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留学記「大学院をミシガンで」

10月 < 2002年11月 > 12月


  • 2002−11−1(金)の午前中
     僕の住んでる寮の裏側の道は、紅葉でこんな感じ。

     松井秀喜選手と僕は同年であり、彼が甲子園で敬遠攻めにあったときは僕も高校3年生で、非常に憤慨した覚えがある。彼のドラフトの日はずっとドキドキしていて、僕の愛する阪神が当たりクジを引いてくれるように祈っていた。それが、よりによって最も嫌いな巨人に入ってしまったので、大変悲しかった。
     器用に流し打ちをする種の打者よりも、彼のような本格的な、思いっきり引っ張る打者のほうが、僕は好きだ。相撲でも、珍しい技を見せる小兵力士も面白いが、でもやっぱり、がっぷり四つから豪快な投げを放つ本格相撲のほうがいい。そんなわけで、松井のような選手は基本的に好きなんだけど、今までは巨人の選手だということで、どうしても好きにはなれなかった。凄いバッターだとは常に思っていたが。
     その彼がついに、渡米するというではないか!何と素晴らしいことだろう。より高いレベルで競技しようとするスポーツ選手の姿勢は美しい。日本にいた方が、言葉も食べ物も友達付き合いも、何かと楽に違いない。その、楽で平和な生活を振り切って、野球選手としての自分の道をゆくという姿勢を、僕は素晴らしいと思う。特に僕は彼と同年であるし、それに、アメリカでの学問修業という道を選んでいる自分と少し重なって感じる。

     選手流出の続く日本プロ野球については、僕は逆にこれがいいクスリになってくれればと思う。ファンがいなければプロスポーツは消滅するという原則に気づき、ファンを引きつけるための真剣な経営努力をリーグも各球団も行って欲しい。とにかくまずドラフト制度を変えろ!

  • 2002−11−2(土)の午後
     昨夜は、バスケの今季初試合、マジック・ジョンソン・オールスターズとのExhibition Gameを観に行ってきた。

    アリーナの天井にひるがえるこの「エリート」の旗は、スパルタンズを大学バスケ界の名門チームとして築き上げる意志を示していて、ファンと選手が寄せ書きしてある。僕が日本語で「全国制覇!」と書いた字も、右上のほうにある。

    チアリーダー。去年もいた娘と新顔が半々くらいか?今年はアジア人の娘が2人いるようだ。

    選手たちが、入場の前に気合いを入れてるとこ。僕の席は花道のすぐ脇である。

     試合は、結局は大差で負けてしまった。敵チームはオーストラリアのプロ選手で構成されていたそうだ。うちの卒業生2人も入ってて、大活躍していた。マジックは、さすがに動きは鈍いし、速くは走れない様子だったが、華麗なパスをたくさん見せてくれた。終わってみれば、12得点・10アシスト・10リバウンドのトリプル・ダブル達成。とんでもない活躍だ。

    マジックは、うちのチームの最も偉大なOBであり、1979年に全国優勝したチームを率いていた。優勝した年にたしか彼は2年生で、そのまま中退してプロ入りした。出身地も、うちの大学の隣り街である。

     公式戦ではないので、負けたこと自体はそんなに問題ではないが、シュート成功率の低さが気になった。この先よくなってくれればいいが…。
     そして、試合後、花道を引き上げるマジック・ジョンソンと握手した!!「マジック!マジック!」と叫んで手を出したら、顔はこっちを向いてくれなかったけど、右手で軽く一瞬だけ握手してくれた。全身の血が沸騰する気がした。

    【2002−03、スパルタンズ主力選手紹介】

    ○フォワード・センター陣
    #25、アロイシャス・アナガニエ(4年・6'8")。通称「BIG AL」。今年はいよいよ4年で、チームリーダーの役も任されている。彼にリバウンドを取りまくって欲しい。残念ながらシュート力が低く、無駄なファウルが多いことも問題。
    #55、アダム・バリンジャー(4年・6'9")。安定した活躍をみせる選手。アナガニエと違って外からのシュートも打てる。(昨年、3Pシュート19本成功、成功率38%)
    #40、ポール・デービス(1年・6'11")。超期待の新人。昨年度ミシガン州の最優秀高校生選手(Mr.Basketball)に選ばれ、全国でもベスト5に入る選手と言われていた。昨日の試合ではいきなりチーム最多の16得点・9リバウンドの活躍。

    #3、アダム・ウールフ(3年・6'9")。バリンジャーに似たタイプで、ゴール下を本業としながら長距離シュートも得意とし、昨シーズンの3点シュート成功率46%はチーム最高。昨シーズン途中で脚を大怪我し、現在リハビリ中。
    #44、ジェイソン・アンドレアス(3年・6'10")。今シーズン、今のところ見た感じでは、シュート力が向上したようだ。期待したい。
    #41、イラゼム・ローベック(1年・6'10")。スロベニアからスカウトしてきた秘密兵器。ヨーロッパ選手らしい器用なプレイを見せて欲しい。

    ○ガード陣
    #5、クリス・ヒル(2年・6'3")。僕が最も愛する選手。昨年のチームで最も大きな驚きとされたのが、この新人の活躍だった。去年の経験を生かして、二年目の今年は更に飛躍して欲しい。やたら太い眉毛が特徴的で、西郷隆盛に似てると僕は勝手に思っている。高校時代はフットボールのクォーターバックもしていたらしい。本業はSGだが、今年はPGにまわる。シュートが非常に上手く、昨季の3点シュート成功率44%はチーム2位、成功数66はチーム1位。
    #15、アラン・アンダーソン(2年・6'6")。昨年、シーズン中に4種類のポジションをこなした万能型プレーヤー。2年目の今年は、夏の間の練習でシュート力が向上したとの噂である。顔がチャールズ・バークリーに似てると僕は勝手に思っているのだが、未だ誰も賛同してくれない。
    #30、ティム・ボグラコス(2年・6'2")。「Walk on」(スポーツ奨学金を受けずに、テスト入団した選手)ながら、昨シーズンは全試合に出場し、平均10.5分もプレイしたボグラコスは、チームに欠くことのできない存在だった。そして今年からは奨学金を獲得!名実ともに主力選手の一人として更なる活躍が期待される。彼のプレイは闘志に溢れ、特にルーズボールを追うときは猛烈。持ち前の激しいディフェンスに加え、今年はシュート力もつけてきたようだ。

    #23、ケルヴィン・トーバート(2年・6'4")。大変に期待されて入団した昨年、残念ながら期待に応えられないシーズンを送ってしまった。シュート成功率はチーム最低の39.9%。本来持つ潜在能力を十分に発揮できれば今年は大爆発も期待できるが、足の手術のために3週間ほどプレイできないらしい。
    #13、モーリス・エイガー(1年・6'4")。トーバートに代わって昨日は先発出場し、いきなり12点を挙げた一年生。技術に問題はないようなので、あとは当たり負けしないだけの身体ができればトップレベルになれるか。
    #11、ラシ・ジョンソン(3年・6'2")。短大からの編入生なので、新人ながら3年生のPG。彼が先発でPGをできるようになれば、ヒルをSGに専念させられるので、早く成長して欲しい。

  • 2002−11−3(日)の朝
     昨日のミシガン大学とのフットボールの試合は、3−49という記録的大敗になった。へたに僅差で負けるよりも、このくらいのほうが潔いくらいだ。
     去年、歴史に残るほどの劇的な試合になったこの顔合わせだったが、一年でこんなふうになってしまった。このチームは、もはやお笑いの領域にまで達した。

  • 2002−11−3(日)の深夜
    【25万ヒット達成しました!! 本当にいつもありがとうございます。】

     大学の日本人会の、毎年恒例「カレーパーティー」に行ってきた。大量のカレーライスを大勢で食べ、くじ引き抽選会などをする催しで、僕はすごく楽しみにしていた。一年生のときは課題で忙しくて欠席。二年生のときは参加したけど、去年は同じ日にNBAの試合を観に行って欠席。そんなわけで、四年目の今年で二回目の参加である。かなり盛大な会で、200人くらいもいたかな?(でも、アルコールは無し)
     日本の食べ物に飢えている僕は、大喜びでカレーライスを食いまくった。そのあと、余興のゲームに参加して、見事賞品をゲット。さらに、そのゲームに勝ったおかげで、最後の抽選会での当選確率が上がり、なんと抽選で2つも当選してしまった。1つは、ある旅行代理店提供の、「国際線航空券50ドル引き券」、もう1つは、別の代理店提供の、「日本行き航空券20ドル引き券」。なんと、こんな幸運なことがあっていいのかな。でも、会場からはブーイングが飛んでた。片方は返上すればよかったかも?

     話題は全然変わって、「お笑い」と化したフットボールチームについて、続報が2つ。
     (1)うちの一応はエースランナーであるDawan Moss選手が昨夜、飲酒運転を警察に見つかって、逃げようと急発進して、警官に軽傷を負わせた上、パトカーに衝突。逮捕。今日の午後に保釈されたが、チームからはすぐに除名処分になった。
     (2)先週から無期限出場停止中のクォーターバックのJeff Smoker選手については、処分の理由が明らかにされないために噂がさんざん飛び交っていた。今日になって彼の家族が声明を発表し、麻薬中毒からのリハビリ中であることを明かした。(声明の全文は大学のスポーツ部門のウェブサイトで)
     2人とも、選手生命の危機かもしれない。どちらもプロ入りの可能性あるだけの選手だったというのに。さらにひどいことは、2人とも、チームのキャプテンだったということだ(フットボールチームにはキャプテンが複数いる)。他の選手と範となるべきキャプテン達のうち2人がこういうことになってしまうとは、大学スポーツ史上にも例のないことではないか!?
     仮にフットボール選手としては終わりだとしても、まだ前途ある若者である。2人が更正して大学に復帰してくれることを心から祈りたい。

  • 2002−11−4(月)の夜
     コンプの結果がなかなか分からないので気を揉んでいたんだけど、今日、比較政治学のほうで合格したとの知らせを聞いた。
     廊下で指導教授に会って、いきなり「おめでとう」と言われて、「へ、何ですか?」と訊き返したら、「まだ聞いてないのか。コンプ受かったぞ。」と言われて、ブッ飛んだ。
     まあ、比較政治のほうは自分の解答に自信はあったし、その教授にしばらく前に会ったときにも、「まだ一度しか読んでなくて、もう一度読み返すけど、問題はなかった」と言われてたので、全然心配はしてなかったんだけど、それでも、正式に合格と聞くとやはりホッとした。
     合格には、普通の合格(pass)と優秀合格(pass with distinction)の2種類がある。教授によると、僕の答案は優秀合格まではあと一歩足りなかったが、でも解答した3問すべて"solid"だったと褒められた。試験委員の3人の教授みんなが似たような意見だったとか。ふー、よかった。

     しかし、問題はもう1科目のほうだ…。こっちは一体いつ結果が判明するんだろう…??

     そしてそして、今夜はビッグニュースが飛び込んできた。フットボールチームのボビー・ウィリアムス監督がついに更迭された。アスレチック・ディレクターのロン・メイソン氏(ホッケーチームの前監督)が記者会見で発表。
     僕はこれを期待していたけど、それでもシーズン終了後になると思っていた。まだ3試合残した時点での決定は、ちょっと驚き。とにかく、適任者を新監督に迎えて、チーム再建に取り組んで欲しい。

  • 2002−11−5(火)の夜
     人種問題はアメリカ社会の抱える重大事であるが、今回のフットボールコーチ解任劇でもその一端が垣間見れた。
     解任されたボビー・ウィリアムス監督(以下、BWと略す)は黒人であり、ディビジョンI−A(大学フットボールの最上位クラスで、100校ちょっとある)のチームの監督のうち、僅か4人の黒人監督の1人だった。まず、ここが興味深い。フットボールの選手は黒人が非常に多いのだが、監督は白人がほとんどを占めている。
     そして、今回BWが解任されたことについて、人種差別だという声があがっているのである。うちの大学の評議員の1人(9人の評議員の中で唯一の黒人)が昨夜声明を発表し(全文)、解任を決めたアスレチック・ディレクターを強く非難した。監督人事はアスレチック・ディレクターの専権事項だが、アスレチック・ディレクターの任免権は評議員会にある。
     その評議員はこう主張する。BWはまだ監督就任から3年目であり、チーム建設には誰でもある程度の時間がかかる。これまでの監督にその時間が与えられていたのに対し、BWが早い時期にクビになったのはなぜか、と。「MSUはマイノリティーへの公正さという評判を得てきた。(中略)その名声を傷つけることは大変に残念である」として、BWが黒人であることがクビの原因だったのだと示唆している。
     BWへの批判者(僕を含めて)からすると、まだ3年目で建設途上だというのは的外れな意見である。彼は監督就任前はうちのランニングバックコーチだった内部昇格者であり、そのときコーチ陣も多くが留任した。新しく外からやってきて据えられたコーチがチーム建設に時間を要するのとは事情が異なる。また、彼が就任したときは既にチーム状態はよかったのであり、ボロボロのチームを建て直すのとは違う。それに、今年のチームは十分に優秀な選手が揃っているのであり、シーズン前にはかなり高い評価を得ていたのだ。能力ある選手たちを持っていて結果を出せないというのは、監督に責任があると言わねばならないだろう。今年のノートルダム大学で、就任一年目のウィリンハム監督(黒人)の指揮の下、うちよりも能力的に見劣りする選手たちが快進撃を続けていることと対照的である。
     BWは選手たちからの信頼が厚く、選手の友達のようだと言われてきた。今でもよく覚えているのだが、彼が就任して最初のころ、大学新聞に載っていた記事である選手がこうコメントしていた。「前の監督は、選手がミスをすると怒鳴りつけた。今の監督はミスを直そうとする。だから練習のときも雰囲気がいい」と。なるほど、それはいいね、とそのとき僕は思ったのだが、残念ながら、そのスタイルがもたらした帰結は、チームの不規律・無統制であった。まあ、選手の飲酒運転や麻薬中毒までを監督の責任とするかどうかは議論のあるところだろうが、試合中のチームが統制に欠けているのは監督の責任に違いない。下らない反則とミスが、去年も今年も多すぎた。選手の個人的能力に頼った好プレーは出るが、チーム全体として訓練が足りないことは明らかだった。フレンドリーな監督がいけないと言うつもりはない。結果が問題なのだ。
     そして、今年のチームは壊滅的な状況になってきていた。ここ数試合は、勝利への意欲と気迫がチームから見えなくなっていた。宿敵ミシガン大に49−3という大敗を喫した試合後、記者がBWに「あなたは自分のチームをコントロールできていると感じるか」と訊き、BWは「分からない」と答えたという。BWを解任したアスレチック・ディレクターは、解任を決めるにあたって、そのやり取りが決定的だったと語った。もっともだと思う。
     とにかく、僕にとっては、BWが監督としての能力において不適格だということは明白だったし、このまま続けていてもチームが良くなるとは思えなかった。ここ数週間、BWをクビにしろという声がファンの間で相当に高まっていたが、当然だと思った。それが突然、人種差別によってクビになったとか言われても、僕は唖然とするばかりだ。今日の大学新聞には、解任の決定を批判して「MSUは人種差別大学だ」と言う学生の意見が載っていた。どのくらいの人がそう思ってるんだろう?
     日本のような国に育った僕にとって、人種問題はどうもその感覚が分かりづらい。純粋に能力の面で足りないと思った監督を批判していて、「彼が黒人だからそう言うんだろう」と言われたとき、何と反論すればいいか分からない。自分の意見が人種差別に基づいていないということを、どうやったら客観的に示せるんだろう??僕にとって「平等」というのは、その人の人種を考慮せずに純粋に能力で評価することだと思うのだが、反対に、少数派を優遇することが平等だと思う人もこの社会には多い。どうにも難しい。
     けっこう前に、有望な高校生フットボール選手(黒人)がうちの大学に進むことを決めたとき、新聞に「黒人監督の下でプレーしたいんだ」とコメントしていた。その感覚、僕には分かりにくいし、アメリカの人種問題の複雑さを強く感じさせる。

  • 2002−11−6(水)の午後
     本を借りに図書館に行ったら、4階でインフルエンザの予防注射をやってるとの張り紙が入口に貼ってあったので、即決で行って注射してもらった。$14。この注射は、毎年この時期に大学の各所を巡回してやっている。僕は職業上、多くの学生と接するから(といっても約30人と週2回だけだが)、感染の危険も高いと思って、だいたい毎年注射を受けている。子供のころは注射が怖くて大嫌いだったっけ、そういえば。

     なぜか今日は、小学校時代に聴いてた歌が頭の中を回り続けて離れない。それはなんと、うしろゆびさされ組の「象さんのすきゃんてぃ」である。ちょっとヤバイぞ、自分。

     さっき、先学期に僕のクラスにいた学生(♀)がひょっこりオフィスにやってきた。近くまで来たから、ついでに提出しっぱなしだった最終ペーパーを受け取ろうと思って、と言って。「この前、アイスホッケーの試合会場で見かけたよ!」だって。ありゃ、全然気づかなかった(まあ、僕はアフロかつらをかぶってるので、目立つはずだが)。
     僕の教え方が上手だったと褒めてくれて、僕のクラスでやったことが、今学期はコンピューターサイエンスのクラスで役に立ってる、と。「またホッケー場で会おうね」と言って帰っていった。こういうのは本当に嬉しいものだ!

  • 2002−11−7(木)の夜

  • 2002−11−8(金)の夜
     たくさんのお祝いメッセージ有難うございました。 m(_ _)m
     大学院入学から3年3ヶ月にして、Ph.D.取得への最後のステージに突入。1年目はとにかく無我夢中、まだまだ苦闘していた2年目、ようやく要領もつかみ、軌道に乗って勉強できるようになった3年目。そして4年目にして、コンプ合格を果した。1年生のころなんか、コンプのことを考えるだけで寒い思いをしていたものだが、結局はここに辿りついた。
     コンプ合格によって、Ph.D.取得のための要件は、博士論文を除いては全て揃った。この状態のことをこの業界では、"All-But-Dissertation"、略してABDと呼ぶ。正式な学位ではないから、「ABDを授与する」という証書を貰うわけではないが、学位と同じように扱われる称号である。僕は去年の12月に修士号(MA)を受けたが、これでそれより一段階上がったことになる。

     今度は、いよいよ博士論文に取り組むことになる。これまでも、コンプに受かったと仮定して、ある程度は考えてきたけど、今度は本格的に博士論文が自分の仕事となる。さっき、指導教授に会って、おぼろげながら考えてるテーマを話したら、それで行けと言われた。これから、もっと詳しく文献など調べてみよう。
     博士論文を書きながら、卒業後のことも考えねばならない。希望は、日本かアメリカの、研究に集中できる大学に就職すること。大学の就職状況は厳しいので、選り好みを言える立場じゃないことは分かっているから、自分の分野に求人のある大学には片っ端から出願してみるつもりだけど、できればレベルの高い、博士課程を持ってる大学がいい。それと、居住環境がよければなおいい。寒いところよりも暖かいところがいいし、通勤の楽なところがいい。食べ物のこととか考えると日本がいいんだけど、アメリカでのスポーツ観戦の楽しみも捨て難い…。
     アメリカの大学に出願する場合、毎年8月あたりからが就職活動の時期である。来年度に職探しをするならば、それまでに博士論文をかなりの程度進めておかないといけない。それと、もうすぐ投稿する論文がどこかに引っかかってくれないと、かなり厳しい。場合によってはもう一年延ばすこともチラチラ考えていたんだけど、教授と今日話したところ、彼は当然僕は来年度に就職活動すると考えてるようだった。うん、それならそういう感じで、頑張ろう。

  • 2002−11−9(土)の夜
     愛用の懐中時計(安物だけど)の電池が切れたから交換してもらいに行ってきた。わずか30秒ほどの早業で、感心した。$10.60。1年4ヶ月前に別の店で交換したときは、$6.36だった。店によってけっこう違うもんだな。
     今夜はホッケー観戦。ナイアガラ大学を迎えての試合。4−3でリードしていたのに、試合終了まで1分を切ってから同点ゴールを決められてしまい。延長戦突入。延長残り1分ほどで、今度はこっちが劇的な決勝ゴールを決めて勝った。ふー、興奮した…。

  • 2002−11−11(月)の午前中
     子供のころは、11月11日とかが妙に嬉しくて、11時11分11秒に時計を見ようとしたりとか、それを逃すとやたら悔しかったりしたものだ。どうでもいいことを思い出した。
     昨夜は朝の4時半まで論文書き。もうすぐ投稿する先輩との共著論文の最後の仕上げ作業。「最後の仕上げ」と言い始めてから、実はかなり時間も労力もかかってるなぁ…。

  • 2002−11−13(水)の夕方
     投稿論文の仕上げ作業にバタバタしながら、同時に他のことにもいろいろ忙しい。もちろん、週2回の講義もしながら。
     博士論文に取りかかるにあたって、その審査委員会を作らねばならない。4人の教授に頼んで委員に入ってもらうのだが、今日までに3人の教授のサインを集めた。もう一人は誰に頼もうか…?
     僕の主指導教授は、当然僕は来年度に就職活動するものだと思ってるようだが、別の教授に就職活動の予定を訊かれたので「来年のつもりです」と答えたら、凄く驚かれた。「君はこれから博士論文に取りかかるんじゃないか。論文がほぼ完成するくらいにならないと就職活動を始められないぞ、分かってるのか」と。分かってますと答えたら、「君は非常にアンビシャスだな」と言う。「来年度に就職活動するかどうか、それを決めるのはまだ先ですから、少なくともそれまではアンビシャスでいった方がいいと思うんです」と答えたら、その教授はニッコリして「それはそうだな」と。さて、頑張らねば。

     バスケのニュースを一つ。誰もが「まだ早い」と言うのを無視して、僅か2年間の大学でのプレーの後でNBA入りを目指した、昨年のうちのエース、マーカス・テイラー。ドラフトされたNBAのティンバーウルブズから解雇され、次にNBDLという下位リーグのColumbus Riverdragonsにドラフトの最下位で指名されたが、しかしすぐにまたクビ。そして先週、今度はCBAという下位リーグのSioux Falls Skyforceに入団した。いったいどこまで落ちてゆくのか…。彼を反面教師にして、今の選手たちにはプロ入りを急がないようにしてもらいたい。

  • 2002−11−14(木)の夜
     来年のアメリカ政治学会の報告申し込みが明日で〆切なのだが、まだプロポーザルを書き始めてもいない。っていうか、論文のテーマを決めてもいない。あと一日だー。どうしようかなー。
     今夜はバスケ観戦へ。公式戦に入る前の最後のExhibition Gameで、相手は「ナイキ・エリート」というチーム。選手は8人しかいないし、けっこう年をとった感じの選手もいるし、冗談みたいなチームだろうと思った。それに、試合が始まってすぐにうちがリードして引き離し始めたので、これは勝負にならんな、と思った。
     ところが、うちのチームはどうも調子が悪く、後半になって点差が縮まり出して、結局は僅か1点差の辛勝になった。どうもイマイチだぞ、我がスパルタンズ。心配なり。

  • 2002−11−15(金)の昼

     昨夜、寮への帰り道はミゾレの中を傘さしてたのだが、今朝になったら地面が白くなってた。これは今年初めて。ミシガンの過酷な冬が一歩一歩近づいている…。
     学会に送るプロポーザルはまだ全然できてない。6時から同僚たちと飲みに行く約束をしたので、それまでにでかさないと!

  • 2002−11−17(日)の午後
     今学期コンプを受験した3人、僕とRちゃん(アメリカ人の女の子)とR君(ジャマイカ人の男)は全員合格したので、3人でお祝いしなきゃねと話していたのだが、昨日はRちゃんの実家に招かれて遊びに行ってきた。ここから車で一時間半くらいのところ。感謝祭のお祝いを2週間前倒しでやったもので、Rちゃんの両親と妹・弟、さらにお爺さんとかも来ていて、賑やかだった。
     食事の前のお楽しみに、お父さんが射撃場に連れて行ってくれた。

     「銃を撃つ」というだけで拒否反応を示す人も多いと思うけど、「何でも経験してみたい」主義の僕は大喜びで行った。本物のピストルはズシリと重くて、緊張した。お父さんがいろいろ決まり(何をするときでも銃口は人の方に向けないとか)や操作方法(弾丸の詰め方、安全装置の使い方とか)を教えてくれて、いよいよ実際の射撃。「しっかり銃を握って、ゆっくりと引き金を引け」という指示通りにやったら、発射された。フー。
     子供の頃にエアガンで遊んでたおかげか、けっこう狙い通りに当たった。照準の合わせ方は同じだから。
     でもやはり、エアガンと違って、反動は大きい。3種類のピストルを試したうち、米国陸軍が使ってるというモノは、どんなにしっかりと両手で握っていても、発射の度に手がかなり動いた。
     とにかく、ホンモノの銃を扱うのは、やはり非常に緊張した。一つ間違えたら人が死ぬんだから。どんなに初心者だからと言っても、間違いは許されない。その緊張感で、ひどく疲れた。


     これが僕が最後に撃った的。けっこう上手いでしょ?距離は4〜5mくらい。

     なんとも貴重な経験をさせてもらった。銃による凶悪犯罪が多発するこの国だけど、銃を撃つことの感覚を知る前と知った後では、そういう事件への理解度も異なるように思う。人間に向けて引き金を引くということの怖さを今は前より実感できる。エアガンやビデオゲームは、その感覚を麻痺させるような気がする。
     ミシガン州の法律では、射撃の講習を受けて前科などのチェックを受けると、護身用の銃を持ち歩ける免許をもらえるそうだ。Rちゃんはカバンの隠しポケットにピストルを入れて持ち歩いてるし、お父さんは上着の内ポケットに入れて携帯していた。直接聞いたわけじゃないけど、このお父さんは、「一家の主たるもの、家族を守るために射撃に熟達していなければならない」という考えの持ち主のようだった。よく射撃場に行って練習してて、かなり上手いらしいし。アメリカ中西部の田舎は保守的な人が多いのだが、これがその感じだと思った。

     射撃場から家に帰ったら、七面鳥などの感謝祭料理が待っていた。みんなでテーブルを囲んで、お母さんがお祈りの言葉を唱えてから食べた。ワインも飲んで。
     普通の家族だと、食事の後はテレビでフットボールとか見ながらまったりして終わるらしいのだが、この家族はバーに繰り出すのが感謝祭の恒例なのだそうだ。バーでビールを飲んで、しかも、葉巻を吸うのが趣味だそうで、僕も細いのを一本試させてもらった(キューバ産の極上品!)。○ッ○と同じ要領かと思って肺に入れようとしたら、お父さんに「肺に入れるなよ」と教えられた。口の中の粘膜からニコチンが吸収されるのだそうだ。なるほど。細い一本を吸ってて、半分くらいで早くもいい感じになってきた。僕は煙草は吸わないので、特に効きも早いのだろう。変に酔ったらまずいので、一本で止めておいた。
     いろいろ珍しい経験をした一日だった。帰るとき、このマッチョお父さんは僕にガッチリと握手してきて、「また来いよ。今度は動く標的を射撃するから、お前に標的になってもらう。それまでに素早く逃げる練習をしてこい」と、笑えないジョークを言ってた。

  • 2002−11−19(火)の深夜
     なんだかいろんなことが同時並行に起こって、何が何だか分からなくなってきた。自転車を修理に出したりとか、インターネットオークションで買った超古いパソコンが届いたんだけど、全然動かなかったりとか、学生に推薦状を書いてくれと頼まれたのはいいけど、来週の月曜までという急ぎのモノだったりとか(でも引き受けた)、他にもいろいろ。
     でも、今日ひとつ片付いた仕事は、博士論文の審査委員会の結成。最後の1人となる4人目の教授のサインをもらって、その紙を学部秘書さんに渡してきた。その教授には、先週金曜にメールを送ったんだけど音沙汰ないので、今日は直接オフィスを訪ねた。「あー、君はメールくれたっけな。サインしてあげるよ」と。彼も僕の論文のテーマには興味を示してくれた。「その通りだ、制度は一定じゃないんだ」と、たぶん僕が今考えてることからは2段階くらい階段を上ったレベルのことをつぶやきながらサインしてくれた。
     自分で言うのもナンだが、かなり強力布陣の4人を揃えたぞ!いい論文を書かねば。

  • 2002−11−20(水)の夜
     昨日も書いたけど、インターネットオークションで古いノートパソコンを買った。これから博士論文に取りかかるとなると、研究室で書き物をすることがさらに増えると思って、研究室にやっぱりパソコンを置いておきたくなった。今まではノートパソコンを背負って寮と研究室を往復してたりしたんだけど、それも面倒くさくなった(8月に買った「オーガナイザー」は結局ほとんど使わなくなった…)。どうせ大した機能は必要ないからめちゃめちゃ古くても構わないと思って、CompaqのWindows95搭載型のを、送料・手数料込みで、177ドルで落札した。それが昨日届いたんだけど、全然動かない。どうやらアダプターに問題があるようで、電気が全くパソコンに流れていないようだった。
     その旨をメールで売り主に連絡したら、新しいアダプターを送ってくれることになった。インターネットオークションを使ったのは初めてだけど、なんだか早速疲れてきた…。

  • 2002−11−21(木)の午後
     今日は非常に大きな一仕事が片付いた。先輩との共著論文をジャーナルに投稿したのである。
     計画が始まったのが去年の2月、第一草稿が上がったのが去年の5月、学会報告したのが今年の4月、そして今日、と考えると長い長い道のりだった。

     これが僕の初投稿である。この世界では、ジャーナルに論文を投稿して掲載されることこそが最も重要な業績になるのであり、もしこの論文が採用されることになったら、一気に僕の未来が開ける。
     投稿された論文は、編集長から数人の審査員に転送されて評価されることになる。審査は匿名だから、僕は誰に審査されたか分からないし、審査員も著者が誰なのかは分からない。人格対立とか人間関係とかを省いて純粋に論文の質で評価するためにこの方式がとられているのである。
     研究者は、どのジャーナルに何本の論文を載せたかで評価される。なんだかスポーツみたいだ。教授の年俸も業績で決まるので、一流ジャーナルに論文を載せた教授は学部と交渉して待遇を上げてもらったりする。「〜〜大学から来てくれと言われているから、俺に去って欲しくなかったら給料を上げてくれ」とかいう交渉がごく普通に行われているし、そういう交渉に使うために、行く気もない大学の面接を受ける人もいる。若いうちに終身在職権(tenure)を得ても、それから論文をジャーナルに載せなくなれば、どんなに年齢が上の教授でも薄給に甘んじなければならない。シビアな実力社会だ。
     でも、実力社会であればなおさら、頑張ろうという気になる。さあ、次の論文に取りかかろう!

  • 2002−11−23(土)の午前中
     昨夜は、バスケのシーズン公式戦の開幕となる一戦が行われた。相手はUNC-Ashevilleという格下のチームで、66−52の順当勝ち。
     一時は20点もの差をつけたが、最後にはちょっと差も詰まった。まあ、うちはいろんな選手と選手同士のコンビネーションを試していた感じもあったから、そのせいもあるだろう。先発はヒル・ボグラコス・アンダーソン・アナガニエ・バリンジャー。3週間前に足を手術したトーバートは、途中から出てきたが、まだ本調子でないようだった。そのために、ボグラコスが先発。
     あと、ウールフが出た。彼が途中交代で出てきたときは、僕は狂ったような歓声をあげた。今年一月の脚の大怪我からリハビリ中の彼は、脚の調子が日によって変わるらしく、練習できないほど痛い日もあれば、昨日のように試合に出られるときもあるのだそうだ。シーズン後半には彼の力が必要になるので、早く治ってくれることを祈る。
     駒不足に悩まされた昨年とはうってかわって、今年は非常に層が厚い。昨日は11人が出場したし、一時は先発全員がベンチにひっこんで控えの5人が出たりもした。
     次のホームゲームは12月4日、ヴァージニア大学との勝負。顔ペイントも検討中。

  • 2002−11−24(日)の夜
     【26万アクセス到達しました!いつも御愛読ありがとうございます。】
     インターネットオークションで買った古いパソコンの話の続き。代わりのACアダプターが送られてきて、それでやっと起動できた。オークションのときの広告ではたしか「ペンティアム120MHz」と書いてあったのに、90MHzだった。まあそのくらいは大目に見よう。実際、メモリが24M、ハードディスクが500M、PCカード式のモデムもついて、この値段(送料込みで177ドル)なら、安い買い物だと思う。
     で、LAN接続できるようにしようと、イーサネットカードをインストールして、ネットワークの設定を変えたりして、そのとき、今思うとかなり荒っぽいことをやっていたら、案の定起動しなくなった。ガーン。リカバリーCDがついてないので、一度システムがおかしくなったらもう御臨終だ。冷や汗かきながら、SAFEモードで起動してなんとか復旧作業して、一応問題なく起動するようにはなったが、ネットワーク関係がぐちゃぐちゃになってしまったようで、もう自力ではインターネットに繋げなそうだ。
     まあ、論文書きに使うために買ったものだから、ネット接続できなくても別にそんなに問題ではないんだが…。

     ところで、うちのフットボールチームは昨日、ペンステートとの試合で今季日程を終了したのだが、なんと、61−7という記録的大敗を喫した。開幕前は全国15位にランクされていたのが、坂道を転がるように転落し、監督はクビ、キャプテンのうち2人が問題行動によって出場停止、終わってみれば、4勝8敗(カンファレンス内2勝6敗)という散々なシーズンとなってしまった。
     新監督を迎えてチーム再建を目指す来年、さてどうなるだろう。

  • 2002−11−26(火)の昼前
     昨日は朝9時から試験監督に行かなければならなかったのだが、キレイさっぱり忘れていて、前の晩は目覚ましをセットしないで就寝。8時半ころに目覚めて、数分後にハッと気づいて助かった。冷や汗をかいた。
     自分が授業を取ってたころは、忘れようが寝過ごそうがそれは自分の問題で、自分に不利になるだけでそれ以上のことはなかったのだが、こうして授業を教えるようになってみると、そうはいかない。忘れて授業にいなかったりしたらけっこう大変なことになる(学生たちは喜んで帰るかもしれないが!)。まあ、給料を貰ってるんだから責任が大きいのも当然だけど。

  • 2002−11−29(金)の午後
     今週は感謝祭休みで、木・金の授業が休み。それに加えて水曜の授業も休講にしたため、僕は今週は月曜の夜からずっとお休み♪
     でも、仕事は山積しているので、研究室に通っている。ここ数日は凄く寒い日が続いていて、いよいよ本格的な冬が間近な感じ。
     昨日、感謝祭当日はほとんどの店が休みになって、去年はマクドナルドまで閉まっていてサブウェイで夕飯を食ったことを思い出して、今年はサンドイッチを作って研究室に持参した。それとカップラーメンで夕飯。まあ、たまにはこれでも仕方ない。
     昨日は研究室に来てる人も少なかったが、韓国人の同級生W君は相変わらずいた。僕は夜9時半ころには帰ったのだが、そのとき彼は、「今夜は2時くらいまで居る予定だから、これからコーヒーを買いに行ってくる」と恐ろしいことを言っていた。


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