留学記「大学院をミシガンで」
11月 < 2002年12月 > 1月
- 2002−12−1(日)の午後
もう12月かぁ…。
昨夜は、初めてバレーボール観戦に行ってきた。ちなみに、アメリカの大学スポーツ界では男子バレーは女子に比べて盛んでなく、うちの大学もNCAAに登録した公式な男子バレーチームは持っていない。昨日行ったのは女子バレー。入場料も取ってたし(学生$5)、一試合平均で1700人くらい観客が来るそうだから、けっこう人気あるようだ。
大学が空っぽになる感謝祭休暇の間のちょっとした娯楽というつもりで、ここの日本人の友達に声をかけまくって、さらにその友達とかも誘ってもらったので、日本人・台湾人・韓国人の計15人で観に行った。
昨日はウィスコンシン大学との対戦で、相手のほうがランキングも上で、結局3−0のストレートで負けてしまった。1セットくらい取って欲しいと思って応援してたのだが、あまり見せ場もないままに終わった。
そのあと、会場近くのバーに行って、残念会(?)。ほとんどバレーの話題はでなかったが。
そんなに飲んだつもりはなかったが、今日はちょっと二日酔い。弱くなったもんだ…。
- 2002−12−3(火)の夜
一面の雪景色で、さらに晴天だったので、寮から研究室に向かう間、まぶしくて苦しいくらいだった。こんな日はサングラスして歩くべきか。
テレビで、インディアナ大学−メリーランド大学のバスケの試合を最後の部分だけ観戦。やばい、インディアナ強い。それに比べて、うちのチームはどうも調子悪い。今年はBIG10優勝は固いと思っていたが、かなり心配になってきた…。
明日のバージニア大学戦は一生懸命応援してこよう。
- 2002−12−4(水)の深夜
今日は、バスケの重要な試合、バージニア大学との一戦を応援に行ってきた。久しぶりの顔ペイント。

テレビが全国中継(ESPN)なので、映るかと期待してたんだけど、期待以上に映った。後半残り7分くらいのとこで、コマーシャルの間にカメラが僕を見つけて寄ってきた。僕はトコトン変な顔をしまくった。コマーシャルから中継に戻るときに数秒間、僕の顔が全米に流れた!!


↑帰ってからビデオで録画してた映像をデジカメで写したもの。僕が荒れ狂ってる映像の裏で、アナウンサーが、「この会場は、これで69試合連続で売り切れだそうです。この男はその全てにいたんでしょうね」とか言って、解説者が「わーお、誰だいこいつは。Is that my guy digger got out of the studio?」と。英語部分はクローズドキャプションを書き出したんだけど、意味不明。どなたか分かる方がいらしたら教えてください。
ちなみに、試合は82−75で勝利!
- 2002−12−7(土)の午前中
先日の解説者のコメントの件、掲示板に頂いた情報で解決しました。あれは、「ディガーのやつがスタジオから出てきたのか?」ということで、ディガーというのは、Digger Phelpsという人名で、その日の放送でスタジオからハーフタイムのときに出演していた解説者のことだそうです。つまり、解説者が別の解説者をからかった内輪受けだったというわけ。
ちなみに、僕にそうコメントした解説者は、Dick Vitale(通称・Dicky V)という非常に有名な名物解説者で、当日は会場に彼のお面が配られていました。 この人↓。

さて、僕の学生たちは昨日が最終ペーパーの〆切で、僕はこれからその採点にとりかからねばならない。
- 2002−12−8(日)の深夜
うちの大学は明日から秋学期の期末試験週間で、今日の図書館は猛烈な混み方だった。でも、僕は試験を受験するほうじゃなくて、採点するほう。試験前に詰め込み勉強するとかも遠い思い出のような気がする(でもコンプを受けたのは最近だけど!)。
今日は、今年最後のバスケ観戦。相手は遥か格下のクリーブランドステートで、2倍近い点差をつけて、最後は普段全く出場しない選手を3人も出す余裕で圧勝。次に観に行く試合は1月になってからで、いよいよBIG10の公式戦が始まる!!
採点は全然はかどっていない。28人提出してきたうち、たった6人終了。急がねば…。
- 2002−12−10(火)の午前中
ペーパーの採点は、17人終了。あと11人。しかし、未提出がまだ4人。そのうち2人は全く音沙汰なし。もう単位を落すつもりなんだろうが、なんのために高い授業料を払っているのか…。(ちなみにうちの大学の授業料は、学期ごとに幾らではなく、1単位いくらで決まってる。)
このクラスでは、テストが3回あって、そのうち最も点の低い1回は計算に入らないことになっている。だから、最初の2回でいい点を取った学生は、明後日の期末テストは受ける必要がない。で、期末テストを受けるかどうか彼らが決める参考にするため、僕がペーパーの採点を終えたら、「期末を受けなかった場合の成績」をメールで全員に知らせてやる約束をした。「なんとか、テストの24時間前までにはメールするよ」とクラスで話しておいたのだが、待ち切れない学生は一昨日くらいから僕にメールしてきて、「俺のペーパーの採点は終わったか。期末の勉強をしないで済むか早く知りたいから、俺のが終わってたら成績を教えてくれ」と催促してくる。そういうメールがすでに4通くらい来た。
僕はちょっと迷ったのだが、全員の採点が済んでまとめて公表するときまでは個別には知らせないことに決めた。「公正を期すために」そうするんだと説明して彼らには返事したのだが、分かってくれるだろうか。
実際、全員の採点が終わってから全員に通知するのに比べて、採点の終わった順に個別に通知することで誰も被害を受けるわけではない。自分の成績を知るのが早まる人はいても、遅くなる人はいないのだから。でも、どうも僕の感覚からすると、全くのランダムで決まる採点する順番によって、知りたい情報を早く知る人と遅く知る人の差が出ることは気に入らない(例えば、早く提出してきた順に採点するというなら話は別だが)。試験週間中で、学生たち全員にとって、時間は貴重なのだから。あと、それよりも、メールしてきた人がそうしなかった人よりも得をするということは僕の感覚では不公正だと思う。アメリカ式感覚では、行動を起こした人(僕にメールしてきた学生)がそうでない人よりも得をするというのは普通のことと映るようだが、僕にはまだどうもそれがシックリこない。
まあ、こんなことをグダグダ書いてるより、早く採点を終わらせよう。自分のためにも彼らのためにも。。
- 2002−12−10(火)の深夜
ガリガリガリと採点を終わらせた。ふひー。
学生たちにメールで成績を知らせてやったら、それから1時間も経たないうちに早くも「そんなに低い点がつくとは思わなかった。今からどうにかならないか」というメールが届いた。明日の昼くらいまでに更に数通は来そうだな。
ペーパーに低い点をつけた学生からは、期末試験のときに恨めしい視線を浴びそうだけど、まあ仕方ない。それはこの職業の「業」だろうか…。
- 2002−12−13(金)の夜
昨日の期末試験と、遅れて提出されてきた分のペーパーを採点した。点数をエクセルに打ち込んで、最終成績を計算。これで今学期の仕事は終了。わーい。
先週号からThe Economistを定期購読し始めたのだが、予想通りというか、やはり読むのが追い付かない。でも、時事問題から疎くなってしまったら社会科学者の卵として恥ずかしいので、研究と並行して頑張って読むようにしよう。
夜、テキサスにいる水口くんと長電話。メールでたまに連絡はとってるけど、実際に話したのは2年半ぶり!?お互い、いろいろあるね、水口くんよー。
- 2002−12−14(土)の深夜
今日はバスケのケンタッキー大学との一戦があって、敵地での試合なのでテレビ観戦。大接戦を制したのは、去年まではスポーツ奨学金をもらっていなかったボグラコスの、会心の3点シュートだった。素晴らしい勝利。ランキングでは格上で、しかも本拠地で滅法強いケンタッキーを敵地で破ったことは、若いチームにとってこの上ない自信になるだろう!
昨日で採点の仕事が終わり、冬休みになった。これから年末までの半月間で、一つの論文に集中的に取り組んで終わらせてしまうことにした。今日はその第一日目。休みに入ってキャンパスは静かになったが、僕は元気に毎日、研究室に通う!(そういえば、2年目以降冬休みは毎回こうやって過ごしている気がする)
- 2002−12−17(火)の午後
【27万ヒット到達しました!いつもありがとうございます!】
ここ3週間ほど、うちの学部の教員公募(2人分)に6人くらいも面接に来ていて、その人たちの研究発表を聞く機会が多い。昔はこういうのに出ても、内容がほとんど理解できず、ホェ〜っと思うだけで終わってたものだけど、最近は、他人の発表の良い点や悪い点がだんだん分かるようになってきた。で、研究発表が終わった後で同僚たちと廊下で立ち話して、感想を話し合ったりするんだけど、これはとてもいい習慣だと思う。自分が気づかなかった問題点や良い点が分かるし、特に、就職活動を経験した先輩の意見はとても参考になる。
僕も早ければ来年には就職活動になるので、たくさんの発表を見て勉強しておかねば。うちのプログラムの先輩たちは、去年・一昨年に続いて、今年も就職実績がいい。上り調子にあるので、僕もそれに続かねば!
- 2002−12−19(木)の夜
今日も研究室に行って仕事してたら、学部長から突然のEメールが飛び込んできた。「急な連絡で悪いが、春学期にPLS140を教えてくれ」、と。
この話には伏線があって、数日前、僕の同期入学の女の子が退学したのである。ここ数ヶ月全然姿を見せなくなっていて、みんな心配してたんだけど、ついに辞めてしまった。どういう事情があったのか知らないけど、ここまで一生懸命やってきて、コンプにも受かったのに、なんとももったいないことだ。
で、その子が春学期に教えるはずだった、「政治的社会化と世論」のクラスを教えられるのは僕の研究室同室のB氏くらいしかいなくて、そうすると、Bが教えるはずだったPLS140(比較政治学入門)が空く。で、僕にその話が回ってきたというわけ。こうなるかもしれないということは、数日前からBと話していたのだ。
「喜んで引きうける」と、学部長にメールを返した。実際、このクラスを教えたいという希望はけっこう前から持っていたのだ。今まで教えていたPLS201(政治学研究方法論入門)は、すでに3回もやってて、予定通りなら次は4学期目になるところで、準備は楽になるけど、だんだん飽きてきたところだった。ペーパーの採点がたくさんあって面倒だし。
これまでやっていたPLS201では、週に2回、自分一人で講義やコンピューター実習をしていたけど、シラバスやテスト問題は教授が作ってくれていたし、最終責任者はその教授だった。それが、今度のPLS140では、完全に僕が一人で一学期間の授業を計画して講義しなければならない。あと、今までは30人ちょっとの学生が相手だったけど、今度は80人!
来学期は、博士論文執筆と、2回の学会報告もあるし、非常に忙しくなりそう。でも、やりがいもありそう!!
- 2002−12−20(金)の夜
そんなわけで、今日から来学期教えるクラスのシラバスを作り始めた。論文書きと並行しての作業になるが、どちらも面白すぎて、ギンギンに熱中。休憩したいとすら思わない境地。
でも今夜はどうしても洗濯しなきゃいけないので、10時ころには帰ってきた。それさえなかったら朝方まででもエンジン全開の勢いだったが、仕方ない。さすがに一度はいたパンツをまたはけるだけの境地には達しきれない。
- 2002−12−22(日)の昼
"See you in the new year!"と言って、同僚たちが一人また一人と実家に帰省してゆく。キャンパス全体は冬休みに入ってからずっと静かだが、研究室周辺もどんどん静かになってきた。
寮の食堂は閉まってるし、けっこう食事に苦労している。朝は部屋で米を炊いたりもするが、昼と夜はいちいち寮に帰るのも面倒だから、昼は持参したサンドイッチとか、夜は研究室近くの安い中華の店に行ったり。昨日の夕飯は一人でピザ屋に行って、黙々とピザを2枚食べてまた研究室に戻った。昨夜は午前1時半帰宅。今日も頑張るぞ!
- 2002−12−23(月)の朝
昨夜は午前2時まで研究室篭り。いま取り組んでるのは、ある事情で、自分の博士論文とはほとんど関係ないテーマのレビュー論文である。でも、このテーマにも興味あるし、いろいろ文献を調べてるとどんどん面白くなってくる。また、文献を調べているうちに、まだ誰も手をつけてなさそうな論文テーマが見つかったりする。本当にまだ誰もやってないなら、自分でデータ分析して論文にしてみようか。ああ、時間がいくらあっても足りない…。
- 2002−12−24(火)の朝
ローマ法王が、商業化されたクリスマスのあり方を批判したという記事を読んだ。もっともだと思う。アメリカでも、テレビニュースで「ホリデー・ショッピング・シーズン」という言い方をこの時期はさんざん聞くわけだが、それはやはり本来の意味からは相当にズレてるんじゃないか。
それでも、アメリカのクリスマスはまだ日本ほどは商業化されてないかもしれない。普段は全く教会に行かないけどこのときだけは行くという人も多いそうだし、店やレストランはほぼ全て閉まるし。
そういえば日本の、「クリスマスイブのホテルは半年前から予約が一杯」という莫迦げた騒ぎはまだ続いてるんだろうか?今の日本で何が恥ずかしいかって、バブル時代の感覚をまだ引きずってることほど恥ずかしいことはない。バブルとは一時期の異常事態だったのであって、10年経っても目が覚めない人がいるなら、それはかなり悲しいことだ。
まあ、ホテルの予約の件はさすがにもう落ちついてるかもしれないが、それ以前にまず、「クリスマスはカップルで」とか「クリスマスが近いのに相手がいなくて寂しい」とかいう日本の若者文化を、婚前交渉すら認めないローマ法王が聞いたら卒倒するのではないか?
僕はこの日本の若者文化を失礼で恥ずかしいことだと思う。他の宗教の神聖なお祝いの日を、全く違う形に、しかもおそらくその信者の人が聞いたら怒るであろうような形に変えてしまうその失礼さ。また、商業主義とマスコミに流されてることの恥ずかしさ。これは「楽しければいいじゃん」という問題ではない。
僕は10代のころからずっと、日本のクリスマスのあり方に批判的であったから、12月のこの時期に彼女がいてもいなくても特に何もしたことはない。いても特別なことはせずプレゼント交換すらしなかったし、いなくてもだから寂しいとは全く思わなかった。「クリスマスはカップルで」という風潮に乗ることは、鳥肌が立つほど恥ずかしいことだと思ってたし、今でも思ってるから。
僕の大嫌いなこの習慣がいつか愛する祖国日本から一掃されることを心から願うわけだが、どうも少なくとも近い将来に変わることはない気がする。
まあこんなことをグダグダ言ってても仕方ないから、とりあえず今日も研究室に行って仕事に励もう。
- 2002−12−25(水)の午前中
昨夜はギリギリ12時前に帰ってきた。昼間は晴れてたのに、帰りに研究室の建物を出たら雪がブワーっと降っててビックリ。細かい雪が、夜なのに視界を真っ白にするくらいの密度で降りしきっていた。街灯の明かりでキラキラ輝いて、それはそれは見事な光景だった。
年内に終わらせる予定だった論文は、その計画があまりに野心的だったことがだんだん分かってきた。書いても書いても、毎日進行予定から遅れるばかり。しかも、シラバス作りの方が新学期に間に合わなかったら一大事だから、論文の年内完成は諦めることになりそう。でも、ギリギリできるところまでやろう。
今日は、午前中は寮でシラバス作りの作業をして、午後から研究室に行くつもり。夕飯はオニギリを持って行って済ますことにした。昨夜のカップラーメンよりはちょっとマシか。いや、変わらんか。
- 2002−12−26(木)の夜
昨夜は1時帰宅。当然というか、昨日は研究室周辺で人影すらみなかった。
シラバス作りに時間かかりまくり。冒頭の「コース概要」みたいのを書くのに、ああでもないこうでもないと3時間くらい書き直したりしていた。しかもまだ完成してない。
このクラスを教えることは直前に決まったので、教科書はすでに前の人が指定していたものをそのまま使うことになるのだが、ん〜、どうもイマイチ。メインの本はGregory S. Mahler (2002) Comparative Politics: An Institutional and Cross-National Approach. 4th ed. で、たぶん同種の教科書の中では良い方なのだろうが、でもまだ僕には不満がいろいろ。後半の各国別研究には8ヶ国が含まれてるのだが、アジアの国は日本しか入ってない。少なくともインドと中国には言及したいのだが…。アフリカはナイジェリアだけだし、中南米はメキシコだけ。う〜ん。
- 2002−12−28(土)の午前中
ふー、やっとシラバスが完成。昨夜からはまた論文の仕事に戻った。
そして、大学の公式な授業スケジュール一覧(ウェブ上にある)に自分の名前が載ってるのを発見!むっふふふ。頑張るぞ。昨夜、研究室から歩いて帰ってくるとき、1回目の授業で話すようなことを考えつつ、それをブツブツつぶやきながら歩いていた。ちょっと人に見たれたくない姿だ。
- 2002−12−29(日)の深夜
年末も押し迫ってきて、研究室周辺もかなり閑散としてきたが、韓国人の同級生W君と僕は研究室に皆勤。彼と僕は研究室が隣り同士なので、相手が来てることはすぐ分かる。今日は日曜で建物に暖房が入ってなかったこともあり、午後4時ころ、彼が僕の部屋をノックしてきて、「コーヒー屋に勉強しに行かないか」と誘ってきた。一緒に行って、コーヒーをそれぞれ一杯だけ飲みながら、お互い論文読み。彼は有名ジャーナルの最新号に掲載された論文を読みつつ、「俺も似たアイデアを持ってたのに、先を越された!」と悔やんでいた。
夜は、このサイトの読者でもある日本人夫妻のお宅に鍋をおよばれに。最近けっこうひどい食生活をしていたので、日本の鍋は堪らなかった。(G夫妻、ありがとうございました!)
- 2002−12−30(月)の夜
論文は完成にはほど遠いけど、今年は今日で仕事納め。
今年は、とにかくコンプに受かったことが何よりの収穫だった。夏の間ずっと試験勉強したことも、今になるといい思い出…。いや、あのツライ夏を「いい思い出」とまで言うのはちょっと難しいかもしれないけど(自分の研究は遅れてしまったし)、少なくとも、こういうことが一つ一つ自信になってゆくんだとは思う。頑張ろうと思っても頑張れなかったりすることが続くと、だんだん自分を信頼できなくなりそうだけど、やろうと思ったことをやり遂げて、目に見える実績ができると、自分への信頼が一歩深まる気がする。
来年も頑張るぞ!それでは皆さん、よいお年を!
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