ニューヨークでの日本の生活

 2000年を迎え私のアメリカでの生活も早17年となってしまった。この間こちらでの日本人の生活もずいぶんと便利になってきた。
 私の住み始めた1980年代初めにはすでにマンハッタンに日本の食料品店や書店が有りそれなりに日本のものが手に入ったが品数は少なく結局色々なものを日本から送ってもらったりしたものである。日本から来る知人などに「何か欲しいものある?」と言われるとあれこれと頼むのも常だった。
 その頃に比べると今は殆ど日本のものには不自由しなくなった。食品や家庭用品はこだわりさえしなければ何でも手に入ると言っても過言ではない。日系のスーパーマーケットもあるし、最近急成長している韓国系のスーパーマーケットでも日本の食品や雑貨がかなり手に入る。普通のアメリカのスーパーマーケットでも東洋食品を扱っておりちょっとしたものはそこで間に合ったりする。実際わが家では米をアメリカのスーパーで買うことがある。日本食のレストランは山ほどある。寿司屋、焼き鳥屋、ラーメン屋、天麩羅屋、トンカツ屋、そば屋、パン屋等その内容もこのところ専門化する傾向にある。最近は何とお好み焼き屋まで出現した。カラオケボックスもはやっており今や“KARAOKE”は英語として定着しつつある。その他、美容室、医者、歯科医、自動車学校、自動車修理、眼鏡店、印刷屋、お寺、学習塾、各種学校、貸ビデオ店等々日本人を相手にした商売が成り立っている。しかし日本のどこにでもあるパチンコ屋だけは残念ながら無い。

 日本の情報は当時、土曜と日曜に2時間ほどやっていた日本語のテレビ放送から得ることができた。一週間分のダイジェストなのでニュースの臨場感は得られる物ではなかったがおおまかなことは分かった。日本の新聞は手に入ったが大体三日遅れ。自分は機会があればたまに読むといった程度だった。日本から来た人が飛行機の中でもらった当日の新聞、しかもそれがこちらでは売っていないスポーツ新聞だったりしたら実にびっくり、大喜び。「なつかしー!」とか言いながら隅から隅まで読んだ物だった。そんな状態だから日本のニュースにはつい疎くなる。日本にいればぼんやりしていても周りから入ってくる情報が自分から求めないかぎり入ってこないのである。

 流通機構の進歩により新聞は一日遅れが普通となり、ついには衛星通信版というのが登場する。これが現在の形だ。これは原板を衛星通信を通して日本から送ってきたものをそのまま米国で印刷し配達するのであるが、これなどは時差の関係(ニューヨークは日本より14時間遅れている)で翌日の日付の朝刊がこちらで夕方配達される。我々は毎日、明日の朝刊を読んでいるというSF的現象が起きている。夕方といってもこちらで午後2時頃には配られるのでその頃日本は午前4時頃。そんな時間に起きている人はあまりいないだろうからこちらの方が早く読んでいるかもしれない。
 テレビ放送も充実してきた。フジテレビが毎朝ニュース番組を放送を開始したのは画期的なことでニュースを動く映像で毎日見ることができるということは感動的な物だった。朝に1時間のニュースのほか夜も1時間ドラマやバラエティー番組などを放送している。他にNHKの番組を一日中放送する局が有り最近ではニュースが同時放送になった。例えばこちらが夕方5時に「おはようございます。7時のニュースをお伝えします。」とやるわけだ。

 しかし極め付けはインターネットである。これで日本との距離が一気に縮まった。必要なときに必要な情報を即座に得ることができるようになったのである。E-mailは一瞬で相手に届き、電話のように時差を気にすることもない。本当に便利な世の中になったものだとつくづく感じる。(3/5/2000)


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