釣り
子供のころ父親に連れられて行った東京、羽田付近でのハゼ釣りあたりが初めての釣りかもしれない。もう40年近く前になろう、あの頃の東京湾はまだまだきれいで釣ったハゼをそのまま船上で天ぷらにして食べた記憶がある。その後東京湾は開発の勢いや、工場の出す廃液などによって汚れ、魚達は沖へ追いやられていった。しかし、最近は東京湾もずいぶんときれいになり江戸前のすし屋では東京湾物を結構使っているとの話を聞く。
小学校のころは杉並に住んでいたので友達と誘い合わせては多摩川などによく行き、鮒や鯉などを釣った。その後投げ釣りに興味を示し三浦海岸などまで足を伸ばしたのが中学生のころだったと思う。それから暫くは釣りからずっと遠ざかっていた。
再開したのはニューヨークに住み始めてからである。当時(1983年ごろ)ブルックリンに住んでいた私は友達に誘われ近くの桟橋に釣りに行くことになる。桟橋からはマンハッタンや自由の女神を一望でき実によい眺めであった。そこでカレイを数枚釣り上げた。もちろん家へ持って帰って食べた。こんなに手軽に釣りができるとは思わなかったのでそれからはちょくちょくその桟橋まで足を伸ばすようになった。
ブルックリンの港から出る乗合船を知ってからはよく沖に出るようになった。港はマンハッタンから車で40分程度の距離である。こちらはさすがに金を払うだけあって殆どの場合はそれなりの釣果がある。カレイ、ヒラメ、小鯛、さば、シーバス(すずき)の他日本にはないブラックフィッシュ、ブルーフィッシュ、リングといった魚も釣れる。家からは車で3時間近くかかるが、ロングアイランドの先端まで足を伸ばせば春にはヤリイカが釣れる。魚釣りの楽しみは釣る楽しみもさることながら食べる楽しみも忘れてはならない。自分で釣った魚の味はまた格別である。たくさん釣れたときは友達を呼んでパーティーとなることもしばしば。調理のために出刃包丁や柳刃包丁も揃えた。不器用ながらも魚をおろすのがまた楽し。
ニューヨークで釣りというイメージがわかないかもしれないが実は魚の宝庫なのだ。ニューヨーク、マンハッタンは中洲のように川に囲まれており、その川の水はマンハッタンの先端でニューヨーク湾に流れ込む。ここを中心とするニューヨークの海域は入り江に富んでおり多くの魚が生息している。沖へ出ればマグロも釣れ、それを日本に輸出している業者もいるくらいだ。
こちらの人の釣りを見ていて感じるのは型にはまっていないところである。これはあらゆる分野で感じることなのだが、日本人は結果よりも型を重視し、アメリカ人は形よりも結果を重視する。釣りも同じなのである。極端にいえば日本の釣り人は判で押したように同じ格好をして同じ道具で同じえさを同じように使って釣りをしているのである。もちろんこちらでも基本というものはある。しかしそれにはあまりこだわらず好き勝手に自由にやっている。要するに釣れればよいのである。私も習ってアメリカ流にやっている。(8/31/97)