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留学記「大学院をミシガンで」

2月 < 2002年3月 > 4月


  • 2002−3−1(金)の夜
     学生の宿題の採点でめちゃくちゃ疲れて、グヘェェという心境になってたところ、先輩に映画に行こうと誘われて、行った。「40 days and 40 nights」というもの。純粋な娯楽映画で、ゲハゲハ笑いまくってきた。いい気分転換になった。親指二本上げ!

  • 2002−3−2(土)の夜
     今日は、バスケとホッケーの両方でリーグ戦最終戦がホームで行われた。春休みの勉強予定は狂いまくりなんだけど、やっぱり行った。
     まずバスケが4:30から。ホーム最終戦なので、「4年生お疲れさまセレモニー」があった。今年の4年生はたった一人で、しかもめったに試合に出ない人なんだけど、なぜか彼は人気抜群である。(この人) 今日は試合にもちょっと出場して、3点シュートも決めた。
     試合は、アイオワ大が相手で、快勝。アイオワはシーズン前にはかなり前評判が高かったが、それを全く裏切るシーズンになってしまった。結局、カンファレンス内では5勝11敗。うちは、今日の勝利で、10勝6敗でリーグ戦終了。残念ながら1ゲーム差でカンファレンス5連覇を逃してしまったが、こんな若いチームで、しかもケガ人続出の中でよくここまでやったものだ。しかも、現在絶好調なので、これから始まるトーナメント戦ではかなり期待できそう!
     で、バスケの後はホッケーへ。(バスケの会場ホッケーの会場は隣同士)
     フェリス州立大学との試合。2−0で快勝したが、こちらも僅か1ゲーム差で、カンファレンス優勝を逃してしまった。
     試合後は、今季限りで勇退するロン・メイソン監督(アメリカの大学ホッケー史上最多勝監督)の引退セレモニーがあった。といっても、これからプレーオフが始まるので、最後の試合というわけではもちろんないんだけど。監督の足跡のハイライトをまとめたビデオが流されて、監督がファンや選手に感謝するスピーチをして、マーチングバンドが応援歌を演奏して終わった。いいセレモニーだった。
     バスケもホッケーも、トーナメントで頑張って欲しいものだ。まだしばらくはスポーツから目を離せない日が続く。

  • 2002−3−4(月)の朝
     3月だというのに猛烈に寒い。昨夜研究室から歩いて帰ってくるとき、鼻が痛くなった。今朝は、午前8時半現在7度(摂氏マイナス14度)。今日の予想最高気温は17度(摂氏マイナス8度)。とんでもない話だ。
     いつもは人で溢れているキャンパスも、春休みのため閑散としてる。寒いし、なんだかつまんないー。何か面白いことないかなー。

  • 2002−3−4(月)の夜
     今回の寒波はかなり大変なものらしい。6州で合わせて23人が死亡とか。今日は寮から一歩も外に出なかった。この寒さで「春休み」というのは矛盾だが、それにしてもこの寒波の到来がちょうど休みのときで良かった。こんな日に授業をするとまた出席率が悪くて、テスト前に「分からないー」と言ってくる学生が増えて、面倒なことになる。
     今夜はちょっと気合いを入れて勉強しよう。読みかけの本を読み終わるぞ。

  • 2002−3−6(水)の朝
     ようやく寒さが緩んで、ホッと一息。気がつけば春休みも半分過ぎた。昨夜は深夜1時まで研究室にいて、寮に帰ってきて、布団に入って眠くなるまで文献を読んで寝よう、としたら僅か10分ほどで睡魔が来て、就寝。
     今週中に終わらせたい仕事は山ほどあるんだが、なかなか予定通りには片付かない。特に、採点の仕事は、取りかかるまでの精神的ハードルが高い(つまりやりたくない)のに加えて、やっててもすぐに嫌になってダレてしまう。むー。

  • 2002−3−6(水)の夜
     天気も良かったし、散歩がてらスーパーマーケットに行って、オレンジをたくさん買い込んできた。栄養補給のために、これからオレンジを毎日朝晩一個ずつ食べることにした。
     僕はクルマを持ってないし、果物とかを買える場所はそんなに近くないので、けっこう不便である。しかも、深夜まで研究室にいたりすると、買い物に行く時間がない。そんなわけで、スーパーに行くのはなんと一ヶ月に一回くらい。たまに行くと、牛乳やオレンジジュースなんかを買い込んでくるんだけど、それを飲み終わると、またしばらくは無いまま。寮の食堂から飲料水を汲んできておくのでそれを飲むけど。
     とりあえず、明日からまたしばらくは、朝起きてすぐに牛乳が飲める。わーい。

  • 2002−3−7(木)の深夜
     春休みが始まる前は、「この休みは超バリバリに勉強&仕事して、史上最高の生産的な休みにするぞ」と意気込んでたわけだが、始まってみればやっぱり、ダラダラする時間もあるし、机に向かおう向かおうと思いつつもベッドから起き上がれなかったりする時間もある。
     そんなわけなんだけど、それでも一日くらいは「究極に集中してSUPER生産的な一日」を持とうと思って、自分で今日をその日に指定した。そんなふうに思うと、いつもなら誘惑に負けてしまうような瞬間を耐えて踏みとどまることができた。で、今日はかなり仕事がはかどった。史上最高の生産性とまではいかないものの、自分で満足できるくらいには。
     ま、なんつーか、「この春休みは〜」とかいう大きな目標を立てるよりは、一日とかそういう小さな単位の努力を繰り返してゆくほうがいいのかな。で、そういう日をだんだん増やすようにさらに努力する、と。
     たぶん、人間の進歩・成長というのは、突発的にグイッと伸びるという具合にはいかないんだろう。それまでグウタラだった人があるきっかけによって猛烈に勤勉になる、という話は伝記やマンガにはよくあるけど、少なくとも僕にはそれはあてはまらないような気がする。ここ数年のいろんな出来事からそう思うようになった。それは少々残念ではあるけれど、でも、自分がそういう人ならば、3歩進んで2歩下がりながらも、「徐々に」自分を高めてゆくしかないんだ、と。
     「今日を機会に自分は変わるぞ」という誓いを、今までの人生で何回立てたか分からないけど(笑)、それを果せなかったからといって自分を諦めるのはまだ早いのであり、徐々に自分を鍛えるという道もあるんだ。諦めないで努力するのが大事なのであって、諦めることは、楽な方への逃避だ。もし自分が怠惰なのなら、自分は怠惰であるという強烈な重荷を背負って、それを直視した上で、自分の生き方を作り上げねばならない(そのまま怠惰に生きるか、自分を変えるか)。

     ところで、デジカメを購入。通販で月曜に注文したものが今日届いた。この機種。こんなデジカメが出るのを待ってたんですよっ!この恐るべき小ささ!画質が大したことないというのは聞いてるけど、この小ささ&軽さはそれを補って余りあるだろう。飲み会とかパーティーに行くときにポケットにサッと入れておいて全く邪魔にならないというのは大変な魅力だ。カメラを持って行って、首から下げたり手に持ってたりするのはカッコ悪いので。
     明日はまたホッケー観戦に行くので、さっそく何か撮ってこよう〜〜♪

  • 2002−3−8(金)の深夜
     【16万ヒット達成しました。いつもありがとうございます。】
     バスケ、BIG10トーナメントのMSU−インディアナの試合をテレビ観戦。完敗だった。インディアナは素晴らしい試合をしたし、反対にうちはチームの悪いところが全部出た感じ。ターンオーバーの山、低いFG%とFT%、甘いディフェンス、無駄なファウル…。まあ、負けるべくして負けた試合でしょう。

     で、夜はホッケー。こちらはうちの大学のアリーナが会場なので、生で観戦。この試合はCCHA(というカンファンレンス)のプレーオフ1回戦(2戦先取)の第1試合。デジカメを持って行った。

    試合前のひととき。

    試合開始前に整列した我がスパルタンズの選手達。

     相手は格下のボウリンググリーン大学だったのだが、どうも立ち上がりから不調で、先制点を許し、追いかける展開に。一緒に行った同僚に、「このデジカメは短い動画も撮れるんだよ」と話して、試しに試合を撮ってたら偶然にも敵のゴールの瞬間を捉えてしまった(笑)。

    大学ホッケー界屈指の名ゴーリー、ライアン・ミラー。彼は実家がうちの大学のすぐ近くで、家族や親戚の多くがうちの大学でプレーした、ホッケー一家の出身。彼の通算完封試合数はアメリカの大学ホッケー史上一位。

     1点差を追いかけて、残り1分を切った。万事休す!と心臓の止まるような思いで観ていたら、劇的な同点ゴールが決まった。大番狂わせをギリギリで逃した痛恨の失点に、相手のゴーリーはしばらく氷上に伏せたまま起き上がれなかった。僕らはもう飛びあがって大喜び。
     そして、サドンデス形式の延長戦へ。5分経過した頃、主将のアダム・ホールが決勝ゴールを決めて、逆転勝利!!
    喜ぶ選手達。

     ひどい内容のバスケの試合を忘れさせてくれるような、大興奮の逆転劇だった。明日も勝つぞ!

  • 2002−3−9(土)の夜
     今日は一時猛吹雪になったりする変な天気だった。吹雪の中、ホッケー観戦へ。昨日とは大違いで、終始圧倒した。終了直前に2点を失ったものの、4−2で圧勝。これで、来週末のCCHA準決勝に進出が決定。今季限りで勇退するメイソン監督にとって、今日が本当に最後の本拠地での試合になった。
     これで、僕にとっても今季のスポーツを生で観るのは最後。今季は、フットボール6試合、バスケ16試合、ホッケー5試合を生で観戦した。なんか、自分でそういう意識はなかったんだけど、スポーツ観戦が最大の趣味になったような?ここのサイトがどこかで紹介されるとき、「スポーツ観戦に夢中な留学生のサイト」と書かれてもおかしくない(笑)。
     日本でプロ野球を球場で観たのは生涯で一回だけだし、スポーツ観戦が自分の趣味だと思ったことは一度もなかったんだけど、ここに来てから変わったようだ。やはり、自分の大学だと思うと応援に熱も入るし。スポーツで大学が一体になる感じがするのは、素晴らしいことだ。僕らが持ってるような、熱狂的な愛校心とライバル校との対抗意識って、日本の大学ではあまり馴染みのないものだろうなぁ。あと、アメリカの大学スポーツでは、大学と地元との結びつきの強いことが素晴らしいと思う。自分の出身校というわけでなくても、人々は地元の大学のスポーツチームを応援するし、地方新聞のスポーツ欄やローカルテレビのニュースでも、地元大学の成績は大きく扱われる。例えば広島県民が、プロ野球のカープと同様に広島大学のチームを応援するような感じ。日本もこうなったら楽しいだろうなぁ。

  • 2002−3−11(月)の朝
     ついに春休み終了。
     とにかく、学生たちの宿題とペーパーの採点にめちゃめちゃ時間がかかった。休み中にした全仕事量の半分くらいが採点だったんじゃないかな。くひー。でも、この仕事による収入で生計を立ててるんだから、仕方ない。やることはやらねば。
     昨夜は、今週から始まるバスケの全国トーナメントの組み合わせが発表された。うちは東地区の第10シードに決まり、第7シードのノースカロライナ州立大(UNCじゃなくてNCST)と対戦することになった。NCSTといえば、土曜日にメリーランドを破った試合を観て、注目してた学校である。かなり強敵だ。もし一回戦を勝ち抜いても、二回戦はおそらく第2シードのコネチカット大学が相手。これもきつい。
     僕がここに来てから過去2回のトーナメントではうちは第1シードだったので、一・二回戦はけっこう楽だった。しかし、シードが下がるといきなり最初から苦しい戦いになるのだ。
     試合は金曜日。さて。

  • 2002−3−12(火)の夜
     今日の「アメリカ政治入門」のクラスは、米国議会の組織構造などについて。なんと、本3冊&論文4本、計1000ページ近い指定文献。教授曰く、「このテーマについて読むならどうしてもこの程度は必要だ。2週に分けることも考えたが、そうすると他のテーマを削らねばならなくなる。だから、一回に詰め込むことにした」と。

     ちなみに、その文献リスト:
    Keith Krehbiel (1991) Information and Legislative Organization
    David W. Rohde (1991) Parties and leaders in the postreform house
    Gary W. Cox and Mathew D. McCubbins (1993) Legislative leviathan
    Shepsle and Weingast (1987) "The Institutional Foundations of Committee Power"
    Weingast and Marshall (1988) "The Industrial Organization of Congress: Or, Why Legislatures, Like Firms, Are Not Organized as Markets"
    Krehbiel (1993) "Where's the Party?"
    Rohde (1995) "Parties and Committees in the House: Member Motivations, Issues, and Institutional Arrangemens"

     先週が春休みだったからこの量でも読めるだろ、というのが教授の想定らしいが、遅読のうえに他の仕事に忙殺されてた僕が1000ページを読めるわけなく、昨夜は半徹夜したけど、結局あまり理解もしないまま授業に臨んだ。授業でも、やはり3時間ではカバーしきれず、一部は来週に回された。
     それにしても、米国議会の研究ってススんでるな、っていうのが素朴な感想。僕がちょっとでも知ってる政治学の分野のなかでは、もっとも研究が洗練され、体系化してる気がする(僕の知らない分野についてはわからないけど−−例えば紛争研究?)。どの本も論文も凄く「重量級」な感じで、超一流の学者同士の迫力ある論争に、「ホエー、学問の最先端だなー」なんて、他人事のような感想を持ってしまった。
     どういう論争かというと、超簡潔にかいつまむと、Krehbielは「政党は関係ない」、Cox & McCubbinsは「政党が重大な影響力を持ってる」、Rohdeがその間にあって、「特定の条件下で政党の影響力は強くなる」という論。僕ごときには到底、どれが正しいかはわかりません。ハイ。

  • 2002−3−14(木)の夕方
     教えてる方のクラス、どうも欠席者の多いのが気になる。大丈夫なのかな、連中?春休みボケなのか、何なのか…。
     さていよいよ、バスケの全国トーナメントが開幕。今日は一回戦第一日目、16試合が行われる。現在までに終わった7試合のうち、僕の予想は3つ当たり・4つ外れ。悪い出だしだな…。
     今年も、大学院の仲間で予想大会をやっている。一人5ドルずつ出して、一位が8割、二位が2割貰う仕組み。去年僕は3位だったんだけど、今年はどうなることやらー。

  • 2002−3−15(金)の夕方
     完敗。
     バスケ、今日は一回戦残りの16試合。うちはノースカロライナ州立大と対戦。前半終了時には12点リードしてたのに、後半開始早々からチームが全く機能しなくなり、あれよあれよという間に逆転を許し、そのまま完敗。結果は69−58。
     前半と後半で全く違う試合のようだった。相手のシュート率が前半25%、後半67%だと!うちのシュート率は今季最低の32%だったそうだ。これじゃあ勝てない。テレビの解説者が、「審判は試合を通じて反則をキツ目に取ってたが、MSUの選手はそれに適応できていない」と言っていた。チームの若さはこんなとこにも現れていたか。
     これで、熱狂しまくったシーズンは終了。来年も当然シーズンチケットを買うから、また燃えるぞ!

  • 2002−3−16(土)の昼前
     僕が研究室に使ってる部屋は2人部屋なのだが、今週末は相方が「コンプ」(総合試験)を受験してるので、僕は研究室を使えない。だから木曜のうちに週末の間の勉強道具を寮に持ち帰ってきておいたのだが、やはり部屋ではどうも勉強できない。あと、バスケのせいもあって。
     昨夜は、大学院の仲間とポーカー大会をやった。アメリカでポーカーをやるのは初めて。5人が1人5ドルずつ出してやってたのだが、3人が脱落(破産)した後、僕ともう1人が25ドル総取りを賭けて死闘を繰り広げた。結局負けた。
     英語のポーカー用語。カードが配られる前に払う「参加料」は「ANTE」というらしい。「降りる」ことは「FOLD」。あと、これはポーカー用語というわけじゃないけど、「ハッタリをかます」ことは「BLUFF」という(この単語は前にゲーム理論の授業を取ったときに聞いたことがあったっけ)。
     あと、役の強さ。僕が今まで知ってたルールでは、フラッシュ>フルハウス>ストレートの順だったんだけど、昨日のルールではストレート>フルハウス>フラッシュの順だった。まあ、いろいろ地方ルールがあるんだろう。
     負けたけど楽しかった。でも、「来週末もやろうぜ!」という話になったのは…。う〜、月に一度くらいならいいけど、毎週する時間的余裕はないなぁ…。(でも行っちゃいそう)

  • 2002−3−17(日)の昼前
     ポーカーについて追記。
     大学院の一年目のとき、統計分析のクラスでポーカーの役の確率の話がでてきた。そのときの教科書は後輩に売ってしまったので手元にない。で、探したらこんなページが。
     確率的には、昨日書いた3つのうちでは、フルハウスが最も難しく、ストレートが最もでき易いそうだ。ストレートは、フラッシュの2倍、フルハウスの2.7倍もでき易い。なるほど。
     ポーカーといえば、どうやって賭けて、カードを何回交換できるかとかでいろんなルールがあるわけだけど、一昨日やったルールでは、そのときの親が好きなルールを選んでいいという式だった。親は時計回りに順々に交代。
     どんなルールがあったかというと、一つは、「7枚カード」式。まず各人に2枚ずつカードが配られ、みんな自分のカードを見ることができる。そのときに降りてもいいし、賭けてもいい。賭け金が出揃ったら、親はカードを一枚ずつ表向きに配る。つまりこの3枚目のカードは、全員が全員のカードを見ることができる。ここでまた降りてもいいし、続行するなら更に賭け金を払う。で、親はまた表向きカードを配る(4枚目)。これを6枚目まで繰り返し、最後の7枚目は裏向きに配る。ここまで降りなかった人は、7枚のカードを持ち、そのうち4枚は他のプレーヤーに見られているというわけ。7枚のうち任意の5枚が自分の手札となる。で、ここで降りてもいいし、賭けてもいい。
     似た形式では、それの5枚バージョンがある。1枚目と5枚目が秘密で、2〜4枚目が公開カードになる。
     あと、「5枚配布・1回交換」式。裏向きに5枚配られ、1回だけ好きな枚数を交換できる。
     この3つが主なルールで、ここにあとワイルドカード(指定されたカードを持ってる人は、それを好きなカードとして使える)とか、交換する枚数の制限とか、手札を公開するときに一枚ずつ更に賭けながら出すとか、様々なバリエーションが加わり、親がその都度好きにルールを指定するという具合だった。同じルールでずっとやるよりも面白い。僕は酔っぱらってたからそこまで頭が回らなかったけど、深く考えればかなり戦略的な駆け引きができそうだ。
     やばい。来週末も行っちゃいそう。

  • 2002−3−17(日)の夜
     バスケに続いてホッケーも負けた…。
     CCHAプレーオフ決勝戦、宿敵のミシガン大と対戦した我がスパルタンズは、3−2で惜敗。公式戦に続いてプレーオフでも優勝をミシガンにさらわれた。
     しかし、試合後に発表された全国トーナメント(今週金曜から)の組み合わせでは、うちは西地区第3シードになり、第4シードのミシガンより上になった。1回戦は第6シードのコロラドカレッジと対戦。その勝者が準々決勝で第2シード・ミネソタ大と当たる。それに勝つと「FROZEN FOUR」(全国トーナメント準決勝)だ。

     それにしても今年のバスケは番狂わせの連続で、全く予想が当たらない。3回戦進出の16チームのうち、たった6チームしか当たってない(Duke, Oklahoma, Maryland, Kansas, Texas, and Oregon)。まあ、4強に予想したチームは全部まだ残ってるので、まだマシなほうか。同僚達の多くも、今年は予想が当たらないことに嘆いている。3回戦からもまだまだ波乱が起こりそうだ。

  • 2002−3−18(月)の深夜
     研究室相部屋の同僚の試験が終わり、4日ぶりに研究室へ。授業に出たり、明日の講義の準備をしたりして、午前0時半ころ帰宅。明日は正規分布・Z値などを教えるのだが、ここが最もつっかえ易いところだから、けっこう念入りに準備した。でも、授業に来ない学生にはそんな努力も伝わらない。念入りな説明が必要なような学生はサボるし、授業に出てくる連中はだいたい物分かりがいい。空回り、嗚呼空回り。
     先週、どうしようもなく酷い出来の課題を提出してきた学生に、心を鬼にして再提出させたら、大して変わらないモノを出してきた。あぁ…。この満腔の脱力感をどうすればいいんだ。

  • 2002−3−20(水)の昼前
     昨夜も深夜帰宅。やることがいろいろあって、なかなか片付かない。
     毎日新聞のサイトに出てた「奇祭として知られる「豊年祭」 愛知・小牧市」という記事、印刷してってアメリカ人の同僚たちに見せてまわったら、大反響。全員が全員絶句して、「oh my god」とか驚きの声をあげるので、そのリアクションが面白くて、10人くらいに見せた。楽しい楽しい。
     税金の書類が出来てきた。うちのロースクールの人達が、外国人留学生のために無料で税金の書類を作成するサービスをやってくれてて、その書類が出来たと連絡があったので今日取りに行ってきた。僕はそれらの書類を封筒に入れて送るだけ。なんとも嬉しいサービスだ。源泉徴収で取られ過ぎていた分の税金、連邦と州と合わせて900ドルくらい返ってくるらしい。わーい。

  • 2002−3−21(木)の夜
     【速報】デューク負けた!デューク負けた!デューク負けたぁぁぁぁっっ!!!
     うひょひょひょひょぉぉぉぅ!ぐひゃらぐひゃらギヘギヘぐぼぼぼギコハハハハハハ!!!

     凄い試合を見せてもらいました。ありがとう、インディアナ。公式戦中には憎たらしくて堪らなかった君達が今日は輝いてたよ…。
     いや、賭け的には僕はデュークが決勝戦まで行くことを賭けてたんだけど、それでもアンチ・デュークの僕としては、これは嬉しくてならない。ジェイソン・ウイリアムスは、なぜあんなにフリースローが下手なんだ?それ以外は全く超一級品なのに、ちょっと前にヴァージニアに負けた試合でも決定的なチャンスでミスってたし。今日も、試合終了4秒前で、入れれば同点のフリースローを失敗。あー、すごい試合だった。ひー。

  • 2002−3−23(土)の昼前
     昨日は教えてるクラスで一つの課題が〆切だったが、期限内に提出してきたのは35人中24人。あとの11人はどうしたんだ〜?(まあ、いつもだいたいこんなもんだけど)
     ホッケー、昨日の全国トーナメント一回戦で、我がMSUはコロラドカレッジに0−2で負けたそうだ。ん〜、残念。これが名将メイソン監督の最後に試合になった。
     で、昨夜は先週に続いてポーカー大会。ビールやテキーラを飲みながら、ずーっとひたすら飽きもせずポーカー。結局ちょっと勝った。$5で始めたのが、終わったときには$5.85。時には一回の勝負で2ドルくらい動いたりもしたけど、最後には結局こんなもん。

     たった今、寮の部屋の窓から見える樹にリスが登ってきてたのでデジカメでパチリ。

  • 2002−3−24(日)の深夜
     昨日は、うちの大学の日本人会のボウリング大会。またも酷い成績を取ってしまった。僕の2ゲーム分の点数を合わせても1位の点数に届かなかった(爆)。たぶん僕は根本的にボウリングに向いてないんだ、うん。
     今日は、学生たちの課題をひたすら採点。他にも仕事山積なのに、一日仕事になってしまって、ガックリ。しかも、深夜過ぎに自転車で寮に帰ってくる間、寒いこと寒いこと。日本では桜が早く開花したとか?こちらはまだ楽勝で零下です(涙)。

  • 2002−3−25(月)の夜
     昨夜は2時半ころ寝たのだが、今朝は6時半に、悪夢を見て目覚めた。
     どんな夢かというと、コンプ(僕が半年後に受験する総合試験)を受けていて、全然マトモな答案が書けず、時間切れになって落第確実、教授に「なんとか再試験を受ける方法はありませんか。どうしてもダメですか」と懇願したが、「残念だが規則だからね」と言われ、「…分かりました。明日にでも荷物をまとめて国に帰ります。」とうなだれて答えた、というもの。。。
     不吉、というより、そんな悪夢を見るほどに自分がコンプのことを気に病んでいる、ということに気づいて怖かった。精神衛生上、非常によくない。

     「議会」のクラスに出て、教室から研究室に帰る途中、やたら寒かった。もうすぐ4月とは思えないこの異常な寒さ。真冬用のエディーバウアーの極厚のダウンジャケットを着てても、それを突き抜けて身体を震わす。で、このまま深夜まで研究室に残っててたら、帰りが命がけになりそうだと思って、7時半ころサッサと帰ってきた。洗濯とかしながら寮で勉強だ。

  • 2002−3−26(火)の夜
     夜、研究室で授業の準備をしてたら、驚きのニュースが飛び込んできた。うちのバスケチームのエースであるマーカス・テイラーが、来季からのNBA入りを表明した。
     彼はまだ2年生なので、残り2年の大学でのキャリアをすっ飛ばしてのプロ入りということになるが、彼は代理人を雇わないということなので、宣言を撤回して来季戻ってくる可能性も残している。(規定では、プロ入りを宣言して代理人と契約した選手は、もう大学に戻ってプレーすることはできない。代理人を雇わなかったら、ドラフトまでに気が変わったら宣言を撤回できる。プロチームのテストを受けたりして、自分がどの程度評価されてるか、ドラフトでどの程度で指名されるかを見極めてから決められる。それは珍しいことではない。)
     うちの大学のスポーツ関係のウェブ掲示板であるwww.spartantailgate.comは、その直後から大量の書き込みで溢れた。口汚く罵倒する人や、擁護する人など、さまざま。

     何というか、開いた口がふさがらなかった。確かに彼はいい選手であるが、同じポジション(PG)の大学生の中でベスト10には入らないだろう。今シーズン中、重要な試合の最重要な局面でたまに見せた大ポカなど、どう考えてもプロ入りするレベルまで熟成してはいない。
     だいいち、今彼が抜けることは、「再建の一年」である今シーズンをなんとか乗りきって、来年ふたたびトップレベルに登ることを目指しているチームとチームメイトを見捨てることになる。今年、シーズンを通じて人材不足で苦しみ抜いたイゾー監督にとって、テイラーのプロ入り宣言がどれだけ痛恨の一撃であるか。2年前、NBAチーム(アトランタ・ホークス)から莫大な契約金で誘いを受けながら、「自分はミシガンステートを『王朝』にする」と言って断ったイゾー監督。テイラーが小学校5年生のときから目をかけて、育ててきてくれたイゾー監督に対し、何という恩知らずなことを。それに、来年は有望な新人選手を迎え、再びカンファレンス制覇、ファイナル4出場あたりまで狙えるという期待が持たれていたのに、その期待が一気に崩れた。

     もちろん、彼が「子供の頃からの夢であるNBA」に向かうことを誰も止められまい。9割以上の人が「馬鹿な決断」と見るだろうが、結局は彼の人生だし、スポーツ選手がより高いレベルで競技したいと思うのは当然だ。もう一年大学に残ってもし大怪我を負ってプロに行けなくなったら、夢も金も名声も一気に失うんだし。「大学に残れ!」と言うのは、ファンの身勝手に違いない。彼がプロで活躍できないと決まってるわけでもないし。たぶん無理だろうけどさ。

     まあ、僕はもともと彼のことが好きじゃなかった。上に書いたように、超重要な局面で愚かで自分勝手なプレーをして試合をぶち壊してきたこともあるし、いつも陰気でムスッとした顔をしてるとこも、背中に「All Eyes on Me」なんていう恥ずかしい入れ墨をしてるとこも。
     勝手にしてくれ、って感じ。宣言撤回して来季もうちでプレーする可能性もけっこうあると思うけど、なんだかもう、戻ってきたとしても彼を応援したくなくなってきた。

  • 2002−3−28(木)の朝
     ふー。
     まったく、2科目履修して、1科目教えて、さらに自分の研究までするってのはさすがに大変。昨夜は2時半まで研究室にいた。最近は、2〜3時ころに寝るのが平均。昔は朝型人間だったんだけど、どんどん夜型になってゆく…。
     でも、学会報告の論文を、4月11日までに同じ分科会の報告者に送らなきゃいけないので、今は休んでられない。この論文は先輩と一緒にやってる共同研究なので、1人でやるよりは気が楽だけど。

  • 2002−3−30(土)の昼前
     熱血モード全開中。昨日は金曜の夜だけど、ずっと研究室でデータ整理&分析。どうしても夜のうちにキリのいい所まで終わらせたくて、結局午前3時過ぎまでやってた。統計ソフトを走らせるコマンド群を書いたりしてたのだが、うまいルーチンを思いついたり、それが思い通りに実行できたりすると、胸の奥のほうから麻薬が湧き出してくるような感じになって、興奮して眠気も起きない。身体の中に内燃機関ができたような感覚で、どんどん心も身体も熱くなって、バリバリと仕事が進む。寮に帰って布団に入ってからも、しばらく興奮が冷めず、眠れなかった。
     で、今朝は9時ころに目を覚まして、その10分後くらいには部屋を出て、食堂で朝飯を食って、サッサと研究室に向かった。睡眠が足りないのは分かってるけど、なんだか頭も身体も十分に働きそうな気がするので、大丈夫だろう。こういう調子のいいときにガンガン仕事すべきなんだ。
     何かに燃えていない人生なんて、つまんない。っていうか、退屈で死んでしまう。


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