- 2003−6−3(火)の夜
EITMプログラムの2日目が終了。今夜から寮でインターネットに接続できるようになった。
510マイル(820キロ)の道のりを運転してやってきたここミズーリ州セントルイス市は、アメリカのど真ん中あたりに位置し、ミシシッピ川に沿ってることもあり、昔から交通の要衝で、西部開拓の拠点でもあったらしい。
いま滞在しているワシントン大学(Washington University。シアトルにあるのはUniversity of Washington)は、市の西側にある。名門一流私立大学だけあって、建物は立派なものが多い。なんと、1904年に第3回オリンピックが開かれたときの会場の一つがキャンパス内にある!
僕が参加している「EITM」は、NSF(米国科学財団?)の助成による若手政治学者の夏季トレーニングプログラムで、書類選考で選ばれた41人の大学院生と若手教員が全米各地と海外の大学からここワシントン大学に集まって、4週間のセミナーを受講するのである。講師陣は、これまた全米の大学から集まる超一流・最先端の学者で、これほどのメンバーの講義を受けられる機会はまず滅多にないだろう。内容は、政治学研究においてどうやって演繹理論と経験的検証を組み合わせるか、ということ。今の政治学では、フォーマル理論と計量分析は二つの異なった分野として成立していて、大学院生は別々にトレーニングを受けているが、その両者間の溝が政治学の健全な発展を妨げているのではないか、という問題意識に基づいてこの夏季プログラムが作られた(ちなみに、この動きを主導したのは僕がMSUで計量分析を習った教授)。
NSFの助成によるプログラムなので、授業料はタダ。それに加えて、僕を含む23人には1000ドルの補助金が支給されている。こんな素晴らしい機会を得られたからには、一生懸命勉強しなければいけない。
- 2003−6−6(金)の夜
1週目が終了。1日に5時間も講義を受けると、終わったあとはヘトヘトになる。それを繰り返した5日間だった。でも多くのことを学んで非常に有意義だった。
今日の午後のセミナー終了後、講師2人も含めて参加者たちで大学近くのバーに飲みに行った。そこで飲んだ後、有志数人で(講師の1人も含めて)カジノへ行った。ミシシッピ川にカジノ船が浮かんでいるのである。こういう船上カジノは各地にあるそうで、地上にカジノを作るよりも近隣への影響が少ないということらしい。
僕はカジノは全くの初めて。最初は簡単そうなスロットマシンで始めた。何が当たりなのかもよく分からないままにプレイしていて、あっという間に20ドルがなくなろうとしたので、「あー、こんなに早くカネがなくなったらまずい」と思って、「この1回でスロットは止めよう」と思ったときの1回が当たって、150ドルを獲得!そして、僕の後でその台でやった友達はなんと670ドルのジャックポットを当てた!!
とりあえずスロットで得た分を換金して財布にしまった。いろいろ見て回った後で、今度はルーレットに挑戦。チマチマと賭けて勝ったり負けたりしていたのだが、あるとき1ドルを35倍にする当たりをゲットし、なんとそのすぐ次のゲームでまた1ドルが35ドルになった。こんな幸運があるんだろうか!?
結局、合計で180ドルくらいも勝って寮に帰ってきた。数人で祝杯。一生懸命勉強した一週間がこんな形で締めくくられるとは思わなかった。
- 2003−6−7(土)の夜
昨日カジノで儲けた金をどうしようか思案中。全てをパーッと使ってしまう余裕は安月給の僕にはないが、かといって全てを生活費の足しにするのもつまらない。そんなわけで、半分をパーッと何かに使う予定。でも、何を買おう?
今日は、ゆっくり寝てて午後にも昼寝するダラダラ生活。でも夜は勉強しようと思って、飲みに行く誘いを断った。食糧を買いにクルマで出かけたついでに中華の安食堂で5ドルの夕飯。
このセントルイスという街はかなりsegregated(黒人と白人が別々の地区に住んでるということ)した街だとは聞いていたが、本当だと思った。たまたまクルマでうろうろして入ったスーパーマーケットは店員も客もほとんどが黒人だったし、夕飯を食べた中華の安食堂(持ち帰りがメインの店)では、僕が食べてる間に出入りしてた客15人ほどの全てが黒人だった。聞いた話では、街の真ん中にピシッと線が引かれてるかのように、その北は黒人、南は白人と分かれているのだそうだ。ミシガンでは僕は大学街に住んでいるので、こういう現実には慣れていない。ちょっとドギマギした。
昔はアメリカ社会は「人種のるつぼ(melting pot)」と形容されていたが、最近ではその言葉は使わないらしい。というのは、異なった人種同士が混じっているわけでなく、このように別々に住んでいたりするから。中国系移民や韓国系移民も彼ら独自の社会を形成していたりするし。日本のような国から来た僕には、アメリカのこういうところが興味深い。
- 2003−6−11(水)の夜
2週目の半分が過ぎた。だんだんベイズ統計の仕組みが分かってきた感じがする。政治学におけるデータ分析の手法に一大革命を起こそうとしているベイズ推定法であるが、まだまだ普及の始まりの始まりといった段階であり、それを使いこなして研究をできる人は少ない。さらに、その手法を教えられる政治学者は全米で10人もいないのではないか。そのうちの3人が今ここに集結して僕らをトレーニングしてくれているんだから、こんな恵まれた環境はめったにあるまい。昨日などは、1人がメインで講義してあとの2人がたまに口を挟んで補足説明したりする、超豪華オールスター講義だった。
あと、統計言語の「R」も順調に習得中。これまで愛用していたSTATAよりも遥かに柔軟な処理ができるので、今習ってるようなことを本格的にやるようになったらこれが欠かせないだろう。STATAももちろん使い続けるだろうけど(LaTeXで論文を書くようになってもまだ用途によってはWORDを使ってるのと同様)。
毎日朝9時から午後5時近くまで(昼休みが2時間半もあるが)講義を受け、さらに夜も勉強したりしてるのだが、こんな規則正しい生活をするのはかなり久しぶりだ。疲れるけど、リポビタンDを飲みながら元気を搾り出している。充実した日々であることは間違いない。
- 2003−6−14(土)の午前中
2週目が終了。Item Response Modelは非常に有用そうだけど、いまいち理解しきれなかった。この週末に復習しよう。
昨日は授業終了後にまた参加者と講師たちで飲みに行った。2次会は、都心部のほうにあるシーフードの店へ。ワニ肉のフライがあったので、試してみようといって有志3人で食べた。ワニ肉と聞いただけで顔をしかめてる人もいたが、僕は珍しいものは何でも食べてみたい人なので。実際旨かった。
屋外のテーブルで、しかも生バンドの演奏が入っていい感じ。運転だったので飲めなかったのが非常に残念だった。でも、寮に帰ってきたらラウンジでワイン飲んでる連中がいたので、大喜びで交ざった。
- 2003−6−15(日)の夜
セントルイス観光の見所の一つ、「バドワイザー」のビール工場見学に行ってきた。

さすが日曜日、観光客がたくさんいた。100人くらいでゾロゾロと工場を見て回ったり、説明のビデオを見たり。なかなか興味深かった。

ツアーの最後はビールの試飲。やはりどうもバドワイザーは僕の口に合わない。って、タダで飲んでおいて文句言っちゃ悪いが。

説明係の女の子と一緒に写真取らせてもらった(笑)。
昨夜はまたカジノに行って、ルーレットで30ドル負けた。なんかこの週末は遊んでばかりだったような…。明日からまた授業。
- 2003−6−19(木)の午後
今週は「複雑系」などについての講義を聴いているのだが、今日は「ネットワーク理論」がテーマ。世の中での友達関係のネットワークとか、インターネットでのリンクによるネットワークとか、海の中の捕食関係(何が何を食べて、何が何に食べられて、など)とか、様々なものにネットワークが見られ、社会学とかコンピューターサイエンスとか、多くの分野で研究されてるそうだ。世界中の全ての人は「知り合いの知り合いの知り合いの…」という感じで6人くらいの知り合いリンクで繋がっているという話を聞いたことがあったが、それはこの分野で研究されてる話。
講師の先生が教えてくれたことで面白かったのは、映画俳優の「共演関係」繋がりの話。AとBはどの映画で共演して、BとCはどの映画で共演して、というふうに繋げてゆくと、俳優社会というのは驚くほど狭いのだそうだ。The Oracle of Baconというウェブサイトでは、適当な俳優(女優)の名前を入力すると、その人がKevin Baconという俳優と何人の共演関係で繋がっているか調べてくれる。
例えば「チャールズ・チャップリン (Charles Chaplin)」で検索すると、
・チャップリンはMarlon Brandoと「A Countess from Hong Kong (1967)」で共演
・Marlon BrandoはColleen Campと「Hearts of Darkness (1991)」で共演
・Colleen CampはKevin Baconと「Trapped (2002)」で共演
…という経路でKevin Baconに辿りつく。面白いことに、僕がいろいろ試してみたところ、日本人の名前を入れてもだいたい3人くらいの共演者繋がりでKevin Baconに当たるのである(三船敏郎・北野武は2、石原裕次郎・勝新太郎・木村拓哉は3)。実際、4以上になることは非常に珍しいらしい。
また、野球選手版もあって、誰と誰が何年に同じチームでプレーして…、という繋がりを調べてくれる。ベーブ・ルースとバリー・ボンズは4人繋がりとか。
この「ネットワーク理論」を自分の研究に使うとは思わないけど、聞いてて面白い話だった。
- 2003−6−20(金)の午後
今日で3週目が終了。最終週になる来週は司法政治のフォーマルモデリングがテーマで、それに関心のない人の中には今日限りで去ってしまう人もいる。僕は残るけど。
寮で隣に住んでたL君も今日で出て行くので、昨夜は10人くらいでバーで飲んだ。バーの地下のカラオケになってるとこへ。ちなみに、アメリカではKARAOKEを「キャリオーキィ」と発音する。
カラオケボックスじゃなくて、大きな会場になってるところで、100人くらいも客がいてガヤガヤしてた。僕は昔はカラオケが大好きだったものだが、その後全然行かなくなったので、たぶん6〜7年ぶり。英語の歌で唄えるのは一曲しかなくて(Survivorの"Eye of the Tiger"(笑))、それを唄った。英語で唄うので最初は緊張したが、唄ってるうちにだんだんノッてきて、絶叫したり派手なステージパフォーマンスをやったりしたら会場中から大喝采(&大爆笑)を浴びた(でも、途中でシャツを脱ごうと思ったのは忘れてて実行しなかった)。唄い終わってステージから下りたら、知らない他の客からハイ・ファイブを求められたりした。持ち歌がそれで尽きたのであとは唄わなかったが、ステージの前で何十人もの客が歌に合わせて好き勝手に踊ってるような店だったので、僕もビールをガブガブ飲みながらいい気分で踊ってた。
- 2003−6−21(土)の夜
毎週金曜日は授業後に飲みに行くのが恒例。昨日は天気がよかったので、バーでちょっと飲んだ後で寮の中庭に場所を変えて、食べ物飲み物をいろいろ買ってきてワイワイやった。僕は5リットルのミニ樽のビールを買ってきてみんなに振る舞った。

樽から直接ビールを飲む僕。カラオケでの大暴れといい、僕は完全にこういう役にはまってしまった。っていうか、どこに行っても僕はこういうキャラクターになってしまう。
今日は、セントルイスのシンボルである、巨大アーチを見に行ってきた。

このアーチは高さ192メートルで、1965年に完成した。合衆国の西部開拓を記念して建てられたもので、「ゲートウェイ・アーチ」という名前になっている。
最上部は非常に狭い展望台になっていて、狭いカプセルに入って4分間カタカタ揺られて上まで行く仕組み。

展望台からの眺め。左手にあるのが、セントルイス・カージナルスの球場。
これでセントルイスの観光地はだいたい見たかな?さて、昼間遊んだ分、夜は勉強しよう…。
- 2003−6−23(月)の夜
いよいよ最終週のスタート。もう、参加者のほとんどが、顔を合わせる度に「疲れた」とか「あと○日で帰れる…」とか言い合ってるような状態。僕も今日はなぜか非常に疲れてて、授業の終わり頃には腹のあたりが気持ち悪くなってた。
今週も、講義中に使用される数学の程度が高く、いきなり初日からチンプンカンプンになってしまった。僕の微分の知識はまったくの独学で、本当に初歩のレベルしか分かってないことを改めて痛感した。しかし、講義中隣に座ってるD君は、「なんでこんな基礎に時間をかけるんだ」とブツブツ言ってるし…。
とりあえず、一つ一つの式の展開は分からなくても、先生が説明してることの大まかな内容だけは理解しようと思って聞いていたけど、分かったような分からないような…。ハァ。
昼休みにD君と話してて、学部時代に微分積分を勉強したことがないことを話したらビックリされた。僕は大学受験では数学は「数T」だけだったし、筑波大学時代は数学は一切取らなくてもよかったので、大学院に入るまで長い間数学とは無縁だった。その頃は、政治学の研究で数学を使うなんて思いもしなかったなー。。
僕が筑波大学を志望した理由の1つは、「一般教養」課程がなく、専門科目に絞って勉強できることだったんだけど、今になると、そのやり方の欠点も見えてきた。アメリカの大学の学部課程では普通、どの専攻であろうと割と幅広い科目を履修しなければならない。学生には嬉しくない制度だろうけど、そういうことも必要なんだろうなー。
- 2003−6−25(水)の午後【35万アクセス到達しました】
昨日は、プログラムの参加者20人ほどで、大リーグのセントルイス・カージナルスの試合を観に行った。相手はシンシナティ・レッズ。

スタンドのずっと上のほうの席だったが、たった10ドルの割にはけっこうよく試合が見えた。ビールを飲みつつ観戦。「バドワイザー」しかないのは残念だったが。
試合中、スタンドをグルリと一周してきた。
スコアボードの前で
試合は接戦になり、9回裏に2ランホームランでカージナルスが同点に追いつき、延長戦へ。なんと14回までやって、負けた。試合終了は夜11:56!その頃には客もかなり減っていて、僕も最後は凄く眠かった。座ってると寝てしまうので、立って観たり。
負けたのは残念だったが、こんな接戦が観られたのはラッキーだった。
- 2003−6−28(土)の夜
EITMは昨日で終わり、今日は愛車を9時間運転してミシガンに帰ってきた。途中、スピード違反で75ドルの切符を切られたり、滝のような激烈な雷雨の中を10分間走ったりと、いろいろあった道中だった。免許を取ってちょうど10年くらいになるが、違反で捕まったのは初めて(まあ、自分のクルマを持ったのはここ一ヶ月に過ぎないんだが)。パトカーが自分の後にピタリとついて、回転灯を盛大に回し始めたとき、「あー、やられた…」と思った。カジノで勝った金の使い道が不本意ながらこれに決まった。
話の順序は逆になるが、セントルイスを去る前にまたカラオケに行った。

今回は、"Eye of the Tiger"に加えて、Bon Joviの"Livin' On A Prayer"も唄って、また大暴れ。


客は100人以上いたが、また大喝采を浴びた。一緒に行った友達の1人もBon Joviの"You Give Love A Bad Name"を唄って、ここでも会場中が熱狂の渦と化した。あー、楽しかった。
- 2003−6−30(月)の夜
昨日は一日休養&部屋の片付けにあてて、今日からまた研究室へ。午前中は書類整理などをして、午後は前から読もうと思っていた論文、Achen (2002) "TOWARD A NEW POLITICAL METHODOLOGY"を読んだ。う〜ん、やっぱりこの世界は"EITM"の方向へ進んでいるんだな。そう、microfoundationが大事なんだ。
夕飯は馴染みの安中華食堂へ一ヶ月ぶりに。おじさんとおばさんに「どこ行ってたの!」とか言われて、セントルイスの話をしたりした。いつもの「ニラ豚炒め」を食べてまた研究室に戻った。夜は、秋学期に教える「アジアの政治」のクラスの教科書選び。どうもこれというのがなくて困る。
明日から毎朝8時起床、9時までに研究室に行くように習慣づけよう。セントルイスで毎朝9時から授業で、せっかく朝型の規則正しい生活が身についたから、それを維持するつもり。