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留学記「大学院をミシガンで」

3月 < 2000年4月 > 5月


  • 2000−4−1(土)
     いよいよFINAL4、大学バスケの準決勝戦である。バスケットアリーナが開放されて、そこの大画面で観戦できることになってたので、同級生のMと一緒に見に行った(W君は今日は別の約束があるとかで)。
     僕はこの日のために顔面用の絵の具を買っておいて、45分かけて顔をペイントして行った(近日中に写真を載せます)。アリーナには1000人〜2000人くらいも集まっていたが、顔ペイントはさすが僕だけで、かなり目立った。試合は、いつも通り前半はイマイチで、相手のウィスコンシン大の定評ある強力ディフェンスがうまく機能して、なかなか得点があげられない。わずかのリードのままで前半が終わり、かなりストレスが溜まったのだが、後半はいつも通り調子がよくなって、いいプレーが出るたびにアリーナは沸きに沸いた。ウエーブは何回転もするし。結局、53−41で勝利、決勝進出を決めた。
     試合後の騒ぎもおさまったのでアリーナを出て、大通りに出てみた。やっぱり車はクラクションを鳴らしまくるし、数百人の学生が集まって応援歌を唄ったりして大騒ぎしてるし、今日も騎馬警官がでてるし、面白いものだった。僕は顔ペイントのおかげで目立って、知らない女の子に抱きつかれたりもした。しかし、うっかりしたことに、赤いジャンパーを着ていた(赤はウィスコンシンの色)ので、「よお、あそこのウィスコンシン野郎をぶっ殺せ」なんて声が聞こえてきたので、急いで逃げてジャンパーを脱いだ。
     決勝戦はあさって月曜日にフロリダ大との対戦で、我がMSUは、あのマジック・ジョンソンを擁した79年以来2度目の優勝を狙う。顔ペイントの新しいデザインを考えねば。

  • 2000−4−2(日)
     なんと、あと4週間で学期末である。あー、今学期は速い速い。バスケは明日で終わるので、今度こそ勉強に集中しよう。NBAのプレーオフがあるし、大リーグも開幕するけど、なんとか無視しよう。
     朝から宿題をやったりしてたが、小渕首相緊急入院のニュースが入ってきて、インターネットで何度もニュースをチェックしたりしていた。野党の各党首が首相の早期回復を願う旨の談話を発表したニュースを見て、これがパキスタンだったら、ここぞとばかりに野党が街で盛大にデモを繰り広げて首相の辞任を求めて気勢をあげるんだろうなぁ、と思って苦笑した。このあたりに民主政治の成熟の度合いが現れるんだろう。

  • 2000−4−3(月)
     この大学の大学新聞「STATE NEWS」は、月曜から金曜まで毎日発行の、かなり本格的っぽい新聞なのだが、今朝の一面に僕の土曜日の顔ペイントの写真が載った!
     嬉しくて、学校のコンピューターセンターに行ってスキャンしてきた。(あ、違法?)

     今月中に、4人からなる指導教官団を構成しなければならないのだが、いま「政党と選挙」を習っているP先生に、主指導教官になってくれるように頼みに行った。日本政治専門の先生で、日本語もペラペラでとてもきさくで面白い人である。先生に新聞の写真を見せたら、大喜びで、「今学期の成績はAをあげよう!」とまで言ってくれた。主指導教官の件も快く引き受けてくれて、これで一つ心配事が消えた。
     さて、いよいよバスケの決勝戦である。今日も顔をペイントする。今日のデザインは、右頬に「1979」、左頬に「2000」の数字を入れた。1979年は前に優勝した年であり、2000年はもちろん今年のこと。細かい部分が多くて手間取り、一時間くらいもかかってしまった。直したいところもちょっとあったが、友達との待ち合わせの時間になったのでやめた。
     大スクリーンでテレビ観戦できるバスケットアリーナは、土曜日の3倍くらいもの人で溢れていた。今日はMはなぜか来なくて(来ると言ってたのに)、W(韓国人)、P(アメリカ人)、A(パレスチナ系カナダ人)と4人で。政治哲学専攻のPとAは今日なにかのセミナーがあったらしくて、試合開始までずっとニーチェ思想について議論していた。顔をペイントした奇人の隣りで哲学論が繰り広げられる、変な4人組である。
     試合前からアリーナは大盛り上がりで、ウエーブは何度も回るし、応援歌のラッパは鳴るし、ここで試合してるわけでもないのに、えらい騒ぎである。試合が始まったらさらにボルテージは上がった。これに勝てば大学チャンピオンなんだから、盛り上がるのも無理はない。
     試合は、久しぶりに前半からいい調子でうちが飛ばした。シュートも今日はよく入るし、イライラせずに見れるいいゲームになった。後半、司令塔でキャプテンのマティーン・クリーブスが足をくじいて退場したが、それで他のメンバーがさらに発奮したのか、4分半後にクリーブスが帰ってきたときにはさらに点差は開いていた。一時は20点差がついたりするなど、かなり安定した試合になって、最終結果は89−76で、我がミシガンステートが、21年ぶり2度目の全米大学チャンピオンに輝いた。
     涙でも出るかと思ってた割には、僕はなんだか冷静だった。もちろん嬉しいのだが、なんだかそこまで熱狂的にはならなかった。他の3人は明日提出の宿題をやるためにコンピューター室にさっさと行ってしまったが、僕はやっぱり街の様子を見たくて、大通りに出てみた。
     さすが、今までにない盛り上がりである。車道もほとんど歩行者用になってる感じ。知らない人同士で手を叩きあい、抱き合い、奇声を掛け合う。ビールを撒き散らす人がいるので、いつも飛沫が飛んできていた。路面は、割れたビール瓶のかけらで敷き詰められていて、これは掃除が大変だろうなと思った。僕はやはり顔ペイントのおかげで目立ち、「よお、それ最高だぜ!」と知らない人々に何度も何度も言われた。顔ペイントがくせになりそうだな。
     自分の学校が全米一になるのって、なんだかすごい感覚だ。1年目からこんな大事件に巡り合えて幸せである。さて、やっと勉強に本腰を入れようか。

  • 2000−4−4(火)
     朝起きて窓のブラインドを上げたら、外では雪が舞っていた。おいおい、もう4月だぞ。なんという気候だ。
     昨日のバスケのこととか、日本の政治のこととか、いろいろインターネットでニュースをチェックしていたのだが、ふと、今日までの宿題を途中までしかやってなかったことを思い出して、急いで始めた。
     CNN.co.jpがオープンしたとのこと。見に行ってみたが、アメリカのCNNのサイトとデザインが似ていて、それなのに日本語で、なんか面白い。しかし、読みなれた新聞が読みやすいのと同じで、新しいサイトはどうも勝手がわからないというか、とっつきにくいというか。僕が日本のニュースを見るのは主にアサヒ・コムZAKZAKなのだが、それもやはり、ニュースの質うんぬんではなく、単に慣れてるからというのが大きな理由である。というわけで、CNN.co.jpもあまり見ることはなさそう。
     で、そこに出てたニュースなのだが、ネットスケープ6.0が出るとのこと。5をすっとばして4.7からいきなり6に飛ぶとは。4.5を出してるうちにマイクロソフトが5に行ったことへの仕返しか。それにしても4.7から6ってのはけっこう無理がある気がするんだが。そんなことしてると、マイクロソフトが次に8くらいに飛んだりして。
     ブラウザーも、やっぱり新聞と同じで、「慣れ」が大きい。そんなわけで、僕はネットスケープを愛用している。IEは、自分のページの表示チェックくらいにしか使わない。だいいち、マイクロソフトの汚いやり方が非常に気に入らない。それはさておき、ネットスケープ6は、プログラムのサイズが前のバージョンよりも小さくなるとのこと。それは素晴らしい。なんでもゴテゴテ付けて重くする傾向がこの世界にはあると思うのだが、それに反した快挙である。しかし、バージョンアップ直後はバグとかがありそうなので、6.01なんかが出るまで待つと思うけど。
     しかし、忙しいときに限って日記が長くなるのはどうしてだ。現実逃避に違いない。あー。

  • 2000−4−5(水)
     あー、なんだか忙しい。今朝は4時まで勉強してて、8時に起きた。目覚ましなしでも起きるのはなぜだろう?疲れはモロに溜まってるのだが。
     今日はバスケチームの凱旋パレードと祝勝セレモニーがある。僕はこんなにバスケに狂っていたのに、選手を生で見たことがなく、4年生についてはこれが生で見る最後のチャンスになりそうだし、ぜひ行きたかったのだが、授業と重なったので諦めた。
     授業に行ったら、先生が「セレモニーに行きたいんだろ?行ってもいいぞ」とたぶん本気で言ってくれたが、やっぱり僕には授業のほうが大事だ。しかし、フットボールスタジアムで行われているセレモニーの歓声が、教室まで聞こえてきた。先生も学生もみんな苦笑。
     先生が授業を早く終わらせてくれたので、自転車をとばしてスタジアムに行った。選手が一人一人挨拶していたのだが、その最後の1人に間に合った。その1人とはマティーン・クリーブズ。ラッキー!
     最近低下している視力のせいで、選手一人一人の顔をうまく認識できなかったのは残念だったが、とりあえず全員を見たことは間違いないので、見たことにしておこう。よっしゃよっしゃ。

  • 2000−4−6(木)
     あー、忙しい。大学院生が忙しいってのは、夏は暑い・夜は暗いってのと同じくらいに当たり前の話なんだけど、ここのところの忙しさには、ゲンナリしてしまう。筑波大でお世話になった先生が著書をプレゼントしてくれたとき、「元気をなくさないように、エネルギーを生産的に使ってください」と表紙裏にサインしてくれてたっけ。ふむ。
     TAのクラスの教授に呼び出されたので行ったら、また仕事を言いつけられた。テストの答案用紙に学生番号を間違ってマークした学生の成績データがおかしくなってるので、採点センターに行って直してもらってこいとのこと。採点センターに行って、その手続きに必要な書類に記入・マークをしてたが、なんだか手間のかかる仕事で、人数も多いし、まったく疲れた。自分の学生番号を間違ってマークするような奴は落第させればいいんだ!…なんちゃって。
     授業のあと、適当に夕飯を済ませて、図書館でデータ探し。寮に帰ったら11時で、もうグッタリ。久〜しぶりにビールを飲んだ。これが僕の元気の源

  • 2000−4−7(金)
     月曜の狂乱のさなかに学生証をなくしてしまった。誰か届けてくれないかと期待して待ってたけど、もう諦めて再発行を申請した。20ドル。ため息。
     しかし、新たに写真を撮らなくてもよかったということは、最初に作ったときの画像データが大学のコンピューターに保存されてるということだ。なるほど。筑波大では、学生証を作るときは自分で写真を2枚用意して提出していた。一枚が事務に保存されて、もう一枚が学生証に貼られてくるということだったんだろう。しかしここでは、大学の設備で写真を撮って、そのデータが保存もされ、学生証にも写ってくる。なんとも先進的なもんだね。
     昨日現像に出したフィルムが今日の4時にできてくるはずなので、出かけようとしたら、ちょうど雨が降ってきたのでやめた。なんか寒いなと思ってたら、またが降り出した。もういい加減にして欲しい。

  • 2000−4−8(土)
     朝起きたら、なんと雪が積もってやがった。狂ってる。絶対狂ってる。日本では今週末は花見が盛んだというが、ミシガンは積雪3cmだ。
     午後には天気もよくなったので、写真の現像を取りに行った。24枚のフィルムを現像とプリントで4ドル。日本では幾らくらいだっけ?「同時プリント0円!」なんて宣伝しているけど、結局現像代がかかるんだからそっちを表示すればいいのにといつも思っていたっけ。
     で、コンピューターセンターでスキャンしてきた。


    4月1日の準決勝バージョン。「S」はうちの大学のシンボルマーク。


    4月3日の決勝バージョン。「1979」は前に優勝した年。


    準決勝の試合後にMと。


    決勝戦の試合前。左からP・A・W・僕。


    優勝が決まると、観客は大騒ぎ。


    例の「荒っぽいアパート街」。準決勝の後。

     図書館でデータ集めして帰ってきた。やっと前に進み始めた気がする。データ集めに助手を雇いたいくらいだ。そんな身分になれるのは何年先かな。

  • 2000−4−9(日)
     セキがでる。どうも僕は風邪をひきやすい体質らしい。まあ、これだけの睡眠不足&運動不足の毎日では健康なほうがおかしいかもしれないが。
     そんなわけで、朝から図書館に行こうと思ってたのを予定変更して(雪が降ってて寒かったし)、部屋でできることをしていた。水分とビタミンを摂ろうと思って、寮の食堂で果汁100%ジュースを買ってきてガブ飲みしたり。気がつけば、ペーパーの〆切まであと半月ちょっとだ。真剣にやばい。風邪なんて言ってられない。これが書けないとたぶん退学→帰国。ひゃー。

  • 2000−4−10(月)
     まだ寒い。手袋なしで自転車に乗ったら涙が出た。手がかじかんでブレーキが握れないくらい。天気予報によると、明日はまた雪らしい。なんとかして〜〜。
     セキがまだ出るので、ノド飴を買おうと思って売店で探したんだけど、見当たらなかった。アメリカにはないのか?と思って適当な飴を買ったのだが、あとで先輩に訊いたら、やはりアメリカにもあるようだ。明日もう1回探してみようか。そうそう、外国に住んでて不便なのはこういうとこだ。「あれはアメリカにもあるのか?どこで買えるのか?」とかの勝手がわからないという問題。

  • 2000−4−11(火)
     ノド飴をゲット! 雑貨屋で、キャンディーのコーナーをいくら探してもなかったが、ふと思って薬の棚を探したらすぐ見つかった。なるほど。
     袋の裏に注意書きがあって、「喉の痛みが長く続くようなら深刻な病気かもしれないから、医師の診断をうけろ」と書いてあって、だから2日以上は使うなとのこと。しかし、それなら24個入り一袋にしてるのは矛盾ではないか?
     オフィスアワーのために研究室に行ったら、ドアに「Baby Sleeping」と書いてあった。上級生の一人で、よく赤ちゃんを連れてきてる人(男性)がいるのだが、その子がお昼寝中だった。たぶん奥さんと交代で子供の世話をしてるようなのだが、ベビーカーを押して研究室に来る姿を見ると、なんだか羨ましいような気がする。
     授業のあとで、同級生の韓国人W君と夕飯を食べに行った。韓国にいる奥さんが今朝電話してきたそうで、なんでも、数日前に、3歳の息子が朝起きてすぐに大泣きして、「お父さんがいなくて寂しい」とずっと泣き止まなかったとのこと。へぇ〜。家族っていいなぁぁ〜〜。

  • 2000−4−13(木)
     再来週までに、4人からなる指導教官団(Guidance Committee)を作って、その4人プラス僕で1度集まって今後の研究計画などについて承認をもらわないといけない。4人の先生の顔ぶれは決まったのだが、みんな忙しいので、全員に都合のよい日時を決めるのが相当に大変である。
     それぞれの先生に、Eメールで日程について問い合わせをしたりしてるのだが、失礼にならないような英語表現を考えるのにかなり神経を使うし、時間がかかる。ペーパー書きなどでこっちも忙しいし、風邪気味でもあり、もう、頭が変になりそうだ。
     この間、プリンターのインクがなくなったので、アマゾン・コムに注文していたのが、今日届いた。そんな物を買いに行く時間すら今は惜しいので、インターネットで手軽に買えるのが本当に嬉しい。

  • 2000−4−14(金)
     あーよかった。指導教官団ミーティングの日程調整がついた。24日(月)の1:30。日程の調整は各学生の責任ということで、学期末までにこのミーティングをやれないと退学ということだったので、一時はかなり焦った。学期末最終週に駆け込み開催ということになったので、どの先生も「突然の用事」とかになってくれないことを祈るばかりだ。当日は履歴書とか研究計画書とかを作って持ってゆくのだが、この日程調整に比べたらはるかに楽な仕事だ。
     今日はTAセッションの日だったのだが、期待通り、出席者は一人だけで、彼の質問に答えたりするだけでよかったので楽だった。TAセッションはあと一回。いい経験をする機会ではあるのだが、とりあえず今は忙しいのでなんとか楽に済ましたい。

  • 2000−4−15(土)
     ほんの数日前まで雪が降ってたのが信じられないようないい天気。Tシャツ・短パンでいられるほど暖かい。しかしそんな土曜日に僕は一日中図書館にこもってデータ集め。セキはほとんど出なくなったが、今日はなんだか頭が痛い。ここ数日、夜よく眠れないので、そのせいかとも思う。
     図書館でたまたま先輩に会って話してて、「1年目が終わればちょっとは楽になるから」みたいなことを言われて、まったくその通りであって欲しいと心から思った。

  • 2000−4−16(日)
     兄からのメールによると、実家の父がインターネットをするためにパソコンの購入を検討してるらしい。前にちょっと勧めたときには、「興味はあるけど難しそうで…」という感じの反応だったのだが、どんな変化があったのだろう。
     うちの両親は、60歳過ぎても毎日水泳してるし、スキー旅行に行ったり、この冬には揃ってスキーを買い替えたという、異様に活動的な人々なのだが、ついにパソコンにまで手を出すのか。
     いや、それ自体は素晴らしいことだと思うのだが、問題は、このページを親に見られるのはちょっと…、恥かしいというか何というか…、なのだ。う〜ん、URLを教えないでおこうかな。自力でここを発見するくらいになったら、おめでとう、ということで。

  • 2000−4−17(月)
     昨夜のこと。水曜日提出の課題の、2題のうちの1つをとにかく仕上げてしまおうと思って、徹夜覚悟で書いていた。朝の4:30くらいになって、ほとんど完成したのに、結びの部分をどうまとめるかが思いつかなくて、煮詰まってしまった。
     「とりあえず、ここまで出来たから寝るか」と、電気を消して布団に入った。数分後、ふと、書くことが思い浮かんだ。「なるほど、こう書けばまとまる!」 …しかし、今から電気をつけてメモを取る気はどうしてもしない。布団の中はあまりに気持ちいい。「朝になっても覚えてるだろうか?」 …起きてメモをとるべきであることはわかってるのだが、起きたくないし、朝になっても思い出せるような気もする。しかし、このアイデアを忘れるだけでなく、それを思いついたことすら忘れてしまう可能性もある。そうすると、今こんなことを考えているという事実自体がすべて無になる。
     可能性は3つあるのだ。
      (1)すべて覚えている。
      (2)アイデアを思いついたことは覚えているが、それがなんだったか思い出せない。
      (3)すべて忘れて、何事もなく一日をスタートする。
     苦しくて悶々とするのは2であり、1か3なら楽である。しかし、自分にとって悔しいのは3だ。果たして4時間くらい寝た後に自分の記憶はどうなってるだろう?昔読んだ本に、寝てる間は起きてる間よりも物事を忘れにくいと書いてあったような気がする。しかし、こんな半徹夜でボーッとしてるときの頭の働きはあてにならないような気もする。だいたい、こんなこと考えてる間に起きてサラッとメモを取ればいいじゃないか、何をやってるんだ俺は。いや、もう眠い、わけわからん。グウ。
     …というわけで、結局そのまま寝て、朝起きたら、シナリオ2が発生していた。10分くらいしたらすべて思い出したのでよかったのだが、その10分間の苦悶といったら、それは、もう。
     こんな経験ありません?

  • 2000−4−18(火)
     夏時間で、日本との時差は13時間である。朝8時に起きると、日本は夜9時で、ちょうどプロ野球の結果がでるころだ。
     起きたらとりあえずパソコンの電源を入れ、日本の野球に一喜一憂することから一日が始まる。阪神が勝つか巨人が負けるかしてると、爽やかなスタートが切れる。今日などは、阪神−巨人の直接対決で、しかも完封勝ちなんかしちゃってたもので、もうそれだけでバラ色の朝だ。なんと勝率5割。すばらしい。
     まあ、バラ色の朝というのは一瞬の夢であり、現実は灰色である。明日提出の課題の2問目、こんなに難しい課題は初めてだってくらいに難しい。

    「選挙は政治学者によって広範に研究されてきた。しかし我々は、「何が選挙を説明するのか」を知っているほどには「選挙が何を説明するのか」については知らない。言葉を変えれば、我々は「なぜ選挙でその特定の結果がでたのか」について、「選挙が実際に民主政治の欠かせない過程として何を意味しているのか」よりもはるかによく知っているのだ。逆に、「何が選挙を説明するのか」を理解すれば我々は「選挙が民主政治の過程において何を意味するのか」についても知ることができる、とも議論しうる。それが何故か説明せよ。」

     難問である。クラスメートの一人は、「明日は提出しません」と先生にメールを送ったそうだ。W君も、「諦めた」と言って作り笑いを浮かべていた。さあさあ、どうしよう。あと19時間。

  • 2000−4−19(水)
     結局、「出さないよりはマシ」という自分への言い訳を濫用して、とんでもないモノを提出してしまった。数日待ってもらえないこともないだろうが、数日でどれだけ向上するかかなり怪しいし、時間的にも、最後のペーパーにまたすぐ戻らなければいけないし。
     さて、僕は中学生の頃からサザンオールスターズのファンなのだが、日本で大ヒット中の新曲「TSUNAMI」はまだ聴いてなかった。そしたら、その曲に痛く感動したというある友人がCDシングルを航空便で送ってくれたので、発売後約3ヶ月にして初めて聴いた。
     実をいうとあまり期待していなかったのだけど、それなりによかった。まあそれはいいとして、不思議なことは、この曲を聴き終わった後にはいつも必ず「愛の言霊」のイントロが頭に浮かんでくるのだ。なぜかなー、と思ってたのだが、ふと思って調べてみたら、簡単なこと。アルバム「YOUNG LOVE」の中で「愛の言霊」の前に入ってる「ドラマで始まる恋なのに」の終わりの部分が、「TSUNAMI」の終わり方とそっくりなのだ!はっはっは、なんというか。

  • 2000−4−20(木)
     朝から雷雨。昼間でも夕方のような暗さ。まったく気分を沈めてくれる天気だ。
     予定というのはとにかく遅れるものである。今日は朝からずっと「計量分析」の予習復習をしていたのだが、昨日の昼頃にたてた予定では、それはゆうべのうちに終わらせて、今日は朝から図書館でタームペーパー用のデータ集めをするつもりだったのだ。結局、丸一日遅れた。ちなみに、ここでいう「タームペーパー」とは、「計量分析」と「政党と選挙」の2科目の両方に同じモノを提出するつもりであり、効率的な反面、これがコケたら両方の科目でコケるという諸刃の剣の作戦である。実際、データを分析してみてどうしても有意な結果がでなかったら、切腹するしかない。いやマジで。
     ちなみに、そのペーパーの題名(仮)を日本語にすると、「新規民主化国家における政党システムの安定化に対する政治制度の影響」…って感じ。長ったらしいな。

  • 2000−4−21(金)
     今日も雨。あー、鬱陶しい。
     午前中から図書館でデータ集め。昼前からなんか頭が痛くなってきたけど、我慢してデータ集め。もう休んでる暇はない。夕方にはかなりしんどくなってきたが、たまたま会ったW君がくれた薬を飲んだら、1時間くらいしてよくなってきた。夕飯も食わずに10時過ぎまでやって、帰った。今日は、ネパールとバングラデシュの詳しい選挙結果が見つかったのがホントに嬉しかった。というのは、選挙制度による違いも調べたいと思っているのだが、小選挙区制をやってる国は実はあまり多くなく、ネパールとバングラデシュはその例であるので、十分なサンプルを確保するためにぜひとも入れたかったのだ。よかったよかった。明日はアフリカを攻めよう。

  • 2000−4−22(土)
     やっと晴れた。気持ちのいい土曜日。昨日たまたま見つけた、Parties and Elections in Europeというサイトがむちゃくちゃ有用で、けっこうはかどった。ヨーロッパに限られているけど、東欧諸国の多くは今回の研究の対象に含まれているので。もっと早く見つけていれば、かなりの時間が節約できてたなぁ、と思うけど、まあ世の中こんなもんさ。いま見つけたことだけでも喜ぼう。
     で、図書館でデータ集め。さすがにアフリカは難敵である。カーボベルデのデータが見つかったのは嬉しかったが、ベニンとかマダガスカルとかマリとかは…、もうお手上げ。諦めて南米に進もう。
     そうそう、アフリカの資料を探してるとき、その裏の本棚が日本コーナーなのに気づいた。これがすごい。伊藤博文編『法制関係資料』とか、昭和2〜4年出版の『大久保利通文書』10巻セットとか、どうしてあるんだろうと思うようなモノがゴロゴロしてた。この図書館はすごいや。

  • 2000−4−23(日)
     イースター?だっけ?今日は確かそんな感じの祝日だと思うのだが、まあ僕には関係ないし、朝10時すぎから図書館へ。それから夜8時すぎまで、何も食わず何も飲まず、ひたすらデータ集め。「マイクロフィッシュ」という、手の平サイズくらいのプラスチックシートに数十ページが記録されてるモノで連邦政府の文書を調べて、探してたクロアチア90年選挙の結果を発見。思いっきりガッツポーズ。
     今日でだいたい選挙結果のデータはそろった(諦めた国も多いけど)。あとは選挙制度とか行政−立法関係とかで分類して、いよいよ分析に入る。さて僕の仮説通りの結果がでてくれるか、緊張の瞬間が迫る。

  • 2000−4−24(月)
     「ガイダンス・コミッティー・ミーティング」の日。大学全体の決まりで、博士課程の院生は一年目に全員これをやらねばいけないらしい。4人の指導教官に集まってもらって、今後の研究計画などについて承認をもらう会議。そこに提出する文書を書いてたので、昨夜は4時間しか寝てない。
     まあ、4人のうち3人は知ってる先生だし、そんなに緊張することはないのだけど、やっぱりなんだか緊張する。先週この会議をやったW君は、「君の研究に必要になるから、経済学の大学院レベルの科目を来学期とりなさい」ということにされてしまって、かなり心配がっていた。僕もそれを要求される可能性がある。
     必要ないとは知っているけど、スーツを着て行った。アメリカの大学は、教授が平気でジーンズをはいてるようなとこなのだが、そこであえて奇をてらうのが僕のやり方。先生に、「君は顔ペイントだけじゃなくて、そういう格好もするんだな」と面白がられた。つかみはOK。
     会議では、僕の今後の履修計画が話しあわれた。「これも取った方がいい」「これは関係ないからこれに替えろ」とか、いろいろ。怖れていた経済学研究科の科目はとらなくていいことになったけど、実は避けたいと思ってた「米国議会」(キツイことで有名なクラス)を取らねばならないことになった。あと、2つの専攻分野を僕は「比較政治」「方法論」の組み合わせで行こうと思ってたのだが、「方法論」の代わりに「アメリカ政治」にしたほうがいいと盛んに勧められた。その件についてはとりあえず保留になったけど。
     まあ、無事に承認のサインをもらえたし、先生によると、比較的平穏に済んだ方だそうだ。一つ大きな区切りを越えたし、あとは1週間後に〆切のペーパーをやるのみ。やるのみ。やるのみ。

  • 2000−4−25(火)
     苦闘中。データの分析に入ったのだが、なんだか、意義のある結果がでそうにない。やばい。

  • 2000−4−26(水)
     「政党と選挙」の最後の授業。計量の方も昨日で最後だったので、これで今学期の授業はすべて終了。速い速いと思ってきたけど、なんだか長かったような気もする。
     今日はタームペーパーについての発表。〆切はまだなので、最終発表じゃなくて、第4コーナー地点での発表って感じか。一応、ゆうべだったか今朝だったか、ある程度は「統計的に有意な」(←この業界の決り文句)結果がでてくれたので、それについて話した。行政−立法関係の分類についてコメントを先生からもらって、自分でもかなりそれに納得したので、それに沿ってデータを修正して分析をやり直してみよう。まあなんとか及第点のペーパーができそうな気がしてきた。それに、今後の研究にどんどん繋いでいけそうな感じだ。来年の中西部政治学会で発表するのを目標にしよう。
     今日は最高にいい天気。学期末の修羅場にこんな気候になってくれても楽しめないって。学期が終わったらすぐに日本に飛ぶので、ミシガンの春を満喫しきれずに終わりそうだ。まあ、日本の5月もいいけどね。2週間後の今頃は畳にあぐらかいて、ビール飲んでプロ野球観戦でもしてるんだなー。嬉しいなー。

  • 2000−4−27(木)
     あー、いい天気なのに、いい天気なのに、気分はまったく晴れない。データをいろいろいじくってみて、とりあえず一つは仮説が実証できたのだが、一番言いたかったことが全くデータに裏切られてしまってる。う〜ん、けっこう自信のある仮説だったんだけどな〜〜。ダメかぁ。
     とりあえず、実証できたことだけを使ってお茶濁しのモノでも書くか。〆切が迫ってるのにまだ本文は1行も書いてないことだし。

  • 2000−4−28(金)
     あー、忙しー。TA(ティーチング・アシスタント)の仕事のほうで、下らない雑事に手間がかかって、時間が取られてしょうがない。学生たちからはしょーもない問い合わせのメールが送られてくるし。400人も学生がいると、やっぱり大変なもんだ。まあ、この給料で学生やってられるんだから耐えるしかないんだけど。
     TAの仕事にもいろいろあって、どの教授につくかによって仕事量がぜんぜん違う。僕が今学期ついてる教授は、けっこう仕事をたくさん言いつけてくる人のようだ。W君がやってる仕事なんか、授業にも出なくていいし、教授に「何か仕事はありませんか」と訊いたら、「お前は一生懸命勉強してろ」と言われたとか。羨ましい・・・。
     で、この先、学年が進むと、自分で実際に授業を担当することになる。自分で講義をして、採点・評価も自分でする。日本にいたころ、大学院生に教えられたことなんかなかったけど、これがアメリカ式なんだろうか。で、そういう授業の経験があると、就職(大学の教官ってこと)するときに有利になるのだ。
     僕も4年目くらいには「比較政治学入門」なんかを担当することになるのかなぁ。怖くもあるけど、何をどんなふうに教えようかとか考えると実は楽しくもある。

  • 2000−4−29(土)
     一日中ペーパーに取り組む。なんとかゴールが見えてきた気がする。でも、まだ本文は書き始めてないので(表紙だけ作った♪)、今夜の頑張り次第だ。月曜に提出予定。火曜でもいいようなことを先生は言ってたけど、月曜って思っておいたほうがギリギリで焦らずに済むから。

  • 2000−4−30(日)
     今朝5時までペーパー書いてて、3時間だけ仮眠して、8時からまたスタート。書いてみると、思ったより書くことが多いことがわかった。間に合うのか心配。とりあえず、生涯これまでに書いた英文の中で最長のモノになることは確実。今までで最長といっても12ページとかそのくらいだけど。いつも課題で何か書くときは、少ない内容を多く見せようと、余白を大きくしたり、「MS明朝」フォントを使ったり(実験の結果、短いのを長く見せるのにはこれがもっとも効果的のようだ。MSワード使用)と様々な小細工を働くのであるが、今回はそんな心配をする必要はない。余裕かまして「Times New Roman」(字幅が狭い)なんかを使ってみたりして。
     午後になって、ずっと座ったままの姿勢では身体に悪いと思って、しかも、ずっと電源入れっぱなしのパソコンがかなり熱くなってきたので、パソコンを閉じてちょっとだけ散歩に出た。ほんの5分くらいだけど。外はいい天気で、多くの学生が芝生に敷物をしいて寝そべって日光浴したり、キャッチボールやフリスビーで遊んだりしてる。明日から期末テスト週間だというのに、余裕ある人が多いものだ。「パーティーの盛んな大学」全米ベスト3に挙げられるというこの大学のことだし、多くの学生にはテストよりも遊びの方が大事なのかもしれない。TAのクラスの学生たちを見ててもそんな感じがするし。


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