- 2003−11−2(日)の昼
フットボールのミシガン大学戦。20−27で負けてしまった。うちのレシーバー陣が調子悪かったし、向こうはいい試合をした。残念ながら、実力でも劣っていたし、当日の調子と勢いでも負けていた。
大学院の同僚達で集まってテレビ観戦してたのだが、僕は飲み過ぎで途中からよく覚えてなかった。気がついたらカーペットの床に寝ていて、次の試合のハーフタイムくらいになってた。
今日はこれから今シーズン初のバスケ観戦。
- 2003−11−2(日)の夜
バスケ、今日はexhibitionゲームで、相手は「ハーレム・グローブトロッターズ」という、世界中を転戦しているプロチーム。大差で勝つような試合ではショー的なプレーも見せるが、普通にやっても非常に強いチームで、現在282連勝中とのこと。元NBA選手も入ってたりして、いい選手が揃っている。さらに今日はあのマジック・ジョンソン(44歳)が加わる。うちの大学が初めて全米優勝した1979年は、当時2年生のマジックが率いたチームだったのだが、今年はそれから25シーズン目であり、記念行事がいろいろ行われた。
試合は途中まで接戦だったが、最後にはけっこうな差がついて負けてしまった。相手が強かったということもあるし、うちはいろいろな選手を試している感じだったし、エイガーが怪我で欠場していたし、まあ仕方ないといった感じか。まだ今はチーム作りの段階だから、この試合からいろいろ学んで公式戦開幕を迎えてほしい。
僕は久しぶりの顔ペイント。
(緑地に白でSの字はうちの大学のシンボル)
テレビでは、大きくは写らなかったようだが、画面の端のあたりによく出ていたようだ。

↑の画面の左上を拡大すると:
- 2003−11−3(月)の深夜
大学のEメールサーバーが今年3月頃から新しくなって、しばらくは移行期間なので僕は元のシステムを使い続けてきたが(新システムではTELNETが使えなくなるなどの不便があるので)、いよいよ今年末で旧システムのサービスが終了するということで、仕方なく新システムに移行した。この新システムは8月頃まではトラブル続きだったが、今は安定しているらしい。
新システムはSSLという規格を使ってるらしいのだが、僕が愛用しているメールソフトのBecky!はそれに対応しておらず、それもこれまで新システムに移行しなかった大きな理由だった(Outlook Expressとかは断じて使いたくない)。でも、WSTUNNELというフリーソフトを使うとSSL未対応のメーラーでもSSLのサーバーを使えるとのことで、それをやってみたらバッチリうまくいった。ホッとした。
というわけで、寮の部屋ではこれまで通りBecky!を使ってメールの送受信ができるようになった。しかし、これまで研究室からアクセスするときはよくTELNETを使ってたのだが、それがこれからは使えなくなる。何か新しい手を考えないとなー。。
- 2003−11−6(木)の夜
朝起きたらちょっとノドが痛くて、研究室に行ってからもちょっと体調が悪い感じがした。だから、午後早く寮に帰って昼寝。最近、朝3時とか4時とかに寝る日があったので(といっても、小説を読んだりパソコンをいじったりしてたせいなんだけど・笑)、疲れてたのだろうか?今日はちょっとゆっくり休もう。
大学院に入って以来、年末年始に日本に帰ったことはなかったのだが、今年は帰る予定。夏に帰れなかったこともあるし、久しぶりに日本の正月もいいかな、と。
しかし、「まだ早いだろ」とか思って飛行機の手配をしないでいたら、飛行機の席がもう埋まってしまったようで、希望の日に飛べるかどうか分からない状態になってしまった。業者の人によると、年末年始の便は10月初めには予約した方がいいのだそうだ。この時期に帰ったことがないので、そんなに早いものだとは知らなかった。
- 2003−11−8(土)の深夜
フットボール、昨年全米チャンピオンのオハイトステートとの対戦。「勝ってくれ〜」と祈りながらのテレビ観戦。先制のタッチダウンを決めたときは舞い上がったが、徐々に流れが変わってきて、23−33で敗北。2連敗だ…。
そして夕方から研究室に行って、博士論文の作業。今日は寒い日で、しかも研究室に暖房が入ってなかった。でもある程度はかどったのでよかった。
明日は日本の選挙結果に釘付けになりそう。
- 2003−11−9(日)の午後
朝からずっとインターネットで日本の選挙結果をチェック。開票が始まった頃に「民主党200議席」とか言われてたのは一体何だったんだろう?
それにしても、二桁の議席を取った党が3つだけとは、なかなか時代も変わったものだ…。
さて、共産党は今回も全300選挙区で候補を立て、すべて落選したわけであるが、この行動は、単に「金と労力の無駄」「バカ」と言って片付けられる問題ではない。というのは、共産党によって与党は大変な恩恵を受けたからである。
民主党は267選挙区で候補を立て、105勝162敗に終わったわけだが、負けた選挙区でも惜しいところまで行った候補はけっこう多かった。で、共産党に票を食われなかったら勝てた、という選挙区が非常に多かったのである。
(以下、もしかしたら計算間違いがあるかもしれません)
300小選挙区のうち、自公保3党のいずれかの候補が勝ったのは181あるのだが、仮に各選挙区で共産党候補に投票した人が全員民主党候補に投票していたら、なんと、そのうち52選挙区で民主党候補が逆転勝ちしていたのである。
そのシナリオでは、小選挙区の結果は以下のようになる(括弧内は実際の獲得議席):
民主157(105)
自民126(168)
公明 1( 9)
保守 2( 4)
なんと、この場合は与党3党の合計でも民主党に及ばないのである!
ここに、単純計算で今回の比例区獲得議席数を足してみると、
民主229 > 与党223(自民195・公明26・保守2)
ということになり、民主党は与党3党を上回るのである。
この傾向は都市部で特に強い。東京都の25選挙区は、実際には、自民12・公明1・民主12、
という結果になったのだが、もしも共産党候補への票が全て民主党候補に流れていたら、自民1・公明0・民主24、ということになっていたのである(唯一生き残る自民候補は8区の石原伸晃氏)。
もちろん、全ての共産党支持者が、共産党候補が不在だった場合に民主党に投票するとは思えないわけだが(少なからぬ人は棄権するだろうし)、それでも、現与党と民主党のどちらかの政権を選べ、と究極の選択をさせられたら、彼らのたぶん95%以上は民主党政権を選ぶのではないだろうか。それにもかかわらず、自民党政権の存続を大きく手助けしてしまった共産党支持者たち。(これは前回のアメリカ大統領選挙に似ている。緑の党から立候補したネイダー氏が民主党のゴア候補の票を食ったために、ブッシュ大統領は当選できたとされている。)
これからの選挙でも共産党が候補を立て続けるかどうか(自民党への援護射撃を続けるかどうか)が、今後の日本政治の行方を大きく左右するだろう。自民党からすれば、裏金を渡してでも続けてもらいたいに違いない。
- 2003−11−10(月)の深夜
明日の講義の準備をしてて、帰ってきたのが午前1時。ふー。
明日はインドの政治について話すのだが、その前に日本の選挙の結果についてちょっとだけ解説する予定。先週まで日本について講義していたし。また、インドで約30年前にインディラ・ガンジーが置かれた状況と、今の小泉首相の状況とを比べると、面白い対比ができそうなので、ちょうどいい。
来年4月の中西部政治学会に申し込んでいた報告プロポーザルが、採用されたとの連絡が来た。ホッとした。
日本では保守新党が解党して自民へ合流とか。海部氏は自民に戻ったら居心地悪いだろうなー。
社民党はミニ政党と化した。これからはマスコミも社民党の動きや意見をいちいち報道する必要はないのではないか。自由連合のことを報道しないのと同様に。残った社民党の人々は沈みゆく泥船の乗員であり、人知れず消え去ってゆくんだろう。北朝鮮に亡命してくれても別にいいし。民主党は、イメージを大切にするならば彼らを受け入れないほうが良い。待っていればそのうち消えて無くなるんだから、気にする必要はない。
共産党も議席1桁となった。共産党は前回も今回も小選挙区では議席ゼロであり、比例区で獲得議席が20から9へと激減した。比例区での得票数でいうと、前回2000年の671万票から、今回は458万票まで落ち込んだ。なんと3分の1近くも減少している。この減少分は、もちろん支持基盤自体が縮小しているということもあるだろうが、やはりある程度の人は、「本当は共産党支持だけど、でも今回は自民・民主の対決が重要だから」ということで消極的に他党(おそらく民主党)に投票したのではないかと思う。もっと詳しいデータが手に入れば、いろいろ検証できるのだが…。
とにかく、共・社の惨敗によって、今までのような「野党3党党首会談」とか「野党3党共同で〜〜を提出」という枠組みはなくなってもおかしくない。というわけで、日本の政治は「自公民」の3党体制という感じになってきたようだ。
これからは、自公政権と野党民主党の対決という構図でしばらくは進むだろう。民主党はこれまで主に他の野党の分を食って大きくなってきたわけだが、他に野党がほぼなくなった今、ここから先は、これまでの自民党支持者を取り込まないと大きくなれない。そこで、民主党にとっては、創価学会批判に力点を置くかどうかが大きな選択となる。創価学会の影響力増大に嫌気が差して自民支持を止める有権者がどの程度でるか、民主党がその受け皿になれるかどうか、そこが注目される。
- 2003−11−11(火)の深夜
大学のアジア研究センターによる講演会を聞きに行って来た。日本人の外人への態度とか、日本国内の少数民族(在日コリアンとか)についての話。講師はカリフォルニアかどこかから招いた大学教授。
いくつか面白い話はあったけど、全体として何をいいたいのか全然分からずじまいだった。まだ話の半分くらいなのかと思ってたら突然終わってしまって、あれっ?という感じ。だいたい、OHPもスライドも使わず、ただ原稿の通りにしゃべってるだけで、下手なプレゼンテーションだなー、とずっと思ってた。
面白いと思った話の1つは、彼(アメリカ人)が初めて韓国に行ったときのこと。案内役の人が連れて行ってくれた場所が、日本による韓国侵略の記念碑ばかりで、それがなんと豊臣秀吉による侵略についての記念碑だったという。で、それらの碑はいつ建てられたのか尋ねたら、1960年代だったとか。数百年昔に受けた侵略について、現代になってから碑を建てるという感覚に、彼は大きな驚きを持ったという。僕も驚いた。凄い国だ、韓国。
- 2003−11−12(水)の夜
僕が教えてる「アジアの政治」のクラスでは、明日から韓国について扱う。僕は韓国の政治についてはある程度は知ってるけど、やはり細かいことは分からなかったりするので、韓国人の同僚2人に昨日あたりからいろいろ質問して助けてもらってる。特に、韓国ではちょうど今、政局が揺れ動いてるところなので、こういうときに講義をするのは難しい。
昨日に続いて今日も水泳へ。明日から来週頭までは行けない予定なので、今のうちに泳ぎ貯め?
- 2003−11−15(土)の深夜
フットボール、2連敗の後で迎えたウィスコンシン大学との対戦。実力的には、ここ2試合の相手よりはずっと落ちるはずの敵だったのに、うちのチームの状態がなぜか最悪で、21−56という大敗を喫した。日本人G夫妻宅で集まってテレビ観戦してたのだが、みんなでガックリくる感じのひどい敗戦だった。
いよいよ来週のペンステート戦で公式戦は終了。今年のペンステートは非常に弱いのだが、今日のような試合をしたら負けてもおかしくない。なんとか立ち直って欲しいものだ…。
- 2003−11−19(水)の昼
ふー、なんだか忙しい。教えてる「アジアの政治」のクラス、昨日は台湾について、明日はインドネシアについて。理論的なことをやってた学期前半よりも、各国別に講義する後半の方が準備に時間がかかってる。学生たちはどっちの方を楽しんでるかな?
忙しいときに限って、今しなくてもいいことをしたくなってしまう。昨夜はずっとパソコンの前に座って、LaTeXで論文を書く際に使う文献スタイルファイルをいじっていた。"apsr.bst"というファイルは、American Political Sciecne Review誌で使われてる文献リスト形式にするためのファイルなのだが、論文集のような本の中に収録されている論文を引用すると、その題名にクオーテーション・マークが付かないのである。APSR誌のスタイルではそれは必要であり、細かいことではあるが、僕は非常に気に食わなかった。それで、その"apsr.bst"のファイルをテキストエディタで開けて、中をいじって、その間違いを修正することに成功した(欲しい方はメール下さい)。もう1つ気に入らないところがあって、それも直そうとやってみたのだが、それは難し過ぎて断念。
で、気がついたら朝の3時半になってた。片付けて、寮に帰ったら4時。しかし、研究室が隣の韓国人W君は、僕が帰るときにまだ研究室にいた…。
- 2003−11−20(木)の朝
12月15日から1月6日まで、約一年半ぶりに日本に帰る。ミシガンに来て以来、冬休みに日本に帰るのはこれが初めてで、日本の正月は5年ぶりになる。
日本の食べ物がとても楽しみ。昨日実家に電話したとき、食べたいものを早くも母にリクエストしておいた。あと、5年ぶりのスキーもぜひ行きたい。逆に、日本に帰ることで嫌なのは、こっちの大学バスケ・フットボールの重要な試合をテレビ観戦できないだろうこと。これは実はけっこう痛い。
- 2003−11−20(木)の夜
今日はインドネシアの政治について講義。予定よりちょっと進んでるので、来週火曜は休講することにした。来週木曜は感謝祭でもともと休みなので、来週は授業なし。これを発表したら学生たちは大喜びしていた。僕にとっても、再来週火曜まで講義しなくていいので、明日から11連休!!最近停滞気味だった博士論文をこの間にバリバリ進めるぞ!!
- 2003−11−21(金)の夜【41万アクセス到達しました】
いよいよ待ちに待ったバスケ公式戦の開幕。
緒戦の相手は遥か格下のBucknell大学。大差で勝って当然の相手なのだが、しかし、苦しみまくった。うちのディフェンスがボロクソで、更にリバウンドは取れないし、シュートは入らない。前半のFG%がたった39%で、前半終了時に僅か1点差しかつけられなかった。後半に入っても一進一退の攻防が続き、残り4分でリードされてたりとか。最後には何とか差をつけて、64−52で勝ったものの、課題が残る試合になった。次のカンザス大学戦が4日後に迫ってる。
それにしても、Bucknellが17本のフリースローのうち16本外したのは笑った。新記録モノだろう。
- 2003−11−22(土)の午後
今日のフットボールは、公式戦の最後となる恒例のペンステート戦。オハイオステート対ミシガンの試合と、チャンネルを行ったり来たりさせながらテレビ観戦。
名門ペンステートは今年はボロボロになってるので、勝てるとは思ってたけど、うちは先週とんでもない試合をしたので、ちょっと心配もあった。でも、先週の不調が嘘のように、今日は一方的に攻めまくり、41−10で圧勝。8勝4敗の好成績で公式戦を終えた。
あとは年末のボウルゲームが残っているが、日本に帰る僕はどうせ見れないので、僕にとってはこれが今季最後の観戦になった。昨季途中、麻薬中毒で出場停止になったQBスモーカーは、苦しいリハビリを乗り越えて今季復帰し、新任のスミス監督と共に奇跡の快進撃を見せてくれた。昨季4勝8敗に終わり、シーズン前にも全く期待されていなかったチームが、一時は全国ランキングベスト10に入るなどした。その後3連敗を喫したものの、終わってみれば8勝4敗だから、上々のシーズンだったといえよう。さて、これからはバスケに集中だ。
- 2003−11−22(土)の深夜1時半
祝・アルビレックス新潟、J2優勝&J1昇格!!
選手の名前は1人も知らないけど(でも4年前に一度だけ試合を観に行ったことがある)、新潟県人としてこれは非常に嬉しい。最近は毎試合大観衆を集めているそうで、地元に根差したプロスポーツチームが新潟にできたということに、僕は大変喜んでいる。今日も観衆は4万2千人とか!だいたい、日本のプロスポーツはこれまで太平洋側の大都市にのみ集中し過ぎてたんだ。バランスのとれた国土の発展を実現するために必要なことは、やたら高速道路などを造りまくることなんかよりも、こういうスポーツ振興などを通して地方に活気をもたせることではないか?
- 2003−11−24(月)の深夜
今日は今年初めて本格的な雪になった。今年は寒くなるのが遅かったが、いよいよこの嫌な季節が始まった。まあ、避けられるものではないので、淡々と耐えるしかない。
- 2003−11−25(火)の夜
バスケ、開幕早々の大一番となる、昨年全国準優勝のカンザスとの一戦をテレビ観戦。
金曜の最悪の試合からどれだけ立ち直ってるかが注目されたが、まあまあだと思った。何より、うちの選手に気迫が感じられた。
結果は、終盤の必死の追い上げも及ばず、74−81で負け。ターンオーバーから得点を重ねられ、去年に引き続き正PG不在が弱点であることを露呈してしまった。
しかし、カンザスは予想以上にいいチームであったし、それを相手に善戦できたということは、うちもそんなに悪くないということだ。リバウンド数はカンザスを上回ったし、FG%も、テレビで観ていた感じでは低いようだったが、実際には49.0%で、カンザスの46.6%に勝っていた。
選手個人でみても、エイガーの17点(4本の3Pシュートを含む)、アンダーソンの16点はけっこう評価できる。デイヴィスの8リバウンドも。ブラウンも、まだまだ荒削りだが、才能の一端をみせてくれたし。ヒルとトーバートが不調気味だったことは不安材料であるし、デイヴィスはファウルを避けることをもっと学ばねばならない。そのへんが課題か。
辛い敗戦ではあったが、しかしチームの今後に期待を持たせてくれるいくつかの収穫も見せてくれた試合だったと言えるだろうか。
- 2003−11−26(水)の夜
夢の11連休も今日で折り返し。博士論文は難航中。
感謝祭休みで明日と明後日は授業がないので、今日の午後あたりからかなりキャンパスは静かになった。うちの大学の学部生は9割以上が州内出身なので、ほとんどは実家に帰省するんだろう。
夕方5時までが勤務時間のはずの秘書さん達も、今日は早く帰ってしまったらしく、4時半頃に学部事務室に用事で行ったら、もう閉まってた。このへんが非常にアメリカ的だ。(といっても、普段から4:45頃には閉まるんだけど)
午後、研究室でちょっとウトウトしてたら、先学期僕が教えたクラスにいた学生が「ヘイ、コー!元気か!」と突然訪ねてきた。同じ建物に用事があったついでに来てみたとのこと。彼も明日は実家に帰ってたらふく七面鳥を食べるんだとか。昔の教え子が研究室に立ち寄ってくれたり、たまにメールくれたるするととても嬉しくなる。
- 2003−11−27(木)の夜
感謝祭の祝日。でも僕は11連休の7日目になったので、焦りの気持ちのほうが強くなってきた。午前中から研究室へ。
でも夕方から、大学院の同僚・Sちゃんと映画を観に行った。ヴァージニア州出身のSちゃんは、実家が遠い上に、親に「帰省しないで博士論文書いてなさい」と言われたとかで、実家に帰らずここに残留。でも祝日に1日中研究室にいるのもねー、と2人で話してて、一緒に映画へ行くことに。
行った映画は、"The Missing"という西部開拓時代の話。前半どうも退屈で、つい寝てしまったが、後半はけっこう面白かった。
その後、今日はほとんどのレストランが閉まってたが、開いてる中華の店を見つけて、2人で夕飯食って、また研究室に帰ってきた。もうちょっと仕事して寮に帰ってきた。今日はなんだか疲れた。
- 2003−11−30(日)の午後
イラクで殺害された奥参事官が外務省のウェブサイトに連載していたという「イラク便り」を読んでみた。特に「クリスの遺志」(8/24)と「テロとの闘いとは」(11/13)の2回が重く響いた。前者に載っていた名刺の写真を見て泣いた。
イラクに自衛隊を派遣すべきかどうかという件について、日本では国論が割れているようだが、僕の意見は断然、「派遣」である。
イラクでテロを起こしている連中が望んでいることは、テロの続発によって諸外国がイラクから手を引くことに違いない。そうなった場合、イラク国内も中東地域全体も大変な混乱に陥るだろう。それは、日本の国益にも反する。また、世界中が協力しあってイラクの復興と安全回復に取り組んでいる今、日本がそれに積極的に参加しなかったら、世界の不信を買うだろう。イラクに部隊を派遣してる国は30を超えるのであり、イラク復興は国際社会の連帯による作業なのだ。経済大国である日本がどうして傍観していられようか。
テロを起こしている人々が一般のイラク人を代表していると考えるのは大変な間違いだと思う。米兵や外国人を襲撃してるのは、おそらく旧サダム政権の側の人間と、イラク国外から入ってきた過激派であろう。大多数の普通のイラク人たちは、こんなテロを苦々しく思ってるだろうと僕は想像する。イラクは教育程度の高い国だから、もしいま諸外国の兵員が撤退した場合、とんでもない混乱状態になり、最悪の場合、バース党政権が復活するかもということは、普通の人には分かっているだろう。そして、ほとんどの人たちはそれを望んでいないだろう。
実際、8月末から9月初め頃に行われたバグダッド市民1178人に対する世論調査ではこんな結果がでている。(詳細はこちら)
・「米軍が早期にイラクを撤退した場合、イラクは無政府状態に陥る」という意見について、85%が同意、11%が不同意。
・「米軍に対する攻撃は正当化できるか」という質問に対し、「全く」または「somewhat」正当化できない、とする人が64%。逆に、「全く」または「somewhat」正当化できるという人は19%。
・「米英軍のイラク侵攻以来被った困難などを考えた上でも、サダム政権を倒したことには価値があったと思うか」という質問に対して、62%が賛成、30%が反対。しかも、戦前に比べて生活状態が悪くなったという人が大多数なのに、である。(でも、最近では人々の生活状態はどんどん改善してきてるらしい)
もちろん、この調査はバグダッド市民だけに対する調査であり、別の都市では結果が異なることも十分にありうる。また、多い方が正しいというわけでももちろんない。それでも、続発するテロが、イラク人みんなの意志を表明するものでないということはこの調査結果から明らかであろう。イラクでの諸外国の兵員に対する攻撃を、第二次大戦中のフランスでのレジスタンスになぞらえる人すらいるようだが(例えば本多勝一氏)、それはとんでもない暴論だと僕は考える。
米英主導のイラク戦争については、さまざまな意見があった。しかし、その戦争は現実に実行されたのであり、それ以前に戻ることはできない。今この時点から何をするべきか、それを考える際にはイラク戦争に対する是非はとりあえず置いておくべきだろう。「だから言わんこっちゃない。ざまみろブッシュ」のような子供っぽい反応は、未来に対して何のプラスにもならない。今これから取るべき道は、テロリストを徹底的に取り締まり、イラク復興を推し進めることに違いないと考える。