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留学記「大学院をミシガンで」

8月 < 2004年9月 > 10月


  • 2004−9−3(金)の深夜
     シカゴで開催中のアメリカ政治学会は二日目が終了。僕はいろんな人に会う約束が目白押しで、けっこう忙しい。研究発表はまだ1つも見に行ってないし、たぶん1つも行かずに終わるだろう。でもまあ、就職活動中に参加する学会はそんなもんだろう。

     僕が泊まってるホテルでは、部屋からインターネットに無料で繋げるということだったのでノートパソコン持参で来たのだが、到着したおとといはなぜか接続できなかった。ホテルの人に来てもらったり、いろいろ設定を変えてみたりしたのにダメ。でも、翌日からはなぜか普通に接続できている。わけ分からん。

     昨夜は、学会の100周年記念レセプションがあって、タダ飯タダ酒を楽しみにして行った。めちゃくちゃ広い会場でビックリ。生バンドの演奏まで入ってた。
     会場ではジーンズ姿の人もいたけど、僕は一応ちゃんとスーツを着て行った。去年の夏にセントルイスで一緒だった人に会って、「コー、どうしたの、そんなにドレスアップして?あ、そうか、就職活動中なのね?」と言われた。やはり簡単に分かるらしい。
     ちょうどそのレセプションの最中に、共和党大会でのブッシュ大統領の演説があった。会場外の通路に4台ほどテレビが設置されて、まわりに数十人の人だかりができてた。さすがに政治学者の集まりだと思った。

  • 2004−9−5(日)の昼前
     学会は今日で終了。もうすぐ後輩M君のクルマに便乗してミシガンに帰る。いろいろ有意義な4泊5日の滞在だった。大学院の先輩で、今は別の大学で教えてる人たちと何人も話して、僕がいま就職活動中だと言うとみんな"Good luck!"と言ってくれたが、1人、"Get a good job and make us proud!"(いい仕事を見つけて、俺たちにお前のことを誇りに思わせろ)と言ってくれた人がいた。確かに、今までいろんな人にお世話になってここまで来たんだから、それに報いる意味でも頑張って就職しなきゃいかん。これは自分だけの問題じゃないんだ、と思った。

  • 2004−9−6(月)の午後
     昨日の午後7時頃に帰ってきた。時差があるので1時間減って、なんだか損した気分。昨日はやはり疲れてて、片付けもそこそこに寝てしまった。
     で、今日は朝から洗濯したり、書類整理したり。僕は、どこかに出掛けてて帰ってきたときの切り替えが下手なので、今回はできるだけ早く通常の生活に戻るように頑張る。

  • 2004−9−8(水)の朝
     American Political Science Review誌の最新号が届いてたのでパラパラ見てたら、その中のSamuels論文が、いま改訂中の共著論文と僕の博論との両方に深く関わるテーマを扱ってることを発見。論文それ自体もまあそれなりに面白かったが(といっても全部読んだわけじゃない)、それよりもそこに引用されてる文献の中に知らなかったモノがいくつかあったので、それが非常に参考になった。
     ところで、APSR誌の質が下がってきてるという評判を最近よく聞くようになった。質がどうかは別にして、少なくとも載る論文の種類(顔ぶれ)は大きく変わってるような気がする。

  • 2004−9−9(木)の深夜
     共著論文の改訂作業と就職活動と、いろいろ忙しい。でも、今日は夕方頃にどうしても眠くなって、研究室で1時間くらいも昼寝してしまった。リクライニングのイスを後ろに倒すと、ちょうどいい感じに背もたれの最上部が後頭部を支える感じになるのである。
     眠いときにグッと我慢して、トイレで顔を洗ってくるとかなんとかして起きているようにすべきなのは分かるのだが、眠くて堪らないときに昼寝する気持ちよさについ負けてしまう(たまに勝つときもあるけど、あまりない)。そんなこんなで仕事が長引いて、今日も帰ってきたのは深夜過ぎ。もっと強い精神力と集中力を持ちたいものだ…。

  • 2004−9−10(金)の夕方
     就職先探しは淡々と進行中。今年は当たり年らしくて、ここ数年に比べてけっこう募集の数が多いようだ。トップ10レベルの学校なんかは僕にはもちろん逆立ちしても無理なわけだが、そういう学校が公募していると、本当に優秀な求職者たちがそのへんで就職を決めてくれるので、僕らが狙うあたりの大学の競争率も低くなる仕組みである。

     アメリカの政治学業界において、教員募集に申し込むときに必要になるのは以下のような書類である。

    [どこの学校でも要求するモノ]
    ・カバーレター……採用担当教授に宛てて、申し込む旨と自分のセールスポイントを伝える手紙。普通は1〜2ページ。応募する学校ごとにちょっとずつ内容を変える。
    ・CV……Curriculum VitaeともVitaとも呼ばれる。自分の受けた教育・自分の研究分野・業績・その他の能力などを列記する。これはとにかく重要なので、誰もが見栄えまで相当気にして作成する。印刷する紙の手触りまで。
    ・推薦状……普通は3通用意する。これは秘密書類だから、そこに何が書いてあるのかは僕には分からない。教授達から学部の秘書さんに渡されて、それを秘書さんが必要なだけコピーして封筒に入れてくれる。他の書類と一緒に送る場合もあるし、これだけ別に送る場合もある。

    [学校によっては要求されないこともあるモノ]
    ・ライティング・サンプル……自分の書いた論文(出版されたものでも、そうでないものでも)。博士論文の一部を送ることも多い。
    ・教育能力を示す書類……学生による授業評価、自分の教育哲学を書いたエッセイ、シラバスのサンプルなど。トップレベルの大学は普通はこれらを要求しない。僕の場合は、学生による授業評価が非常に良いので、これをセールスポイントにしたい。
    ・成績証明書……これを要求する学校はそんなに多くない。うちの大学では1通発行してもらうのに5ドルかかるので、これが要求されてると「グェッ」という感じ。

     で、これらの書類を揃えて郵便で送るのである。〆切は、早い大学は9月15日、遅いところは12月15日とか。どの大学も、普通は1つの職に対して3人ほどの志願者が面接に呼ばれる。採用のオファーを貰うと、年俸や教える授業の数などの条件が提示され、普通は2週間ほど考える時間がもらえるそうだ(その期間を延長してもらうように交渉することもできるらしい)。もちろん、より良い条件をもらえるように交渉することもでき、特に、2つ以上の学校からオファーをもらったら、それを利用して有利に交渉を行える(でも僕の性格的になかなかそれはできなそう・笑)

     さてさて、この先何が起きるやら。これからの数ヶ月間で僕の人生が極めて大きく左右されるに違いない。まあ、自分にできることを全部やるだけだ。いつものように、人事を尽くして天命を待つのみ。(あと、日本の大学にも申し込んでるので、そっちで決まったらさっさとそこに決めて、アメリカでの職探しはピタリと止めて祝杯を毎晩上げまくるかもしれないし〜。)

  • 2004−9−13(月)の朝
     この週末は、共著論文の作業をバリバリやろうと思ってたのだが、やはり就職活動のさまざまな仕事に忙殺されてしまった。なんとかもっとうまく時間を使うようにしないと…。

     土曜日は、フットボールのホーム開幕戦があった。先週の開幕戦では敵地でラトガース大に負けて黒星発進だったので、どうしても勝たねばならないところだった。でもまあ、相手はセントラル・ミシガン大なので、勝って当然。僕はテレビ観戦もせずに水泳に行ったり、研究室で仕事したり。最後のところだけテレビで観た。一応勝ったが、観に行った同僚の話によると、かなり悪い試合内容だったとか。さて、来週のノートルダム戦はどうなることか…。
     今年は、大学院の同僚たちでチケットを共同購入したので、僕は2試合だけ観に行く予定。来週のノートルダム戦と、来月のミネソタ戦。

  • 2004−9−14(火)の深夜
     今日は、生理学の実験バイトに行ってきた。血流の研究だそうで、脚に何かを巻きつけたり、足首を動かして何かを測ったり、下半身をMRI装置に入れたりとか、いろいろ。約2時間の拘束時間で、$50もらった。おいしい仕事だ。
     担当の研究者の人もPhD課程の学生だとのこと。生理学と政治学はもちろん非常にかけ離れた学問分野ではあるけど、データ分析による研究をするときはどの分野でもそのロジックは一緒だから、実験をされてる間に1人で、「なるほど、こうやって統制変数の影響をコントロールしてるんだな」なんて考えて面白がってた。MRIで撮った自分の脚の断層写真を見せてもらったりとか、いろいろ珍しい経験が出来てよかった。

  • 2004−9−16(木)の深夜
     スポーツの話題を2つ。
     (1)EPSNの人気番組に「College GameDay」というものがある。毎週土曜の朝10:30(東部時間)から、大学フットボールのコメンテーター3人がその週の注目試合などについて話し合うという番組だが、毎週全国のどこかの大学のキャンパスから放送するというところがその特徴である(NHKのど自慢みたい?)。会場は、その週の特に重要な試合が行われる大学の中から選ばれる。3人が話してる後ろで、その大学の学生たちが大勢集まって、旗を振ったり飛び跳ねたりの大騒ぎをするのが恒例である。それが、今週はうちの大学に来ることになったのである!本当は南部のどこかに行く予定だったのが、ハリケーンの影響で急遽変更されたとのこと。テレビに映るのが大好きな僕としては、アフロかつらをかぶってその最前列に陣取りたいところであるが、そんないい場所を取るためにはたぶん朝の5時とか6時とかから行っている必要があると思う。だからまだ未定。

     (2)バスケのシーズンも近づいてきて、僕は今年もいい席を取ろうと意気込んでいたのだが、学生席の割り当てルールが今年から大幅に変更されて、僕はその被害者になってしまった。去年までのようなコート近くの席を取るためには、まず抽選に受かって、それから2日間学内でキャンプしなきゃいけないことになった。キャンプのほうはまだいいとして(どっちにしろ去年も一昨年も売り出し前夜は野宿して並んだんだし)、抽選というのが頂けない。抽選に外れたら、2階席の1番上の席になってしまうのだが、そんなとこに座るぐらいならテレビで観たほうがマシだ。キャンプも…、冷静に考えると、僕はこっちではテントを持ってないし、2日間もキャンプしてたら仕事が相当に遅れるに違いない。それに、就職活動中のこの時期は、いつどこの大学から面接に呼ばれるか分からないから、ちょうどキャンプの日あたりで面接に呼ばれてキャンプができなかったら、やはり2階席。そんなわけで、僕のMSU最後のシーズンだというのに、今年はバスケのチケットは買わないことになりそう。あー、悲しい。

  • 2004−9−17(金)の深夜
     明日の「College GameDay」、朝5時とかに起きて行ってみようかとも思ったが、土曜の朝にそんな早起きしようという人は他に誰も見つからなかったし、1人でそこで5時間とか待つのも嫌なので、結局行かないことにした。でも明日の試合(夜7時)には行くし、一緒に行く学部の連中と試合前にバーベキュー&飲み(これをTailgatingと言う)をする予定なので、楽しい土曜日になりそう。

     今日は、年に2回だけの政治学部の院生会があって、その後で軽い飲み会。でもビール2杯だけで止めて、研究室に帰って11時頃まで仕事した。応募書類を入れる封筒のラベル印刷とか、酔っててもできる仕事もいろいろある。

  • 2004−9−19(日)の朝
     結局、「GameDay」には途中から行ってみた。ずっと後ろのほうにいたのでもちろんテレビには映らなかったが、どんなふうに放送してるのか興味あった。
     多くの学生が旗とかプラカードとかを持ってきていた。誰々の19歳の誕生日だとか、そういう個人的なプラカードを作ってきてテレビに映ろうとしている人も。僕の近くにいた人が、作ってきたプラカードの裏にも何か別のことを書きたいと言い出して、誰かペンを持ってないかと訊いてたので、貸してあげた。そうしたら彼は「POOP」(うんこ)と大きく書いた。まるで小学生だ。それを高々と掲げたら、30秒後には係の人に没収されてた。

     一緒に試合に行く学部の連中と、屋外で午後2時頃から飲み始めた。アメリカのバーベキューは日本とは違って、基本的にパンに挟んで食べるための肉を焼くのだが、昨日はソーセージを焼いて細長いパンに挟んで、ホットドッグにして食べた。これもこれで旨いが、いつかこの連中に日本式のバーベキューを試させてやりたい。
     裂きイカを持参したので、それをみんなに勧めたが、食べて顔をしかめたのが1人、食べなかったのが3人。「お前はそれを本当に旨いと思ってるのか?」と真顔で質問された。僕もそのうち酔っ払って、近くでTailgatingしていた家族連れとかに裂きイカを勧めてまわった。やはり、食べないか、食べて顔をしかめるかのどっちか。ただ、4歳くらいの子供が1人だけ気に入ってたようだった。
     昨日の試合は夜だったので、試合前の盛り上がりも凄かった。最も学生たちが狂乱するテニスコート地域にも行って見て回ってきた。あのへんはもう、あまりにも人が多いので、21歳未満の学生が飲んでいても取り締まりようがないだろう。でもその近くで1人逮捕されてるのを見た。何をしたのやら…。そのテニスコート地域に車を止めてTailgatingする場所を確保するためには、朝の4時とか場合によってはそれ以前から並ばないといけないらしい(一度やってみたいような気も…笑)
     ビールに加えて、持参した日本酒を飲んだりして、もう完璧に準備完了。6時半頃にバーベキュー道具やイスなどを研究室に片付けて、スタジアムへ向かった。スタジアム内はアルコール禁止である。僕はプラスチックのコップに日本酒を入れて、スタジアムに入る直前までそれを飲んで、入り口の脇にある大きなゴミ箱にコップを捨てて入った。

     大事な一戦だった。しかし、6ターンオーバーしては勝てない。スペシャルチームの活躍と、終盤に追い上げて最後まで諦めない姿勢を見せたことは収穫だったが、しかしこの負けはやはり痛い。これで1勝2敗。来週は敵地でのインディアナ戦だが、これは絶対に勝たねば。

  • 2004−9−20(月)の夜
     涼しくなってきたせいか、プールが前よりも混まなくなってきた。混んでるときは、1つのレーンに3人とかがひしめき合って泳いでいたが、今日なんかはレーンを独り占めして悠々と泳げた。非常にいい気持ち。
     今日は日本の某大学に送る応募書類をいろいろ書いてたのだが、やはり日本語で書いてると英語を書くよりもずっと楽だ。こればかりはどんなに長くアメリカに居ても変わらないのかなぁ。

  • 2004−9−23(木)の昼
     大逆転!
     先週書いたように、今年はバスケの学生席割り当てのルールが変更されて、僕のようにこれまでコート脇の良い席にいた人の優先権がなくなるはずだった。詳しく書くと非常に長くなるので詳細は省くけど、とにかく極めて理不尽で頭にくる変更で、僕にとってMSU最後の年になる今シーズンにチケットを買わないという、なんとも悲しいことになりそうだった。
     それが、チケット申し込み最終日の昨日、大学新聞の一面に載った記事によると、僕のような状況の人が救済されて、今年もこれまでの席を優先して確保できることになったという。僕は大喜びで、去年一緒にゲームに行ってた友達に急いで連絡し、今年も2人でチケットを買うことにした。
     その記事によると、先週新しいルールが発表されて以降、大学のスポーツ局のトップとかバスケチームの監督とか、更には大学の評議会メンバーあたりまでに、この新ルールで犠牲になる人から抗議のメールなどが殺到してたのだという。僕ももちろん新ルールの理不尽さに憤慨していたけど、チケット申し込み締め切りまでたった一週間しかなかったし、どうやってももうそのルールが変わるはずはないと諦めていた。でも、さすがアメリカ。声の大きい人が勝つ社会だ。
     さあ、今年も顔ペイントするぞ〜〜(嬉々)。

  • 2004−9−23(木)の深夜
     就職活動の書類作りに時間がかかりすぎて、ここしばらく論文の仕事がほとんど進んでいなかった。なんとか一度、「グイッと」進めないといかんと思って、昨日の夜はずっと研究室で論文書き。朝5時半に、目標としていたところまで完成したので、寮に帰って寝た。
     今日は昼過ぎに研究室に行って、再び就職活動の作業。学部のコピー室で1000枚以上コピーしたりとか。学部のコピー機を使わせてもらえるからいいけど、もしこれが自腹だったら恐ろしい。疲れてたけど夕方は水泳に行ってきた。夜もずっと研究室で就職活動の仕事。12時頃帰ってきた。

  • 2004−9−27(月)の深夜
     この週末は、某ジャーナルから依頼された査読の仕事(そのジャーナルに投稿されてきた論文を読んで批評して、掲載の価値があるかどうか判断する)をずっとやってた。まだジャーナルに一本も載せてない僕が査読の仕事をするなんて変な気もするが、僕のことを個人的に知ってる編集長からの依頼だから、僕にできる仕事だと彼は思ってるんだろう。それにしても、金曜から今日まで4日もこの仕事で潰れてしまった。

     といっても、土曜の夜は大学院の仲間のパーティーでしこたま飲んで、日曜は二日酔いで午後までゴロゴロしてたのだが。その代わり、昨夜は3時まで研究室で仕事、今朝も10時頃には研究室に行った。疲れてたけど今日も水泳してきた。自分が健康で本当によかったとつくづく思う今日この頃。

  • 2004−9−30(木)の深夜
     今夜は大統領選挙の第一回ディベートがあって、研究室近くの教室のテレビで観た。序盤はかなりつまらないと思ったけど、だんだん面白くなってきた。両者ともに、僕が思ってたよりは上手くやったと思った。司会の質問の核心(または不利な点)に直接に答えずに巧みにスリ抜ける技術とか。さて、世論調査ではどうでるかな?あまり大きな変化は起きないと僕は予想するが。

     日本でも、次回の衆議院選挙の前に自民党と民主党の両党首による一対一のテレビ対決とかやって欲しいなー。


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