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旅行記〜11ヶ国・273日の記録


■■東アジア編■■


 南太平洋の島国をまわった3ヶ月のあと、アジアに帰ってきた。台湾に着いた8月17日、空港から台北へ向かうバスの窓から見た街は、どこか日本に似て、漢字の看板がやたら懐かしかった。

 空港の観光案内所のようなところで、日本語で「安いホテルあるよ」と声をかけられ、そこで頼んだのだが、連れて行かれた先はラブホテルだった。大きなベッドに一人寝。テレビでは日本のポルノ映画の中国語字幕版をやっていた。

 そのラブホテルに2泊し、香港へ飛んだ。香港は日本を出てすぐに一度来ているので、勝手も知っている。

香港

 ケバケバしい街である。ゴミゴミし、騒々しい。泊まった宿との間に非常に腹の立つトラブルが起き、一気に香港への印象が悪くなった。信義・礼節や人間のプライドよりも金を選ぶその宿の奴等に、ヘドの出る思いがした。

 香港で中国のビザを取り、国境を越えて中国に入った。いろいろな意味で、香港からは学ぶことが多かった。好きな街では決してないが、来てよかったと思える街だった。特に、中国返還前に来れたことは貴重だと思っている。


 広州で一泊し、電車で西安に向かった。中国では英語は通じないので、切符を買うだけでも一苦労である。香港で買ったフレーズブックを使ったり、紙に書いたりしてなんとか用件を伝えた。
 広州から西安までは34時間の長旅だったが、寝台車の切符が取れず、座席で行った。朝9時に出て翌日の夜7時まで、ずっと座り通しである。しかも、リクライニングシートなどではあろうはずがなく、日本の鈍行列車のような車両だ。椅子は硬く、背もたれは垂直、ほとんど眠れなかった。しかも、通路には席のない乗客がごった返しており、暑いのに扇風機は途中で止まるし、みんなタンを吐くし、車内でケンカは絶えないし、苦しい移動だった。車内ではずっと頭が痛くて、西安に着いたときはもうフラフラだった。

西安

 ここまで移動の日が続いて疲れたので、西安ではゆっくり休養した。毎日、昼寝したり、市内をあてもなくぶらついたりしていたら、同じ宿に泊まっていた日本人の大学生に、こんなにノンビリしてる人は初めてだと言われた。そういえば、サモアの村の民宿にいたときも、ハワイから来た旅行者に、「日本人はみんなセカセカしてるのかと思ってたが、お前みたいなのもいるんだな」と驚かれたこともあった。旅は急いではつまらない、というのが僕の実感である。短期のパック旅行ならばともかく、このような長期単独旅行では、ノンビリすることこそが楽しみ方の秘訣だと思う。日本人の旅行者には、一つでも多くの観光スポットを見てまわろうと、まるでチェックポイントを探して走るオリエンテーリングのように、エッサエッサと観光に精を出す人が多いが、僕の旅行はその逆である。あてもなく街をうろついてその街の雰囲気を肌で感じ、現地の人が入るような安い食堂にふらっと入って現地のものを食べ、疲れたら休む。身体に無理をかけては楽しい旅もつまらなくなってしまう。急いでいるときに見落としていたものが、立ち止まると見えてくる。匂いが、音が、味が、人々の笑いと涙が、街の呼吸が、自然体になった自分には入ってくるのである。これこそが、旅の醍醐味だ。実際、有名な観光名所がつまらなかったことは数知れないし、それよりも、街で知り合った現地の人と話したり子供たちと遊んだりする方がずっとずっと楽しいのだ。


蘭州を流れる黄河。「黄」というよりも茶色だった。

蘭州の南、標高2200mの高地に位置する夏河はチベット人の街で、中国6大チベット寺院の一つ、ラプロン寺がある。エンジ色の衣を着たラマ僧にはあどけない子供も多い。

万里の長城の西端近くにある「懸壁長城」

炳霊寺の大仏。これなどはつまらなかった観光名所の代表。

敦煌・鳴沙山

 タクラマカン砂漠に点在するオアシス都市を、西へ西へとバスで進む。西へ行くにつれて、漢民族(中国の多数派民族=我々が普通「中国人」と呼んでいる人々のこと)が少なくなり、ウイグル人が増えていく。彼らはイスラム教徒で、顔つきも、言葉も、食べ物も違う。

トルファンの子供たち。

 中国の西部には少数民族が住み、独立運動がくすぶっているということは知っていたが、ここまで明らかに違った人々が住んでるというのは驚きだった。そして、彼らの生活レベルは漢民族に比べて、低い。話してみると、「漢民族は嫌いだ」と口をそろえて言う。日本人旅行者が漢民族と間違えられてウイグル人に殴られた話しも聞いた。

 中国政府は分離運動を封じるために漢民族の西域への入植を奨励しており、実際に、新疆ウイグル自治区における漢民族と少数民族の人口比率は大きく変化しているといわれる。さらには政府が核実験を行うのもここだ。知れば知るほど、北京政府が嫌いになっていった。


 ウイグル料理はとても旨かった。ウイグル地域の街ではどこでも夜になると街の一角に屋台街ができる。まず飲み物の店からビールを買って、飲みながら歩いて旨そうな屋台を探す。はじめはやはりシシカバブ(羊肉の串焼き)だ。ビールを片手にガンガン食べる。ビールが足りなくなったらまた買いに行く。シシカバブの次は水餃子かニンジンピラフで、最後はラーメンでしめる。食後にスイカもいい。これだけ腹一杯食べても200〜300円程度だからなんとも素晴らしい。


 中国の西の果て、カシュガルまで来ると、漢民族はほとんどみかけなくなる。

壁に落書きするカシュガルの子供。ウイグル語はアラビア文字を使う。

カシュガルの近郊の町・イエンギサルの子供たち。彼らが近所を案内してまわってくれた。

 カシュガルはとても面白く、居心地のいい街だった。ここに長居したあと、パキスタンへ向けて出発した。カラコルム山脈を越える1泊2日のバスの旅だ。6000キロの中国横断を終え、次はインド亜大陸だ。砂漠の国のあとはカレーの国。

パキスタンとの国境・フンジェラブ峠(標高5000m)


旅行記の先頭
 1、出発の記
 2、南太平洋編
 3、東アジア編
 4、南アジア編(←続きはこちら!)
「旅行の技術」


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