- 2004−6−3(木)の夕方
いよいよあと一週間でミシガンに戻る。いつものことだけど、日本に帰ると日々の過ぎるのが速い…。ここしばらくは、博士論文の第6章にあたる部分のデータ分析をやっていて、今回の帰国中に国会図書館でコピーした資料を使っているのだが、自分が考えていたことに驚くほど一致する結果が出てきていて非常に嬉しい。あと一週間で、この章の本文をほぼ書き上げてしまいたい。(そうすれば、大学に戻って教授に会ったときにビクビクせずに済む。)
- 2004−6−4(金)の夜
年金法案を巡って国会が緊迫してるので、今日は何度も何度もニュースを見たりして落ち着かない日だった。もし生中継なんかやってたら今日は全然仕事にならなかっただろう。僕はこの年金法案については、内容もよく知らないので、別に賛成でも反対でもないんだけど、参院選を控えてこの政局がどうなるのかには興味あるし、また、日本における政党システムの変化が、国会の議事運営のあり方をも含む変化であるのかどうかについてはずっと気になっていたので、興味津々で観察している。
それにしても、新潟県選出の議員はどうして普通じゃない場面で存在感を発揮する人が多いんだろう…。
明日はJリーグのアルビレックス新潟の試合を観戦に行く予定。とても楽しみ。
- 2004−6−6(日)の昼前
昨日はサッカー観戦に行ったのだが、我らが新潟は名古屋に0−1で負けてしまった。今シーズンからJ1に昇格した新潟は、未だホームで未勝利である。もう負け癖がついてしまった感じ。負けても、せめて1点入れてくれてたら面白かっただろうけど、完封負けは本当につまらない。あー、残念。
阪神も最近ひどい不調なのでつまらない。む〜。
- 2004−6−7(月)の午前中
僕の実家がある新潟県岩船郡荒川町では昨日、合併問題を問う住民投票が行われた。僕はいま住民票がないので投票権はないが、興味深く見ていた。
この投票では、3つの意見から1つを選び、どれも過半数を取らなかったら2週間後に上位2つで決選投票をするという、全国的にも珍しいらしい方式がとられた。3つの意見とは、(1)合併せずに独自でゆく、(2)北側の5市町村と合併、(3)南側の2町村と合併、である。去年までは、2の路線で合併の準備が進められていたが、去年の町長選で、それに反対する候補が当選していた。町議会では2の意見が大勢を占めているので、町長と町議会の対立でどっちにも決まらず、結局は住民投票で決着をつけることになった。僕は住民の直接投票というモノ自体にはけっこう懐疑的なのだが、合併問題などで住民の意見が割れてるときに決着をつけるためには、やはりある程度有用な手段だと思う。
2の意見を主張するグループが街宣車をさかんに走らせたり、町長が町内全家庭に3の意見を支持する文書を送付したりして、かなり盛り上がっていた。で、結果は2が過半数を取り、1回目で決着した。(じゃあ、去年の町長選は何だったんだろう?)
僕は日本の市町村はもっと規模を大きくしたほうがいいと思ってるので、この結果に満足。あと、僕は高校時代に北の方に通学してたこともあり、そっちと合併するほうがどちらかといえば好ましいと思ってたし。
これで、村上市・荒川町・山北町・神林村・朝日村・粟島浦村の6市町村(新潟県の北端)による合併という方向にいきそうだ。ちなみに粟島浦村というのは人口数百人の離島で、椎名誠の『あやしい探検隊北へ』という小説の舞台になっている。僕は行ったことないけど、海はとにかく綺麗だとか。
で、新市名をどうするかが次の大きな問題。村上市はこの中で唯一の市で、歴史的にも城下町として地域の中心であったので、そこの住民は村上の名前を保持したいという運動をしているらしい。そんなケツの穴の小さいことを言わなきゃいいのに…。僕は「磐舟(いわふね)市」という名前を推したい。歴史の教科書にもでてくる「磐舟の柵」(7世紀に大和朝廷が北方民族対策に作った城砦)が、正確な場所は未だに特定されていないものの、このあたりにあったらしいので。
- 2004−6−7(月)の夜
あと3日で再渡米。今日は携帯電話を解約したりとか、いろいろ用事に走り回った。今日から新潟県は梅雨入りしたが、ちょうどいい時期に日本を去る〜〜(笑)。
今朝はNBAファイナルのピストンズ対レイカーズの第一戦をテレビ観戦。大学バスケを観るのに慣れた僕には、プロの試合はどうも緊迫感もスピード感も熱血度も白熱度も足りないのでつまらないのだが、やはり地元のピストンズが大嫌いなレイカーズとファイナルで対戦するとなると興味が湧く。レイカーズ有利の前評判を覆して、しかも敵地でピストンズが快勝したので、非常に満足。むふふふふ。
- 2004−6−8(火)の夜
再渡米の荷物をまとめて、スーツケースを宅配便で成田空港まで発送した。1990円。いつもこの方法を使っているのだが、こうすれば明後日の新潟から成田までの長旅も楽になる。ずっと前、まだこの手に気付く前は、駅の階段とかで苦労してスーツケースを運んだものだが、あの手間を思えば二千円は安い出費だ。
書き忘れてたけど、更新を申請していた学生ビザも無事に発行された。
荷物を送ってしまって、出発準備も一段落ついたので、また論文に取り掛かってる。第6章のデータ分析はだいたい済んだので本文を書こうとしているのだが、どうも捗らない。英文を書くスピードがかなり落ちてる。いつも思うことだけど、英文を書くのにはテンポみたいなものがあるようで、数日間集中して書きまくってるときはけっこうなスピードで進むのだが、しばらくデータ分析とかをやってて文章を書いてないとスピードが落ちる。しかも今回は一ヶ月以上も日本語社会に暮らしてるので、英語の感覚も鈍っているのだろう。
まあ、感覚とスピードを取り戻すには、もがきながらも書きまくるしかないのだ。書くべ書くべ。
- 2004−6−9(水)の夜
いよいよ明日は新潟の実家を出発してミシガンに戻る日。今日は、散髪に行ったりとか本屋に行ったりとか、いろいろ。ピストンズの惜敗にはガッカリした。
今回はけっこう長く日本に滞在したが、学会に出席して研究発表したり、国会図書館で重要な資料をコピーしたりとか、そういう成果はある程度あった。論文執筆はあまり進まなかったが、過去数回の一時帰国に比べれば、生産性の点ではまだマシだったといえるかも。あと、イカダ作りイベントは非常に楽しかった。いよいよ30歳になって、大学院生活も最終盤に入った。ここまで来たんだからちゃんと卒業&就職できるように、ラストスパートを頑張る。
- 2004−6−10(木)の夜
家を出てから25時間半かけて、大学に戻ってきた。非常に疲れた…。さあ、さっさと片付けたりして、また研究室通いの毎日に戻ろう。
ところで、この間に50万アクセスに到達!!昨年10月29日に40万突破してから約5ヶ月半で、1日平均450のペースで来ました。いつも有難うございます!!
- 2004−6−12(土)の朝
昨日は荷物の片付けをしたり、レーガン元大統領の国葬関係のテレビを見たり、買い物に行ったりとかで、全然論文の仕事をしなかった。3:30就寝で、今朝は9:00起床。時差ボケで夜なかなか眠れないならばそれを利用して夜仕事すればいいのに、ずっと寝転んで小説読んだりしてしまう自分に反省。僕はこういうときの時間の使い方が非常に甘い。
小説といえば、ちょっと前から読んでて、おととい飛行機の中で読み終わった城山三郎『官僚たちの夏』は非常に面白かった。といっても、小説としての面白さよりは、60年代という時代について、また政官関係や政策決定過程についての興味による面白さが8割だったので、誰にでも薦められる本ではないが。
- 2004−6−13(日)の深夜
近鉄とオリックスの合併話には驚いた。2リーグ/12球団制というのは子供の頃から当然のように思ってきたが、それがついに変わるんだろうか?調べてみたら、2リーグ/12球団になったのは1958年シーズンかららしい(57年シーズン後に大映が毎日と合併)。ということは、今年で47シーズン目であり、プロ野球70年の歴史の3分の2を今の形でやってきたわけだ。そう考えると、これが変わるとしたら歴史的な大変化ということになる。
一部で報道されてるように1リーグ制になるんだろうか?1リーグにすると日本シリーズがなくなるというのは確かに寂しいけど、現在の2リーグ制は、人気の差(→収入の差)があまりにも大きすぎるので、どっちにしろ無理な体制なんだと思う。ドラフトも自由獲得枠などというバカな仕組みのせいで、低人気弱小球団が有力選手を獲得して人気と実力を向上させることが難しくなっている。冷静に見ると、今の2リーグ制は異常だ。あと、公式戦での対戦チームが5種類しかないのは、やはりつまらない(アメリカ人の同僚に話したらとても驚かれた)。
例えば、1リーグにしても東西の2地区に分けて、試合数は地区内対戦を地区間対戦より多くして、各地区1位同士が日本シリーズをやるという方法はどうだろう?
あと、アメリカのプロスポーツや日本のJリーグでは地域密着の球団経営が行われているのに対し、プロ野球はそうなってないのが僕には残念だ。今は福岡と札幌にも球団があるが、僕が子供の頃は12のうちなんと10球団が東京圏と大阪圏に集中していた(パリーグは全6球団)。今でもまだ集中しすぎ。何度も書くけど、僕は故郷の新潟にJリーグチームができて、地元で熱烈に応援されていることがとても嬉しい。野球ももっと全国に分散して地元に立脚した球団経営ができないものだろうか?たしか阪神のオーナーが、チーム数は野球ファンの数によって決まるしかなくて、今はファン数に比べてチームが多すぎるから経営困難な球団が出るんだ、というようなことを言ってたが、そんな単純な話じゃないだろう。地方移転によってその地域に野球ファンが増えることは十分にありえる。だいたい、東京近郊に5チームが存在してその全部が健全経営できるわけがない。
いろんな意味で日本プロ野球のあり方には問題がある。ライバルスポーツがないときは経営努力なしでもやってこれただろうが、今はサッカーもあるし、テレビでは大リーグを観る人も増えてるそうだし、ここはかなりの危機感を持って構造改革にあたらないと、プロ野球自体が終わってしまいかねないのではないか?
- 2004−6−15(火)の夜
祝☆デトロイトピストンズNBA制覇!
今夜も圧勝。この対戦が始まる前は各所で「レイカーズ絶対有利」と言われてたのに、終わってみたら4勝1敗でしかも圧倒的な実力差を見せつけての完勝。カッカッカ、最高。今頃デトロイト市内は大騒ぎだろう。大暴動が起きなきゃいいが…。
時差ボケが治らない。昨夜は午前2時に研究室から帰ってきたのだが、結局朝の7時まで眠れなかった。で、今日は昼過ぎから研究室に行って、眠くなるたびに誰か同僚の部屋に遊びに行って喋って眠気を我慢してた。それで今日は昼寝しなかったので、今夜こそちゃんと眠れることを期待する。
- 2004−6−17(木)の午後
時差ボケを治すことの基本は、昼間は眠くても寝ないことだ。そうすると夜に眠くなる、と。でも、そうやってもおかしな時刻に目が覚めたりして(例えば昨日は午前4時半)、そのまま眠れなかったりする。で、昼間はやはり無理して起きている。
そんな無理をしていると、風邪をひきかねない。今日はなんだかセキと鼻水がでる。だから大事をとって昼寝して、午後2時に起きた。これでまた今夜は眠れなくなるのか…?
- 2004−6−18(金)の午後
選挙の際に政党が発表する「公約」とか「マニフェスト」の意味は、国によって異なる。
例えばイギリスのような国では、二大政党のうち勝った方が政権を握ることがハッキリしてるので、勝った党が選挙前に約束した通りのことを実行することを有権者は当然期待する。それにイギリスでは上院の力が非常に弱いので(上院は立法を遅らせることができるだけ)、下院で多数を握った党は、何にも縛られることなく思い通りのことを実行できる。だから、勝った方の党は、選挙で約束したことを実行しないことの言い訳ができない。政府は好きなことを何でもできる代わりに、責任の所在が明確なので、有権者を満足させられなかったら次の選挙で政権から下ろされてしまう。
それに対して大陸ヨーロッパの多くの国では、通常は連立政権が組まれる。例えばベルギーの現政権は4党による連立であり、最大の党でも下院150議席のうち25議席しか持っていない。下院に議席を持つ党は10もある。そういう国では、多くの場合は選挙が終わってから連立工作が行われ、政党間の交渉によって連立合意ができて、連立政権はそれに基づいた政権運営を行う。合意に至るまでの政党間交渉に、選挙終了から3ヶ月とか(時にはもっと)かかることも普通である。その交渉の間に、どんな政策を実行するかについてかなり詳細な合意文書が作成されて、それが完成したら政権に参加する党の党首たちが集まって正式な調印式を行ったりする。そんなわけで、各党が選挙時に宣伝した政策と、その党が参加する連立政権の政策の間に開きがでることは必然になる。そういう連立政権が常態である国では、国民もそれを普通と考えてるので、自分が投票した政党が政権入りしたとしても、その党が選挙時に宣伝したことがそっくりそのまま実行されるなどとは期待していない。また、この種の国では上院の力が強いこともあるが、上院と下院で多数党が異なる場合(日本で昔よく「ねじれ現象」と呼ばれた状況)には、どの党の政策ももちろんストレートには実現しない。更に、この種の国の議会では、議会内委員会の委員長ポストを野党にも比例配分するところも多いし、委員会の権限が強くて、野党もそれなりに政策に影響力を与えることができたりする。
この両者の違いは、どっちがより民主的かとかいう問題ではなく、有権者と政権を繋ぐ方法が異なるというだけである。イギリス的なシステムでは、下院選挙がそのまま「政権選択」になり、政権を任された政党は思い通りの政治を行える。後者のシステムでは、各政治勢力がその大きさに応じた影響力を発揮し、その影響力のせめぎ合いの結果が政府の政策となる。前者のやり方に慣れた人々には、連立型の政策決定はややこしくて密室政治的に見えるかもしれないし、後者を当然と考える人々は、前者の方法では多数派が暴走しかねないと思うだろう(といっても次回選挙までという期限付きの暴走だが)。選挙が政治システムの中で果たす機能は、前者では「政権選択」であり、後者では「各勢力の影響力の再決定」である。政党が発表する「マニフェスト」も、前者では「政権を取ったらこれをやります」という約束であるのに対し、後者では「わが党の目指すもの」的な意味合いがもっと強くなる。
【補足】もちろんこの中間の形もある。例えば、連立政権が常態の国の中には、選挙前にいくつかの政党が、予定する連立の組み合わせと統一首相候補を発表するところもある。その場合は連立政権であっても、選挙がある程度は政権選択っぽい感じになる。
と、どうしてこんなことをグダグダ書いてきたかというと、民主党が来月の参院選に向けた「マニフェスト」を発表したというニュースを聞いて非常に違和感を覚えたからである。去年の衆院選の前に民主党は「マニフェスト」を出すことを一生懸命に宣伝して、「マニフェストは国民との契約だ」「今度の選挙は政権選択だ」とかさんざん言ってたので、僕はてっきり、民主党の用語では「マニフェスト」はイギリス的な意味で、民主党がイギリス型政治システムを目指していることを際立たせるためにこれまで使われていた「公約」という言葉に換えて「マニフェスト」と言い出したのだと思っていた。
しかし、参議院選挙では政権交代が起きようがない(首相指名については衆議院の議決が優先される)のであり、今回仮に民主党が参議院の過半数を取ったとしても、約束した政策を実現できるわけじゃない。だから「政権選択のためのマニフェスト」を参院選前に出すことは意味不明だ。従来の公約とマニフェストは異なるんだ、とこれまで宣伝していたんだから、その方向でいくならばマニフェストは衆院選だけにして、参院選や補選のときには別の呼び名での政策宣伝を行えばいいと思うのだが…。本当にイギリス式政治システムにするならば参議院は廃止される方向に向かうだろうが、そこまでいかなくても少なくとも、政権選択を基調とした政治を行うなら、政権選択は衆院選で行い、参院選は中間評価という感じにならざるをえない。
イギリス型と連立型のどっちの政治システムを目指すか、それについてはもちろん議論があるだろう。どっちにも長所と短所があるんだから。僕の好みでいうと、日本はイギリス式になったほうがいいと思うが、そう思わない人が多いことも理解する。これはどっちが正しいかとかどっちがより民主的かとかいう問題じゃなく、両者の長所と短所をどう評価するかという、好みの問題だ。
日本は戦後ずっと長い間、イギリス式でも連立式でもない政治システムでやってきた。自民党の政策に不満でも、かといって政権担当能力を持つ野党が存在しない、という状況に長い間置かれてきたので、日本人は最近までずっと「政権選択」をする機会を持たなかった。「首相公選制」という主張が出たのは、それへの不満からだったのだろう。自民党内の力関係で首相が決まるということに対して、「自分たちで首相を決めたい」という欲求から。しかし、イギリス的なシステムになったら、勝った党の党首が首相になるわけだから、選挙は政権選択と同時に首相選択となるので、その不満の多くは解消されるだろう。僕は、日本にはイギリス式システムを受け入れる土壌は十分にあるのではないかと思う。《政党がマニフェストを提示→選挙での政権選択→与党が政策を実行→次回選挙で有権者が審判&再度の政権選択》というやり方に、日本人はまだ慣れていないだけで、定着すれば多くの日本人はきっとこれを好きになると僕は思う。10年前の選挙制度改革以降、日本の政治システムは紆余曲折を経ながらもイギリス式に徐々に近づいてきているようであるが、さてこれからどうなるだろうか?
- 2004−6−19(土)の午後
映画『THE DAY AFTER TOMORROW』を観てきた。期待した通りのハチャメチャ大特撮大パニック映画で、十分に楽しめた。批評家からはさんざんの評価を受けているようだが、これを観に行く人は特に感動とか余韻とか深いメッセージなんかは期待してなくて、大スクリーンでド迫力の映像を観てスカッとしたくて行くんだから、これはこれでいいのだ。ニューヨークの街が高波に呑まれる場面を観ながら、僕は「あー、来て良かった」と思った。単純映画万歳!
日本の古本屋で買って持ってきた、椎名誠『哀愁の町に霧が降るのだ』を読み終わった。最初は読みながら「ちょっとふざけ過ぎじゃないか」と思ったが、これもやはり、これはこれでいいのだろう。まずまず面白かったし。いい加減に書いているようでいて、文章のあちこちからどことなく哀愁が漂っているのが凄いと思った。
- 2004−6−20(日)の深夜
昨日と一昨日はかなり低調だったが、今日は始動は遅かったもののそれから7〜8時間くらいじっくりと論文に取り組んだら、けっこう捗った。この調子でガンガン書いてゆけば、あと数日で第6章は書き終わりそうだ。まあ、先生からOKをもらえるかどうかは分からないんだけど…。だいたい、4月末に第3章を渡したのにまだコメントをもらえてないんだもんなぁ…。まああの人も長期出張に行ったり風邪ひいたりして大変なのは分かるけどさ。
3章と6章にOKが出たら、ようやくこの博士論文のゴールが遥かかなたに見えてくるだろう。今はまだ闇夜をただ走ってる段階。
- 2004−6−22(火)の夕方
博士論文を急いで進めねばならないのだが、それだけをやっていられるわけでもない。来月末にスタンフォード大学で開かれる学会で、M先生と一緒にやっている研究を発表する予定なのだが、それは僕の博士論文とは全く関係のないテーマである。でも、その来月の学会は小規模で有名な人が集まるので、そこで発表して目立っておけば就職活動に有利になるだろうというもくろみ。あと、M先生はその研究にとても自信があるようで、一流ジャーナルに載るほどの論文ができるぞ、と鼻息を荒くしている。
今日はその研究についてM先生とミーティング。とりあえずの仕事を指示されて、あと一ヶ月ちょっとしかないので急いで進めようということになった。さて、博論執筆との時間の兼ね合いをどうするか…。
- 2004−6−25(金)の午前中
第6章をまだ書いている。全然終わらない。一昨日になって、そのデータ分析について追加のアイデアが浮かんだので、再び統計ソフトを走らせたりしていたら、昨日になって先生から第3章のコメントが返ってきて、さらに就職活動の準備の作業もなんだかんだあって、加えて来月の学会報告のこともあり、もう頭が混乱してきた。研究室の机の上やその周りはもうとんでもなく混沌としている。
昨夜は結局朝の3時過ぎまで(だったかな?)研究室で仕事。せっかく時差ボケが回復してきていたのに、またこんなことになった。
- 2004−6−26(土)の朝
第3章について先生と話し合った結果、データ分析をやり直すことになった。変数の定義に修正の必要があるとのことで。でも全体の方向には問題なさそう(まあ、プロポーザルが承認されてるんだから当然か)。けっこう細かいところまで読んでくれて、文章の表現にまでチェックをいれてくれた。先に大学のライティングセンターで添削してもらったはずなのに、まだ"a"と"the"の使い分けで間違いをしていた。まったくこれについては、いつになったら完全に使い分けられるようになるんだろう…?昔に比べれば格段に進歩しているのは確かだが、まだまだ先は長い。
あと、イデオロギー空間について僕が深くも考えずに「左−右」の一次元尺度を使っていることに対して、「イデオロギーは左−右だけじゃない、と文句をつけられるかもしれないから、Thomassen(1999)を引用して防御しておけ」などと親切極まりないアドバイスまでもらった。この先生、忙しいときにはコメントをくれるのが遅くなるけど、親身になってくれることにかけてはとにかく素晴らしい。
でもこの先生は、この秋学期から南部の有名大学に移籍してしまうので、僕は通信教育生になってしまう。普段はEメールなどでやりとりして、僕の博士論文ディフェンスのときにははるばるミシガンまで戻ってきてくれるというわけ。
この第3章は、単独の論文としてジャーナルに投稿する予定である。あと一週間かそのくらいで完成できるかな?それまで第6章は棚上げか。
- 2004−6−26(土)の深夜
今日は、大学院同期入学の韓国人W君とのお別れだった。
彼も僕と同様にこれから就職活動に入るのだが、彼は僕より一足早く既に博士号を取得し、MSUはもう卒業し、南部の有名私立大学で1年間のポスドク職を見つけたのでこれからそこに引っ越すことになったのである。明日の朝、妻子を連れての2日間のドライブで新天地へ向かうとのこと。荷物をクルマに運ぶのをちょっと手伝ってあげたりして、握手して別れた。
彼とは研究室が隣りで、お互い深夜まで残ってることが多かったのでよく疲れたときは互いの研究室に遊びに行って雑談したりしたものだ。また、1年生の頃は彼はまだ妻子を韓国に残してきてたので、一緒に食事に行ったりたまに酒を飲んだりもした。もう5年の付き合いだ。思えば長い間彼とは苦楽を共にしてきた。
とにかく、彼ほど勤勉な人に会ったことがない。毎晩のように午前3時とか4時まで研究室に居て、家に帰って寝ると、朝7時には2人の子供たちに「お父さん遊んで〜!」と起こされるという生活をずっと続けてきたのである。よく頭痛がすると言ってて、でも「忙しいから休めない」と言ってずっと机に向かっていた。そんなに忙しいのに、質問を持って行ったりすると嫌な顔1つせずに親身になってくれた。
「凄い人」に出会ったら、「自分も負けないように頑張るぞ」と思うのが正しい反応だと思うし、僕はこれまでそうしてきたつもりだった。でも彼については、凄いし偉いと思ったが、彼の生活を見習いたいとはさすがに思わなかったし、だから彼と競おうという気にはならなかった。それは、僕の中の「熱き血潮」や「若き情熱」が減少したのだともいえるかもしれないし、そこまで凄い人が世の中にはいるということを知るほどに僕の世界が広がったのだ、ともいえるかもしれない。
- 2004−6−28(月)の昼
今日はカナダで総選挙が行われている。僕はこの選挙をけっこう注目して見ている。開票が楽しみ。各選挙区の候補者リストを見てたら、「マリファナ党」とか「マルクス・レーニン主義党」とかがけっこうたくさん候補を立てていて、面白かった。
ここアメリカでは、緑の党がデイヴィッド・コブ氏を大統領候補に選んだ。前回緑の党から立候補したラルフ・ネイダー氏は、結果的にブッシュ政権誕生の最大の功労者となったわけで、そのことを受けて今回の候補擁立を巡っては緑の党内部で激しい議論があったという(今回の党大会の様子をレポートしたワシントン・ポスト紙の記事はかなり面白くて、何度も吹き出した)。
コブ氏は、ブッシュ再選を防ぐことを最優先するために、二大政党が互角に競っている州(あまり多くない)では支持者に「良心に従って」投票するように呼びかけるという態度で、その路線を支持する党員からの支持を集め、逆に、ブッシュもケリーもどっちもダメという党員たちは、無所属で立候補するネイダー氏を推薦することを主張していた。結局、決選投票の末にコブ氏を公認することが決まったとのこと。
うちの大学の大学新聞の投書欄にも、ネイダー氏が再立候補を決めた頃から学生達のいろいろな意見が載った。「ネイダーへの投票はブッシュへの投票と同じだ」という投書に対し、「選択肢が二つしかないのがそもそも間違いなんだ」という反論が載ったりして、とても興味深かった。前回の極端な僅差の選挙で、結果的に第三党の候補がその正反対の候補の当選を助けたという事件が、アメリカ人の意識・投票行動にどんな影響を与えるのか、非常に面白い。それをネタに論文を書こうと準備してる研究者がたくさんいるに違いない(笑)。
今回の緑の党のように党内で激しい論争があるのは普通のことだと思うし、その様子が外に漏れてくるのは、むしろ健全なことだと思う。また、「党内政治」という現象に僕は研究者として非常に関心を持っている。
その意味で同様に興味深いのは、日本共産党である。
今回の参議院選挙では、沖縄選挙区で共産党は独自候補を一度は擁立決定(3月27日)しながらも、後に撤回して、民主・社民・沖縄社大党などと一緒に糸数慶子候補を推薦することにした(4月30日)。
沖縄では3年前にはこんな結果になっている:
265,821 西銘順志郎 自新(公保推薦)
245,375 照屋 寛徳 無前(民社由など推薦)
46,401 嘉陽 宗儀 共新
で、6年前はこれ:
243,488 島袋 宗康 無現(社共など推薦、公明支持)
238,330 西田健次郎 自新
(他に3人)
つまり、6年前は野党統一候補で自民を破り、3年前は野党分裂で自民に負けた、と。今回も、共産党が独自候補を立てたら自民に負けるし、野党が一緒になれば勝てる、という予測の下で政党間折衝が行われたのだろう。
きっと、共産党の支持者や活動家の中でも、「自民候補を破るのが第一」と思う人と、「自民も民主もどっちも嫌だ」という人の両方がいたことだろう(アメリカの緑の党と全く同じ状況)。党内でどんな意思決定が行われたのか、また支持者はどの程度まで党の決定に従うのか、非常に興味深い。
共産党がこの先どうなるかによって、日本の政治は大きく変わると僕は思うので、これからもっとよく観察していきたい。