久しぶりにマンハッタンにあるジャズクラブ「ビレッジ・バンガード」に行き活きのいい演奏を聞いた。数あるマンハッタンのジャズクラブの中でここは最もお勧めの場所である。有名なので観光客も多く観光バスごと乗り付ける場合もあり、入ってみたら日本人ばかりという事もあるがそんなことは気にせず、本格的なモダンジャズを聞きたいと思う人はぜひここへ行って欲しい。何がいいのかと言うと、音がいい。階段をおりて地下にあるこのクラブは、特別な音響設備を施したわけではないのだがジャズにはちょうどいい響きなのである。この音響がゆえにこれまでに数多くのジャズの巨匠達がここでのライブレコーディングを世に送り出しており、ジャズ史にのこる名盤となっているものも少なくない。壁中に張られたこの店の常連演奏家、或いはだった人の写真の他は飾り気もなく、赤い布で覆われたステージもあまりいただけたものではない。小さなテーブルと古びた椅子がぎっしりと詰め込まれ、ウェートレスがドリンクの注文を聞きに来るのもままならず、余り居心地のよいところとはいえない。しかしこの店にとってそんなものは問題ではない。「音」を売って商売をしているのだ。コマーシャルに流されずひたすら正統派モダンジャズを聞かせ続るこの店の精神は数年前に亡くなったこの店のオーナーだったマックス・ゴードンの遺志をそのまま受け継いでいる。
その夜の演奏はドラムのマービン“スミッティー”スミスのグループであった。若手で活躍中の彼のグループの面々は更に若手でこれから活躍していくだろうと思われるメンバーであった。アルトサックスのスティーブ・ウィルソン、バイブのジョー・ロッキー、ベースのケニー・デイビス、ピアノのジェフ・キーザーから成るクインテットはかなり先鋭的な演奏を繰り広げた。音楽的に難しいので気軽に楽しめる音楽ではないが、心臓から脳天に突き抜けていくようなドライブ感のある演奏で爽快感が後にのこった。
私が初めてニューヨークへ来た時、まず憧れのビレッジ・バンガードに足を運んだのは言うまでもない。ところがその場へ着いてドアを開けようとしたが開かない。鍵が閉まっているのである。時計を見れば午後7時頃。「開いていないはずはない。きっと今日は休みなのだ。」と思い込みその場はあきらめたことを思いだす。実は店が開くのが9時頃だったのである。このクラブに限らないのだが、大体演奏の開始時間がニューヨークの場合遅い。ビレッジ・バンガードの場合9:30PMが第1セットの開始時刻となっている。しかし30分位遅れることはざらで時には一時間位遅れることもある。終わりの時間も遅い。客さえ入っていれば最終セットまでやるのだがこの開始時刻が何と午前1時。終わったら午前2時近くになる。演奏がノレばいつ終わるかわからない状態に陥ることもある。これがまたライブミュージックの醍醐味でもあるわけなのであるが…。来た当時はそんな興奮を求め一杯のドリンクで最終セットまでよくねっばたものだ。
最後にここでのライブ版のお勧めを紹介しよう。私が一番好きなのがテナーサックスの巨人ソニー・ロリンズの「a
night at the "village vanguard"」。サックス、ベース、ドラムのトリオで自由奔放な演奏をしている。ピアノのビル・エバンスの「ワルツフォー・デビー」はお洒落なピアノトリオの演奏がニューヨークの夜の雰囲気にぴったりだ。ちょっと激しい演奏を求めるならテナーサックスのもう一人の巨人ジョン・コルトレーンの「ライブアット・ザ・ビレッジバンガード」がいい。鬼気迫る演奏が聞ける。1988年に録音されたトロンボーンのJ.J.ジョンソンの「QUINTERGY」は最近のものでは出色の出来栄えだ。共演のサックスのラルフ・ムーアの演奏が爽やか。どれもお客の反応が生々しく感じられ臨場感たっぷりで、ビレッジ・バンガードの雰囲気を伝えてくれる。これで物足りない人はニューヨークへいらっしゃい!(10/1/94)