ニューヨーク・シティー・マラソン

 毎年11月に行われるニューヨーク・シティー・マラソンはスポーツと言うよりはお祭りに近い。もちろんこのマラソンは公式の大会であり、もし世界新記録が出ればちゃんと公認される。しかしトップクラスのごく一部を除き、大方の参加者は勝負よりもこのお祭り騒ぎを楽しんでいるように見受けられる。このマラソンのポリシーは誰でも参加でき最後の走者がゴールインするまで続けるというものである。18才以上であれば年齢も問われずマラソンの経験や基準タイムもない。ちなみに今年の最年長者は男子が88才、女子が80才。翌日、最後の走者がゴールインしたという。人車椅子に乗ったり、松葉杖をつきながら走る人、あるいは目の見えない人などハンディキャップを持った人達も数多く参加しているし、仮装をしたり、着ている服に色々とメッセージを書いている人達など様々。参加者の数は約3万人。アメリカ人のみならず世界100ヶ国以上から集まってくる。今回、日本人の参加は500人。そのうち約300人は旅行会社の企画したツアーで日本から参加しているという。

 昨年に引き続きこのマラソンに参加した。昨年は初参加でもあり様子が分からず下手にとばし痛い目にあったが、今年は無理をしないよう作戦を立てて臨んだ。誰でも参加できるこのマラソンだが参加するまでにはいくつかのステップがある。今回の例で説明する。参加申込書を請求すると5月頃それが送られてくる。あるいは5月の指定日にセントラルパークに取りに行く。先着順でアメリカ在住者分1万4千人がまず決まるのですぐに申し込まなくてはいけない。これは郵送に限る。その後5千人を抽選で選ぶ。それ以外の1万人は海外からの参加者のために確保される。当選すると7月頃、登録カードが送られてくる。あとは数日前にゼッケンを取りに行く。申し込んでも抽選ではずれ参加できない人も沢山いるのだが私は今年も幸いに当選した。
 前日、ゼッケンを受け取りに行った際に交付会場でアメリカ陸上界のスター、カール・ルイスが自分の著書のサイン会をしており間近で見る機会を得たが華奢な体に驚いた。

 マラソン当日の朝は早い。午前7時にニューヨーク図書館の前からスタートラインのスタッテン・アイランドへ行くバスに乗る。出発地点に到着しチェックインし、スポンサーの配給する食べ物などを飲み食いしながらスタート時刻まで時を過ごす。午前10時50分、走者一斉にスタート。と、言いたいところだが何せ約3万人いるのだから一斉にとはいかない。タイムとは無関係な我々は最後列にいるものだから、ドーンと大砲の音が鳴ってから15分くらいは人混みで身動きがとれない状態が続く。普段は車しか通れない素晴らしい形状の釣り橋、ヴェラザノ・ブリッジを先ず渡りブルックリンに入る。このマラソンはニューヨーク市の5つ地区(スタッテンアイランド、ブルックリン、クイーンズ、ブロンクス、マンハッタン)すべてを通りセントラルパークでゴールインする。

 ブルックリンには10年ほど前住んでいてその頃は観戦する側であったが、そのあたりを懐かしい思いで通過する。沿道では人々が応援してくれあちこちバンドが演奏している。クイーンズに入る手前で昔の音楽仲間にばったり出会った。彼はツーリスト関係の仕事をしており日本からのツアー連中の写真を撮っていた。一寸、立ち話をしてから先へ進んだ。地域によってある程度かたまって人種が住んでいるのでまわりの人々の様子が変わっていくのがなかなかおもしろい。時々日本人も見ていて、「頑張って!」などと声をかけてくれるのが嬉しい。クイーンズを終える頃中間地点を通過する。この中間地点を迎えるのは何ともいえないもので「半分来たぞ」と思う反面「まだ同じ距離残っているのか」と思うと、嬉しいような悲しいような複雑な気分を味わう。
 クイーンズ・ブリッジを渡るとマンハッタンに入る。細長いマンハッタン島の1番街を北へ上るのだがこれが一直線で意外に長く、後半戦に入り疲れてきたところでもありつらいところだ。1番街を上り詰めたところで橋を渡りブロンクスに入る。ブロンクスの区間は短く再び橋を渡りマンハッタンに入る。ここまでくると残すところ5分の1となり、終わりが見えてくる。5番街を下り、ハーレムを過ぎるといよいよセントラルパークに入る。セントラルパークは南北に長い巨大な公園なので意外にここからが長い。セントラルパークの外郭をほぼ半周しコロンバスサークルを回りフィニッシュラインに到着し長い一日が終わる。
 走り終えた満足感は他では味わえない格別なものである。この貴重な体験を達成する陰に大会を支える1万3千人に及ぶというボランティアの人々や2百万人もの観衆の暖かい応援があることを忘れてはならない。(11/30/96)


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