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留学記「大学院をミシガンで」

6月 < 2002年7月 > 8月


  • 2002−7−1(月)の夜
     う〜、今日は暑かった。こんな日はビールを飲まないとやってられん。
     コンプの勉強は、進んではいるけど、まだまだこんなペースじゃ間に合わなそう。比較政治の方は心配してないけど、方法論(統計分析)の方はかなりやばい気がする。過去問を見たら、恐ろしく難しい問題が並んでて、青くなった。
     今回のコンプで方法論の科目を受験するのは僕一人だけのようで、一緒に勉強する連れがいない。出題する教授陣(3人)の名前が先週発表されたのだが、誰の授業も取ったことがない。習ったことない人の作る問題を解くのは苦しい。しかも、3人のうち1人は厳しいことで有名な老教授で、その人が出題委員に入ってることを先輩とかに話すと、一瞬みんな表情がこわばって、「…頑張れよ」と言ってくれる。前回その教授が委員に入ったときは、彼を恐れて誰も受験しなかったそうだ。うわ〜〜ん。
     今週中にその3人と個別に会って、出題の範囲とかを聞き出すつもり。僕が全く知らない分野(ベイジアンとかGMMとか因子分析とか…)を出すと言われたらどうしよう!?

  • 2002−7−2(火)の深夜
     American Journal of Political Science最新号が届いた。目次をザーッと見た感じでは、Stratmann & Baurの論文と、Rogowski & Kayserの論文が面白そう。後者は、内容の要約を読んで「マジかよっ!?」と声を漏らしてしまった。かなり大胆な結果がでてるようだ。時間を作って読んでみよう。

     長い間の懸案だった、研究室の本棚の整理に取りかかった。特に、コピーしたりウェブから印刷した論文がかなりゴチャゴチャに積み上がったりしてて、なんとか整理してしまいたかった。
     論文のコピーってのはどんどん溜まってゆくもので、全てを積み上げたら1mくらいになる。それをどう整理するか。最初のうちは、一つ一つをフォルダに挟んで、いちいちフォルダに著者名・タイトルなどを書き込んでいたのだが、この方法は不精者の僕には合わなかったらしく、しばらくして挫折した。
     で、新しい方法に切り替えないままに1年以上が経って、本棚のグチャグチャの度合いがかなりのレベルに達していた。それでも、「〜〜はどのあたりにあったな」という感じに、頭の中に位置感覚はあるのだが、それが脳味噌の容量を無駄に食ってるような気がしてならず、新しい整理法を導入することにした。
     今回考えた方法は以下の通り。まず、「〜〜はどのへんに」という、野性的な感覚はもう捨てる。これは、文献の数が増えて行ったらどうしても追いつかなくなるだろうし、今でも既に忘れちゃってるものがあった。次に、「積まない」こと。面白そうだと思ってコピー/印刷した論文は、本棚に入れてしまうとどうせ読まなくなると思って、そんへんに積んでしまうことが多いが、それをやめる。積んでたって読まないものは読まないのだ。整理整頓のためには積むことをとにかく避けるべきだろう。その代りにどうするかというと、著者名・タイトル等に加えて「どうして読もうと思ったか」の理由も書き込んだメモを作って、論文本体は本棚行き。(文献のメモを作るというのは研究者には当然のことなのだろうが、不精者の僕には今までその程度のこともできなかった。今回のこれは一大決心である。)
     そして、論文本体はどうやって本棚に整理するかというと、いちいちフォルダに挟んだりしないで、ホチキスで綴じただけで、著者名のABC順に区分けされた水平の整理箱にぶち込むことにした。フォルダを作る手間がかからない分だけ、不精者に向いてる。

     縦4段・横2列のこの整理箱は、オフィス用品店で今日買ってきたもの。段ボール製の組み立て式なので、軽くて安かった。一個15ドル。もちろん、この整理箱には全部の論文は入り切らないが、いくつかの分野の論文は、これに入れずに別のとこに置くことにした(写真左上に積んであるのが、米国議会関連の文献)。
     さて、この方法はうまくゆくだろうか!?

  • 2002−7−3(水)の深夜
     ここ数日の暑さはまったく酷い。今日の大学新聞には「暑くて眠れないから寮に冷房をつけて欲しい」という投書が載っていた。ただそれだけの主張を、いろいろな理由をつけて正当化してる文章だったが、その中に「大学の住居担当係は、『寮に住む学生には睡眠と勉強する権利がある』としているが、この暑さの中ではどっちもできない」と書いてるのを読んで、苦笑した。なーんだか、非常にアメリカ人っぽい言い方だなぁ。
     僕もこの暑さに困っちゃっているのだが、アリゾナのどこかで摂氏46度になったというニュースを聞いて、ビックリ。この程度で文句言ってちゃ罰があたる。

     今日は散髪に行った。少しでも暑さを軽減するため?

     アメリカでは明日は独立記念日の祝日で、各地で行事がある。また、昨年のテロ事件のこともあって、愛国心を刺激するこういう記念日は例年以上に盛り上がることになるらしい。
     また、この日を狙った新たなテロ事件が起きるのではと言われていて、警戒も厳しいようだ。
     でも、僕の関心事といえば、祝日である明日、研究室に冷房が入るのかどうかということ。

  • 2002−7−4(木)の夜
     独立記念日で、大学の事務や夏季授業はお休み。図書館も閉館。はたして研究室の冷房は作動しているだろうか、止まってたらどうしよう…、とハラハラしながら研究室に行ったが、ちゃんと動いていた。ふー。
     夕飯を食いに、行き付けの安い中華の食堂(5ドルで腹一杯食える)に行ったら休みだった。ありゃ、この店までも独立記念日には休むのか…、とちょっと驚き。マクドナルドは開いてたので、ちょっと不本意ながらハンバーガーで夕飯。たまにはいいか。

  • 2002−7−6(土)の夜
     昨夜は、今度他の大学に移ってしまう先生の家でのパーティーに招かれて行ってきた。ここから1時間ちょっとの場所で、僕はクルマがないので、先輩のクルマに便乗していった。ビールとワインと日本酒をガブガブ飲んでいい気分。あと、学部内のいろいろな裏話を聞いて、ビックリしたり笑ったり。

     今朝起きたら、ちょっとだけ二日酔い。研究室に行って、昨夜一緒に行った先輩に「二日酔い気味だよ。ほんのちょっとだけどね。」と言ったら、"a hint of hangover"ってことだな、とか言われて、そのときは何のことか分からなかったけど、あとで辞書を引いたら、hintという単語にはこういう意味があることを知った:
     「((a〜))微量、わずか(の…)((of…))」
     なるほど、「二日酔いのヒント」って何のことかと思ったら、「わずかの二日酔い」ってことだったのか。面白い表現だ。今度使ってみよう。

  • 2002−7−7(日)の夜
     ちょっと前に書いた、『秘境西域八年の潜行 抄』という本、実はまだ読んでいる(ちびちび読んでることが分かるでしょ?)。前にも書いたように、この本は抄編なので話が飛び飛びになったりするのだが、中盤の「ヒマラヤ篇」があまりにも面白いので、どうしても本編でちゃんと読みたくなった。著者と一緒に旅してるモンゴル人がインドで初めて文明を見たときの反応とか、1940年代当時のインドの様子など、面白くてたまらない。
     で、この本の本編は電子文庫パブリというサイトで購入してダウンロードして読めるというので、500円払って(クレジットカード決済)、「ヒマラヤ篇」の入ってる第4巻を買った。PDFファイルをダウンロードして、パソコンの画面で読む仕組み。本で読むより不便だけど(寝転がって読めない)、やはり面白い。
     あまりにもそのあたりの話が面白いので、今日は勉強をちょっとサボって、図書館でその付近の地図を見たり、関連の本を探したりした。そしたら、なんと!昭和42年に芙蓉書房から発行された『秘境西域八年の潜行』の単行本全2巻があるではないか!!
     うちの大学の図書館には日本語の本もけっこうあることは知ってたが、まさかこの本があるとは!喜んで借りてきたが、あまりにも古い本だから、貸し出しカウンターでバーコードシステムが機能せず、係の人が新しいバーコードを貼ったりしてた。過去20年ほどは誰も借りていなかったようだ。(しかし、20年前にこれを借りた人はどんな人だったんだろう?日本人だと思うが、それも興味あるねえ。)

  • 2002−7−8(月)の夜
     本日、カウンターの数字が20万を突破しました。いつもご愛読どうもありがとうございます。

    10万ヒット到達は去年の8月1日でした。それ以降は:
    11万−9月12日
    12万−10月15日
    13万−11月23日
    14万−?
    15万−2月5日
    16万−3月8日
    17万−4月11日
    18万−?
    19万−6月11日
    20万−7月8日
     …という過程でした。最近の一ヶ月間では、1日に平均370件のアクセスがある計算になります。

     大手のサイトとはもちろん比較にもなりませんが、それでもこの数字はけっこう大きなものだと思います。このサイトを始めた頃は、こんなふうになるとは想像もしませんでしたが、いつの間にやら、自分でもビックリするほど多くの方々に見て頂くようになりました。
     忙しい忙しいとか書いておいて、このサイトを更新する暇はあるのか、と思われる方も多いと思います。それは確かにその通りで、1日分を書くのにかかる時間は短くとも、これまでの3年間にこのサイトに費やした時間を総計すると、かなり莫大な時間になると思います。それだけの時間があれば論文のもう一本でも書けるのではないか、などとも思います。
     まあしかし、このサイトを更新することが気分転換の役を果してくれていることは事実ですし、もともと15歳のときからずっと日記をつけ続けている僕にとって、こういうウェブサイトを更新し続けることはそんなに大変なことではありません。
     それより何より、多くの方が読んでくれているということを考えると、書くことにも張り合いがでます。また、メールや掲示板で、「勇気づけられた」「やる気が湧いた」というようなお便りをたまに頂いたりするのですが、そういうことを言ってもらえるのは、書き手にとって非常に幸せなことであります。
     自分の人生観や、政治問題や社会問題についての意見をたまに書いたりしますが、そういう自己表現を多くの方に読んでもらえる機会というのはそんなにあることではありません。こんな大きなことになるとは初めは思ってもいなかったわけですが、しかし今のこの状況は自分にとって大きな財産だと思うようになりました。オフ会で読者の方々と交流することもできましたし。

     あと、僕が希望通りに博士号を取得して就職できたら、この日記をどこかの出版社が本にしてくれないかなー、なんてことも最近は思っています。(^^;)

     そんなわけで、研究の大きな妨げにならない程度にこれからも更新を続け、多くの読者の皆さんに喜んで頂けるようなウェブサイトを作ってゆきたいと思っています。これからもどうぞ宜しくお願いします!!

  • 2002−7−10(水)の朝
     この夏は、コンプの勉強だけやってるわけじゃなくて、4月に学会発表した論文を改訂する仕事もしている。この夏の間にジャーナルに送ってしまいたいと、共著者の先輩と話しているのだ。
     僕はどうも2つのことを一緒にできない性格なので、ここ一週間ほどはコンプの勉強はお休みにして、論文の方に没頭している。データをもう一度吟味して、統計分析をやり直すつもりで、欠けてるデータを埋めるべく、ひたすらデータ探し。昨夜は閉館の12時まで図書館に篭ってた。
     図書館の奥の方で、紙が黄色くなったような古い本をめくって、情報を探す。1969年に行われたガーナの議会選挙で、議員の任期は何年とされていたかとか、そういうマニアックな情報。実際には72年にクーデターが起きて、次回選挙は実施されなかったので、そんなことどうでもいいような気もするのだが、でもデータを埋めるためには仕方ない。ちなみに、任期は5年だったそうだ(これを見つけたときはガッツポーズが出た)。
     あと、ブルキナファソ(当時の国名はアッパーボルタ)で1978年5月に大統領選挙に当選したLamizana氏が正式に大統領職に就任したのが何月か、これは今でも分からない。
     この論文の改訂作業にはかなり時間がかかってしまってる。まずいな〜。コンプに落ちたら元も子もないんだが…。

  • 2002−7−11(木)の夜
     数日間かけてやってたデータ仕事が、ついに完了。ふー、スッキリした。細かいところまでかなり労力をかけて調べたので、データ精度は前のバージョンよりも飛躍的に上昇したと思う。さらに、経済データはPenn World Table 6.0から取ったので、1950年からのデータが入った(4月の学会報告時に分析に使ってた経済データは62年からのものだった)。明日からはこのデータを使って分析に入る。

     後輩のR君が夕飯を食いに行こうと誘ってきたので、行った。彼は食べ物といえば西洋料理しか知らないような、文化的には非常に保守的な、中西部の白人によくあるパターンの男。寿司は見るだけで気持ち悪いそうだし。そんな彼に珍しい体験をさせてやろうと思って、韓国料理の店に連れて行ったのだが、結局、「チャーハンと春巻き」とかいう、アメリカ人がアジア料理の店でする典型的な「無難な注文」をしていた。っていうか、韓国料理じゃないな、それ。あと、キムチやナムルの小皿にも全く手をつけなかった。旨いのになー。
     そのくせ、日本に遊びに来たいとか言い出して、飛行機は幾らするんだ、お前の家に泊めてくれるか、とか訊いてきた。食事は大丈夫なのか。
     「中国で英語を教えてる友達が言ってたんだが、飛行機の機体が古いうえに整備がとてもいい加減で、乗るのが怖いくらいらしい。日本は大丈夫か」とか言う。中国と日本を一緒に考えるこういう発言もまた、アジアに理解のないアメリカ人の典型といった感じ(笑)。
     でも、彼と僕はなんだかウマが合って、仲良しなのである。単純なところが似てるのかな?ぜひ彼に日本を見せてやりたいものだ。いろいろ大袈裟に驚いたりして、面白そう。

  • 2002−7−13(土)の朝
     昨日のこと。まもなくPhDを取得して来学期からペンシルベニア州の有名大学に就職する先輩と昼飯を食いに行って(彼とは大の仲良しで、週に3回くらいも一緒に昼飯に行く)、いろいろ話した。「4年間のMSU生活を振り返って、いつが一番苦しかった?」と訊いてみた。一年目だったとか、〜〜の授業を取ってたときだ、とかの答えが返ってくると思ってたのだが、意外にも、「去年の今ごろ、コンプが終わって博士論文のプロポーザルを書いてた頃だったな」と言う。「授業を取ってたときなんかは逆に楽だったよ。言われたことを〆切までにこなしてればよかったんだから。でも、コンプの勉強や博士論文では、自分で予定と目標を設定してやっていかなきゃいけない。サボろうと思えばいくらでもサボれる中でしっかりとやっていくのは、大変なことだったよ。」
     なるほどなぁ。さすが、4年でPhDを取るだけあって、授業を取り終わってから先の努力が凄かったんだな。彼はほぼ毎日、朝8時前にはオフィスに来て早朝から仕事している人で、そのこともいつも感心していた。また、そうやって一生懸命に研究してるのと同時に、頻繁にゴルフをしたり、ソフトボールチームのリーダーでもあったり、フットボール・バスケ・ホッケーのシーズンチケットを毎年買ってたし、ちゃんと彼女もいるし、しっかりと生活も楽しんでる感じである。よく考えるとすごい人だな…。

     「アメリカの大学院は一年目が最も大変」と昔から聞かされてきたが、そうでもないのかもしれない。確かに、〆切に追われるという点では一年目が一番キツイかもしれないが、〆切に追われなくなってからも更にそれ以上の激しさで自分を律して研究してゆくことが、大学院での成功の鍵なんだろう。

  • 2002−7−14(日)の朝
     週末で利用者がほとんどいないのをいいことに、コンピューター室の32台のパソコンのうち24台を占領してデータ分析。
    う〜ん、壮観。

     なぜこんなに使う必要があるかというと、データ自体が大きいうえに(N>2万)、普段は速くて嬉しいSTATAを使っても非常に時間がかかる複雑なモデルを使っていて、そのうえ、スプラインの数をいろいろ変えて推定してみて、そのうちで赤池情報量基準が最小になるスプライン数を採用すべし、というモデルの考案者によるアドバイスに従っているからである。
     しかし、何時間もかけて走らせたモデルに、実は変数を一個入れ忘れてたりとか、そういう間抜けなことを繰り返していて、もう精神的にも体力的にもヘトヘト。昨夜は9時間も寝た。

  • 2002−7−15(月)の夜
     長野県の田中知事が失職。かなり前にも書いたけど、日本の政治制度は、国政レベルでは議院内閣制でありながら、都道府県・市区町村レベルは大統領制(首長と議会が別々に選出されて独立に存在しているという意味で)を採用してる点がとても面白い。田中康夫氏については支持も不支持もしてないけど、観察する対象としては非常に興味深い。

     共著論文のデータ分析、どうも出て欲しいような結果が出てこないので、その理由をいろいろ考えていて、データのコーディングに甘いところがあることに気づいた。ちょっと時間がかかりそうだけど、それを直すことを決心。24台のパソコンを使ったりした分析を全て廃棄して、また一からやり直しだぁ〜〜!(やけくそ)
     で、今日はそのコーディングを終わらせるまで徹夜でもなんでもして頑張るぞ、とか思ってたんだけど、夕方、外が暗くなってきて、インターネットで気象情報を見たら雷雨になりそうとか。そのため、帰って寮で仕事することにした。外に出たら雨がパラパラ降り出してて、自転車を飛ばして帰宅。こういうとき、クルマを持ってたら便利だなと思う。

  • 2002−7−16(火)の夜
     結局、データコーディングの修正作業は一日仕事になってしまった。でも、間違いをたくさん発見して、冷や汗タラタラ。こんな間違いに気づかないままにもし出版されてたら、一生モノの恥をかくところだった。修正したデータを使って、今夜から分析を全てやり直し。

     同期生の韓国人W君は、明日から学会出席を兼ねて3週間、妻子を連れて旅行に出かける。シアトルで学会に出て、観光した後、お姉さん一家の住むサンフランシスコに行って、そこにソウルから両親が合流するのだという。(その間、お姉さんは大変だろうな…)
     明日の早朝に出発するというのに、さっき僕が帰るとき、夜10時過ぎだったけど、まだ統計分析をしていた。大丈夫なんだろうか…。
     僕は彼ほどに勤勉な人をかつて見たことがない。深夜2〜3時まで研究室に残ってるのは日常で、それから家に帰って寝るのだが、朝7時ころになると、2人の子供が「お父さ〜ん、遊んで〜」と起こしに来るのだとか。それを毎日繰り返してるというのだから、ゾッとする。彼のような生活をしたいとは全く思わないが、彼の勤勉さは、「ある程度は」見習いたいと思う。いや、ちょっとだけね。

  • 2002−7−17(水)の夜
     今日はけっこう暑かった。研究室のある建物の中は冷房が効いてるけど、それでも外が暑いとなんだか疲れる。しかも、何時間も何時間もひたすらコンピューターの前に座って作業してたりすると、めっきり疲れる。特に精神的に。
     そしたら、夜8時頃(夏時間のせいでまだ外は明るい)、3人の先輩が、「外に散歩に行くけど、行くか」と誘ってくれたので、行った。夕涼みって感じだろうか。暑かった一日の終わりに、涼しくなってきた外を歩くのは気持ちいいものだった。
     行った先は、小さな植物園。そういえば図書館の裏にそういうものがあるというのは知ってたけど、行ったことはなかった。この大学に3年も居るのに!
     いろんな植物があって、ぶらぶら散歩するにはいい場所だった。「ここは初めて来たよ」と言ったら、先輩たちに驚かれた。「お前は研究室に篭り過ぎなんだよ」とか言われた。ベンチに座って読書してる人や、芝生に座りこんでピザを食べてるカップルとかがいて、なるほど、いい場所だと思った。
     それぞれの植物には簡単な説明がついてて、けっこう世界各国の植物があった。日本のものがあると、「ほら、これ、お前の国のだろ」とか言われるんだけど、全然見たことなかったり。
     それにしても、植物の名前の英単語は全くわからない。病気の名前、魚の名前、植物の名前、この3つは僕の語彙の空白地帯だ。
     楽しい散歩だった。また今度行こう。

  • 2002−7−19(金)の朝
     どうでもいい話だけど、電子文庫パブリ(7月7日の項参照)から、「スターター・キット」というCD−ROMが送られてきた。電子出版の本をパソコンで読むために、いろんなフォーマットに対応するアプリケーションをインストールできるらしい(たぶん)。
     何に驚いたかって、その郵便に記載されてた宛名。

     まず、1行目に「〒48825」と!僕の住所の郵便番号は確かに48825なんだけど、「〒」ってのは日本だけのマークじゃないのかなぁ?それに、郵便番号はちゃんと3行目にも書いてるのに…。こっちの配達人さんはこの1行目に不可解な思いをしたんじゃないだろうか。
     それより何より、僕の名前が漢字で書いてある。
     僕が入会するときにWEB上で送信した情報を、そのまま機械的に宛名ラベルに印刷したことが明らか。いや、別に文句言ってるわけじゃなくて、なんだか面白かったので。

  • 2002−7−20(土)の昼前
     3ヶ月半の夏休みも、残り僅か一ヶ月ちょっとになってしまった。コンプの勉強も研究の方も全然順調に進んでいないが、ただ1つ、夏休み肉体改造計画だけはある程度順調。週に2〜3回、寮のすぐ近くにあるジムで筋トレをした後、その建物の裏にある広い芝の広場で走ったりしている。筋肉の方は、昔鍛えたのが徐々に戻ってきてる感じ。それまで上がらなかった重さを持ち上げられるようになったときの爽快感は堪らない。最近は、大胸筋と上腕三頭筋に特に重点を置いて、他に肩・背中・腹・腰・前腕などを鍛えている。
     走る方は、もともと走ることはそんなに好きではないのだが、ここ数年の運動不足でついた肉体のサビが走ることで落ちてゆく感じがするのでいい。

     学者を目指しているとはいえ、生き物である以上は肉体の頑健さは基本的に重要な要素だと僕は考えている。どんなに立派な学者になって、その世界で尊敬を集めても、街でオヤジ狩りに遭ってメタクソにされて泣いて許しを乞うようになってしまっては、やはり悲しい。学者である前に人間であって、肉体からまず迫力を放出するような、山の中で遭難しても助かるような、体内でエンジンを燃やしているような、そういう生命力に溢れた人間になりたい。

  • 2002−7−21(日)の夜
     今日は恐ろしく蒸し暑い日だった。

     ちょっと前に知った雑学。ブッシュ大統領と英王室は遠い親戚なのだそうだ。10数世代も前に分かれたのだから、かなーり遠い縁だが。
     図書館で、仕事に疲れてふらふらと歩き回ってたときにたまたま手に取った本に書いてあったことなのだが、同僚のアメリカ人達に話して回っても、誰も知らなかった。政治学の大学院生のアメリカ人が知らないんだから、かなりマニアックな雑学知識らしい。
     民主党支持のCは、これを聞いて、「ああ、女王もブッシュも、役に立たないとこが共通してるなぁ」と言うし、共和党支持のJは、「そうか、道理でブッシュには気品があると思ってたんだ」と、全く正反対の反応をしたのが面白かった。

  • 2002−7−22(月)の夜
     昨日に続いてムチャクチャ蒸し暑い日。筋トレして走ったら汗でグチャグチャ。
     シアトルで開かれてた政治学方法論学会に行ってた先輩2人が帰ってきて、話を聞いたら、2人とも大絶賛していた。学会自体も凄くよかったし(1人は「今までに出た学会の中で最高」と)、シアトルの街も、University of Washingtonのキャンパスもとても綺麗でよかったとか。イリノイ州出身のJ先輩は、「シアトルには今まで行ったことがなかったが、一発で住みたくなった」と。ほえー。
     僕は、アメリカに通算で4年近くも住んでるのに、全く限られた地域しか知らない。西海岸方面は、サンディエゴに3日間くらい行ったことがあるだけだし。シアトル…、なんとなくいい響きだなぁ〜〜(笑)。
     前から思ってたのだが、就職のときは西海岸の大学に行きたい。いや、選り好みを言える立場じゃないのは分かってるので、僕の分野で求人のある大学には片っ端から申し込むつもりでいるけど、一応、夢として。

  • 2002−7−24(水)の深夜
     来学期から就職する先輩2人と昼飯に行ったときの会話。
     学生の引越しの場合、トラックをレンタルして自分で作業をすることが多いが、この2人は就職先の大学から引越し費用が支給されることもあって、引越し業者を使うとのこと。1人はフロリダ州、もう1人はペンシルベニア州へ。
     僕は筑波大時代に引越し業者でのバイトを単発で何度かやったことがあるのだが、作業が終わってから、引越す家の人からチップを貰うことがけっこうあった。で、アメリカでは何事にもチップだから、当然引越し業者の作業員にも払うものだろうと思って、相場はどのくらいなのかと訊いてみた。そうしたら、2人の答えは、「引越し作業員にチップなんかやらない。そんなこと聞いたこともない。」とのこと。びっくり。業者との約束の金額を業者に支払うだけなのだそうだ。(でも、地方によって異なるかもしれない)
     どうしても、チップという制度は分かりにくい。アメリカは移民の国だから、基本的には「不文律/暗黙の了解」みたいなものは日本より少ないと思うのだが、チップはその例外だ。アメリカに通算で4年近くも住んでいるが、いまだに慣れない。こういうときは払うのか、とかいちいちその都度アメリカ人に訊いてやっていくしかないんだろうなぁ。

  • 2002−7−25(木)の夜
     うちの大学は、元々農業大学だっただけあり、キャンパス内に広い農場があり、いろんな動物が飼われている。乳牛もいて、乳製品の精製プラントもある。で、そこで出来たアイスクリームとチーズは売店で市販されていて、僕はそこのアイスクリームの大ファンである。
     いま、その店で「完食できたら賞品贈呈」という巨大アイスクリーム・チャレンジをやってて、今日、先輩(先日書いた、イリノイ州出身のJ氏)と2人で行ってきた。
     Jは僕よりも遥かにデカい身体をしてるのだが、直前になって挑戦しないことにして、結局僕一人でチャレンジ。

     パッと見たときは、なんだ小さいじゃないかと思ったんだけど、食べても食べても減らない。かなりギュウギュウに盛りつけてあるようで、実はかなりの量だった。食べてるうちに口の中の感覚がなくなってきた。でも、ひたすら食べ続けた。
     結局は無事に完食。賞品はTシャツだった。

     でも、背中に書いてある文字からすると、2年前の何かのイベントの余りのようだ。それに、さすがに余り物らしく、サイズが「XXXL」でぶっかぶか。

  • 2002−7−26(金)の深夜
     食べ物の話が続くけど、今日の夕飯は同僚2人と、キューバ料理を食べに行った。今までその店は知らなかったのだが、ちょっと前にたまたま僕がインターネットで見つけて、行ってみようという話になったもの。
     その店は、隣り街であるランシング市の旧市街っぽいとこにあった。ランシングはミシガン州の州都で、マジック・ジョンソンの出身地であり、マルコムXが少年時代を過ごした街でもある。GMの大きな自動車工場があり、低賃金労働者が多く住むこともあり、場所によっては治安が悪い。隣り街であるのに、うちの大学の周りとは全然雰囲気が違ってて、街並みを見るだけでけっこう興味深い。
     キューバ料理は全く初めてだったが、旨かった。ちょっと量が少ない気がしたけど、味は素晴らしかった。ぜひまた行きたい。ただ、死ぬほど甘いパパイヤのデザートはもう一生食わなくていい。

  • 2002−7−27(土)の夜
     今日は非常に蒸し暑い日だった。しかし、なぜか研究室には冷房が入ってなかった。普段なら土・日でも昼間は冷房が効いてるのに〜〜。今日来てた同僚達はみんなブーブー言ってた。夕飯、同僚2人とステーキを食いに行った。どうしてステーキになったとかいうと、「何か、暑い日に合ったもの食いたいねー」と3人で話してて、僕が「じゃあ、ステーキはどう?」と言ったら2人とも賛成。暑い日にステーキという組み合わせ、日本に居た頃は想像もしなかっただろう。僕の味覚もアメリカ人っぽくなってきたかな。
     なんだか食べる話が続くけど、それにしても、ステーキ屋にいる客は、老若男女問わず、太った人が多い。今日行った店は、オーストラリア風のステーキ店で、メニューはオーストラリアっぽい言葉で書いてるし("bonzer"というのは"big"という意味らしい)、面白かった。味も量も満足。大満腹。
     研究室に戻ってきて、なんか満腹だと仕事する気がしないなー、とグダグダしてたら、突然、夜9時前ころ、冷房が動き出した。どうなってるんだ。
     で、満腹のせいで睡魔が襲ってきたけど、どうしても今日やると決めてた仕事を片付けるべく、トイレで顔を洗ってきて、気合いを入れて仕事にかかった。いや、本当は昨日の夜までに終わらせるつもりだったんだけど…。

     4月の学会で発表した論文の改訂作業、今夜で一応キリのいいところまでできたので、あとはコンプが終わってから仕上げをすることにした。本当はこの夏の間にジャーナルに投稿する予定だったのだが、このままでは本当にコンプに落ちそうなので、共著者の先輩の了解を得て、今日からしばらく棚上げ。
     気がつけば、この仕事に7月のほとんど全てを費やしてしまった。あと一ヶ月で新学期が始まってしまい、また週に2回講義をしなきゃいけなくなる(でも、前と同じクラスを教える予定なので準備は楽だけど)。あと、秋学期には、取らなくてもいいクラスを1〜2個受講しようか思案中。大学院の間にいろんな分野に触れておいた方が将来のためになると思うし、就職活動のときに、教えられる分野が広い方が有利だろうし。ただ、時間があるかどうかなぁ…。
     とにかく今は、コンプに受かることが何よりも優先度の高い重大事である。これに落ちたら元も子もない。今のままではマジで落ちる。明日からはコンプ一本に集中して、とにかく最大限の馬力で勉強して勉強しまくるしかない。今までの人生で最大最強の難関が、すぐ近くまで迫っているのだ!(日程はまだ決まってないけど、9月中だと思う)

  • 2002−7−28(日)の夜
     最近知って面白いと思った話。アメリカには、日本の中央選挙管理会にあたるものはないのだそうだ。
     日本ではニュースになってないかもしれないけど、つい最近、連邦下院で1人の議員が除名された。建国史上5人目、しかも最初の3人は南北戦争のときのことだから、20世紀以降では僅か2人目である。日本の国会では議員を除名することはできない(辞職「勧告」決議案がせいぜい)のに対し、アメリカではそれができる。手続きの詳細は忘れてしまったけど、今回の議員(収賄などの罪に問われている)の件では、420対1の圧倒的大差で除名が決まった。(ただ1人反対したのは、不倫していた女子大生インターンが失踪して遺体で見つかったことで有名なコンディット議員)
     で、失職した議員はオハイオ州選出だったのだが、オハイオ州知事が、「どうせ改選時期が近いんだから、補欠選挙は行わない」と発表した。これが僕にはとても不思議だった。日本で言えば、加藤紘一氏が辞職したことによる補欠選挙を行うかどうか、山形県知事が決めるようなものだ。それは非常に不可解だ。
     先輩に訊いたら(最近よく登場するJ氏)、下院議員が欠けたことによる補欠選挙("special election"という)を行うかどうかは、その選挙区のある州の知事の裁量なのだそうだ。アメリカには連邦レベルでの選挙管理委員会は存在せず、連邦議会の議員選出も各州の管轄だとのこと。

     「でも、全国単位の選挙はどうやって実行するんだ。つまり、大統領選挙は。」
     「大統領選挙では各州ごとに選挙人を選ぶんだ。」
     「それは知ってる。でも、各州で選ばれた選挙人の数を集計する必要があるだろう。たとえ形式的にでも、それをする機関が要るはずだ。」
     「それはCONGRESS(連邦議会)がするんだ。」
     「!!!」

     ほえー。非常に驚き。さすが連邦制の国は違うもんだな。
     で、この件は実は僕がいま密かに温めてる新しい研究テーマと関係している。でも、まだ秘密。(笑)

  • 2002−7−30(火)の深夜
     うちの大学の経済学部の教授であるWooldridge氏が書いた教科書、Introductory Econometricsは、たいへん素晴らしい回帰分析の教科書だと思う。どこかで聞いた話では、超有名な、Gujarati, Basic Econometricsからこれに乗りかえる教員が増えているとか。僕が最初に回帰分析を習ったときはGujaratiを使ったのだが、はっきり言って、Wooldridgeの方がずっと好きだ。
     おそらく、Wooldridgeの最大の特徴は、Part1をクロスセクションデータの回帰分析、Part2を時系列データの回帰分析とキッパリと分けているところだろう。そのため、Part1で最小二乗法に伴う仮定が説明されるときには、誤差項の系列相関の問題は一切言及されない。賛否はあろうが、僕にはこれは非常にスッキリした説明の仕方だと思える。
     また、各所で紹介される例が、実際に学術誌に掲載された論文からとってあるところもいい(Gujaratiがそうしていたかどうかは覚えてないが…)。これによって、興味が湧いたらその論文を読んでみて、その手法が実際にどう使われて論文が組み立てられているのかを知ることができる。それに、それらの例や、練習問題で使うためのデータセットが、出版社のウェブサイトからダウンロードできるようになっている。それで実際に自分で分析を走らせてみて理解することができる。最新版のGujaratiがどうなってるかは知らないけど、もともとGujaratiの本が書かれたときには誰も想像しなかった教科書のあり方だろう。Wooldridgeの副題が"A Modern Approach"となってるところが、非常にわかる気がする。(その副題の本来の意図は別のことかもしれないけど)

     それに加えて、著者の文章の書き方が非常に分かりやすい。この人の説明の順序、構成の巧みさは、読んでてたまに感嘆の声が出てしまうほどだ(変態?)。今日は、大数の法則と中心極限定理のところがどうしても頭の中でしっくりと整理されてないので、この本のAppendix Cを読んでみた。で、今までずっと納得いかなかったことが、ついにスルリと理解できた。分かってみると、「どうしてこんなことを勘違いしてたのか」と思ってしまうんだけど、それはそういうものだろう。
     そんなわけで、中心極限定理について先月書いたことは勘違いでした。ごめんなさい。追記しておいたので、興味ある方は先月のところをご覧下さい。もしもまだ間違いがあったら、指摘してください。 m(_ _)m

  • 2002−7−31(水)の深夜
     今日は暑くて日差しが強烈だったが、友達とサイクリングに出かけて、3時間近くかけて、ちょっと離れたところにある小さな湖を2つまわって来た。自転車でこんな長距離を走るのは、いつ以来だろう…?
     ヘロヘロに疲れて、ケツは痛いし、脱水症状ギリギリの感じがするくらいになったが、その代りに走破後のビールは最高だった。これを楽しみに走ったのだ!グアッハッハ!!


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