- 2004−7−1(木)の昼
今朝4時ころ寮の自室で睡眠中に、火災報知機の音で目が覚めた。
ここしばらくはなかったけど、数年前、頻繁に火災報知機の誤作動またはいたずらで起こされたことがあった。またいたずらなんだろうな〜、あー眠い、と思いつつ、とりあえず部屋を出て外に避難した。
しばらくしたら、なんか焦げ臭いにおいがしてきた。消防車やパトカーが集まってきた。
結局1時間弱くらいで警報がとまって部屋に戻れたのだが、自分の部屋の外の廊下にもわずかに煙とニオイが漂っていた。他の階の様子を見に行ったら、一階の廊下は水浸し。後で分かったのだが、ゴミ箱から出火してスプリンクラーで消し止められたのだそうだ。その階の住人は警報解除後も部屋に戻ることを許されず、他の階の空いてる部屋にとりあえず入れられたとか。ここ数日は夏季授業前期の期末試験が行われてるので、今日がテストの人もいただろうに…。
- 2004−7−2(金)の深夜
嬉しいニュース!3月にジャーナルに投稿した論文(先輩との共著)が、R&Rになった。もちろん安心するには早いが、大きな一歩前進だから素直に嬉しい。研究室で飛び上がってガッツポーズした。
【業界外の方のための補足説明】 論文を学術雑誌に投稿した場合、審査員の意見次第で、掲載/R&R/却下の3種類の結果がありうる。R&RとはRevise and Resubmitの略で、修正すべき箇所が指摘されて、そこを直して再提出したら再検討してやる、というもの。要求される修正の内容は大きいことも小さいこともあるし、また再提出した論文が再度審査員に送られる場合もあれば、編集長が修正箇所をチェックして掲載許可する場合もある。今回のケースではまだ審査員の意見が僕の手元に届いていないので、どの程度の修正が求められているのかは分からない。
急いで再投稿すれば数ヶ月中には掲載が決定するかもしれない。僕は就職は日本とアメリカの両方で考えているのだが、アメリカで就職活動をする場合、ジャーナルに論文を一本載せてるかどうかで全然違う(というか、それが最大の要素らしい)から、なんとか早く掲載させたい。これが載れば、けっこう自信を持って就職活動に臨めるだろう。かなり新しい統計手法を使ってあるので、自分の統計技術の宣伝にもなるし!
- 2004−7−3(土)の深夜
ここ数日は水泳じゃなくてジョギングをしている。7月だけどまだあまり暑く、走ってて気持ちいいくらいの気候だ。
ちょっと気になって、この街の平均気温を調べてみた。7月の最高気温の平均、7月全体の平均、7月の最低気温の平均は、
28度、21度、15度(摂氏)であり、
ちなみに東京は、28度、25度、22度だ。
ついでに札幌は、20度、18度、16度である。
つまり昼間暑い時間帯の気温は東京並みで、夜や朝の涼しい時間は札幌のようらしい。一日の中で気温の変動が大きいのは、ここが内陸であるためだろう。
もう1つついでに、ニューヨークは29度、25度、21度。東京と似てる。
ついでのついで、1月の気温:
ここ −2度、−6度、−11度。
NY 4度、 1度、 −3度。
東京 9度、 5度、 1度。
札幌 −1度、−4度、 −9度。
ふっふっふ、ここが一番寒いぞ。
モスクワは−6度、−9度、−12度。ここよりも寒いけど、そんなにひどく違うわけでもないらしい。
- 2004−7−6(火)の深夜
博士論文第3章の再分析とその関連作業はまだ続いている。数日で終わるかと思ったのに、一週間以上かかってる?ただ論文に取り組む毎日。
昨夜は久しぶりに研究室で寝袋にくるまって就寝。朝4時から9時半くらいまで寝て、それからまた作業再開。今日は体力的にもけっこうキツかったが、「この山を越えれば楽になる」と自分に言い聞かせながら一日中ぶっ続けで仕事。1つでも章が完成すれば相当に気分が違うだろうと期待している。
今日は午後11時過ぎに帰宅。結局、山は越えられなかったが、近くまで来ている感じがする。っていうか、そう信じるしかない。
- 2004−7−8(木)の昼
昨日、僕が大学院3年目のときに1年間の客員研究でうちの学部に来ていたJ君が遊びに来た。当時彼とは大の仲良しで、彼が去って以来もたまに電話したり学会のときに会ってビールを飲んだりしていたのだが、この街で会うのは2年ぶり。彼は有名私立大学の院生で、最近ついに博士論文を完成させ、秋からは東部の一流大学で1年間のポスドク職につくことが決まっている。
当時彼が大好きだった店で一緒に昼飯を食って、さらに喫茶店で喋った。お互いの研究の話とか、今秋の就職活動の見通しとか、大統領選挙の話とか、いろいろ。「9月の学会でまた会おう!」と握手して別れた。
楽しい時間の後にはまた現実が待っている。研究室に戻って、再び第3章の再分析の作業。ず〜〜っとやって、また深夜になったが、「終わらせずに帰ったら、また明日この続きだ」と思って、なんとか終わらせてしまおうと、コーヒーを飲んだりしながらずっと仕事。朝3時半頃、一応完成させて帰った。
- 2004−7−9(金)の深夜
第3章の再分析はやっと完全に無事に終了。新しい結果に沿って本文や表を書き直す作業を淡々と進める。今日の夕飯は、大学院の同僚、C君とSちゃんと一緒に外食(旨いハンバーガー!)。それから2人は映画を観に行ったが、僕は研究室に戻って11時半まで論文書き。今日でかなり進んだので、明日には書き終わるだろうか。明日の夜はC君・Sちゃんと野球観戦(隣り町のマイナーリーグ球団)に行く約束になってるので、それまでに完成させて、球場で旨いビールを飲みたいものだ。
- 2004−7−11(日)の昼
第3章は書き終わり、もうちょっと推敲したらまた先生に見せる。昨日の野球観戦の予定は急に取り止めになった。その代わり、別の友達と飲みに行って、今日は二日酔い。
さて、参院選。書きたいことはいろいろあるけど、まず1つ。
社民党の福島瑞穂党首が、改選の2議席を確保する見通しになったことについて、「二大政党制の中で、よくぞ踏みとどまっていると思っている。党の立て直しに向け、足掛かりをつかんだ」と述べたという(産経新聞のウェブサイトから)。
馬鹿なことを言ってもらっちゃ困る。確かに社民党の改選議席数は2だったが、6年前の選挙では5人が当選していたのだ。そのうち3人が後に離党したことによって(その3人とも今回出馬せず引退)、改選2議席になっていた。
これが最近3回の社民党獲得議席:
・98年 選挙区1、比例4、計5。
・01年 選挙区0、比例3、計3。
・04年 選挙区0、比例2、計2。
また、選挙区での公認候補擁立数も、20→14→10と減ってきている。なんと鮮やかなまでの党勢退潮ではないか。
「共産は激減、社民は改選議席維持」なんてのはまやかしに過ぎないのだ。どっちも坂道を転がり落ちてると言って間違いない。
- 2004−7−12(月)の昼
自民党から立候補した竹中平蔵候補がどれだけ得票するかということが今回の選挙ではけっこう注目されていた。竹中氏は小泉改革のシンボル的存在だから、彼の得票が少なければ、小泉構造改革路線への不信任だ、とかいう感じに。
選挙戦中は、「50万票が分岐点」という声が多かったように思うが、結果は72万票獲得で、これは公明党の6人に続いて全候補者中7位の高得票である。前回選挙で舛添氏が獲得した158万票にはもちろん遠く及ばないが、大仁田厚(46万)、大橋巨泉(41万)、田嶋陽子(50万)、扇千景(61万)、大田昌秀(40万)の各氏を遥かに上回っている。
しかし、竹中氏のこの高得票について、選挙後はあまり報道されていないような気がする。たぶん、もし50万を下回ったりしてたら、「政権への打撃」「改革不信任」とかって大きく報道されていたんじゃないかと思う。
僕は別に、竹中氏の改革路線に特に賛成とも反対ともいうことはないが(経済には疎いので…)、まあこの結果を中立的に見れば、それなりに支持されてると考えられるんじゃないだろうか。
しかしまあ、自民の獲得議席数は、6年前に比べると選挙区で2増、比例で1増になっているわけだが、それは橋龍が退陣に追い込まれたときと比べてるからであって、3年前の小泉ブームのときに比べると選挙区で11減、比例で5減になっている。問題は、小泉ブームで当選した人々が改選を迎える2007年だ。今回は自民公明の合計で改選過半数にギリギリ達しなかったのだから、今回並みの結果が続けば、3年後には自民公明を合わせても参議院で過半数を割ることになる。そのときまでに再び何かのブームを起こせない限り、自民党は相当な危機に直面するだろう。次期衆院選も2007年までには行われるので、衆参両院の改選を睨んで、自民党にとってはこの先「小泉後」の大局的な戦略を練ることが必要になる。彼らにそれが出来るかどうかは分からない。
- 2004−7−12(月)の深夜
第3章は昨夜先生にメールで送ったので、今日から第6章の作業を再開。データ分析は終わってるので、あとは本文を書くだけで、これも近いうちに終わらせそうだ。
ちょっと興味があって、各政党が今回の参院選で没収された供託金の額を計算してみた。
| 共産党 | 1億200万円 |
| みどりの会議 | 6000万円 |
| 女性党 | 6000万円 |
| 維新政党新風 | 3600万円 |
| 自民党 | 1800万円 |
| 公明党 | 600万円 |
| 社民党 | 600万円 |
| 民主党 | 0円 |
(勘違いや計算ミスがあるかもしれません)
計2億8800万円が国庫に入ったことになる(これに加えて他に無所属候補も何人か没収されてる)。国家歳入の総額からしたら微々たるものだろうが、なんか、「ごっつぁん」と言いたくなる。これを見ると、けっこう共産党も実は国家に貢献してるんじゃないかという気もしてくる。
ちょっと意外だったんだけど、選挙区では共産も社民も全員が供託金没収ラインをクリアしているのだ(新風は全員が没収)。選挙区での供託金没収の基準はそんなに高いものじゃないらしい。
- 2004−7−15(木)の昼
研究室で疲れたとき、休憩と称して音楽を聴いたりするんだけど、昨日、サザンオールスターズの昔の歌、「お願いDJ」「思い過ごしも恋のうち」「わすれじのレイド・バック」などを聴いて、なんと素晴らしい歌だろう…、としみじみと感動。もう15年くらいも聴き続けている歌に改めて聴き惚れた。と同時に、もうサザンがこんな曲を作ることはないんだろうなぁ、と悲しい気分にも。もうサザンは僕にとって過去のバンドになってしまった。昔はあんなに好きだったのに、今は新曲が出ても聴く気が起きない。
供託金の話の続き。
今の法律では、参議院選挙の比例区に出る政党は、候補者数*600万円の供託金を払わねばならない。候補者の半分以上が当選したら全額返ってくるが、そうでない場合は、当選者数*2*600万円しか戻ってこない。
今回の共産党の場合、比例区では25人を立候補させ、4人が当選した。だから、1億5000万円納めた供託金のうち、4800万円しか返金されず、1億200万円は国庫納入になった計算になる。民主党は26人の候補者中19人が当選したので、供託金は全額が戻ってきたことになる。
どうして共産党は25人も名簿に載せたのか?もちろん、全員が当選するなどと思ってたはずはない。それに、25人の得票数を見ると上位5人は5万票以上獲得し、それ以外の20人は1万票以下(7043〜948までさまざま)になっている。5人の重点候補と、当選するはずのない20人に党の側でも分けて考えていたことは明らかだ。どうしてそういうことをするかというと、重点を置かない候補であっても、親戚や知人からの得票が望めるからである。実際、下位20人の得票数を合計すると70727票にもなっており、もしかしたらこれが結果を変えていたかもしれないわけだ。(今回の場合は、この7万票がなくても共産党の獲得議席は4で変わりはなかったが、もしも実際よりも14万票少なかったら、共産党は3議席になり代わりに民主党が20になっていた。7万票といってもバカにはできない。)
つまり、共産党は1人当たり600万円の供託金を無駄にしても、数千票の上積みを狙ったのである。同様の手法は公明党にも見られるし、公明党の場合はそのつもりで名簿に載せておいた党職員が当選してしまったそうで、ニュースにもなった。
1人600万円とか、共産党が合計で1億円以上を支払ったいうのは、庶民の感覚からは高額と思えるが、総務省による政治資金収支報告によると、2002年の共産党の総収入は334億円とのことだから、このくらいは痛くも痒くもないに違いない。逆に、社民党の収入は33億円。さすがにこれでは、1億円で数万票を買うのは苦しいだろう。
- 2004−7−17(土)の昼
月末の学会で発表するM先生との共同研究は、僕は彼に指示された作業をやるだけという感じになってるのだが、明日あたりからはかなり壮絶にコンピューターを酷使する作業が始まりそう。何日もかけてシミュレーションを走らせるとかそんな感じに。
そのための準備作業として、昨日はRからWinBugsを遠隔操作するような設定をやった。それができたらこんどはWinEdtでRのコマンドを書いて走らせられるようにも。これによって、コマンドをWinEdt上で書いて、それを実行するとRが走って、途中で自動的にWinBugsが呼び出されてベイジアン・アップデートが行われて、結果が出たらRの画面に表示されるという操作ができるようになった。指示に従って設定しただけなので、自分では何が何だか分かってないんだけど。
昨夜は、"Dodgeball: A True Underdog Story"というコメディー映画を観に行った。めちゃくちゃ面白くて笑い転げた。英語が分からなかったりして、笑うべきところで笑えなかった場面もたくさんあったが、それでも十分に面白かった。
ずっと昔、テレビの「風雲!たけし城」の番組最後のテロップで「協力:たけし城保存会」とか出ていたのを僕は世界最高レベルのギャグだと思ってきたんだけど、それに近い種類のギャグが満載の映画だった。コメディー映画を観たのは久しぶりだったが、これには大満足。
- 2004−7−19(月)の午前中
土曜の午後から日曜まで、ここから一時間ちょっとのとこにあるAnn Arbor市に行ってきた。M先生はそこに住んでいて、最近は大学にこないで家でずっと研究の作業をしている。彼よりも僕の方が時間的余裕があるので、僕がそっちまで出向いて喫茶店で待ち合わせて、研究の打ち合わせと、データファイルの受け渡しをした。メールではとても送れないほど巨大なデータを使ってるので、手渡ししたほうが手っ取り早いのである。
M先生とのミーティング自体は1時間ほどで終了。それから、ICPSRでAnn Arborに滞在してる数人の日本人の皆さんと合流して、バーで飲み会。二次会まで行って、店を出てから意味もなく1人を胴上げしたりして、酔ったままゲームセンターに行ったりして、その夜は泊めてもらって、昨日帰ってきた。夜1時すぎまでM先生との研究の作業をやった。
- 2004−7−20(火)の朝
前にも書いたけど、僕の主アドバイザーの先生は新学期から南部の有名私立大学に移籍してしまう。いま彼は引越しの真っ最中で、数日中にはここを去る予定である。昨日、彼が去る前の最後のミーティングを持った。
話題はもっぱら僕の就職活動について。過去2年くらいは不況のせいで大学の求人は非常に少なかったが、今年はけっこうよさそうだ、とのこと。僕も最近は求人情報をウェブでこまめにチェックして、申し込める大学のリストを作ってるのだが、今の時期ですでに15校くらい応募するつもりの大学がある。これからもっと増えるだろうし。
アメリカの政治学業界での就職活動は9月から本格化する。今のところ僕のリストでは、9月1日〆切が1校(カリフォルニア州の某大学)、あと9月15日〆切が5校くらい、それから10月1日とか10月15日とか。〆切までに応募書類を送って、あとは面接のお呼びがかかるのを待つことになる。
あと、日本の大学に就職するという道もある。こちらも、ウェブで公募情報をチェックする日々。
日本とアメリカのどっちにこの先住みたいか、と最近よく考える。日本だったら言葉の不自由がない分だけ生活するには楽だろうけど、でもアメリカの広々して大らかな社会もかなり気に入ってきている。日本の食べ物は魅力的だけど、アメリカのステーキとかサンドイッチとかもかなり好きだし、日本に帰ったらきっと恋しくなるだろう。日本の蒸し暑い夏は死ぬほど嫌いだし、日本に帰ったらアメリカの大学バスケがほとんど観れなくなってしまう。でも、将来的に結婚相手を見つけられる確率は日本での方が高いだろう…。
まあ、この先就職先を探しつつおいおい考えていけばいいか。それにしても、居住する国を自分で選べるというのは幸せな境遇だと思う。
- 2004−7−22(木)の午前中
第6章の本文書きは、なかなか進まない。昨日は特になぜかつっかえにつっかえて、頭をかきむしりながら書いては消してを繰り返し、午前中に書き終わろうと思ってた部分に結局夕方までかかった。それからジョギングに行って来て、夕飯を食ってまた研究室に戻ってきて、また執筆再開。普段は午後6時で止まる冷房が、昨日はなぜか深夜までずっとついてた。結局午前1:30まで書いてたが、昨日終わらせる予定の部分は終わらなかった。
- 2004−7−22(木)の深夜
学部のB先生と後輩のM君と一緒に昼飯を食いに行った。B先生は数年前に大学院を卒業したばかりの若手で、彼女の出身大学では僕の専攻に近い分野の教員を募集してるので、「応募してみなさい!」と応援された。彼女のお父さんが若い頃に軍隊勤務で日本にいたことがあるとかで、「屋根に届くほど雪が降ったって言ってたわよ」と言われ、「そんな雪の多いところに米軍基地ってあったかな?」と言ったら、「うちの父はいつも大袈裟だからね」と笑ってた。(でも、三沢基地だったのかな?)
今日は論文は一休みして、就職活動用の書類作りなどをしていた。気分転換にもなった。「自分の教育哲学」についてのエッセイを要求する大学が多いので、それを書いたり。大学院生の分際で教育哲学だなんて偉そうだけど、でも僕は5学期間も週2〜3回の講義を担当したんだから、もう教育経験はある程度あるわけだ。
今日はなんだか蒸し暑かった。ジョギングしてシャワーした後、「今ビールを飲んで昼寝したらどんなに気持ちいいことだろう!」と誘惑にかられたが、グッと我慢してまた研究室に戻った。でも今日は割と早く帰ってきた(といっても11時)。
- 2004−7−26(月)の夕方
R&Rの論文を急いで改訂して再投稿しなきゃいけないのだが、どうもそっちには気が向かない。先生にもそっちを優先しろとは言われてるんだけど、ん〜、それは分かるんだけど…、気分的にどうも乗ってこない。
そんなわけで、まだ博論第6章の執筆を続けている。これを一旦中断するよりはさっさと終わらせてしまいたいのが、R&Rの仕事に気が進まない最大の理由だと思う。
第6章は、書いてるうちにデータ分析に修正の必要を発見して、非常に焦ったけど、分析をやり直してみたらそれも成功したので、ホッとした。
今週は水曜の朝から日曜日まで学会のために出かけるので、明日までに区切りのいいとこまで仕事を進めてから出発したい。
- 2004−7−27(火)の夜
今日は珍しく早く帰ってきて、旅行準備。明日の朝早く出発して、木・金・土の3日間、スタンフォード大学で開かれる政治学方法論学会に出席して、日曜に帰ってくる。カリフォルニアに行くのは2度目だけど、友達を訪ねてサンディエゴに行った前回から6年も経ってるし、サンフランシスコのあたりに行くのは初めてだし、いろいろ楽しみ。といっても、学会中は朝から夕方までずっとセッションに参加しなきゃいけないし、終わったらすぐに帰ってきてまた論文書きなので、観光する暇がないのが残念。でも、単調な日々の中のいい気分転換になりそうだ。
この学会は往復の飛行機代を出してくれるし、大学の寮に泊めてもらえるので、まったく費用が要らないのが嬉しい。僕はM先生との共著論文を報告するんだけど、先生が全部やってくれるらしいので、たぶん僕は横に座ってるだけになりそう。その意味でも非常に気楽だ。
それでは日曜日までさようなら。