サックスを吹き始めたのは高校の頃。高校のブラスバンド部ではホルンを担当していたが当時よりジャズが好きでサックスに対する興味があったのであろう、自然と手にするようになり部活動とは別に独りで練習していた。高校を卒業した頃からアマチュアのジャズバンドなどで活動し始めいつしかキャバレーのバンドでアルバイトするまでの腕になった。そんなある日、キャバレーのバンドで世話になったサックス奏者がニューヨークへ旅立った。ニューヨークといえばジャズを志すものにとっては憧れの地である。「俺も行ってみたい」と思った。知り合いもコネもなかったらニューヨークへ行こうなどという考えは起こさなかったであろう。このチャンスを逃す手はないとニューヨーク行きの決心をした。大学3年を終えた春休み、3週間の予定でニューヨークへ旅立った。1979年のことである。これがそもそもの始まりであった。
夢のような日々があっという間に過ぎ3週間後の帰国の日は近づいていったがその時大胆にも私は「帰らない」事を決めてしまったのである。永遠にというわけではない。両親には1年間の滞在と帰国後の大学卒業を約束した。それから1年間、バイトをしながらのサックス武者修行の後、西海岸、ロサンゼルス、サンフランシスコを2カ月ほど旅をしてちゃんと3月末には日本に帰った。
しかしやっぱりそれだけでは済まなかった。帰国後大学を卒業し結局はミュージシャンとして生活するに至っていたが、どうしてもニューヨークのあの刺激が忘れられず再度渡米を決心する。1983年春、再び私はニューヨークの住人となった。この時にしたって3年をめどに帰ろうと思っていた。その後特に帰る理由もなくここに落ち着いてしまった。
長くいると人間関係もでき、仕事もぼちぼちと入ってくるのでニューヨークシーンでの音楽活動も続けている。1984年から働いている私立の日本人学校(ニューヨーク育英学園という)での仕事は好きな子ども達に囲まれ楽しくやっている。週末は釣りやキャンプ、ゴルフなど手軽にでき、場所も近いのでちょくちょく行っている。夏や冬は長い休みを取れるので海やスキー旅行に行くこともできる。アメリカは娯楽にかかる費用もそれほど高くないので気楽にバケーションも楽しめる。余暇を楽しむために仕事をするという態度が根本にあるのでアメリカ人はきっちりと休暇を取る。私も大賛成でそれに倣っている。1991年に職場の幼稚園の先生と結婚し、日本で言うところの分譲マンションを買った。こちらの不動産はまだまだ庶民の手の届く値段なので家を持つことも夢ではない。購入当時苦しかったこともあるが今の所共働きで特別家計を切り詰めることもなく余暇を楽しみながらも生活している。
要するに居心地が非常によいのである。プラス、様々な分野での刺激が常にあり自分を活性化させてくれるのでいつも前向きな姿勢でいられるのがここの魅力なのではないだろうか。(9/2/96)