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留学記「大学院をミシガンで」

8月 < 2003年9月 > 10月


  • 2003−9−2(火)の夜
     アメリカ政治学会参加のため、フィラデルフィアに行ってきた。といっても、自分は今回何も報告しないため、観光半分・人に会って飲み食いするのが半分、という気分の気楽な旅。
     フィラデルフィアは初めて行った街だが、まず行きたかったのは、映画「ロッキー」でトレーニング中のロッキーが駆け上がる場面で有名なフィラデルフィア美術館の石段。これは現地でも「ロッキー・ステップス」と呼ばれている。

     この写真は、近くにいた観光客にカメラを預けて、石段を走って登るところを撮ってもらったもの。写真の真ん中へんにいるのが僕。

     あと、独立宣言が採択された建物を観に行ったりもした。フィラデルフィア名物のチーズステーキサンドイッチは、そんなに旨いものでもなかった(入った店がよくなかったのかな?)

     学会は日曜日に終了。6年前に交換留学してたときのルームメートが今ワシントンDCにいて、遊びに来てくれたのでランチを一緒にした。太ったなー、とからかったら、これでも痩せたんだと言ってた。

     そのあと電車に乗って、2年ぶりのニューヨークへ。筑波大時代の先輩宅に泊めてもらって、飲んで食べてしゃべりまくった。
     昨日月曜日の午前中は、2年前の同時テロ事件の現場になった世界貿易センタービル跡地を見に行った。都会の中に、思ったよりも広い土地がポッカリと空いていた。フットボール場が19面も入るのだそうだ。

     何を作るのかは知らないが、ブルドーザーが入って工事中だった。

     そして、ニューヨークから電車3本を乗り継いでフィラデルフィア空港に戻り、そこから飛行機を2本乗り継ぎ、さらに空港からクルマを1時間15分運転してここまで帰ってきた。ニューヨークを出てから約11時間かかって、寮に到着したのはちょうど深夜零時。疲れてたけど、6時間だけ寝て起きて、今日の講義の準備。講義はまあ普通にできた。それから明後日の講義の準備を夜までかけてやって、帰ってきた。さあ、今夜は目覚しかけずに寝るぞ…。

  • 2003−9−3(水)の夜
     たぶん1年3ヶ月ぶりくらいに水泳に行ってきた。最近もちょくちょく外を走ったりはしてたのだが、走ってるとたまに腹や脚が痛くなることがあるので、やはり水泳のほうがいいかなと思い始めた。水泳は全身運動だし。
     上半身はけっこう運動不足だったので、明日はかなり筋肉痛になりそう。胸の筋肉は早くも痛くなり始めた…。

  • 2003−9−5(金)の昼前
     週2回の講義と並行して、博士論文のプロポーザル書きに取り組んでいる。来月15日までにディフェンスするように、と学部から期限をつけられているので急がざるをえない。
     先日、アドバイザーの教授と話した結果、今月15日に草稿をその教授に提出、それに修正を加えて、今月末までにあと3人のコミッティーメンバーの教授達に提出、そして来月13か14日にデフェンス、という日程に決まった。
     プロポーザルにどの程度が求められるのかは指導教授ごとにまちまちで、50ページ以上とか書かせる人もいる一方で、僕の先生は「10〜20ページ、おおまかなことを書けばいい」と言ってくれている。だからまあ大丈夫だとは思うが、なるべく良いモノを提出できるように頑張ろう。

  • 2003−9−7(日)の朝
     昨日はフットボールのラトガース大学戦をテレビ観戦。この試合が、我が大学のフットボールチーム創設以来1000試合目とのことで、それを記念して昔の校名である「ミシガン農業大学」のロゴを選手のユニフォームに着けたり、その時代のチーム名である「AGGIES」(農学生という意味)をスコアボードに表示したりして行われた。
     試合は最初は接戦だったが、2Qにうちが24点を挙げ、そのまま差を広げてゆき、44−28で圧勝した。QBスモーカーは計351ヤードのパスを投げ、2年生WRのShabaj(どうやら「シャバイ」と読むらしい)は計145ヤードのパスを受けた。ロジャース(現NFLライオンズ)の離脱で今シーズンのパスオフェンスはどうなることかと思ってたが、新星Shabajの登場はかなり期待できそう。Shabajは白人で身長が5-10(177cm…僕と同じ!)しかなく、WRとしてはけっこう珍しいタイプのようだ。
     先週の試合でウエスタンミシガン大学のラッシングを僅か計6ヤードに押さえ込んだ我がディフェンスは、この試合ではラトガースのラッシングをなんと計マイナス2ヤードで封殺した。これは凄い。
     新監督を迎えて新しいスタートを切った我がチームは、順調に開幕2連勝。BIG10の強豪と当たる前になんとか勝ち星を集めておきたいところだ。

  • 2003−9−8(月)の昼
     いよいよ博論プロポーザルがせっぱ詰まってきて、昨夜は午前3時まで研究室に篭った。でもけっこう進んだからよかった。今日は一日ずっと講義の準備に充てる予定なので、その前に論文のほうをキリのいいところまで進めておきたかった。
     今日はこれから研究室に行く。仕事がはかどったら夕方水泳に行きたいけど、行けるかどうか…。とにかく出来る限り頑張る。

  • 2003−9−10(水)の昼
     結局月曜日は忙しくて水泳に行けず、夜中まで研究室で仕事。でも昨日の夕方行った。30分くらい泳いだ後、行き付けの安中華屋で夕飯食って、また研究室に戻った。夜中の1時までかけて、明日の講義の準備を終わらせたので、今日からしばらくはまた論文の方に集中できる。

     博士論文の審査委員会には自分の学部以外の人が最低1人必要という決まりなのだが、指導教授と相談した結果、うちの大学の別の学部に所属してる政治学者の人に頼むことになった。その人には会ったことはないのだが、メールで連絡したらさっそく返事が来て、来週会って話すことになった。

  • 2003−9−12(金)の夜【38万アクセス到達しました】
     今日は、年に1〜2回しかない政治学部の院生会ミーティングがあった。僕は今年は副会長。内容は、先週あった教員会議での決定事項についての報告など。今年度は3人も新しい教員を雇う予定らしい。そういう連絡事項を会長である後輩マイクが話すところに、僕は横から茶々を入れてみんなを笑わせたりして遊んでた。副会長ってのは一番楽な仕事かもしれない。
     そのあと、みんなで飲みに。我が政治学部御用達のバーで、喉が乾いてたのでビールをガブガブ飲んで、そのあと有志でメキシコ料理の店に行ってさらにサングリアを飲んでいい気分。そんなこんなで今日は酔っぱらったので早く帰ってきた。深夜零時前に寮に帰ったのは何日ぶりだろう??でも明朝はめちゃめちゃ早起きして研究室に行く予定。

  • 2003−9−13(土)の深夜
     昨夜は酔っぱらってなんと11時に寝たのだが、今朝は5時半に目覚めて、7時に研究室に行った。この分なら午前中にかなり仕事が捗るぞ、と意気込んでいたのだが、やっぱり眠くなって研究室で9時くらいまで寝てしまった。なんか3年くらい前にもこんなことがあった気がする。全然進歩してない自分。
     フットボールは今日はルイジアナテック戦。忙しかったので最後の部分だけテレビで観たのだが、なんと残り2秒で逆転決勝タッチダウンを許して負けてしまった。格下の相手にこれは痛い…。しかも、インターネット上で見た情報によると、試合内容もかなり悪かったらしい。う〜ん、これから去年みたいなことにならなければいいが…。来週の試合までに悪かったところを改善できるかどうか、ここがシーズンの重要な局面になりそうだ。
     博士論文のプロポーザル、今夜は11時半まで研究室に篭ってずっと書いてた。明後日までに草稿を教授に提出する約束なのだが、明日中に一通り終わらせるつもりである。徹夜とかそういう無理なことはなんとかしないで済みそう。

  • 2003−9−15(月)の朝
     阪神優勝!!!
     ついにやりました。小学校5年生のとき以来、待ちに待った優勝です。長かった…。
     さて問題はこれが前回のように一過性の強さで終わるのか、それとも球団の体質を変えて常勝チームへと変貌するのか、である。人気はあるんだから、球団経営上の収入の面では(巨人以外の)他のチームに対して有利なはずである。だからマトモな球団運営をしていく限り、これまでのようなザマはおかしいはずだ。これまでの阪神には構造的な問題があったに違いないのであって、それを解消できるかどうかが重要である。星野監督は少なくとも旧来の構造に風穴を開けたことは間違いないが、組織力学がこれから新しい均衡点へと向かうのか、それとも風穴が塞がってこれまでの構造が復活するのか、目が離せない。

     昨日は一日中研究室に篭ってプロポーザルに取り組んでいた。夕方くらいにでも終わらせる予定だったのに結局やはり長引いて、深夜3時ころに一通り書き終わり、それから読み直して推敲して、朝の4時にようやく一応完成。本当は一度寝て起きてからもう一度読み返すとかすればいいんだろうけど、もう勢いで教授に送ってしまった。さて、教授からどんなコメントが返ってくるか、かなりドキドキである。

  • 2003−9−15(月)の深夜
     指導教授に送ったプロポーザル、さっそく読んでくれたようで、今日の午後コメントをもらった。いくつか追加すべき点について言われたが、最後に「全体としてはいいプロポーザルだ」と言われたのでホッとした。先輩に、この教授は良い悪いをハッキリと言う人だと聞いてたので。

     今夜は、うちの大学の日本人学生・職員の中から募った阪神ファン9人を集めて優勝祝賀会。僕が連絡係をやってたのだが、ここ数日優勝決定が伸び伸びになっててヤキモキしていた。一次会は日本食屋に行って、キリンビールを飲んで和食を食べて、ちょっとボリュームを控え目に「六甲颪」を店内で唄ったり。その後に店の外で盛大に「六甲颪」を唄って一次会はお開き。そのあと4人で二次会・更に三次会へと移り、さんざん酔っ払って帰ってきた。なんたって小学校5年生以来の優勝だから嬉しくて仕方ない。

  • 2003−9−18(木)の朝
     図書館を歩いてたら、突然「コー!」と大声で呼ばれた。声の主は昔の教え子だった(たしか去年の秋学期)。「えーと、マークだっけ?」「いや、マットだ」と、いきなり名前を間違ってしまったが、でも「マ」で始まるところは当たった。
     握手して、元気か、夏休みはどうだった、とか話してたら、彼の右目からひたいにかけて大きな傷(たぶん20針も縫ったような)が残ってたので、どうしたのか訊いた。そうしたら、

     マット「ああ、樹から落ちたときの傷だ」
     僕「…、樹に登ってたの…?」
     マット「そうだ。酔っ払ってたんだ。でも楽しかったぜ。」
     僕「……。」

     若いって素晴らしい。

  • 2003−9−19(金)の午後
     ちょっと前に書いたように、博士論文の審査委員会に自分の学部以外の人が1人必要という決まりがある。それで、別の学部に所属している政治学者の人に頼むことにして、昨日会ってきた。
     約束の時間にオフィスに行ったら、初対面のはずなのに、「前に会ったかな?見覚えがあるぞ」とか言われた。もしかしてバスケの試合のテレビ中継だったりして…?(笑)
     博士論文の内容についての1ページの要約を見せて、口で簡単に説明したら、「自分はその分野の専門家じゃないけど」と前置きした上で、引き受けてくれることになった。あと、僕の研究について「feasible(実行可能そうな)」と言ってくれた。ふー。

     主指導教授にこのことを話したら、良かったなと言ってくれた。次は一週間以内にプロポーザルの第二草稿を提出。

  • 2003−9−20(土)の深夜
     今週のフットボールは名門ノートルダム大学と対戦。研究室近くの空き教室に忍び込んでテレビで観ていた。観ながら読もうと思って持参した本を開く間も無いほどに熱中。最後までヒヤヒヤさせられたが、なんとか22−16で勝利を飾った。格上のチームに対し、非常に大きな一勝である。先週のショックから立ち直るためにも、来週からのBIG10チームとの対戦に向けて意気を上げるためにも、この一勝は本当に必要だった。内容的には、またまた課題をたくさん発見するような試合であったが、とにかく今週は勝ったことがとにかく大きな意味を持つ。It was not a great game--but a great win!!!

  • 2003−9−21(日)の深夜
     今日は、はるばるカリフォルニアから講師を招いての、修士論文や博士論文に取り組んでる人向けの講演会に行ってきた。これは全学的な行事で、政治学部からは僕ともう1人だけしか来てなかった(これは予約制で年に何度もあり、大学院生は在学中に一度だけしか参加できない)。
     大きな論文に取りかかるときの心構え、時間を上手に使う方法、アドバイザーとの関係、などの話が3度の休憩を挟みながら4時間半も続いた。時間の使い方については、まあ実行してみようと思うものもあり、そう思わないものもあった。自分で取捨選択すればいいんだよね、きっと。
     その講師先生によると、人間の集中力は45分を過ぎると落ちてゆくので、45分を1単位にして休憩を入れつつ仕事をするべきとのこと。自分ではいい調子だと思ってても45分になったら一旦止めて休憩しろとまで言うけど、それはきっと僕の性格には合いそうにない。でも、なるほどと思ったのは、1時間後に何か予定が入ってるようなときに、「どうせ1時間では大した仕事できないから」と言ってその時間を無駄にしてしまうようなことを止めろという話。45分で十分に仕事はできるんだから、と。これは今後気をつけよう。あと、その日の仕事予定は前日の夜に立てろ、という話もなるほどと思った。
     まあ、そこそこにためになった講演だった。

     小泉首相続投に関する人事。「山崎副総裁・安倍幹事長」というのは、王手飛車取りのような凄い手だと思って舌を巻いた。次に「高村外相」で王手角取りか、更に想像の上を行く手を出してくるのか、とドキドキしてたけど、川口外相留任にはハッキリ言って失望の極み。ドッ白け。は〜〜。屁が出る。ぷー。

  • 2003−9−23(火)の夜
     博士論文のプロポーザル、先週教授にもらったコメントに従って加筆・修正して、今朝は大学の「ライティング・センター」に持って行って英文を添削してもらった。"a"と"the"の使い分けは未だに間違ったりするけど、それでも昔よりは格段に進歩したようだ。しかし、文法的に正しい文章を書くということと、「普通な」文章を書くということはまた違う問題であり、更にその上には「上手な」文章を書くという段階がある。精進しなきゃいかん。
     で、そうして修正したプロポーザルを午前中に教授にメールで送ったら、すぐ読んでくれたようで、午後には「もうこれでディフェンス(口頭試問)してもいい」というゴーサインをもらった。これから他の4人の教授達にプロポーザルを渡して読んでもらい、当初の予定よりちょっと早く、来月上旬にはプロポーザル・ディフェンスをすることになりそう。

     そんなわけでちょっと仕事が一段落。だから今日の夕方は水泳に行ってガシガシと泳いできた。今夜は研究室に行かず、寮の自室でノンビリすることにした。これまでしばらく忙しい日々が続いてきたので、これから1〜2週間くらい、ちょっとだけペースを落とそうかと思う(飲みの誘い大歓迎です!)。

  • 2003−9−25(木)の深夜
     大学院の同僚と、今週のフットボールの試合を観に行こうという話になって、学生席チケットを2枚手に入れるためにいろいろ探した。チケット転売とかの広告が多く載ってるウェブサイトに行って、今週のチケットを売りたい人を探して、メールで連絡。うまく2人と話がついて、どちらも$25で譲ってくれることになった(こうすれば当日ダフ屋から買うよりずっと安いはず)。
     で、その2人と今日の午前中に学内の分かりやすいところで待ち合わせてチケットの受け渡し。たまたま2人とも女の子で、1人は芸能人みたいに綺麗な人だった。でもただチケットと代金を交換しただけで別れた。まあそれはいいとして、とにかく土曜日の試合がとても楽しみ。
     明日はバレーボールの試合を観に行くし、スポーツ観戦三昧の週末になりそう。でも日曜はちゃんと仕事に充てよう。

  • 2003−9−27(土)の深夜
     昨日金曜日は、女子バレーボールの本拠地開幕戦・ペンステート大との対戦を観に行った。我がバレーチームは今季絶好調で、現在全国ランキング14位。対するペンステートは12位。互いにBIG10開幕戦となるし、大変に重要な一戦だった。
     バレーはたった$5で入れるし、コートと客席が近いのでお得なスポーツである。さらに、昨日は最終セットのデュースまでもつれ込む大接戦になった。両チーム死力を尽くした熱闘の末、敗北。試合終了後、1人の選手が涙に崩れ、それを他の選手が慰める姿には、こっちももらい泣きしそうになった。
     そのあと、一緒に観に行った8人でバーに行って、残念会と称した飲み会。

     で、今日はフットボールのアイオワ大学戦。僕は今シーズン初めて、スタジアムに観戦に行った。大学院の同僚と一緒に行ったら、別の同僚も奥さんと一緒に来てたので、4人で並んで座った(学生セクションは先着順に好きな席を取れる)。僕はその4人の端にいたのだが、反対側の隣に来た知らない人が、ウィスキーを隠し持って来てて、ちょっと分けてくれた。彼は数学科の院生だそうだ。スタジアム内は禁酒なので、僕は入場前に景気付けのためにビールとテキーラを飲んできてたのだが、更にウィスキーも入って、幸せな気分。
     試合は、開始早々から我がスパルタンが格上のアイオワに対して猛攻を加え、最初の10分ほどで14−0の差をつけた。そこからはオフェンスがうまく機能しなくなったが、ディフェンスの活躍で逃げ切りに成功、20−10で勝利!!全国ランク13位の強豪アイオワを破ったことで、観客席は大変な盛り上がりだった。僕も最高の気分。喉がかれるほど応援した甲斐があった。新監督就任一年目で、しかも去年よりメンバー的には戦力ダウンしてるはずなのに、いきなりこれで4勝1敗のスタートである。今後の試合も非常に楽しみになった。

  • 2003−9−29(月)の昼
     プロポーザルディフェンスの日程が10月10日(金)の午後3時に決定。

     6年前、僕はニューヨーク州北部の大学へ交換留学に行っていて、そのときに政治学のクラスを習った2人の教授に、大学院に入るときに推薦状を書いてもらったりしてお世話になって、それからもたまに連絡してるのだが、そのうちの1人は僕と同じ比較政治学専攻で、前にメールしたときに「研究のことについてもっと聞かせろ」と言われてたので、先日、博論のプロポーザルを送った。そしたら返事が返ってきて、「お前がもう博論に取りかかるとは信じ難いほどだ。お前が大学院に出願してたときが昨日のような気がする」と書いてあった。
     大学院受験してたのはもう5年も前なのだが、彼からすると昨日のようなのだろうか(でも、実はその間に彼も出世して、今ではその大学の国際教育課のディレクター、さらに大学全体のAssociate Provostをも兼務する大物になってるのだが)。
     僕からすれば、5年前は遥か昔の気がする。「昨日」だなんてとんでもない。ずっとずっと昔の気がするし、長い長い5年間だったと思う。
     この、「5年前は遥か昔で、5年間は長かった」というのが、昔とは違った感覚なのである。例えば大学生の頃はいつも、例えば大学2年生になったとき、「1年前は遥か昔の気がするが、この1年間は速く過ぎた」というふうに思っていた。つまり、過去のある点は遠く感じるが、期間と考えると速く過ぎた、という感じ。これは大学2年目が終わったときも同様で、「あっという間の2年間、でも2年前はずっと昔」と思ったものだ。
     これが変わったのは、その後に9ヶ月間の海外一人旅をしたときだった。例えば日本を出てから半年が経ったとき、「なんと長い半年だったことか…」と思った。「あっという間」という感じは全く無し。それはやはり、その一人旅の日々が恐ろしく濃いものだったからだろう。大学院の日々もそんな感じで長く感じるのだろうか?

     それにしても、20代のうちこれで半分以上をアメリカで過ごしている。来年の5月で僕は30歳になるのだが、20代の10年間(120ヶ月)のうち、アメリカで64ヶ月、日本で47ヶ月、インド3ヶ月、中国1ヶ月、その他5ヶ月という配分で過ごしてきている。多くを修行に費やした20代だったわけだが、さて、30代はどんな人生になるんだろう?(まだちょっと早いけど)


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