- 2001−8−1(水)の昼前
おかげさまで、カウンターの数字が10万を越えました。いつも御愛読ありがとうございます!
この数字は、おととしの12月22日からのものです。約1年7ヶ月ですから、月平均で5263、日平均で175ヒットという計算になります。我ながら、けっこうな数字ですね。
過去の日記を調べてみたら、去年の3月21日に1万ヒット到達との記述があります。最初の1万には3ヶ月かかってるわけです。つまり当時は月平均3333、日平均111ヒット。
その後、2万ヒットの記述は見つからなかったものの、3万以降は毎回日記に書いてありました。
3万、2000年8月23日
4万、2000年10月25日
5万、2000年12月17日
6万、2001年2月 7日
7万、2001年3月17日
8万、2001年4月29日
9万、2001年6月15日
というわけで、最近はほぼ一ヶ月半で1万アクセスがあるということです。一日平均222件の計算です。最初のころのちょうど2倍ってわけですね。
僕が大学院受験をしていたころ、インターネット上の情報源には非常に助けられました。そんなわけで、今度は自分が情報を発信しよう、というつもりでこのサイトをやっています。嬉しいことに、このサイトの読者の方が受験に成功して渡米してこられたというメールをたまに頂きます。そういうメールをもらうと(めったにないけど)、嬉しくて嬉しくて、たまんないです。
今後とも、どうぞ宜しくお願いします。 m(_ _)m
- 2001−8−3(金)の朝
なんと、夏休みが始まってから約3ヶ月経った。あと3週間くらいで秋学期が始まる。あっという間だなぁ。
先学期のRA(リサーチ・アシスタント)の仕事は、先学期中に終わらなかったこともあり、また、仕事量が恐ろしく膨大であることに教授が気づいたこともあり、僕は正式な共同研究者ということになって、先学期が終わってからも仕事を続けている。もちろんもう給料は出ないけど、共同研究者なので、この研究が発表されるときは僕も共著者として名前が載るし、自分の業績となる。
この仕事、猛烈な単調作業である。「夏休みの終わりまでには終わらせます」と教授に約束したのはいいが、あと3週間となって、けっこう焦っている。インターネットを長時間使う仕事なので、日本にいる間は全然やらなかったし、アナーバーにいたときは授業が忙しくてちょっとしかやらなかった。そのため、今から夏休みの終わりまでは毎日平均4〜5時間くらいも費やさねばならなくなった。他にも夏休みの間にやりたい仕事はいろいろあるんだけどな〜。
- 2001−8−4(土)の朝
秋学期から、学部の授業を教えることになった。希望は出していたし、数日前から内定の知らせは受けていたんだけど、昨日、正式に通知があった。教えるクラスは、政治学専攻のたぶん2年生くらいが取る、「政治分析方法論入門」とかそんな感じの名前の科目。
そのクラスは、150人くらいが受講する大クラスで、週一回だけ教授が全体に講義をして、週二回は5つの班に分かれて、それぞれの班に僕ら大学院生がついて教える。その仕事をすることで、週20時間労働扱いになる。
うー、ついにこの時がきたか、って感じ。
なぜこのクラスを教える希望を出してたかっていうと、内容(統計分析とか)が自分の得意分野であるし、英語の下手な僕にとっては最も教えやすい科目だと思ったから(実際、アジア人院生がよくこの仕事をする)。どうせ3年目となったらけっこう厄介な仕事が割り当てられるに決まってるんだから、自分からこれを希望して取ったほうが得策だと思った。で、うまくこの仕事が取れたというわけ。
といっても、自分で授業を担当するということには、けっこう不安もある。学期末には学生による授業評価を受けるわけだし、問題児のために苦労した先輩の話も聞くし。
まあ、でも、やるしかないんで、不安なんてことを言わずに、全力で頑張ろう。
- 2001−8−5(日)の夜
大学院の仲間で作ったソフトボールチーム、僕は日本に帰ったりアナーバーに行ってたりしたので、開幕戦以来ずっと欠場していた。で、今日、リーグ戦の最終盤になってやっと復帰した。
天気快晴、サングラスをしてても目が痛くなるほどの強烈な日差しだった。
勇んで球場に向かったのだが、なんと相手の人数が揃わず、不戦勝になった。で、せっかく集まったのだから、こっちの2人を相手チームに入れて、非公式試合をやった。(開幕戦もこうだったなー)
僕はレフトを守ってたのだが、自分でも驚くようなファインプレーをやって(レフト線に飛んだフライを全速力で走ってランニングキャッチ)、チームメートからやんやの喝采を浴びた。ふふふん。
その直後の僕の打席、さっきのプレーのせいで、味方ベンチからは「イチロー」「コウ・イチロー」との声援が飛ぶ。しかし、ボテボテのピッチャーゴロ。でも全力で一塁へ。ピッチャーがちょっとお手玉してたのでギリギリになって、僕は必死に一塁に駆け込んだ。一塁ベースを踏む直前、勢い余って足が絡まって、まるで漫画のような盛大さで、転んだ。
耳の穴に砂が入るほどの勢い。
身体の前面は完全に砂の色になった。
手の平と膝をすりむいてちょっと血が出た。
でも、チームメートはみんな大爆笑の大喜び。僕のエンターテイナー性が発揮された試合であった。ふふふん。
- 2001−8−7(火)の朝
うー、今日は朝から暑いな。
読売新聞の記事、都教委、緊迫の「つくる会」教科書採択劇。あー、どうにも頭が痛くなる我が祖国の悲しい現状。
「庁舎前では午前8時から、「つくる会」の教科書採択に反対する団体の400―500人が集まって、都庁を訪れる都民や都職員に抗議のビラを配り、「侵略を美化する教科書を採択するな」などとスピーカーで訴えた。」
侵略を美化なんかしてないじゃん。読めばわかるのに。
「都教委には採択を内定した先月末から今月6日までに、4574通の手紙やファクス、電子メールが殺到。ほとんどが「なぜ問題のある教科書を押しつけるのか」と批判する内容だった。」
4574通って、常軌を逸してる。ファクスを処理するために業務に相当の支障がでただろう。都民の税金の浪費だなぁ。
ちょっと前の栃木での採択騒動のときにも、教育委員の自宅への脅迫電話がひどかったらしい。ごく少数の左翼勢力(日本のマスコミ用語では「市民運動」になる)の喚き声が"静かな大多数"を打ち消してしまってる図式だ。
あと、最もわけわかんないのがこの話→。朝日新聞の記事によると、都教委の審議の中で「いきなり神話で始まり、その量も多すぎて歴史的事実と混同する危険がある」という反対意見が出たとか。
ハァ?
神話が出てくるのは人類の起源や縄文・弥生文化、大和朝廷による統一などの記述の後じゃないか。なんだ、「いきなり神話で始まる」というのは。事実の歪曲は止めろよ。あと、量も多すぎるって、全部で僅か7ページじゃないか。
複数の教科書が存在して、地域毎にどれを使うか選ぶというのは、いいやり方だと思う。中央政府が決めた国定教科書を全国すべての学校で使う姿よりも、ずっと健全に見える。それはいいんだけど、教科書を選ぶそれぞれの地方機関が、脅迫電話・ファクス攻撃などの暴力的な政治活動に屈服してしまうようでは、いけない。(そういう暴力を取り締まることも一方で当然必要)
「地方分権」というのはここしばらくのキーワードである。教科書採択を地方に委ねるというのはその例なわけだけど、この件で見えてきたのは、「分権」されて決定権を持つことになる地方自治体の側に、政治的決定を行うだけの覚悟・強さが備わっていないといけないということだ。中央集権体制下では、地方自治体には重大事項の決定権がないから、地方政治家たちはそれだけ気楽だった。実際に「分権」になったら、それぞれの地方に、重大事項の政治的決定を巡る利益集団間の苛烈な綱引きとせめぎ合いが起こるのだ。その渦の中で調整と決断をするだけの政治的「体力」が今の地方政治家にはあるか?地方自治体はまるでメリットだけが中央からやってくるような気持ちで「分権」を叫んでるようにも見えるが、もっと「激しい政治」も分権と一緒にやってくるんだ、ということを覚悟しなきゃいけないだろう。
(話題の「新しい歴史教科書」については、先々月、5回にわたって感想を書きました。このページをご覧下さい)
- 2001−8−10(金)の昼
ひたすら毎日毎日、研究のための単調作業に励んでいる(8月3日の項参照)。その他の仕事にはまったく手をつけていない。
間違いなく、これまでで最も多くの時間を費やした研究になっている。先日教授と話したところ、秋学期中に論文の形に仕上げて、年内にはジャーナルに投稿する予定とのこと。これだけ莫大な時間を割いている仕事なので、報われて欲しいものだ。
- 2001−8−12(日)の昼
読売新聞の記事、出生体重が重いほど高知能?…英医学誌に研究結果。
内容自体には大して興味なかったけど、どんな統計的手法を使って分析してるのだろうか興味があって、その研究が載ったというブリティッシュ・メディカル・ジャーナルのウェブサイトに行って、論文を見てみた(まだ精読してないけど)。
いきなり驚いたのは、論文の冒頭に載っている「要約」の項が、目的・デザイン・セッティング・対象・結果の計測・分析結果・結論、の7項目の箇条書きになってたこと。政治学のジャーナルでは、要約は箇条書きでなくて普通の文章になってるのが普通なのだが、なるほど、このほうが分かり易いし、変なゴマカシが効かなさそうだ。読むほうもラクだし。
さらに、この論文はたった4ページしかない。すごい。自然科学の分野ではほんの数ページの論文がノーベル賞を取ったりすると聞いたことがあるけど、こういう世界なのか。
統計手法自体は別に高度なモノではなく、僕でも十分できるもの。逆に、普通の線形回帰もやはり奥が深いもんだな、と改めて思った。MLEだ、ノンパラだ、と新しく知った手法を見せびらかしのように使おうとする自分のミーハーな姿勢を恥ずかしく思う。
で、末尾の方に、本文から別枠になって、「このトピックについてこれまでに知られていたこと」「この研究がそれに付け足したこと」という2項目がまた箇条書きになって載ってた。すごい。これこそが「科学」の姿だ。ぜひ見習いたいものだ。
ところで昨日は、友人の引越しを手伝って、レンタカーのトラックを往復3時間ほども運転した。日本で昔、バイトで2tダンプを運転してたことがあるので、似たようなものだろうと思って引き受けたのだが、実はそんなに簡単なものじゃなかった。まあ、そのうち慣れてラクになってきたけど。それにしても、トラックまでもオートマなのは、さすがアメリカだなぁ、って感じ。
- 2001−8−13(月)の昼前
昨日は、ソフトボールのシーズン最終戦。しかし、なぜか相手チームが一人も来なくて、今週も不戦勝になってしまった。アメリカに住んでると、「いい加減だなぁ」という言葉が思わず口から出ることが非常によくあるんだけど、例えばこんなとき。
で、隣りの試合会場でも1チームしか来てなくて(いい加減だなぁ)、しかたないから、不戦勝同士の2チームで非公式試合をやった。
守備の方は、ほとんど球が飛んでこなくて、けっこう退屈だった。打撃のほうは非常に不調で、内野安打、三振、内野ゴロ、という結果。ソフトボールで三振というのはかなり恥ずかしい。
結果は7−6で敗北。
試合後、みんなで飲みに行ったんだけど、ここで、文化の違いというか、アメリカ人の不可解な行動を目の当たりにすることになった。
普通、僕の感覚で言えば、夏の暑い日にスポーツをして飲み屋に行ったら、カラカラに渇いた喉に冷たいビールを「グイーッ」と注ぎ込んで、「プハーッ」とする、最初の一杯がとにかく最高なものだ。この「一杯目」の快感こそが至高だ。それが人生だ。そのためには、喉が渇いていればいるほど良い。
それなのに、席についた我々に、ウエイトレスのお姉ちゃんはピッチャーに入った大量の水を持ってきて、僕以外の全員は、ゴクゴクと水を飲み始めたのだ。
気でも狂ったか、お前等!
僕はもちろん水なんか飲まずに、ビールを待った。そんな僕に水を汲んでくれようとした友達もいたが、遠慮した。
うーん。
乾杯をせずに、てんでバラバラに飲み始めることにも、もう慣れた。ビールを飲みながらハンバーガーを食べることにも、自分はしないけど、他人がすることにはもう慣れた。しかし、まだまだ自分の知らない驚きの習慣が、この国には隠されていた。
あなどれないぞ、ミステリアス・アメリカ。
- 2001−8−17(金)の昼前
おとといは、日本から友達が遊びに来てくれて、大学周辺を案内した。
隣り街のランシング市は州都で、ワシントンDCにあるCAPITOL(連邦議会議事堂)を小さくしたようなSTATE CAPITOL(写真)がある。けっこう綺麗な建物で、何度も近くを通りかかったことはあるものの、中を見学したことはないので、いい機会だから行ってみた。
入口には持ち物検査もなく、案内係みたいなお兄さんに「中を見学したいんだけど、いい?」と訊いたら、「どうぞどうぞ、自由に見ていってくれ」と言われた。州議会議員のオフィスが並ぶ廊下をこんなに自由に歩いていいのかなー、とちょっと不思議な感覚を覚えながら、歩き回った。議員らしき人も歩いていた。
面白いことに、この建物には州議会だけでなく、州知事のオフィスも入っているのだった。首相官邸と国会議事堂が一緒の建物に入ってるような感じ?でもまあ、新潟県庁には知事室も県議会も入ってるからね。
- 2001−8−24(金)の朝
昨日は、イスを買った。高いやつ。
研究室で今まで使ってたイスは、大学か学部の備品で、安っぽいモノだった。で、イスの座りごこちは勉強するときの集中の度合いに影響するはずだし、健康のためにも、ちゃんとしたイスを買おうとずっと思っていた。
昨日買ったモノは、約150ドルで、座る部分の高さと角度・ひじかけの高さ・背もたれの高さと角度、の5ヶ所を調節でき、座りごこちも抜群。
150ドルはけっこうな額だけど、「自分への投資」と呼ぶことにした。これで集中力を増して秋学期に臨もう。 - 2001−8−25(土)の朝
ここしばらくずっと取り組んできた、例の単調作業(8月3日の項参照)が、昨日、ついに終わった。ふー。
なんとか、「夏休みの終わりまでに」という教授への公約を果たしたわけだ。あとは論文の形にまとめる作業だが、これは教授がやってくれるはず。僕は結果をまとめるだけでいいと思う。どのジャーナルに投稿することになるんだろう?楽しみナリ。
さて、明後日から新学期だ。今日と明日は何をしよう。まだまだ他の仕事が山積なのだ…。 - 2001−8−26(日)の夜
明日から新学期。僕は3年生になる。
今日は、研究室の机とか本棚とかを整理した。けっこう書類とかがゴチャゴチャに積み上げられたりしてたので、新学期を前に整頓しておいたほうがいいと思って。
今学期は、一つのクラスを聴講するだけで、正式に履修するクラスは一つもない。でも、教えるほうに相当の時間と労力が取られそうだ。それと並行して進めたい研究プロジェクトが2つもあるんだけど、どこまでできるやら。
もう3ヶ月もチビチビと読み続けている、司馬遼太郎『翔ぶが如く』は、今日で7巻(文庫版)が終わった。西郷隆盛の私学校がいよいよ挙兵を決めるあたりで、相変わらず話の進みが遅いけど、非常に面白い部分だ。挙兵するかどうかを決める会議で、冷静な意見を言った人が「死を怖れているのか」とか言われて黙らされてしまうあたり、熱狂した人間集団の意志決定の例として興味深い。昔読んだ、連合赤軍事件の坂口死刑囚が書いた本を思い出した。(連合赤軍の場合、「反革命的だ」の一言で冷静な意見が消されてしまう。)
新学期になって忙しくなるってのに、こんなに面白い部分に差し掛かってしまっては、困るなぁ…。
- 2001−8−27(月)の夜
新学期初日。キャンパスは人で溢れ、自転車がなかなか思うように進めない。地図を持って歩いてる人も多く(新入生だろう)、道を訊かれたりもした。2年前は僕もこうだったなー。
僕がセクションの一つを担当する「PLS201:政治学方法論入門」(と訳すのかな?)のクラスは、今日は全セクションの学生が集まって教授がクラスの説明をした。このクラスは約30人くらいづつの5セクションがあって、毎週月曜日に50分だけ全セクションの学生が大教室に集まって教授の講義を聞き、その他に週2回、セクションごとに分かれて僕ら大学院生が教える。僕の担当はセクション4で、火曜と木曜の午後12:40から2:00まで。つまり明日がその第一回になる。
今週一週間は授業登録の変更ができるので、このPLS201の学生がセクションを移動することもできる。今のところ僕のセクション4には29人が登録してるけど(昨日までは31人だった)、明日の第一回のあと、「こんな英語の下手な奴のセクションになんか居られないぜ」とか言って他に移る学生もいるだろうか?明日はなるべく、「この人、英語は下手だけど教え方良さそうじゃん」と思ってもらえるように頑張ろう。(もちろん英語も丁寧に話そう)
今日は他に、聴講するクラス「PLS853:開発の政治経済学」に出席した。配られたシラバスを見たら、授業内容は僕の興味にかなり合ってるようだ。教授が自分でも言ってたけど、マクロ政治経済に重点が置かれてるようである。実際、大学の公式授業スケジュールではタイトルが「開発政策の政治経済学」になってるのに、シラバスは「開発の政治経済学」となっている。こっちの方が明らかに僕の関心に近い。これは面白くなりそう。
あと今日は3時から、政治学研究科の「新入生・新入教官歓迎レセプション」があった。新入生と話したり、久しぶりに会った同僚と夏の間の話をしたりした。アルコールはないけど、ジュースを飲んで、お菓子を食べたりしながら。
新学期の本格的なスタートは明日からかな?
- 2001−8−28(火)の夜
さて、自分が教えるクラスの第一回目の日がやってきた。念のため、午前中のうちに教室の場所を下見しておいた。教室はキャンパスの西端にあるBRODYというとこで、僕の寮(OWEN HALL)はキャンパスの東方、僕の研究室(SOUTH KEDZIE HALL)は中心部にあるので、教室まで行くのがけっこう大変。今はまだ自転車が使えるけど、冬になったらバスに乗ることになるかも。
12:40、いよいよ授業開始。教室に向かうときは緊張してたけど、始まったらけっこう思うように話せた。今日は第一回なので、授業の説明(教科書について、課題について、成績評価について、など)と、あとは僕自身についてちょっと自己紹介も。教卓のあたりでじっとしてるんじゃなくて、なるべく教室中を歩き回るように心掛け、なるべく多くの学生とアイ・コンタクトを取るようにした。ボケッとしてるような学生も、目を合わせると、僕の話に反応するように見える。
それだけの内容なので、わずか20分ほどで終わった。なんとかうまく乗りきった。ふー。
しかし、その後すぐ研究室に戻って、さっそく明後日のクラスの準備に取りかかった。今度はちゃんとした授業で、課題文献をもとに社会科学における理論の役割、研究の作法、みたいな内容を講義する。言いたいことはいろいろあるけど、学部の入門レベルの授業であるからその程度に合わせた話にしないといけないし、80分という時間の制約もあるし、なかなか難しい。でもまあ、授業の内容を自分で計画するのはやりがいがある。
あと、「開発の政治経済学」の方の文献も読まなきゃならんのだ。明日の昼までに。うあー。
- 2001−8−29(水)の夜
今日も夜遅くまで研究室に篭って授業の準備。明日教える内容に関係して、高根正昭『創造の方法学』(講談社現代新書)をちょっと読み返した。もう何度も何度も読み返してる本だけど、それでも読むたびに感銘を受ける。特に、著者のアメリカ大学院時代の体験の記述が、今の自分の状況と重なり合うように感じられたりして、沁みるものがある。
今週末はサンフランシスコでアメリカ政治学会の年次大会が開かれるので、教官や院生の多くが今日あたりからサンフランシスコに飛んでいった。行かない僕はちょっと取り残された感じ。同期入学の友達が既に3回目の学会発表をするというのに、僕は学会発表に応募しても落選続き。もっと頑張らないとな〜。
- 2001−8−30(木)の夜
さて、今日の授業は、「社会科学とは」「政治学研究の種類」「研究の倫理的問題」とかの内容。11ページの講義ノートと、7枚のOHPシートを準備して臨んだ。
だいたいうまく授業できたと思うんだけど、今日痛感したのは、間の取り方の難しさ。あまり速く進んだらノート取れないだろうし、ゆっくり過ぎると退屈になるだろう。そのへんのバランスが難しいものだ。
「倫理的問題」のとこでは、いくつか実際の例を話したら、けっこうみんな興味を持ったような顔をして聞いてた。これは今日の成功といえるかな。
僕は金曜は休みなので、今日で秋学期第一週が終了。それでもまだ8月中だ。なんか長いぞ、今年の8月。
ちなみに、今学期の僕の時間割はこんな感じ。
月・12:40-2:00 「開発の政治経済学」を聴講
3:00-4:00 オフィスアワー
火・12:40-2:00 「政治学方法論入門」を教える
水・12:40-2:00 「開発の政治経済学」を聴講
木・12:40-2:00 「政治学方法論入門」を教える
3:00-4:00 オフィスアワー
で、来週は月曜が祝日(勤労感謝の日?)で、火曜の授業も休講なので、明日から5日間の休みだ!わーい。
- 2001−8−31(金)の夕方
「開発の政治経済学」の指定文献で、N. Gregory Mankiw (1997), Macroeconomicsの「経済成長」の章を読んでいる。章の冒頭は、Steady-state level of capitalが貯蓄率によって変わる、というようなとこで、面白く読んだ。何というか、政治学では未だ異端視されたりするフォーマル理論が、経済学では極めて当然のことなんだなぁ、と変な感想を持った。
計量経済学以外の分野の経済学の教科書を読むのは学部時代以来かもしれない。なんか、自分が政治学でフォーマル理論の洗礼を受けたからか、非常に面白く読めるのだ、これが。学部時代は、「〜の影響は無視するものとする」「〜は一定とする」とかの前置きが非常にいかがわしく思えて、数式をグリグリと展開させて「はい、こうなるでしょ。この含意は、うんぬん」という式の経済学の教科書がどうにも気に入らなかった。今では十分に納得するんだな、これが。
同時に、このMankiw氏の教科書の書き方がいいのかもしれない。Steady-state levelが長期的な均衡であることを数学的に示して、その後に実際に数値を当てはめての解説があって、さらに日本とドイツの戦後復興をその理論によって解釈してみせる、という3段階が踏んであって、これは素晴らしいと思った。強い仮定から導かれた理論に対して懐疑的になるのは初学者には普通のことかもしれないのであって、だから実際の例(しかも日本とドイツという分かりやすい例)をそれに当てはめてみせるケーススタディは、大変に教育的効果が高いと思った。