- 2005−1−1(土)の朝
年越しは大学院の後輩・Sちゃん宅のパーティーで迎えた。僕が持っていった日本酒はけっこう好評だったが、魚スナックは好きな人と嫌いな人と試してみることすら拒否する人の3通りに分かれた。
そのパーティーには、大学院の連中と、Sちゃんが行ってる教会の人々の両方が来ていたので、知らない人もたくさんいたが、「お前、日本から来たのか。俺は軍隊勤務で韓国に一年住んでたんだ」とか「アメリカ人の女をどう思う?」とか、気さくに話しかけてくる人が多かった。僕も魚スナックを勧めてまわったし。大学にいると地元の普通の人々に会うことは滅多にないので、けっこう新鮮だった。
日本に留学して帰ってきたアメリカ人が、「日本人は友達をカテゴライズする」という感想を書いたのを読んだことがある。大学の友達、高校からの友達、バイトの友達、という具合に。昨夜のパーティーには、Sちゃんは学校の友達と教会の友達を両方招いたわけだが、確かにこれは日本社会ではあまりないことかも知れない。
それと似た現象で、アメリカでは学校時代の同窓会には配偶者同伴で出席することが多いそうだ。僕の感覚だと、そうすると「誰々が何年生の運動会のときに何々をして…」とかの、内輪だけに通じる思い出話がしにくくなって不都合じゃないかと思えるのだが、アメリカ人の友達に言わせると、同窓会というのは誰がどんな人と結婚したのかを見るのを楽しみに行くものなのだとか。まあ確かにそれも面白いかも。
どっちのやり方が良いとか悪いとかいうつもりはないけど、こういう文化・慣習の違いはとても興味深い。
- 2005−1−2(日)の深夜
昨日も今日も研究室へ。まだ静かだが、クリスマスの時期よりは人が増えた。
昨夜は味の素の「CookDo麻婆豆腐」を作り、半分を今日の昼の弁当にした。今夜は大学院の後輩C氏と寿司を食いに行った。ここしばらく自炊してるので、たまに奮発するかと思って17ドルの「寿司スペシャル」を食べた。味はそれなりに良かったが、日本の安い店なら同じ量を3分の1くらいの値段で食えるかと思うと複雑な気持ちだった。あと、照り焼きサーモンと寿司を頼んだC氏が、余った照り焼きソースに寿司をつけて食っていたので、それは絶対にいかんと忠告した。
夕食後また研究室に戻って、今週末の学会報告の準備をやった。ほぼ準備完了。12時半頃に帰ってきた。
今から1ヶ月くらいが、僕の就職活動の最大の正念場になる予定である。精神的にも肉体的にもかなり苦しい日々になると思うが、これまで5年半も大学院生生活をやってきたのは大学に就職するためなのだから、ここで踏ん張らずにどうするのか、って感じだ。何とかチャンスをものにするべく、死力を振り絞る覚悟だ。
- 2005−1−5(水)の夜
昨日は深夜1時まで研究室にいたけど、今日は6時半頃にもう帰ってきた。なぜならテレビでバスケ観戦するから!今日からいよいよBigTenの公式戦が開幕。
まあ心配はしていなかったけど、不調のペンステートを一方的に攻めたて、84−58で完勝。チーム状態がけっこういい感じなので、今シーズンは期待できそうだ。重要なのは、今月16日のウィスコンシン、来月1日のイリノイ、5日のアイオワ、12日のミシガン、24日のウィスコンシン、の5試合だろうか。今年はスケジュールに恵まれてるし、僕のMSU最後の年だし、なんとか悲願のBigTen優勝を果たしてもらいたい。
今週の金〜土は南部政治学会で研究報告するためにニューオーリンズへ行ってくる。冬休みに入ってからこれまで、ひたすら毎日研究室に通う単調な日々を送ってきたので、久しぶりの非日常を楽しんでこようと思う。
- 2005−1−9(日)の午後
ニューオーリンズでの学会に行ってきた。僕は「比較政党」というタイトルのパネルで発表することになっていて、同じパネルには論文がもう1つあるはずだったのだが、その人は何の連絡もないままに欠席し、結局僕の独演会みたいになってしまった。あと、討論者のはずの人も欠席したため、司会役の教授が僕の論文にコメントをくれて、あとは見に来てた人が1人コメントをくれて、それで終了。見に来た人も結局4人だけ、しかもそのうち2人は僕の後輩、という状態で、なんとも小規模のパネルになってしまった。
でも、司会の教授からはけっこう好意的なコメントをもらって、終了後に立ち話したときも、「この論文はジャーナルに投稿するんだろ?俺のとこに審査が回ってきたらいいレビューを書いてやるぜ」と言ってくれた。良かった良かった。
その夜は、友達と夜遊びに出た。ニューオーリンズは、アメリカの都市の中ではかなり珍しい、路上飲酒可という街なので、繁華街の多くの店は持ち帰り用の酒を用意してて、それらをいろいろ試しながら、繁華街を歩いて回った。金曜の夜なので街は大騒ぎで、風俗店の呼び込みとかもいろいろ面白かった。けっこう飲んで、夜中にホテルに帰って寝た。帰りの飛行機が大幅に遅れて疲れた。
- 2005−1−10(月)の深夜
祝!祝!祝!
最高に嬉しいニュースが飛び込んできた。長いこと取り組んできた、先輩との共著論文が、業界の有力誌であるComparative Political Studiesに掲載されることになった。実際に掲載される号が出版されるのは来年になるようだが、でもこの世界では掲載決定になった時点で業績に数えられるので、僕の就職活動も有利になる。何より、アメリカの有名ジャーナルに論文が載ることで、僕もアメリカでいっぱしの研究者としての地位を得ることになるので、非常に嬉しい。この世界において、査読付きジャーナルに一本載せたかどうかの違いは恐ろしく大きいのである。しかもその一本目が、政治学全体でもトップ10程度、比較政治学の専門ジャーナルではたぶんトップ3に入るCPSに載るのだから、けっこう華々しいデビューになる。
この論文にはとにかく莫大な時間と労力を費やしてきた。構想を練り始めてからはもう丸4年近い。休日のコンピューター室で24台のパソコンを占領して猛烈なデータ分析を行ったりとか(2002年7月14日の日記参照)、トップクラスのジャーナルに2回投稿して却下されたりとかもした。
去年の3月にCPSに投稿して、7月に「修正して再投稿」しろとの審査結果を受け(2004年7月2日の日記参照)、それから博士論文や就職活動と並行して再分析と書き直しを行い、先月初めに再投稿していた。「これがダメだったらもう気力が尽きる」という感じで祈るような思いで再審査結果を待っていたのだが、とうとう、ついに掲載にこぎ付けた。
といっても、喜びに浸って休んでる暇はない。明日はうちの学部で、僕のために「模擬ジョブトーク」をやってくれるのである。就職面接に行くと、その大学の教授陣を前に自分の研究を発表して質問に答える時間が必ずあって、それを「ジョブトーク」という。それに備えるために、明日はうちの学部の教授・同僚たちが僕の発表を見てくれるのだ。その準備をしていて、今夜は2時過ぎに帰ってきた。
- 2005−1−14(金)の午前中
火曜日の「模擬ジョブトーク」にはたくさんの教授・院生たちが来てくれた。多くの建設的コメントをもらって、とても有意義だった。「〜〜という質問はきっと来るぞ。それに対しては〜〜と答えたらいい」という具合に、とても親切に、みんなが僕を助けようとしてくれる。多くの人に支えられて僕は生きている。
もらったコメントに従って、分析もやり直している。あと、話す内容や順序も変えることになるし、スライドも大幅に作り直す。昨夜は3時まで研究室に篭っていた。この時期、体調管理が最優先なのは分かってるけど、やるべきことも山ほどある。気合と緊張が高まってるので、もうちょっとの無理はききそうな感じだ。
- 2005−1−18(火)の深夜
昨日は2度目の「模擬ジョブトーク」をやった。準備がなかなかできずに、結局前夜は3時間しか眠れなかった。だけどけっこうまともに発表できて、みんなに「良くなった」と言われた。2度目だけど、今回も教授陣が4人、院生仲間が7〜8人も来てくれた。これらの人たちの親切に応えるためにも、頑張って就職活動に励もう。
- 2005−1−22(土)の深夜
大雪で、一晩に30センチくらい積もった。新潟出身の僕もこれにはビックリ。しかも粉雪だ。うあー、スキーしたい。
- 2005−1−27(木)の午後
今夜は久しぶりにバスケ観戦に行ってくる。宿敵のミシガン大学を迎えての試合で、とても楽しみ。
- 2005−1−30(日)の深夜
一昨日から昨日にかけて、デトロイトのカジノに遊びにいってきた。一年半ぶりくらいのカジノで、デトロイトでは初めて。約180ドルくらい勝ってきた。
そのカジノのあたりはギリシャ人街になっていて、ギリシャ料理も食ってきた。

「マラソン」という、いかにもな名前のビールがあった。

ちょっと妙なカタチの肉を焼いていた。