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■■南太平洋編■■
いったい、自分の知らないところにこんなものすごい世界があったかと思うと、大学の教室で居眠りしていた時間のことがなんとももったいなく思えてくる。この世界のことを知らずに自分の進路を決めることはできなかった、決めなくて良かった、とつくづく思った。しかもまだ日本をでて9日目、この先どんな世界を見ることができるのだろう。うれしくて、震えてきた。
オーストラリアに10日間滞在し、5月27日、飛行機でフィジーへ飛んだ。フィジーは南太平洋の島国の中でリーダー的な地位にある国である。イギリス植民時代に労働者として来たインド系移民が多く、フィジー系と半々くらいもいる。日本からのリゾート客が多く、非常に観光地ズレしていた。街を歩いていると必ず物売りがコンニチハと寄ってくる。
観光地ズレしたフィジーの姿は僕にいろいろなことを考えさせた。南太平洋の人々の南国流のノンビリした暮らしを見ようとして行ったのに、インチキ土産物屋は「ヤスイ、ヤスイ」と寄ってくるし、小さな村のおばさんまでが煙草を買ってくれ、金をくれとたかってくる。想像と現実のギャップはショックであったが、それ以上に、彼らをそう変えたのは「我々」観光客だと思うと、なんともいえない悲しい気持ちになったし、自分がここにいることに疑問すら湧いてきた。現地の人から、自分はどう見えるのだろう。外貨を落としてってくれるお客様か、それとも、貧富の差を見せつける憎き大名行列なのか。自分は金持ちのリゾート客でなく、低予算で旅するバックパッカーだ、とは思ってみても、現地の人からすれば、海外旅行できること自体が金持ちの証拠なのだ。このことはこの先、常に頭に引っかかっていた大きなテーマであった。
フィジーとはうってかわって、トンガはほとんど観光地ズレしていなかった。それに救われたものの、しかし、自分がここに来たことがここに住む人にどう影響を与えるのかと思うと、悩みは消えなかった。
7月18日、西サモアに入った。冬のはずなのに、切ないほど暑かった。さすがに暑い国に住む人々は違うもので、サモアの家には壁がない。柱と屋根だけしかないので、家の中が丸見えだ。家財道具も、昼間からおばちゃんたちがゴロゴロしているのも全て見える。防犯も何もあったものじゃないが、しかしこれほど治安のいい国はないだろう。
壁のない家に住み、暑い日々を毎日ノンビリと波の音を聞きながら暮らす人々の姿は、とても印象的だった。陳腐な言葉ではあるが、「豊かさとは何か」ということについて改めて考えさせられた。
○旅行記の先頭 1、出発の記 2、南太平洋編 3、東アジア編(←続きはこちら!) 4、南アジア編 ○「旅行の技術」 |