2002−6−8(土)の朝
「そのうち治るだろ」と、時差ボケを積極的に治そうとせずに生活してきたが、こんなに不規則な生活をしてるとそれ自体が身体に悪いかもしれない。
気がつけばこっちに戻ってきてから早くも6日目だ。まだ勉強を本格的に始めてない。これはいかん。
この夏は何の勉強をするかというと、9月に受験する「コンプ」の準備。「コンプ」とは「comprehensive exam」の略で、大学によって呼び方は様々だが(qualifying examとかgeneral examとか)、博士課程の大学院にはだいたいある、「関門」の試験である(修士課程ではあったりなかったりすると思う)。博士論文に取りかかる前に、専攻分野の知識を十分に習得したかを試される。形式も学校ごとに様々であって、うちはペーパーテストだが、口頭試問のとこもあるらしいし、研究論文を書くところもある。
うちの場合は、7分野のうち2つを選択する。アメリカ政治・比較政治・国際関係・政治思想・方法論(計量)・フォーマル理論・行政と公共政策、の7つで、僕は比較政治と方法論で受ける。数年前までは、2科目を別々の学期に受けてよかったのだが、今は同一学期に2つ一緒に受けねばならない(1〜2週間の間隔を空けて)。
2科目を同時進行で勉強しなきゃならないので大変だけど、ある大学では3科目を3週連続で受験しなきゃいけないそうだから、うちはまだマシなほうかもしれない。あと、分野を好きに選べるのもいい。たしかハーバードでは政治思想を全員が受けねばならないとか。
うちでは、入学から7学期目までにコンプに合格しなければならない。僕の同期生の約半分はこの春学期に受けて全員が合格しているが、僕は授業をゆっくりめに履修してきたこともあって、この秋(7学期目)に受験となった。落ちたらクビで、片道切符で日本へ帰国(笑)。
問題は、僕が方法論を習った先生2人がどっちも他に移籍してしまったこと。習ったことのない先生が作る問題を解かねばならない。これはけっこうキツそうだ。
しかしまあ、この試験勉強をする過程で、専門分野についての体系的な知識が身につくわけであり、やっておくべきだとは強く思う。僕は、自分が論文を書くテーマについては文献を読み込むけど、それ以外は不勉強になる傾向があるので、この夏の勉強で、一通りしっかりとした知識を身につけたいものだ。
ところで、口語では「コンプ」を動詞としても使う。"When are you comping?"(コンプはいつ受けるの?)とか。面白い表現。
2002−6−9(日)の朝
サッカー、対ロシア戦は朝7時半から。でも時差ボケはまだ治らず、3時から起きてた。
ついに、スペイン語じゃなくて英語で観れた。試合に興奮してたからあまり解説は聞いてなかったけど、柳沢の名前の発音が難しいようで、かなりどもったりしてた。あと、「ミヤモトは変なマスクをつけていて怖いですねぇ」とか言ってた。
いやー、それにしても嬉しい勝利だ。すごいすごい。にわかサッカーファンの僕でも、この勝利が大きな価値を持つことは分かる。
明日のアメリカ−韓国も興味あるんだけど、夜中の2時半なんだなぁ、これが。そんな時間に起きて観たりしてると、いつまでも時差ボケが治らない…。
2002−6−10(月)の早朝
う〜ん…。
アメリカ−韓国戦で、ゴールを決めた後に韓国の選手たちがスケートの真似をしたのは、非常に見苦しかった。両国間にどんな因縁があっても、競技場で選手がそれを表してしまっては、スポーツの美しさも台無しだ。ファンが勝手に他の件と結びつけるのはしょうがないとしても(日本−ロシア戦でも北方領土のこと等が言われたし)、選手がやってはお終い。外部の脱線した盛り上がりを涼やかに無視して、純粋にその試合の勝利を目指して競技する、というのがスポーツマン精神だと思うのだが。で、試合後のインタビューで因縁のことを訊かれても、「関係ないです。我々はサッカーに全力を尽くすだけです」とか言って欲しかった。
しかも、あの様子からすると、スケートの真似は選手たちが試合前から準備していたっぽい。もう、悲しくて、情けなくて。。
2002−6−11(火)の夕方
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なんだか、治ったと思ってた風邪がまたぶりかえしてきたようだ。ハナミズがひどい。
思えば、時差ボケを治そうとしてる間って、眠くなっても我慢して起きてたり、寝足りなくても無理に起きたりとか、身体に悪いことをしまくってるわけで、それを何日もずっと続けるんだから風邪をひいても不思議じゃない。
昨夜は夜中にまた目が覚めて、フランス−デンマークの終わりあたりをみたら、朝まで眠れなくなって、朝6時ころ寝たら、次に起きたのは午後3時半。よほど身体に疲れが溜まってたのだろう。せっかくここ2日ほど勉強のペースが少しずつ上がってきてたんだけど、今日はこのまま休養に充てよう…。
2002−6−12(水)の深夜
ハナミズはだいたい止まったし、風邪がぶりかえしたというほどのことでもなかったようだ。
でも、生活リズムは相変わらずメチャクチャ。今朝も3時くらいから起きてて、午前9時ころにまた寝て、昼前に目覚めて昼飯を食って、午後また寝て4時ころ起きた。
明日の夜は日本−チュニジア戦が午前2時半からだし、その後も夜中にサッカーを観たい日は多そうだし、そう考えると、時差ボケを治したほうがいいのか、しばらくこのままで行くべきなのか、悩むところだ。。
コンプに向けて回帰分析を復習してるのだが、なんとまあ、根本の原理のところでちゃんと理解してなかった点の多いこと。そういう穴を埋めようと地道に勉強していくと、どんどん時間ばかりが経って、予定通りに勉強が進まない。
今夜は、「中心極限定理」が実現することをどうしても実験して試したくなって、コンピューターで簡単なシミュレーションを走らせてみた。

のように分布してる100個の変数から無作為に10個の標本を取り、その標本の平均値を記録し、それを繰り返す。すると、もともとの分布がグチャグチャであるにも関わらず、標本平均の分布は正規分布に近づいて行くはずである。不思議だけど。

800回の試行の結果がこれ。ふむ、けっこう正規分布に近づいてる。すげ〜。
と、こんなことをしてるから時間がどんどん経つ。コンプまでの日数は限られてるんだから、こんな実験なんかしてないで先に進むべきなのだろうが…。
でも、ある意味では、こんなことを実験したくて堪らなくなるような性格だからこそ、研究者への道に適性があるとも言えるのかな?そう思いたい。
[追記・02年7月30日]
上記の件は中心極限定理を的確には表していない。10個の標本をとっているが、それでは「標本数が大きいときに」という中心極限定理の核心部分がズレてしまっている。上記の実験をやったときには、そのへんを勘違いしていて、小標本の平均でも、試行回数が多ければ、ということだと思っていたようだ。7月30日現在の僕の理解によると、試行回数が多い少ないというのは問題ではない。もちろん、標本平均の分布の形を知るためには、ある程度大きな回数の試行をしてみないとしょうがないわけだが、それはあくまで、正規分布に近づいてるはずの分布の形を調べるための方法であって、多数回の試行が正規分布を作っているわけではない。中心極限定理が言うのは、標本の数が多いときに、標本平均は正規分布に従って出てくるということだ。だから、中心極限定理の実験をするのならば、「試行回数が多いと〜〜」とか「試行回数を多くしたり少なくしたりすると〜〜」とかいうことをするべきではなく、例えば比較するのであれば、同じ母集団から小標本と大標本を取って、それを同じ回数だけ試行するというシミュレーションをするべきだ。そうしたとき、小標本からの平均値の分布よりも、大標本からの平均値の分布のほうが、より正規分布に近づくはずである。
2002−6−14(金)の未明
ニッポン!!最高!!うわ〜〜〜〜〜〜〜いっ!!
にわかサッカーファンも狂気乱舞です。うひー。
凄いねぇ、日本代表。金髪と茶髪はカッコ悪いけど、強いから偉い。次はトルコ戦、また朝の2時半から。もうしばらくはこの昼夜逆転生活を続けた方がいいのかな…。(昨夜は寝たのが朝の5時で、午後2時起床)
2002−6−15(土)の夕方
寝る前とかにチビチビと日本語の本を読むのが僕の小さな娯楽&気分転換なのだが、今回の日本帰国の際に、そのための文庫本を10冊くらい買い込んできた。漱石があったかと思うと筒井康隆があったりして、かなり一貫性のない顔ぶれ。
日本から戻ってくる飛行機の中で筒井康隆『農協月へ行く』は読み終わってしまった。普通に面白かった。で、トロントのバスターミナルから読み始めたゴールディング『蝿の王』を今日読み終わった。これは凄い。
前々からこの本の存在は知っていて、読みたいと思っていたのだが、期待を裏切らない強烈さ。子供のころに大好きで大好きで堪らなかった、ヴェルヌ『十五少年漂流記』を思い出したが、そっちの話はもうあまり覚えていないので、比べて読んだら面白いかも。少年達が無人島に残されるという設定は同じだが、そこからが大違い。『十五少年漂流記』でも子供の間の対立はあった気がするが、『蝿の王』ではそれがかなり凄絶な闘争に発展し、殺人まで起こる。小学生が読んだらやばいな、これは。(そういえば、『十五少年漂流記』も『ロビンソン・クルーソー』も、もともとは大人向けの作品だったらしい。)
子供達が次第に獣性に目覚め野蛮になってゆく過程に、無理がない。「子供がそんなことするか?」とこっちに思わせずに話が展開する。それは、著者の力量によるところもあろうが、やはり人間の本質を突いてるってことなのかなぁ。いや、人間の本質というか、人間社会の本質だろうか。個人個人の総和が社会なのではなくて、個人と個人の間の相互作用によって、誰も望まない結果が起きたりするのが社会である(好例が「囚人のジレンマ」の話)。子供同士の意地の張り合いとか、威張り合いとか、そういうものが集団を変な方向に導いてゆくことって、非常にわかる。(大人でもそうだ。坂口弘『あさま山荘1972』を昔読んで似た感想を持ったのだが、連合赤軍のリンチ殺人事件にもそういう要素はあったと思う。あとオウム事件も。)
読みながら、小中学校時代の自分って、ラーフ的な要素もあったし、ピギー的なとこもあったなー、と回想していた。クラス内にたいていジャックのような奴はいたし、そいつと自分の関係に苦労した記憶もある。最初に少年達が出会う場面で、ピギーがみんなの名前を訊いたりして集団内で積極的に動いていた場面、その気持ちが分かり過ぎて苦笑しまくった。
実は、うちの政治学のある教授はゲーム理論の説明の際にこの本を学生に読ませ、ゲーム理論的にこの話を説明してみせる。著者にそんな意図はなかっただろうが、政治学的に面白い本である。僕も読みながらいろんなことを考えていた。もしもあの島に豊富に果物がなかったら、食糧の確保が集団の重大な関心になって、結果は大きく変わってただろうし、また、眼鏡は火を起こす重要なアイテムになるのだが、眼鏡をかけた子がピギー以外にあと数人いたら、それもかなり結果を変えたに違いない。あと、少年の数がぐっと少なかったら(ラーフとジャックとあと2人とか)、闘争は起こらなかったのでは?
2002−6−17(月)の夜
眠いときや疲れてるときには、文献を読んでも進まない。僕の場合はそういうときはコンピューターを使ってする作業をするようにしてる。今日の午後はなんだかダルくて能率が上がらなかったので、コンピューター室に行って、統計ソフトでプログラムを書いてた。
僕が愛用してるソフトはSTATAというのだが、これはユーザーが自由に新しいコマンドを書くことが簡単にでき、ユーザーによって独自に作り上げられた多くのコマンドが広く出まわっている。僕が今考えてる研究テーマでは三角グラフを使うのだが、どうやら三角グラフを描くプログラムはまだ誰も書いてないようで(あったら教えて下さい)、じゃあ自分で書いてみようか、と昨日からあれこれ試行錯誤してて、今日、一応骨組みだけ完成した。一般公開するためにはヘルプファイルも書かねばならないし、まだまだ手間がかかりそうだが、これがもし広く出まわるようになったら、僕の名前が学界で知られるようになるかな?(まあ、三角グラフみたいなマイナーなグラフを使う人は限られているだろうけど…)
ところで、あと4時間でサッカーのトルコ戦だ。どきどき。
2002−6−18(火)の夜
日本0−1トルコ …まあ、敗戦は残念だったが、ここまでこれただけでも大したものであり、凄いことだったと思う。
問題は、今後の日本サッカーがどうなるか、だ。こんなに盛りあがったのに、Jリーグの観客動員が上がらなかったとしたら、それは日本サッカーの発展・強化に疑問符を投げかけるものとなろう。あと、小中学生のサッカー人口が増えるかどうか。長嶋に憧れて野球を始めた人が多かったように、今の代表チームに憧れてサッカーを始める少年達が増えれば、日本サッカーはどんどん強くなるかな。
僕はプロ野球が好きだけど、今のプロ野球界の体質(球団の経営スタイルとリーグの運営)には非常に問題があるので、Jリーグが良い脅威を野球に与えてくれることを望む。ファンを引きつけるためにチームとリーグが努力するってのは、プロスポーツでは当然のことなのに、プロ野球にはその意識が低すぎる。
とりあえず、あとは夜中の2時半からサッカーを観ることもなくなったので、生活のリズムを直そう。今までは朝寝て昼過ぎに起きてたけど、これを通常の生活に戻すぞ。
2002−6−20(木)の深夜
この記事なんかによると、日本がトルコに負けたニュースが伝わったとき、韓国−イタリア戦を数時間後に控えていたスタジアムでは、スタンドに満員の韓国人が大拍手をしたそうだ。まあ、予想されたことではあるが、そういうのを聞くと、この両国がW杯を共催するってのはやはり無理があったのかとも思う。(っていうかその前に、W杯で一勝もしてなかった日本と韓国が開催するってこと自体が、カネの力でわがままをやってるみたいでカッコ悪かった気もするが)
お隣からそんなふうに思われてる日本だけど、我々としては大人の対応を見せるべきだろう。もし万が一、韓国が決勝に出て横浜に来たら(その場合はソウルで決勝をやるという話もあるそうだが)、一生懸命に韓国を応援してあげるとか。張り合っても仕方ない。こっちの大人の対応がいつか向こうの心に伝わるかもしれない。
似た話で、阪神大震災の第一報が伝わったとき、韓国では「天罰だ!」と喜んだ人々までいたそうだが(極めて少数の人だと思いたい)、その後、避難所や仮設住宅で被災者が秩序を守って暮らしてるという報道が多くなると、日本人を見習うべきだという世論が盛り上がったとか。これはたしか、バックパック旅行中にインドで会った韓国人旅行者に聞いた話。
話は全然変わる。
今回のW杯では審判の判定がかなり問題になってるようだ。ちょっとさかのぼると、ソルトレーク五輪ではフィギュアスケートで順位が覆るという大騒動があったし、さらにさかのぼると、シドニー五輪で柔道の篠原の問題があった。
スポーツでの審判の判定は、選手にとって重要なのはもちろん、観てる観客にとっても重大な要素だ。「え〜?」っと思う判定があると、どっちのチームのファンにも嫌な後味が残る。バスケとフットボールを会場で熱心に応援してる僕にとって、そういうことってけっこうあるし、かなり嫌なものだ。
プロスポーツの場合、その経営そのものを観客の入場料やテレビ放映料に頼ってるわけで、つまり早い話が、観る人がいなくなればそのプロスポーツは消滅する。判定に疑惑があったりすると、そのスポーツの人気自体が落ちる危険があるから、プロスポーツの運営組織は審判の技術向上に関心を払うことになる。たしか、アメリカのプロフットボール(NFL)では、全ての試合をたくさんの角度からビデオ撮影し、それを分析して全部の審判を採点してるのだそうだ(かなり前に読んだ話だから確かじゃないけど)。ということは、誤審を繰り返す審判はクビとか降格になったりもするんだろう。それは、公正な競技環境を選手に提供するということであると同時に、リーグの人気を保つためにファンを第一に考えた経営をしてるということでもあろう。日本のプロ野球にも見習って欲しいものだ。(といっても、日本では巨人さえ勝ってればいいというファンが相当数いるので、巨人を勝たせることがリーグ全体の経営には合理的な判断なのかもしれない。異常すぎる。)
そういえば、なにかと伝統的と見られる大相撲がビデオ判定を導入してるのって、凄いことだ。実際、あれがなかったら観てるほうにはかなり不満が残りそうだ。仮にビデオ判定のない大相撲を想像してみると、週刊誌とかで「何々一門の陰謀」とか騒がれたり、テレビで誤審が何度も何度も放映されて、「もしこの一番の判定が逆だったら今場所の優勝レースは・・・」とか言われたり、大変なことになりそう。ビデオのおかげで、力士もファンもすっきりする。あと、もしも競馬にビデオ判定がないことを想像してみると・・・。
結局僕が思うに、いろんなスポーツでビデオ判定(に加えて必要ならば複数審判による合議制)を取り入れてゆくしかないんだろう。「試合場の中では審判が絶対」という大義名分もカッコイイけど、それよりは「すっきり感」のほうがスポーツの本質に近いと思う。「審判も人間だから誤審もある、でもそれを受け入れるのがスポーツマン」というのは、確かに正論だけど、生活がかかってるプロ選手や、巨大な重圧を背負う国家代表選手には、その正論も受け入れ難いだろう。だいいち、ファンに愛想をつかされたらそのスポーツは没落するんだ。「ビデオ判定を導入すると審判の権威が落ちる」なんてのは噴飯モノの意見だ。テレビで誤審の証拠を放映されまくったら、余計にもっと権威失墜するじゃないか。権威を生むのは公正な判定だろう。
2002−6−22(土)の午後
生活リズムを治そう治そうと思いつつ、昨夜はやはり朝の5時過ぎまで起きて、スペイン−韓国戦を観ていた。「韓国すごい。本当に強い。」と感嘆しながらの観戦だった。僕は素人なので、普段のスペインがどのくらい強いのか、昨日はその何%くらいの実力が発揮できていたのか、そういうことはわかんないけど、それにしても韓国チームは本当に強いと思った。あのスケート・パフォーマンスの件にはまだ腹が立つけど、サッカーの実力はホンモノだ。
PK戦での韓国勝利を見て、布団に入った。もう朝5時過ぎで、早く寝よう寝ようと思ってたのに、試合の興奮のせいか、なかなか寝つけなかった。そのうち、クラクションを鳴らしながら走る車の音が外から聞こえてきた。さらに、「アリラン」の歌がたぶんカーステレオから大音量で流れるのも聞こえてきた。どんなに嬉しくたって、朝の5時にすることじゃないだろ、非常識な野郎どもが。
昼頃に起きて、インターネットを見て回ったら、この試合でも審判の判定が問題になってた。生中継を見てたときはスペイン語放送のチャンネルだったので、詳しいことは全然わからなかったけど、スペインチームは相当に不服だったようだ。録画しておいた試合のビデオを見てみたが、延長開始すぐのヘディングシュートが直前にゴールラインを割ったと判定されたのは、誤審だったみたいだ。BBCではハッキリと、"Television replays showed that the ball was kept in play."と書いている。また、後味の悪い試合になってしまったのか…。
先日のイタリア−韓国戦でも誤審があったことはFIFA自身が認めているようだ(参照)。
どんなに技術の高い審判であっても、誤審する可能性はゼロにはならない。スポーツでの判定には常に確率的な要素が含まれる。しかし、こうも立て続けに韓国戦でそれが起きると、ホームタウンディシジョンと言われてしまうのも無理もないかもしれない。(しかし、「審判のせいで負けた」と言うイタリア人達の気持ちの中にはもしかして、「アジアの国に負けるということを受け入れられない」という良くない感情が部分的に含まれているのではないかな?)それにしても、昨日リンクした記事にも書いてあったが、相手国の選手と同時に、韓国の選手たちが気の毒だ。本当に高い実力を持ってるのに、「審判のおかげで」とか言われてしまって真の実力が評価されない(かもしれない)なんて。
2002−6−23(日)の夜
サッカーの話はちょっと一休み。
この夏は、コンプの勉強と同時に、じっくりと身体を鍛えようというのが自分の大きな目標である。大学院入学以来の運動不足をいい加減なんとかしないと、長期的にみて自分にとって取り返しのつかないマイナスになりそうだ。成人病になったりとか。20代後半の今、頑健な肉体を築いておかねばならない。
もともと僕は、22〜24歳のころはかなり真剣に筋力トレーニングをやってて、当時は今よりも一回り胸板が厚かったし、腕も太かった。それを取り戻すべく、先週から筋トレを再開した。久しぶりなので筋肉痛がひどいけど、すぐに慣れるはず。必死に重いものを持ち上げるのって、実は気持ちいい。
コンプの勉強は大変だけど、上手に時間を使えば、1回1時間・週に3回程度の時間を取れないはずがない。時間は「ある」「ない」ではなくて、「作る」ものだ。
2002−6−25(火)の夜
今朝は7時半からW杯準決勝、ドイツ−韓国戦をテレビ観戦。英語チャンネルのESPNで観てたが、途中で何度か映像が途切れて真っ暗になったりして、その都度スペイン語チャンネルに切り替えたりした。
ドイツのGK・カーンって物凄い。気迫に溢れた表情と試合ぶりに、鳥肌が立つくらいだった。ドイツの試合を観たのはこれで3試合くらいだけど、やはり気合いに満ちた、「熱血」っぽい選手は観てて気持ちいい。どのスポーツでもそうだけど、軽〜く、すかしたようなスタイルの人より、一生懸命さを表に出して、歯を食いしばって無我夢中に闘う感じの選手が僕は好きだ。(そうだ、うちのバスケのマーカス・テイラーがどうも気に入らなかった原因の一つはそれなんだ、きっと。)
そして、そのマーカス・テイラーの運命の日、NBAドラフトは明日…。
2002−6−26(水)の夜
NBAドラフトをテレビで観る。大学で活躍した選手たちがどのチームに入るのか、ドキドキしながら。
去年うちをさんざんに苦しめたインディアナのJared Jeffriesは、11番目の指名でウィザーズに行くことになった。マイケル・ジョーダンのもとでプレイすることになるのか…。あと、デュークのJay WilliamsとMike Dunleavyがそれぞれ全体の2位と3位で指名された。予想されてたこととはいえ、同じチームから2位と3位が出るとは、やはりデュークは恐ろしいチームだった。
全体1位指名は中国人のYao Ming。シャックよりもさらに10cm高いだなんて…、2人が勝負するところを早く見たい。
NBAのドラフトは二巡しかない。で、一巡指名とニ巡指名では、選手にとって大きな違いである。というのは、一巡目に指名された選手には3年間の契約が保証されるので、とりあえず3年間はNBA選手でいられることが確定する。しかしニ巡目指名の選手は契約を得られるとは限らず、テストの結果チームに不要と判断されたら、ポイッと放り出されるのである。その場合は下位リーグとかヨーロッパ・オーストラリアなどのチームに流れて行ったりする。
昨季にMSUのエースだったマーカス・テイラーは、あと2年間大学でプレーできるのを捨てて、今回のドラフトに名乗りをあげた。ほとんど全ての専門家から「まだプロには早い」と指摘されたが、本人は一巡指名に自信を持っているようだった。ドラフト前に多くのNBAチームでテストを受けたが、いい印象を与えることはできなかったと報道されている。あと、噂によると、多くのチームから「態度が悪い」という評価を受けたとか(分かる気がする…)。
結果、テイラーは2巡目、全体の52位という非常に低い順位でミネソタ・ティンバーウルヴズに指名された。もう一年大学に残っていれば、来年のドラフトでトップ5くらいで指名される可能性もあったと言われているのに、早まったことをしたものだ。テレビのゲストに来ていたチャールズ・バークリーに、「stupid」という痛烈な言葉を頂いたテイラー。彼の人生、これからどうなることやら…。
2002−6−27(木)の深夜
「春はお別れの季節です/みんな旅立ってゆくんです」と、昔のおニャン子クラブの唄にあったが、ここでは夏がお別れの季節だ。最近みかけないなぁと思ってた先輩が、実は大学院を辞めてフィラデルフィアの実家に帰ってしまってたことを今日聞いて、ショック。僕と同い年で、学年は彼の方が3つも上だったけど、仲良くしてたのだ。真剣に学問をやってるという感じでは全くなく、スポーツとか雑学とかの話題に異様に詳しく、口が悪く、笑えないようなブラックユーモアを言いまくっていた。英語の俗語表現もいろいろ教えてもらった。こんなふうに突然フラッと去っていったとは、それもまた彼らしいというか、何というか…。どうやら、大学院を辞めるということもごく一部の人にしか伝えなかったようだし、引っ越してからは誰のところにも連絡がないらしい。あー、寂しくなるなぁ。。
彼だけじゃない。この夏には今まで仲良くしてた大学院の仲間がけっこう抜けてしまうのだ。うちの研究科は今年は就職が好調で、5人の先輩が米国内各地の大学に就職を決めて、2人はすでに引っ越して行ったし、残る3人も7〜8月中に去って行く。もう1人、大の仲良しだったポスドクももうすぐ去ってしまう。
今まで、いつも夜遅くまで研究室に残ってる固定メンバーが僕を合わせて4人いたのだが、そのうち2人が抜ける。去年、一緒にフットボールを観に行ってた僕を合わせて4人のうちの2人もいなくなる。あと、この夏はお世話になった先生が数人移籍してしまう。大学という社会は、人が入れ替わるのが当然なのだが、それでも寂しいことに変わりはない。この大学に来てからもうすぐ丸3年だが、親しい人達がこんなに多く去ってしまうのは初めてで、実はかなりショックなのである。
2002−6−28(金)の夜
最近チビチビと読んでいる本は、西川一三『秘境西域八年の潜行 抄』(中公文庫BIBLO)。7年前にバックパック旅行していたとき、どこかで会った日本人旅行者がこの本を読んでいて、あらすじを聞いたところとても面白そうだったのを覚えていた。日中戦争の最中にモンゴル僧侶になりすまして中国西域に侵入した日本人が8年間かけてチベットからインドまで放浪した旅行記である。しかしけっこう長い本なので、なかなか手を出せずにいた。それが、今回日本に帰ったとき、文庫本1冊にまとめられた抄編が出版されてるのを見つけて、喜んで買ってきた。
抄編であるために、ところどころで話が飛んだりするのが残念だが、それでも凄く面白い。モンゴル族・チベット族などの少数民族の暮らしぶりが、しかも60年も前の話だから今ほどに近代化してない昔ながらの生活の様子が非常に興味深い。天然痘にかかった子供を助けるために、どんな祈祷をすればいいか高僧に占ってもらい、大掛りな祈祷会を真剣に行うくだりなど、笑っちゃいけないんだけど笑っちゃいそうになった。
旅してゆく著者の行程が、中国の寧夏回族自治区と甘粛省のあたりで7年前に僕が通ったところのすぐ近くを通り、それもまた感慨深い。
こういう本を読むと、昔の日本人は逞しくて精神が凛としていたんだなぁ、といつも思う。影響されやすい僕は、自分も身体を鍛えなければ、と、筋トレに向かうのだった。
2002−6−30(日)の深夜
今朝は6:45に目覚ましで起きて、7時からW杯決勝戦をテレビ観戦。
4年前のフランス大会のときは何をしてたっけなと思い返したら、そのときは交換留学から帰国してきて、筑波大で卒論を発表・提出して、5年ぶりに新潟の実家に住み始めた頃だった。そのときのW杯では日本の試合以外は観てなかったけど、決勝戦くらいは観ようかと思って、かなり朝早くに起き出して観たが、やはり途中で眠ってしまったっけ。
そのときの自分は、大学院受験に向けて勉強を始めたときで、合格できるのかどうか、合格したとしてもアメリカの大学院でやっていけるのかどうか、などなど、自分の将来の見通しが全然つかない状態だった。まあ、4年経ってみて、今こうして割と順調に大学院生活を送っているので、4年前の自分が「こうありたい」と思っていた自分の姿にかなり近いだろう。
で、4年後のドイツ大会のときはどこでどうしているだろう!?少なくとも今の大学にいることはまずありえない。一番の希望は、アメリカの一流大学に就職して、順調に研究と教育をやっていること。あと、素敵な奥さんがいたりしたらもう言うことない。さて、どうなることやら!(頑張らねば!)