終わらせるつもりが全く終わらなかった。なぜ午前中に終わらそうと思ったかというと、午後1時からバスケットの試合、我がミシガンステート対昨年の全米チャンピオン・コネチカット大学の一戦があるから。AP通信のランキングでは、うちが8位、コネチカットが7位で、これは重要な試合である。
しかし、試合が始まってみると、うちが一方的にリードし、どんどん得点を重ねる。あれよあれよという間に46−17で前半終了。嬉しいことは嬉しいのだが、試合としてはちょっと退屈だ。最終結果も85−66で、圧勝に終わった。
風邪がまだ治ってないのか、なんだか頭が痛くなったので昼寝。起きてなんとなくテレビをつけたら、競馬中継をやっていた。競馬に興味があるわけではないのだが、アメリカの競馬がどんなものかと思ってボーッと観ていた。面白いと思ったのが、倍率の表し方。21-1、9-1、5-2、6-5、のように表示していた。21-1というのはつまりそのまま21倍ということだろう。それはいいのだが、5-2とか6-5というのが、ちょっとわかりにくい。日本式に書けばそれぞれ2.5倍、1.2倍ということだろうけど、なんでわざわざそんなわかりにくい表示をするのだろう?アメリカ人にはそっちの方がわかりやすいのだろうか?
もう一つ面白いと思ったのは、ゴール直後に、勝った騎手にテレビインタビューをしていたのだ。ゴールしてまだ馬に乗ったままコースを回ってる間に、である。どうするかというと、マイクとかを持ったテレビのスタッフが馬に乗って、その騎手の馬のすぐ横を伴走して、2頭並んでパカパカ走りながら、騎手が放送席のアナウンサーの質問に答えていた。(日本で競馬中継を最近見たことがないのでよくわからないけど、これは日本ではないのでは?)
外国ではちょっとしたところに発見があるもの。
- 2000−2−7(月)
TAのクラスの開始前のこと。ビデオを流すために準備をしていた教授が、「プロジェクターの使い方がわからないから、大至急で機材センターに電話して、説明できる人にきてもらってくれ」とのこと。廊下にでて電話を探して、機材センターに電話して、拙い英語でなんとか用件を伝えた。ちょっと待たされた後で、「なんとか人の都合がついたから、急いでそっちの教室に向かわせる」との答えをもらった。ホッとして教室に戻ったら、教授が「あ、もうわかったから、また電話して断ってくれ」と。ひー。
明日提出の計量分析の宿題がなかなかの難問で、同級生3人で集まって勉強会。誰かと一緒に勉強することはめったにないので、なんか楽しくて、つい雑談してしまったりした。
韓国人のW君がうまい解法をみつけたので、
僕「お前、アタマいいなー!将来は韓国の大統領になれるぞ」
P(アメリカ人)「頭のよさと大統領になるのは関係ないぞ。レーガンを考えてみろ」
W「え、レーガンってバカだったの?」
P「ああ。あれはパーだ。だけどけっこういい大統領だった」
僕「お前、共和党支持?」
P「特にそういうわけでもないけど」
W「じゃあ、マケインとブッシュとどっちがいい?」
P「一緒に飲みにいくならマケインと飲みたいけど、大統領を選ぶならブッシュだな」
僕「どうして?」
P「マケインは大きなこと言ってるけど、実現できるかというとかなり怪しい。ブッシュの場合は・・・」
と、雑談も政治の話題になってしまう、我ら政治学大学院生。
- 2000−2−8(火)
計量分析の授業、やはりあの宿題はみんなに難しかったらしい。先生(新任1年目の若い女性)が、授業の初めに「みんな苦しんだみたいね」と言うと、数人がブーブー言い始めた。「1問に6時間かかっても解けなかった」とか「この教科書が嫌いだ」とか。このときまでは先生の表情は普通だったのだが、だんだん怖い顔に変わっていった。
「この教科書はこの内容をやるのに一番易しい本だ」「6時間もかかるなんてのは、内容を理解してないからだ」「これは大学院の授業なんだから、難しいのは当然だ。理解できないのは勉強が足りないからだ」と、先生。
僕はもっともだと思って黙って聞いてたのだが、一人の学生が授業の進め方がどうのこうのと言い出したら、先生はかなりイライラしてきたようで、口調がキツくなってきた。僕は「なんでもいいから早く授業始めてくれないかなー」なんて思ってた。
そのうち先生が、「分散分析のF値は何を意味しているか?」と、今やってる内容の根本的なことを訊いてきた。僕は答えようと思えば答えられたけど、ヘタなことを言って突っ込まれても面倒だし、黙ってた。結局12人の学生の誰も答えなかったら、先生は、「こんなこともわからないのに、もう授業はできない。今日は終わりにするから復習してなさい。来週、小テストをします。」と言って、「STUDY HARD!」と捨てゼリフを残して出て行ってしまった。あ〜あ。
ただでさえ進行予定から遅れ気味な授業が、これでさらに1時間遅れてしまった。参ったなぁ。
- 2000−2−10(木)
ここ数日、ちょっと暖かい。雪もとけてきたし、自転車もちょっと乗るだけなら手袋なしで大丈夫である。一日の最高気温が摂氏でプラスになる日も最近は多いようだ。このままだんだん暖かくなってゆくのか、それともまた寒さが戻ってくるのか、どうなることやら。
おととい、怒って帰ってしまった先生、今日はどんな顔で来て何をいうのかドキドキしてたのだが、何事もなかったかのように普通に授業をしたので、ちょっと拍子抜けだった。でも、来週火曜の小テストはやはり実行するとのこと。その一週間後には中間テストだし、なんだか忙しくなってきた。
- 2000−2−11(金)
2週間に1度の恐怖の日である。TAのクラスのディスカッション・セッション。でも、もはやディスカッションではなく、テスト前の復習のための授業を僕がやってる感じ。昨夜は1時ころにどうしても眠くなったので寝て、今朝は5:30起床でその準備。朝型人間には、夜更かしよりも早起きのほうが効率がいいのである。
今日は過去最高の7人が来た。紛争への人道的介入とか戦争犯罪とかがテーマだったのだが、僕自身が詳しくない分野であるし、前回と違ってテストの過去問がないので、とてもやりにくかった。実際、教壇から見ても学生達の反応が悪い。質問は出ないし、退屈そうに見える。「このTAの英語ヘタだなー、こなきゃよかったなー」と言ってるようにすら見えた。
そう思うとさらに焦ってしまって、まったくダメな授業になってしまった。一時間の予定なのに、35分でもう言うことがなくなってしまい、それで終わりになった。もっと頻繁に「質問はないか」と聞いていれば発言が出たかもしれない。それに準備も足りなかった、と反省しきり。
トボトボと研究室に帰ろうとしたら、2人の学生が遅れてやってきたので、その2人のためにもう1度同じことをやった。大サービス。ちょっと罪ほろぼしのようなつもりで。
次回はもっと頑張ろう。ほんとに。
- 2000−2−12(土)
ベルギーの政治について調べ始めた。水曜の「政党と選挙」の時間にベルギーの政党組織について発表するのだ。そのクラスで、各人が1ヶ国を選んで政党組織について発表することになって、僕はベルギーを選んだ。僕の本来の関心分野は発展途上国なのだが、そこでは選択肢はヨーロッパの先進国だけだったので、どの国にしようか迷ったあげく、ベルギーにした。というのは、ベルギーは北部のオランダ語系住民と南部のフランス語系住民とで真っ二つに割れた国であり、社会的亀裂と政党の問題をこの先の途上国研究に生かせると思ったのである。
調べてみると、なんとも興味深い。首相以外の閣僚は半数ずつ両方の言葉の人がなる決まりなのだそうだ。また、テレビ・ラジオ局はもちろんフランス語の局とオランダ語の局があるとのこと。それから、軍隊は言語別に編成されていて、軍の将校は両方の言葉をちゃんと使えることが採用の条件になっているという。日本のようなシンプルな国に育った僕の感覚からは、かなり別世界だ。だいたい、新聞も雑誌もテレビも別のものを見るとなると、考えることもけっこう違ってくるのではないかな。
いままでほとんど知らなかったベルギーという国に、がぜん興味が湧いてきた。政治学(特に僕の専攻である比較政治学)の面白みの一つは、こんなふうに世界のいろいろな国について知っていくことである。そのかわり、行ってみたい国が多すぎて欲求不満になるのだが。
- 2000−2−14(月)
「戦争と革命」のクラスの第2回テスト。TA(ティーチング・アシスタント)の僕は問題の配布とか試験監督とかで教授の手伝いをする。このクラスではこのような隔週のテストを6回やって、そのうち成績のいい4つを足して、それが学期の成績の半分くらいのウェイトになる。(残りは期末試験と出席)
テストへの遅刻について、その教授のルールは「最初の一人が答案を提出したら、それ以降の遅刻入室は認めない」というもの。厳しい気もするが、もっともでもある。400人の学生を相手にするには、そのくらいの明確な基準が必要になるといえるかもしれない。しかし、実際に遅れてきた学生に「ダメ」を言うのはかなり心苦しいものがある。1回目のテストでは全員ちゃんと来たのでよかったのだが、今日は、数人が提出したあとに2人の学生が息をきらせて教室に入ってきた。
しかも、ちょうど教授がトイレに行ってた間で、僕が一人でその2人に「残念だけど…」を言わねばならなかった。その2人は教授のルールを忘れてたようで、大いに焦って、「頼むよ、なんとかしてくれ。お願いだ。ゆうべ一晩中この勉強をしてきたんだ。」と目に涙をためながら懇願してくる。気持ちはよくわかるし、こっちも泣きたいくらいだ。でも、これは僕の職務であり、それに、例外を認めたらこの先ずっと認めねば不公平になるし、これは認めるわけにはいかない。2人はガックリと肩を落としていた。
それにしても、この仕事は精神的にかなりつらいものがある。あの学生の涙目を思い出すと、こっちも暗くなってしまう。もちろん、遅刻してきたのは彼の責任なのだが、そう簡単にも割りきれないというか、なんというか。
- 2000−2−15(火)
計量分析のクラスで小テスト。割と簡単な問題だったのだが、一問だけどうしても解けないものがあって、必死でいろいろ考えていたら、突然、先生が「もう気づいてるかもしれないけど、(e)の信頼区間の問題は解答不可能な問題だから何も書かなくていいよ」と言って、思いっきりズッコけた。どういうつもりだったんだろう?問題の作り間違いか、冗談だったのか。僕の英語力ではそのへんのニュアンスはわからなかった。
ということで、テストはうまくできた。その後で先週の宿題(例の、先生が怒って帰ってしまう原因になった難しいやつ)が採点されて返ってきて、97点がついていた。バンザーイ。
同時に、その宿題の解答も配られたのだが、その一部は僕の宿題のコピーだった。「よく出来てたから」とのこと。なんだか恥かしいが、名誉なことである。バンザーイ。
寮に帰って、明日は発表があるのでゆっくりもしていられないのだが、しかしバスケットボールの、我がミシガンステート対オハイオステートの注目の一戦がテレビ中継されるので、これはとりあえず見逃せない。現在、前半残り9分で、23−13で大きくリード。このまま行け〜〜!!
- 2000−2−16(水)
昨日のバスケの試合は見事に快勝。これでBIG10(中西部11大学のカンファレンス)の首位に立った。シーズン終盤になってかなりいい感じである。
今日は「政党と選挙」の時間でベルギーの政党組織について発表。うまくできたのでよかった。昨日のテストと今日の発表とで、今週はたいへんだった。これで一息つけるかと思いきや、来週までのペーパーの課題が出て、ガックリ。しかも来週は計量分析の中間テストがあるし(火曜から木曜に変更)、まだまだ休めない。始まったばかりと思ってた今学期も、いつの間にか中盤の山場に突入である。
- 2000−2−17(木)
とりあえず昨夜はゆっくり寝て、今日の昼はたまった洗濯物を一気に片付けたりした。
計量分析の授業で、おとといのテストが返ってきて、96点がついてきた。けっこう重大な勘違いをしてた箇所があったのだが、なぜかその部分は2点しか引かれなかった。嬉しいけど。とにかくちゃんと復習しておこう。
- 2000−2−18(金)
朝5時ころ目が覚めて、なんだか眠れなくなったので、起きた。さっさと朝飯を食って、今日は一日を長く使えるぞ〜、と喜んで勉強をはじめたのだが、すぐに眠くなって、結局昼まで寝てしまった。なんのこっちゃ。
昨日までいい天気の日が続いてて、雪もけっこう融けてきてたのだが、今日はまた雪になった。一日中降り続いて、一気に10cm近くも積もったようだ。オフィスアワーのために研究室まで行かねばならず、さぼっちゃおうかとチラリと思ったけど、やはり思いなおして吹雪の中をザクザクと歩いて行った。いつも通り学生は誰もこなかったので、ペーパーのための本を読んでいたのだが、思いがけずアイデアが湧くように出てきて、これは吹雪の中をここまで来たご褒美だろうかと感激した。帰りには吹雪もマシになってたし。
- 2000−2−19(土)
なんか、昨日変な時間に起きたり寝たりしてから、やたらと眠い。眠り病にかかったかのような眠さ(って、かかったこと無いから分からないけど)。
そんなわけで、せっかく昨日湧いたアイデアも、メモのまま置きっぱなしになってしまっている。夕方には、バスケットの試合(MSU−ウィスコンシン)のテレビ中継が始まり、見始めるとヤバイヤバイと思いつつ、「どうせ格下相手だから、大差がつくまで見届けてやめよう」と思って見始めたら、意外にも接戦になって、目が離せなくなった。しかも、年末に開けた日本酒がまだ半分ほど残ってるのを思い出して、「早く飲まないと悪くなるな」と悪魔の言い訳を思いついてしまって、結局いい気分でバスケ観戦になった。勝ったからよかったが。
大統領選挙の共和党予備選、注目のサウスカロライナ州でブッシュが圧勝したようだ。マケインには大きなダメージだろう。明日はマケインがうちの大学にくるそうなので、見に行ってみようか。
- 2000−2−20(日)
あさっての共和党予備選のためのキャンペーンで、マケイン候補がうちの大学に来た。僕自身は誰を支持するとかいうわけではないんだけど(どうせ投票もできないし)、どんなものか興味があったので、見に行ってみた。
スポーツセンターのバスケット用の体育館のようなところが会場になっていて、ステージが作られ、数百人が集まっていた。1:30からの予定なのに、全然始まらない。生バンドがロックやジャズを演奏して、ステッカーや小旗が配られ(っていうかステージから投げられ)、ついに2:30になろうというとき、ついにマケインが到着。派手な音楽と演出(プロスポーツの試合の選手紹介のような)で会場は最高に盛り上がり、僕も、ステッカーを額に貼って、小旗を振って奇声をあげていた。応援の議員が2人あいさつしたあと、いよいよマケイン本人の演説。テレビで見るときはいつもゆっくりと聞き取りやすい英語で話している感じがあるのだが、今日はもっと自然っぽい(?)口調で、かなりジョークを織り交ぜながらのスピーチだった(僕の英語力ではジョークは半分も理解できなかったが)。大きな会場での演説やテレビCMの場合と違って、こういう小規模な集会では親しみやすさを演出するために自然な話しぶりにするのだろうか。
さすがに大統領を目指すだけあって、スピーチは上手いものだった(どうせ超一流のスピーチライターがついてるのだろうし)。話の区切りごとに会場からは大歓声があがり、小旗が振られ、僕もなんだか乗せられて興奮していた。演説のあとステージから降りて、握手やサインに応じながら出口に向かっていたので、僕も近くに行って、なんとか握手してもらおうと手を一生懸命伸ばしてみた。あと10cmくらいまでいったのだが、結局マケインとの握手は失敗。そのかわり、隣にいた奥さん(当選したらファーストレディー)が握手してくれて、僕が額にマケインのステッカーを貼ってるのを見て笑顔で何か言っていた。
会場の建物を出たら、マケイン一行のバスが停まっていて、マケインが出てくるのを待っていた。応援演説に来ていたフレッド・トンプソン上院議員(「ダイハード2」や「レッドオクトーバーを追え」とかに出演した人らしい)がサインや握手に応じていたので、僕も小旗にサインと、握手をしてもらった。今まで全く知らなかった人なんだけど、ミーハー気分で。マケインが建物からでてきてバスに入るまでの間に、また握手を試みたのだが、また失敗。場所取りがうまくいかなくて。
それにしても、行く先々でこんなにもみくちゃにされて、それでアメリカ中を駆けまわって、大統領候補ってのは体力的に相当しんどいものだろうなぁ。
- 2000−2−21(月)
あさって締切りの「政党と選挙」のペーパーに苦しんでいる。昨夜(っていうか今朝)は6時までやって、3時間だけ寝てTAのクラスに行った。TAが居眠りするわけにはいかないので、けっこうプレッシャーだった。帰って、昼飯を食べて、またペーパー書き。そういえば、ペーパーを書くのは先学期末以来だから、2ヶ月ぶりだ。どうりで、英語の表現がなかなかでてこなかったりして書くのに手間取るわけだ。
午後も夜もずっとやって、いま9時半で、とりあえず2題のうちの1つはだいたい出来たから、ちょっと寝ることにする。夜中に起きてもう1題にとりかかろう。今週は木曜に計量分析の中間テストがあるし、金曜はTAのクラスのディスカッションセッションをやらねばならないので、かなりのハードスケジュールだ。コメがなくなりかかってるのだけど、買いに行く暇があるだろうか。
- 2000−2−22(火)
なんだかんだ言って、9時間も寝てしまった。真剣にやばい。
でも、勉強してて眠くなったので、コメを買いに行ってきた。「買いに行く暇があるだろうか」なんて昨日書いたばかりだが、いつも買ってる店は自転車で10分のところなので、まあ、支度を合わせても30分で済む用事だし。アメリカで買う日本米は「錦」と「国宝」が有名だが、今日はそれより安い「ひかり」がでてたので、それを買った。20ポンド(約9キロ)で$12.50。
計量分析のクラス、あさっての中間テストがまた延期されて、来週の火曜に。ふー、助かった。
今日はここミシガン州で共和党の大統領予備選。僕の住んでる寮にも投票所ができてた。いま夜8時で、まだ結果はでていない。かなりの激戦になってるとのこと。ところで、おととい握手とサインしてもらったトンプソン上院議院はかなりの大物らしい。アメリカ政治専攻の同級生によると、次回2004年の大統領選への出馬もとりざたされてるとのこと。もらったサインをしっかり保管しておかねば!
- 2000−2−23(水)
今日〆切のペーパー、やはりたいへんなことになってしまった。昨夜は1時間半だけ仮眠した以外はずっと徹夜してやってたのだが、それでも間に合わず、クラスに30分遅刻してしまった。いちおう提出したものの、内容はさんざんの出来。ええい、クソ。
悔しいのは、別の課題が重なったりしてたわけでもなく、これに集中できるはずだったのに、こんな結果になってしまったこと。久しぶりのペーパーだったこともあり、時間の使い方を明らかに間違えていた。前の晩に徹夜すればできるだろう、くらいの甘い認識をしていた結果がこれだ。この失敗を繰り返さないように、気合いを入れなおそう。
昨日の大統領予備選はマケインが勝った。ここで負ければたぶん脱落だろうと言われていた背水の陣だったのだが、これでまだレースが続くことになって、見ている側には面白い。しかし、ミシガン州の予備選は、共和党員以外も自由に投票できる制度だったので、ブッシュよりも浮動票に頼るマケインに有利だった。だがこの先は党員のみの投票をする州が多いので、ブッシュの優位はとりあえず動かない。マケインは綱渡りの戦いを続けねばならない。
- 2000−2−24(木)
「気合いを入れなおそう」と昨日書いたばかりだが、洗濯したり散髪にいったりしてたらけっこう時間をくった。計量分析のクラスは、どんどん内容が難しくなってきて、今まではほとんど予習して行かなくてもなんとか理解できてたのだが、これからはそうもいかないようだ。
ここ数日、やたら暖かくなった。最高気温が15度くらいまで上がっているらしい。ちょっと前まで、最高気温が氷点下の日が続いていたのに。例年は3月まで雪の日々らしいのだが、今年は暖冬のようだ。大学の中を流れている川に張っていた氷もかなり融けてきた。このまま春になってくれればいいのだけど。
- 2000−2−25(金)
今日は2週間に1度のTAセッション(僕がTA[ティーチング・アシスタント]をやってる「戦争と革命」のクラスの一環で、ここ2週間の教授の講義を僕がかいつまんで説明したり、学生の質問に僕が答えたりする。学生は自由参加。)の日。早起きして午前中ずっと準備して、行った。しかし、学生が誰もこない。これまでも2人だけの日があったが、ついにゼロになってしまった。寂しいような気持ちもちょっとあったが、それよりも、嬉しかった。というのは、今日やるはずだった範囲は、僕が全く詳しくない分野(攻撃的な行動をする人間の精神的要因とか。紛争研究の一分野らしいが、政治学というよりはほとんど心理学だ)であり、一応準備してきたけど、細かいことを質問されたらどうにもならないと心配していたからである。
遅れて誰か来るかもしれないから、一応教卓に座って30分ほど本を読んでいた。研究室に戻って、そこにいた上級生に1人もこなかったことを話したら、「そりゃあ、新記録モノだな」と驚いていた。
もともと、この「戦争と革命」のクラスの教授は人使いが荒く、雑用をいろいろやらされてて、本来は週10時間労働なのにそれよりもはるかに多く働かされている。この先ずっとこんな感じでいってくれればいいんだけど。
- 2000−2−26(土)
雨の一日。午前中は筋トレに行ったりして、午後、さぁ勉強するぞ!と思ったが、我がミシガンステート対インディアナ大学のバスケの試合のテレビ中継があって、いつものようにかじりつきになってしまった。しかも延長の末に負けてしまって、落胆。
夜、政治学の院生のパーティーがあって行った。年に数回しかないもので、上級生と知り合ういい機会だし、雨の中を20分歩いて行った。場所は、2人の上級生が住んでるアパート。飲み物は持ち寄りなので、僕はビールと、ちょっとだけ残ってた日本酒を持っていった。
ハロウィンの日もここでパーティーがあって、僕は忙しくて行けなかったのだが、いろいろ面白いことが起こったと聞いていた。普段すごく真面目な人が、酔っぱらって電灯の笠を頭にかぶって踊ったとか。それで楽しみにしていたのだが、なんだか今日はマトモな感じだった。誰も潰れないし。さすがに博士課程の院生だけに年齢層が高いし(30代でもぜんぜん普通。25歳の僕は非常に若い)、ムチャクチャなことはめったにないのかも。なんと、12時ころには人数が減ってきて、12時半にはおひらきになった。なんとも健康的なパーティーである。寮に帰って僕の部屋で、韓国人の同級生W君(たびたび登場する彼)と、朝方までしゃべってた。なんでも、韓国では雨の日には酒を飲む習慣があるのだそうだ。「今日は雨だから一杯やるか」って具合に。なんか不思議な感じ。
- 2000−2−27(日)
部屋の蛍光灯が突然切れてしまった。1階のフロントデスクに行けば新しいのと替えてくれると思って、蛍光管を取り外して、部屋を出ようとして、ふと立ち止まった。電灯が「切れた」というのは英語で何と言うんだ??
和英辞典を引いたけど、どうも見当たらない。そういうときに利用するのが、英辞郎 on the Webというサイトだ。収録語数が非常に多いので、学問上の専門用語を調べるときにとても有用なのだが、今回もちゃんと検索したらでてきた。ご丁寧に例文つきで。それによると、「電灯が切れる」のときは「burn out」と言うのだそうだ。「燃え尽きる」ということね、なるほど。
さて、蛍光管を持って、寮の1階のフロントデスクに行った。しかし、そこにいたバイトっぽい人が言うには、そこには替えの蛍光管はないので、修繕係へのリクエスト用紙に記入して待てとのこと。修繕係はいつ来てくれるのかと訊いたら、「明日だと思うよ。今日は日曜だから。」と言う。ちょっと待て!俺は今夜電灯なしで過ごすのか!?
しかし、そのバイトに何を言ってもしょうがないので、用紙に記入して部屋に帰った。まあ机の電灯もあるし、勉強はスタディ・ラウンジでやればいいし、どうしても困るわけでもないか。
そう思って諦めていたのだが、3時間くらいたって、ノックの音がしたのでドアを開けたら、蛍光管を持った人が立っていて、テキパキと付け替えてくれた。何がなんだかわけわからん。
- 2000−2−28(月)
TAをしている「戦争と革命」のクラスの第3回目のテスト。いつものように、テストを配ったり監督したりと教授の手伝いをする。前回(2/14)は2人が遅刻してきてテストを受けられなかったのだが、今回はどうやらみんなちゃんと来たようで、安心していた。しかし、やはり学生が400人もいると、しょうもない奴がいるものである。
3分の2ほどの学生が答案を提出して、教室も閑散としてきたとき、1人の学生が来て、テスト用紙をくれという。一瞬何のことかわからなくて、聞き返したら、なんと今になって来たのだという。教授のルールで、最初の学生が答案を提出した後は遅刻入室は認められないことになっている。また、6回のテストのうち点数のいい4回分だけが成績に換算されるので、2回は欠席しても大丈夫である。そのことを説明したら、その学生から驚くべき一言。「実は、今までの2回も受けていないんだ」
ヒョエーッ、とぶっ飛んでしまった。こいつは一体何を考えているんだ!?シラバス(学期の最初に配られる講義概要と進行予定表)に、「テストは2回休むことができるが、最後に緊急のことが起きるかもしれないので、4回分を貯めるまではテストを休まないほうがいい」と、まるで子供相手のように親切な助言が書いてあるのだ。それなのに、この学生は最初の2回を休んで、今日の3回目にも大幅に遅刻してきた。信じられない。
とりあえず、僕の手にはおえないので、教授に話すように言った。彼は、試験監督のために教室を歩き回ってた教授のところに行って、2人で何やら話していた。どんな話しになったのかは教授に聞かなかったが、あの教授の普段の言動から考えると、特例が認められたとは思えない。とりあえず、開いた口がふさがらないアホ学生のお話し。
- 2000−2−29(火)
「計量分析」のクラスの中間テストの日。なんだか部屋にいても落ち着かなくて、一時間も早く教室に行って勉強してた。そしたら数人の同級生たちも早く来て、疑問な点を訊きあったり雑談したりした。韓国人のW君は、別のクラスでも今日テストがあったそうで、疲れた顔で、「32歳にもなってこんなにテストを受けるとはなぁ…」とこぼしていた。そうしたら最年長のB氏(40歳)が、「確かに、テスト前に不安になるとかの気持ちを40歳にして感じることになるとは思ってもみなかった」と。
僕の所属している政治学博士課程の一年生は僕を合わせて7人であるが、40代・1人、30代・3人、20代・3人、という高年齢集団である。この人々が、必死にカリカリとテストを受けて、「あと10分」「ひー」とか言ってる姿は、世の中にそうめったにない光景かもしれない。しかも、そのクラスの先生はまだ30歳くらいの若い女性なのだ。
で、テストのほうは、けっこうできたつもりだったのだが、終わってから友達と話したら、うっかりミスや勘違いとかがいくつもあったことがわかった。でも、オマケ問題があって110点満点なのでけっこういけそうかとも思う。返ってくるのは春休み後だろう。さてどうなることやら。
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