[トップページに戻る]


留学記「大学院をミシガンで」

7月 < 2000年8月 > 9月


  • 2000−8−5(土)
     某教授が担当の今週は、まあ、なんというか、ひどい目に遭った。宿題は毎日出るし、内容は難しいし、何より、某教授の授業にちょっと問題が。
     講義というよりは雑談のような感じに、話が筋道立ってなくて、話題があっちに行ったりこっちに行ったり、重要でないことをずっとしゃべってたかと思うと、重要なことをチョコチョコと話して終わったりとか。さらに、宿題の指示を文書で配らずに大雑把に口頭で言うだけなので、いざ取りかかったときにわけわかんなかったり。いやはや。
     TAまでが「自分でも彼の講義を理解するのは難しい」というんだから、相当のものである。「まるで外国語を聞いてるようだ」と言うアメリカ人の学生もいた。
     毎晩11時まで学校に残って宿題をやる苦しい一週間だったが、それでもなんとか乗りきった。で、昨日は金曜日、パーティーを2つもハシゴして、今日は二日酔いで強烈な頭痛。(なんとも単純でわかりやすい生活)
     ICPSRもあと2週間で終わりである。来週の先生も噂ではけっこう大変なヒトらしい。やれやれ。

  • 2000−8−6(日)
     二日酔いも治ったし、今日は勉強モード。午後から学校に行って、宿題をチョチョイと終わらせて(つまり適当にやったということ)、明日の予習も。
     この大学の図書館は、ただでさえ蔵書が莫大なうえに、「アジア図書館」というとこがあって、日本語の本が山ほど入っている。MSUの図書館にもけっこう日本語の本は入ってるが、どっちかというと日本研究をする人用の蔵書といった感じのが多い(大久保利通日記とか、そんなやつ)。しかしここの日本語の本は、普通に日本のそこらへんの図書館にあるような、全く一般向けの本も恐ろしくたくさん入っているのだ。
     今日もその「アジア図書館」をぶらついてて、『NHK歴史発見』第5巻の中に、明治6年の政変についての新説(西郷は征韓を唱えておらず、政変の本質は大久保が江藤らを追い落とすための陰謀だったとか)が紹介されてるのを面白く読んだ。
     前から思ってたのだが、明治初期の政治というのは、現代の途上国政治を見るうえでいろいろ興味深い示唆を与えてくれるのではないだろうか。例えば、明治14年の政変において政府は10年後の議会開設を約束して、実際に9年後に実現するわけであるが、もし今のミャンマー軍事政権が10年後の議会開設を約束したとして、それが実現すると誰が思うだろう。ではその差がどこからくるのか…、そんな感じに。

  • 2000−8−7(月)
     第2ターム第3週がスタート。今週の先生は、いまのところ問題なさそうな感じ。
     話は全然違うけど、ウェブの更新チェックソフト「WWWC」を入れたら、これがむちゃくちゃ便利で、一気に気に入ってしまった。実はけっこう前に一度インストールして、結局使わなかったことがあったのだが、今ではそれが信じられない。実際にウェブを見てまわるときって、いつも見る掲示板や日記関係を巡回してるときが多いわけだけど、行ってみて更新されてないとガッカリして、何か更新されてるのを見るまではひたすらあちこちウェブ上をさまよってることがある。それが、このソフトを使っていつも見るページを一発で更新チェックすれば、更新されてるところだけを見て回れるわけで、便利この上ないし、時間の無駄を防げるというわけ。何でいままで使っていなかったのか悔やまれるくらいだ。
     フリーソフトといえば、ちょっと前に「BLOCK」(ブロック崩しゲーム)にはまったことがあって、フリーのゲームでここまで遊べるものがあるのかとビビッたものだけど、ここしばらくは「ネクタリス」に夢中(ってほどでもないけど)である。中学生のころに「スーパー大戦略」にはまりまくった僕としては、「どうせ大戦略の簡易型なんでしょ。生産コマンドのない大戦略なんて面白くないだろ。」なんてタカをくくってたんだけど、これがまあ、面白いのだ。兵器を新たに生産しない分だけ一回のゲームが早く終わるので、小気味いい感じがあって、さらに生産がない分だけ自分のユニットに愛着が湧いてくる。さすがにPCエンジンで大ヒットしたゲームだけあって、ゲームバランスが最高であり、一つ一つのマップがそれぞれドラマのように(と言ったら大袈裟か)展開する。アクションゲームみたいに、「何面をクリアした!」というやり方って、シミュレーションゲームとしては邪道なのかもしれないけど、これが面白いんだから仕方ない。脱帽。

  • 2000−8−8(火)
     宿題が出た。今週はこれひとつだそうで、一週間に4つ出てた過去二週間とはえらい違い。でも、それだけ分量は多いし、求められてる水準も高いのだろうけど。
     僕のアメリカ生活も通算で20ヶ月目に入り、まあだいたいアメリカ暮らしにも慣れてきた。嫌いなこと(チップとか)もあるけど、それなりに快適に生活できている。しかし、どうしても我慢のならないことがあるのだ。ちなみにこれは女性には無縁の話。男の宿命とも言おうか。
     それはトイレである。洋式・和式の違いではない。本来は和式派の僕でも、アメリカに来てまで和式を望んではいない。では何が問題か。
     男性が洋式便器で小用を足すときは、当然ながら便座を上げて(立てて)使うわけだが、それをしない人でなしどもが、かなりの割合でいるらしいのだ。というのは、大便をしようと思って便座に座ろうと思うと、水滴が(しかも黄色い)ついてることがけっこうあるのだ。
     何を考えているのだ?他人の小便のしずくにケツをつけることが嫌じゃないのか?それをする奴ら全て、ペンチで爪を剥いでやりたい。
     とはいえ、その状態のときに僕がどうするかって、別に除菌ティッシュだのなんだのを使うわけでなく、チリ紙でサッと拭いてドッカと腰を下ろすわけだから、ある程度適応してきているといえばしているのかもしれないけど。

  • 2000−8−11(金)
     第2タームの第3週が終了。今週は宿題が一つしかなくて、それも割と簡単だった(一問だけ非常に苦しんだんだけど、それは僕のアホな勘違いによるものだったし)。だからこそ自分でコツコツと文献を読んで勉強すべきなんだけど、どうも毎日の宿題を泥縄式にこなしていくクセがついてしまってたため、宿題がないと気が抜けてしまっていた。よくない傾向だな〜。
     ICPSRの授業は来週の木曜まで続くのだが、僕は明日MSUの寮に帰って、来週は同級生のクルマに便乗してMSUから通学することになっている。というのは、今住んでるミシガン大学の宿泊施設が来週の火曜から夏休みで閉められてしまうのである。なんと不親切な。まあ、住むところを変えて気分一新、ふんどしを締め直して最終週を頑張ろう。
     そういえば、明日で渡米1周年。

  • 2000−8−12(土)
     引越しが完了。同級生の韓国人W君がクルマで荷物を運びに来てくれた。天気は快晴で、暑くもないし、引越し日和。アナーバーからイーストランシングまで約1時間の移動である。W君は息子のチャンヒ(3歳)も連れて来てて、チャンヒは初対面でしかも韓国語を話さない僕にもよくなついてくれた。
     MSUの住み慣れた寮に帰って、荷物を運び入れて、ホッと一息。狭い部屋だけど、なんだか落ち着く。窓の外の景色も見慣れたものだし。そしてお昼寝タイム・・・。

  • 2000−8−13(日)
     クレジットカードの請求額がなんだか高いな〜、と思って請求書の内容をよく見たら、雑誌「TIME」と「TVガイド」購読の代金、それぞれ$50と$47が請求されていた。
     話は3月にさかのぼるのだが(詳しくは3月21日の日記をどうぞ)、この2誌は、カード会社がお客さまサービスで3ヶ月ほど無料で購読させてくれてたものだ。それが今になって請求されてきたということは、どうやらそのまま黙って読んでると引き続き有料購読にさせられる仕組みになってるようである。
     実は、そういう仕組みなのかもな、と薄々は思ってたのだが、その無料購読についてのお知らせも捨ててしまってたし、問い合わせるのも億劫なので放っておいた。その請求が来てしまったのだ!
     さて、どうしよう。どのくらいの期間の購読になるのか知らないけど、金を払ってまで(一万円も!)読みたいとは全く思わない。だが、今まで雑誌を受けとっておいて、請求されてから断るなんてできるのだろうか?何より、その購読についてのお知らせを読んでいなかったことが悔やまれる。たぶんそこに引き続きの有料購読についてのことも書かれていたに違いない。それを読んでいなかったのはこっちの責任なんだし。
     カード会社に電話して取り消せないか交渉しようと思った。しかし、電話で英語を話すのはめちゃくちゃ苦手である。しかも、なんだか込み入った話になりそうだし、電話したからって払わなくて済むことになりそうな気はしない。一万円は惜しいけど、勉強代と思って諦めようか。雑誌も読めるし…。
     と、一度は思った。だが!英語が不自由だからって泣き寝入りするのはあまりにもシャクである。いい加減長いことアメリカに住んでるんだし、いつまでも電話が苦手なんて言ってるべきじゃない。こういう問題は、外国に住む上での通過儀礼で、一度は通らなきゃならないんだろう。こんな自己主張社会に生きていくためには、ハッキリと言うことを言わなきゃならないんだ。もはや、一万円のことも大した問題ではない。ここで電話すること自体にそれ以上の価値があるのだ!
     ・・・意気込みは立派なのだが、やっぱり電話するのは緊張する。恐る恐る電話して、やたら早口のオペレーターにたどたどしい英語で用件を伝えたら、その雑誌購読関係の問い合わせ電話番号を教えてくれて、そこに電話してキャンセルすれば代金をあとで払い戻すとの答え(これも、2回訊き返してやっと理解できた)。
     金を払わなくて済むのはよかったけど、また電話である。しかも、今聞いた話をうまく伝えられるか、今度はもっとドキドキしながら電話した。そうしたら、拍子抜け。プッシュホンの操作だけでキャンセルできた。ふー。
     今日の教訓:とにかく言ってみるべき。

  • 2000−8−17(木)
     ついに、ついに、ICPSRが終了・・・。
     MSUから通学した今週は特に辛かった。今までは夜まで学校のコンピューター室に残って宿題をやってて、そこで同級生やTAに質問できてたのだが、今週は通学してたのでそういうわけにいかず、相談する相手はW君しかいなかった。こうなってみると、ずっと通学してたW君がこれまでの7週間の間にどれだけ苦労してたのか、気が遠くなる思いがした。ICPSRに行くならアナーバーに住むべき。絶対。
     帰ってきて、今日はゆっくり休もうと思ってたのだが、夜になってからなんだかやる気が出てきて、前から読もうと思ってた論文をちょっと読んだ。あと11日で秋学期も始まるので、その準備もちゃんとやらんと。

  • 2000−8−19(土)
     夏のあいだ荷物を預かってもらっていた友達の部屋から荷物を運び込んで、だいたい生活環境が元通りになった。新学期が始まるまでにちゃんと部屋を片付けて、戦闘準備を整えねば。
     けっこう前からやろうと思ってたのだが、Windowsの再インストールをやった。前にやってから一年近くになったし、たまにこれをやると宿便が取れたみたいで気持ちいい。ついでに各種のアプリケーションやドライバもバージョンアップした。ネットスケープみたいなデカいファイルも、LAN接続のおかげで高速ダウンロードできるので嬉しい。これをダイヤルアップでやったらどれほど時間がかかるのだろう。
     でも、あれやこれややってたら、結局、全部あわせて5時間以上もかかったんだけど。とりあえずスッキリしたからいいや。

  • 2000−8−23(水)
     おかげさまで3万ヒット達成しました。いつも御愛読ありがとうございます。

     今度の新学期は、自分の勉強に集中するためにTAの仕事を半分に減らしてもらった。給料も半減で、月に600ドルくらいになった(TA2年目ということで、時間当たりでは昇給している)。これでは足りなくなると思うが、去年もらった奨学金を切り崩してやりくりしていこう。
     で、H教授の授業を手伝うことに割り当てられたので、H教授に「打ち合わせしましょう」とメールを出した。そしたら、「君の仕事は他に変わったみたいだぞ」との返事。数時間後、TA割り当て担当のS教授からメールが来て、「H教授じゃなくてM助教授のTAをしなさい」との指示。
     実は、H教授のクラスの教科書が何かを本屋で調べたら、興味のある本が指定されてたので(ハイエク『隷従への道』)、楽しみにしてたのである。専門外なのでそれについて学部生から質問を受けるのは大変だと思ったが、一緒に勉強していこうくらいの気持ちだった。だから、そのクラスのTAじゃなくなったのはちょっと残念。あと、H教授はけっこう有名な学者だそうだし。
     で、M助教授に「何の仕事しましょうか〜?料理以外なら何でもしまっせ。」とメールを出した。この人は若いトルコ人女性で、昨年度に計量分析を習ったので、仲もいい。返事は、「あら残念。料理してくれる人を他に探さなきゃいけないわね。あなたの仕事はまだ決まってないから後で連絡するわ。」と。いいノリしてるぜ。

  • 2000−8−24(木)
     TAの件で、M助教授に会いに行った。来週の木曜、先生が学会で出張なので、代わりに僕が教えることになった。教えるといっても、日本の中学校レベルの数学の復習なのだが、でも、大学院のクラスである。いくら復習とはいっても、たかだか大学院2年目の僕が大学院1年生を相手に教壇に立つのである。そんなこと許されるんだろうか。
     「別に無理にとは言わないから、嫌だったらやんなくてもいいわよ」と先生は言ってくれたが、なんか面白い経験になりそうだし、どうせ学期の一週目は僕も忙しくないだろうから、引きうけた。なんだかスゴイことになってきたなぁ。

  • 2000−8−26(土)
     いよいよ夏休みもこの週末限りで終わりだ。今日は、同級生のB氏の家にみんなで遊びに行った。韓国人のW君が家族も連れてきたから総勢9人で、クルマで約1時間のとこにあるB氏の家へ。
     B氏は僕と同級生なのだがもう40歳で(元は牧師をしていたそうだ)、三つ子を含めた4人の子供がいる。彼の家には広い裏庭があって、テーブルとイスと、バーベキューセットもあり、W君の奥さんが作ってきた韓国料理を食べたり、ビールを飲んだりして楽しんだ。さらにはW君がバーベキューセットを使ってカルビ焼肉を焼いて、それもまた旨い。天気もよくて、最高。
     W君の息子とB氏の三つ子は同じ3歳で、W君の子供は英語をほとんど話さないのに、すぐにうちとけて仲良く走りまわって遊んでいた。広い裏庭にはブランコや滑り台もあり、さらにバレーボールのネットまで張ってある。「日本ではこんな広い裏庭は持てないよ」と言ったら、B氏が「芝を刈るのが大変だけどな」と。その答えもまたカッコいい。アメリカの良き父親像だな(巨体で、いつもニコニコしてるし)。この裏庭に僕は参ってしまい、ずっとアメリカに住みたいくらいの気もした。
     新学期を控えた僕らの話題は「今度は何の授業を取る?」「あ、それは去年取った」「どうだった?」とか、そんな話。新一年生も一人来てて、彼女には聞くこと全てが新鮮らしく、僕らにずっと質問しまくっていた。ちょっと不安げな表情も見えて、(自分も一年前はこうだったなぁ)と変な感慨を持った。いよいよ僕も二年生。

  • 2000−8−28(月)
     今日から新年度のスタート。月曜は授業はないんだけど、用事があって午前中から出かけた。キャンパスは人で溢れかえっていて、立ち止まって地図を広げて自分の教室を探してる若者もたくさん見かけた。今日の大学新聞によると、6800人ほどの新入生が入学してきたとのことである。(しかし、全学の学生数は4万人を超えるはずだから、この数は意外に少ない。大学院生がそれだけ多いということだろうか?)
     午後1時から政治学研究科の歓迎レセプションがあった。僕はふざけてパキスタンの民族衣装を着ていった(去年は作務衣を着ていった)。「今日は俺はパキスタン人だぜ」とか言ってはしゃいでたら、なんとインド人の新入生がいて、ゲ・ゲ・ゲ。インドの服を着てくればよかった。

  • 2000−8−29(火)
     今日からいよいよ自分の授業が始まった。今学期に履修する2科目の両方が今日あった。
     「政治制度と公共選択」(頭文字を取ってPIPCと書き、ピプシと読む)のクラスは、その方面ではかなり有名らしい老教授が担当。毎回、一人の学生が指定文献についての短い論評を提出して、報告し、全員で話し合うという形式。しかし、去年取った友達によると、実際は教授がひたすらしゃべるらしい。学期中に全員が4回報告し、それで評価が決まる(テストも研究論文もなし)。で、来週の第1回報告にさっそく立候補した。こういうものは学期初めのあまり忙しくないうちにやっといた方がいいのだ。(ちなみに、僕が担当する指定文献は、Shepsle & Bonchek (1997) Analyzing Politics 1・2章、Riker (1990) "Political Science and Rational Choice"、Aldrich (1994) "Rational Choice Theory and the Study of American Politics" の3つ)
     「中級計量経済学」のクラスは、学生がわずか3人だった。先生は今学期限りでMSUを去ってしまう人。計量分析を使った研究論文を学期末までに書くのと、数回の宿題。(ということは、今学期はテストが一個もない!)
     今日はひどく蒸し暑くて大変な一日だった。汗でべちょべちょ。

  • 2000−8−30(水)
     この夏に受講したICPSRの夏季プログラムの授業料の請求が来た。払わなくてもいいと思ってたので、ハァ?と思って同級生たちに訊いたら、どうやら僕の思い違いで、授業料は払わねばならなかったらしい(といっても、MSUとミシガン大学との交換協定によって受講したので、MSUの6単位分の料金でいい。しかもTAの特権としてミシガン州民料金が適用される。)
     請求額は約1200ドル。数ヶ月前に、所属する政治学部から「ICPSRで使いなさい」と言って2000ドルをもらっていたのだが、僕は「授業料免除+生活費2000ドル支給」だと思ってた。実はこれは「この2000ドルで授業料を払って残りを生活費の足しに」ということだったのだ。ありゃりゃ。ICPSRで、他の大学から自費で来ている人たちに「MSUではこんな待遇なんだぜ〜〜」と自慢してたのがバカみたいだ。

  • 2000−8−31(木)
     あ〜、疲れた。でも、終わってホッとした。。
     24日のとこに書いたように、大学院のクラスで教えてきた。そんな大それたことを…。我ながら、大胆なことをしたものだ。しかも、今まで学部の授業で教えたときはせいぜい7人とかの小人数が相手だったけど、今回は20人以上の学生に教えたのだ。僕より年上の人も多かったはず。今思っても冷汗が出る。
     内容は、数学の復習。この仕事を引き受けたときは、「どうせ日本の中学生レベルだろ」とたかをくくってたのだが、実際は高校2年生レベルのものもあり(累乗根とか)、典型的文系人間だった僕がそんなことを講義することになるとは…。
     実際、講義の準備をしてるとき、自分でもよくわかってないことがあるのがよくわかった。ゼロ乗が1であることはよくうっかり忘れてしまうし、それに、がなぜ±9でなくて9なのか、また、それはが−2であることと矛盾してるんじゃないか?とか、実は未だに頭がスッキリしてない。(いいのか?)
     授業をしてるときも、英語がうまくでてこなくてつっかえたりとか、板書のしかたがまずかったりとか、言おうと思ってたことを忘れてて言わなかったりとか(おい、いいのか?)、全く反省点だらけだった。それに、こういう復習セッションの常として、学生のレベルに大きな差があるわけで、どの程度深く説明すればいいのか、また、どの程度のスピードで進めばいいのか、その見極めが難しかった。
     でも、まあ、今日の学生たちには申し訳ないけど、いい経験になった。この反省点から学んで次に生かそう。


7月 < > 9月

留学記目次へ


[トップページに戻る]